第19話 子蜘蛛クライシス
「魔物が子を産んで増えるかは……元になったやつ次第、だと、思う……」
信じられない、と言わんばかりに蜘蛛の入った氷を見つめながら、ラカーティさんはふわふわと答える。
「でも、繁殖ったって……今の時期じゃねーし、こんなに早く卵が孵るわけがない……」
理解が追いついてないとは、こういう様子のことだろう。
戸惑ったり困惑してる余裕はないと思うんだけどな。
あー、キダさんがここに居ればなぁ……。
サクサク事態を把握して、すぐに動いてくれるのに。
近接戦闘が出来て気配にも敏いし、無数の蜘蛛狩りにはうってつけの存在だったのに。
氷の中の蜘蛛は姿が少しおかしい。
黒曜石のような外皮はボコボコと歪に膨らんでいて、時間をかけて作るものを無理矢理捻り出したみたいな違和感がある。
試しに魔力の波を解析してみると、追ってきた魔物とは波長が違い、ノイズのない波形をしている。
これは魔物じゃなくて魔獣、ということなのか。
それにしては波長の長短がこれまでに見たどの魔獣とも異なっていて、それがただただ異様だった。
「そういう
「いや、……無理だろ」
「じゃあレッジさん達に現状伝えて、あっちの大蜘蛛の魔物倒すのに参加してきてもらっていいですか」
たぶん、この子蜘蛛は、放っておくとまずい。
魔術の反応を見るかぎり、共食いをしている気がする。
孵ったばかりで旺盛な食欲があったとしたら。
食べたら食べた分だけ巨大化するとしたら。
それが繁殖するとしたら。
「お前のこと1人で放っておくわけにはいかねーだろ。魔力も枯渇しそうなんだろ?」
「いえ、ぜんぜん。走り慣れてないので息切れして噎せてただけで、魔力はまだまだあります」
いいからはやく動き出してくれないか。
子蜘蛛を潰すスキルの無いラカーティさんが私の傍についていたってなんの意味も無い。この周囲には、もはや子蜘蛛以外の魔獣や魔物はいないのだ。合理的に考えれば、一刻もはやく大蜘蛛のほうをさっさと片づけて全員で当たるか、少なくとも別の人員と代わってくれたほうが効率がいいのに。
「強がって意地張ってんなって! 感知の魔術だっけ? そんな
そんな私の苛立ちに気づきもせず、ラカーティさんは私の頭をポンポンと叩いた。
それがなぜか、押さえつけられたような、気がした。
ああ。やっぱりこの人、私のこと煽ってたんだな。
意識してなのか、無意識なのかは知らないけど。私みたいな新人は
──
「…………、え?」
ハッと白い息を吐いて、ラガーティさんは奇妙に笑ったような表情をした。
木々も地面も凍り付いた領域で、湿った空気がみるみるうちに結露する。急な冷気に何もかもがギシギシと音を立てる。
「これ、ラカーティさんを凍らせないように操作する方が魔力喰うんですよ。邪魔なんで、はやくレッジさんとこまで走ってくれませんか。
吐き捨てて、もういいやという気になった。
放っておこう。
感知によれば子蜘蛛は活発に動き回っているし、ここで問答するよりも街道沿いが感知範囲に入るように移動する方が大事だろう。
いまだに処理落ちしたままのラカーティさんを置いて、私は駆けだした。
◆
今日が雨でほんとうによかった。
感知のための水の生成に魔力をほとんど使わずに済んだおかげで、魔物を仕留めるための氷の魔術に遠慮なく魔力を回せる。
「
蜘蛛型と戦うのは初めてなので、どうすれば有効かつ効率よく倒せるのか、何度か攻撃を試した。
魔力消費の少ないピンポイントな攻撃がなかなか有効打にならないせいだ。
たとえば氷柱で貫くのは、止まっている個体ならいいが、動いていると悪手だった。
普段相手にしているウサギたちと違って、蜘蛛だからなのか、刺さりどころによっては普通に死なずに動き回る。やっぱり痛覚がないのかもしれない。
よっぽど分厚い氷に閉じ込めたほうが、一発で済む。雨水の質量だけでは全く足りないせいで、魔力の消費量は氷柱と比べて跳ね上がるのが難点なんだけども。
あ。そうだ。
氷柱を面攻撃にすれば、蜘蛛の急所がどこかなんて神経を使わないで済むかも。
森の中を走りつつ、感知をしながら、新しい魔術をつくるというのは流石にちょっとキャパオーバーだがやらざるを得ない。
社会人として、時には無理をしてでもやらなきゃならない時はある。社会貢献ってのはつらいよね。
「
急にパズルがハマるような感じで、なぜか二語詠唱が使えるようになったが、今はそれもただありがたい。
感知領域内に走らせる魔力へ、もう何回目か覚えてない氷の魔術を乗せた。
新しい魔術では、対象の表面を濡らす雨水を凍らせた内側に、氷柱を数本生成して蜘蛛の身体を貫かせる。総ダメージ量で勝負するというコンセプトというわけだ。
思った通り、即死しない個体もいたようだけど、感知魔術でその波長がどんどん小さくなって消えるのが分かった。
魔力の消費は少なくないけど、棺を連発するよりずっといい。
自分の魔術の冷気でひんやりと冷たくなった頬に、額から伝って垂れてきた汗を袖口で拭う。
かつてないほどに魔力が減ってきているのを感じるけど、あとどのくらいで底を突くのかは分からなかった。
しょうがない。動けなくなるまでに、できる限りをやってみるしかない。
よーし、これ帰ったらハルニヤさんとレッジさんとキダさんに褒めてもらうわ絶対に。
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