第17話 魔物狩り・3

「本当に……あるな。これは、奴の食事の跡だ」


 はたして、茂みの中に隠されるようにして、魔物の痕跡はほんとうにあった。


 組み直した感知の魔術は、正しく動いているようだ。

 単独詠唱にしては、使い勝手のいい魔術ができたと思う。


「これ、死んでからそんな経ってねえな。ハイリ、感知はどうだ」

「本体はまだ引っかからないですね。痕跡の反応は東と西に続いていると思います。どっちに行ったかまでは……」


 歪みの量とかを比較できれば、どの痕跡が新しいかとかまで分かるかもしれないけど、自分の感覚頼りの現状では違いが分からん。

 これも今後、第二詠唱を使えるようにしてからか。


 バスカルさんとマークスさんが、それぞれエラッジさんとラカーティさんを連れて二手に別れて探索を始める。

 私は二組を魔術の範囲内に収めるため、中間地点に留まる。

 組んでいるレッジさんまで身動きがとれなくなってしまうのがちょっとだけ心苦しい。


 今の私は魔獣を感知から外していて少々無防備なので、気配で魔獣を狩れるレッジさんがカバーしてくれているのだ。

 ナワバリ意識の強い一角ウサギなどは、地上で出くわすと襲ってくることがある。今日は巣穴から這い出して雨水から身を守っているようで、そこそこ遭遇率が高い。


「ハイリ、魔力はどうだ?」

「全然大丈夫です。やっぱり、普段は生成に使われる分が大きいですよね」

「俺にゃ分からん。無理だけはすんなよ」


 飛び出してきた一角ウサギの首をこん棒のような獲物で叩き折りながら気遣ってくれるレッジさんは非常に頼もしい。


 程なくして、西側を調査していたマークスさん達が引き返してきた。


「東だ。まずいぞ、進む速度が上がっている気がする。痕跡が随分荒い。異常行動をしていると思う」


 マークスさんとラカーティさんの顔は少し、青ざめているように見えた。

 雨で体温を奪われている以上に、魔物の状況が想定外に悪くなっているのだろう。


かぁ? 急いで追わねえとだ。神都との街道に出たりしたら目も当てられねえな」

「最初の痕跡を辿っていたらここに辿り着くまで何刻掛かっていたか分からん。随分使える新人だな、レッジ」

「俺は魔術は分からんが、天才だと思うぞ。だから連れてきた。ともかく、東に行ったバスカル達に早いとこ追いついたほうがいいな」


 短くベテラン勢二人が言葉を交わし、東に小走りで進み始める。私たちはそれに黙って従い、彼らの後ろをついて走った。


 東街道は王都から伸びる街道の中で最も栄えている街道だ。通行量も多いし、そもそも道沿いに住んでいる人々がそれなりにいる。

 もしもそこへ、魔物化した巨大な蜘蛛が出てしまったら……しかもそれが、見境なく獲物を食べ散らかすような狂い方をしていたとしたら……うーん、考えたくもない。


 次第に、考えたくない、が、考えられない、に変わっていく。

 何年も猟師をやっている男性陣の小走りは容赦がない。私だけほとんどマラソン状態だ。

 魔術だけは維持しないと……ううううう、棒を引きずりながらなの、めちゃくちゃ走りづらい。


「なーお前さ、その棒、何?」


 必死に走っていると、いつの間に隣にいたのか、ラカーティさんがそう問いかけてきた。

 息切れもしていないラカーティさんの様子に、少しイラっとする。


「魔、術、の、起点」

「え、そんなん要るの?」


 要るのだ。

 水を操る魔術に魔力を接続して、重ねる形で感知の魔術を掛けているんだから。

 しかもその上、標的を見つけたら即拘束できるように、氷の魔術用の魔力も走らせているんだから。

 そもそも感知の魔術は、情報が魔力を通じて私に返ってこないと意味がない。一度発動したら放っておけるような魔術じゃないのだ。


 と、いうことを、説明する余裕がないので、大きく頷くだけで返す。


「要るんだ。ならさー、なんか荷物とかあるなら持ってやるよ。そしたらちょっと走るの、楽になるだろー?」


 残念ながら、荷物なんぞなんも持ってない。

 腰に一本短いナイフがあるだけである。


 なんもない、と今度は首を横に振って返すと、ラカーティさんは「意外と強情なやつじゃん……」と呟いた。


 違うんですけど。



 バスカルさんたちの姿が見えたころだった。


 魔物が感知範囲に入ったのを感じ、私は一人で立ち止まった。

 巨大な蜘蛛がものすごい勢いでこちらに向かっている、という事も、同時に理解したからだ。


 反射的に氷の魔術を走らせながら、「蜘蛛、見つけました!」と叫ぶ。

 …………叫ぼうとしたんだけど、ミスった。


 息切れしていたところに思い切り息を吸ったせいで、唾が変なところに入り、思い切り噎せることになったのだ。


 仕方なく、バスカルさんたちの進行方向に氷の壁を張る。

 ちょっとやばい。蜘蛛は脚が凍り付くのにお構い無しなようで、勢いは落ちたものの、進み続けている。

 私の氷の魔術の威力だと、一瞬で中身まで凍らせることは出来ないしな……表面的を固めても、表皮が剝がれたり千切れたりするのも構わず動かれると、動きは止められない。


 蜘蛛って痛覚とかないんだっけか。それとも、もう正気じゃないんだろうか。


「お前、何やってんだ?」


 私が立ち止まった事に最初に気づいたのは隣を走っていたラカーティさんで、噎せる私の背中を叩いてくれる。


「おーい、氷の魔術で壁を張ったのか? 一体どうした?」


 前方にいたレッジさん達も、異変に気付くとバスカルさんたちを連れて戻って来てくれた。


 私は意識して呼吸を整え、「魔物、見つけました」とやっと絞り出す。


「なんか、理由は、わかんな、ゲホッ、」

「落ち着いて喋れ」

「や、蜘蛛、こっち、来てる、んで」


 息切れと咳き込みで大変なことになっているものの、どうにか状況は伝えられた。


 「こっちに?」と一瞬戸惑った様子のあと、魔物の状態に思い至ったのか、レッジさん達ベテラン勢の表情が一瞬で引き締まって空気がぴんと緊張する。


「よくやった。あとは任せろ」


 レッジさんがポンと肩を叩く。

 バスカルさんによって蜘蛛の来る方角だけ確認され、エラッジさんを先頭にして迎え撃つために駆けだして行った。


 一人残ってくれたラカーティさんが、緊張した面持ちで弓を構え、私の傍に無言で着いた。


 ──アレ? これ私、魔力切れだと思われてないか?

 体力不足なのと、たまたま噎せちゃっただけなんだが。


 あちゃあ……タイミングみて早めに戦線復帰しないとだ。

 いざ本番の戦いってときに、こんな間抜けな理由で戦線離脱してたとか、ちょっと情けさなすぎる。

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