勇者のオマケだったので、異世界を自由に旅することにした
けいぜんともゆき/関村イムヤ
第一章
第1話 オマケは勇者の旅には不要
「勇者様、どうかこの世界をお救いください!」
──なんか、大変そうだな。
他人事だった。
なにしろ大勢に囲まれて何やら頼み込まれているのは、本当に他人だったので。
ぼんやり光る不思議な円模様の上、奇妙な格好の人々に群がられているのは同僚の神田さん、のハズである。
記憶にあるより顔立ちが幼いので、本人だともいいきれない。
若返ってるんだろうか。なんか勇者の特典みたいな感じで。
神田さんは何が何やらという顔をしていた。
そうして、人の輪の外から低みの見物をする私に気づく。
「あのっ、なんで私なんですか。一緒に来た天原さんは?」
残念ながら、である。
私は単なる巻き込まれだ。勇者召喚にたまたま巻き込まれて、勇者のオマケとして異世界についてきてしまった人、らしい。
こちらへ来て早々、勇者がどうの魔王がどうのと説明されている神田さんをよそに、私への簡易な説明はとっくに終わっている。
稀にあることらしい。不運な巻き込まれが発生した際の対応マニュアルがあるくらいには、稀によくあること。
「悪いけどなんか私は関係ないみたいだから。神田さん、大変そうだけど頑張ってね」
一応同僚として応援はしておく。
「えっ、まって。どこ行くの!?」
どこと言われても、詳しく事情説明するからついてこいと言われたからついていくだけであって、行く先なぞ知るわけがない。
私は職場で磨いた曖昧な笑みと会釈で神田さんの追求を許さないままその場を脱した。
◆
ヨーロッパの古いお城のような造りの建物を、円柱状の帽子から垂れる布に顔を隠した人に案内されるままに進んだ。
そうしてちょっとした応接間のような部屋に腰を落ち着けて、お茶を頂きながら話を聞くに。
あらためて、ここは異世界だという。
はるか古代に地球から来た神との契約により、勇者としてその神の加護を得た地球人を召喚し、魔王の脅威を払ってもらう歴史が何度か繰り返されているらしい。
「落ち着いてますね」
「取り乱してもどうにかなる問題じゃなさそうなので」
異世界のお茶は不思議な味がする。ジャスミンティーに近い甘さがあるが、色は濃く黒に近い。
「すみません、もう一度お名前を聞いてもよろしいですか?」
「
これで三度目なので、きもちゆっくりめに発音した。
音を出さずに練習しているのか、顔を隠す布がふわふわとちいさく揺れるのが見えた。
アの発音が続く天原が発音しにくいらしい。
召喚の魔術の効果で会話が自動的に翻訳されているので、急に天原の発音だけできないのはなんだか不思議な気持ちになる。
「別に気にしないので、呼びにくければハイリでいいですよ。それで、お話の続きをお願いできますか」
実際、呼ばれ方なんてどうでもいい。重要なことは他にもっとある。
「では、ハイリさん。まず勇者として召喚されたあの方の今後ですが……」
「神田さんですか」
「クァンダ」
「神田」
「……勇者様には、必ず魔王を倒していただく必要があります」
まず、勇者の召喚魔術で召喚された対象に与えられる契約条件が三つある、と彼は指を立てた。
一つは、召喚の魔法陣は召喚対象にこの世界に適合する肉体を与える。
一つは、召喚対象がこの世界における死を迎えたとき、召喚の魔法陣を起点として肉体を再構成し復活させる。
最後に、現魔王が消滅した時点から召喚の魔法陣は元居た世界・時空間の座標へ送還する機能を得ること。
これはオマケでこちらに来てしまった私にも関わる話らしい。
私には勇者が勇者たりえる特別な神の加護はないものの、この世界で死ぬとあの魔法陣から復活する。
適合する肉体を与えられているので言葉も通じるし、魔術も使える、らしい。
使うには向き不向きがあって訓練次第のようだが。
だが、魔法陣の送還機能解放については、勇者である神田さんに条件を満たしてもらう必要があるようだ。
つまり私の地球への帰還は神田さん次第ということである。
「帰還についてなんですけど……、魔法陣の契約条件ってやつからして、召喚されたのは精神だけとか人格、魂だけとかそういう感じですか」
「おや、呑み込みがはやいですね。その通り、こちらにお招きさせて頂いたのは
文化によって解釈が大きく変わりそうな言葉だ。まあ、魂だと考えておけば問題ないだろう。
「じゃあ、元居た時空間の座標っていうのは、こっちの世界に
「はい、その通りです。元居た世界は何一つ損なわれませんので、ご安心ください」
「ほんとかな。この世界の記憶を持って帰ったら、その時点で私と神田さんの人格には多少の変容がありますよね」
「それがその後のあなた方の生を損なうようなものであれば、薄れますよ。ただ、勇者様が使命を果たすまでに長い時間を要すれば要するほど、あなた方の
自我の問題とかそのへんの話だろうか。
夢の中でどんな体験をしたとしても、あまりに現実離れしていれば実際の記憶と混同しない、みたいな。
「……まあ、実際のところは戻ってみないと分からないわけで、考えても無駄ってことですか」
そうなりますね、と頷いて、向かいの彼は私のカップにお茶のおかわりを注いでくれた。
そうして、「使いますか」と何やら小瓶をこちらに勧めてくる。「砂糖です」と言うが、瓶の中身は赤い小石のようなもので、どうやって使うかもわからない。角砂糖みたいにそのままカップに入れればいいのか。
「それで、神田さんが勇者の使命を果たすまでに、私はどうすればいいんでしょうか」
一つその赤い小石を手に取って、観察しながらその質問をした。
私にとってはこれが本題だ。
他はもうなんか、全部が些事なので。
「身の振り方はいろいろです。よくあるのは、勇者と共に旅立つことですかね」
「オマケと勇者が元からある程度の関係性をもっている場合、ですかね?」
「はい。恋人同士や親族、友人……勇者と共に召喚される条件はその瞬間の物理的接触なので、必然的にそういった関係性を持つ方が多いですね」
もし満員電車の中で召喚とかされたら、ちょっとしたパニックになりそうな条件である。
私と神田さんの場合はちょうど会社で書類を受け渡しするタイミングだった。
何か物を介していても物理的接触に含まれるらしい。
床を介して地上の全員が召喚されるわけではないあたり、距離などもある程度は条件に含まれているのだろうが。
「……たまたま勇者に接触してしまった、関わりのない人はどうしました?」
「記録によると、元の世界に戻るまで城に逗留したり、城下町で暮らしてみたりしたようです。特殊な例としては、勇者の旅が終わるまで、魔術での眠りにつくことを選んだ人もいたようですね」
赤い小石は角砂糖というより飴のような触りごこちをしている。
これはたぶん、普通にお茶に入れて溶かせばいいんだろう。
実際にお茶に沈めてみると、表面に小さなあぶくが立つ。思ったより溶けるのが早い。
「待てなかったんですね」
「そのようですね。巻き込まれたことに対する失意が大きすぎたようで」
覗き込んでいたカップから顔を上げて、向かいの人を見た。
帽子から垂れる布のせいで、どんな顔をしているのか分からない。
置いてきた神田さんの姿を思い浮かべる。
彼女の周りの人たちは、必死な顔で神田さんに詰め寄っていたな。
要するに、本当に私は勇者のオマケなのだ。
目の前の人間さえ、私に名乗ろうともしない。
神田さんの邪魔さえしなければ、基本的に何をしていても構わないということなんだろう。
「じゃあ、この世界を自由に旅してみようかと思うんですが、いいですか」
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