029 悪童バスタ、村へと帰還する。


 ざわめきが村中を満たしていた。

「おう、俺様だ! 帰ったぜぇ!!」

 俺が森側にある村の入り口からがははは、と笑い声を上げながら村内に入れば、村人たちが駆け寄って、口々に質問を飛ばしてくる。

「バスタ、さっきの音はなんだったんだ?」「お、おわあああ、バスタぁ。お前、怪我してねぇのか?」「村の近くにモンスターが出たのか? 村に襲ってくるのか?」

 有象無象といった感じの村人たちから放たれる様々な質問に対し、俺は肩に担いでいた巨大な皮や爪を地面に投げてやった。

 ごろごろと音を立てて地面に転がったのは眩惑のジャイアントワームの素材である。

 巨大な長虫の皮である『ジャイアントワームの眩惑皮』に、奴の胸脚についていた『ジャイアントワームの大脚爪』などだ。

 なお他にもクソデカイ牙や、どういう理屈かわからないが瓶ごとドロップした体液などもある。

 たいていのモンスターは瘴気が凝縮された一つのアイテムしかドロップしない。

 しかし今回は違った。ダンジョンの中ボスモンスターという位階に相応しく、あの雑魚ボスは複数のアイテムをドロップしていた。

 おぉ、と村人たちが驚愕とともに俺が投げた素材に集まっていく。レベルもレア度も高い素材は特別な威圧感を持つ。

 盗みなどを心配する必要はない。このレベルのアイテムは加工に特別な技術が必要になる。

 この村レベルの人材では加工は不可能。

 素材のみを売るにしても、レアすぎて売り捌く先の伝手を村長家ですら持っていない。

 ゆえに村から追放されるリスクを負ってまで盗む意味がないのである。

 なおこのクラスの素材になると俺としても持っていてもあまり意味はない。レベルが高すぎて俺でも加工できないからだ。

 もちろん強引に加工すれば適当に切り貼りしたりして何かを作ることはできるだろう。だがそれではほとんど素材の価値が無駄になる。

 そんなことで貴重な素材を浪費するくらいなら、適当にそこらで手に入るモンスターのほどほどに高いレア度の素材で同じものを作れば十分だった。

(こいつを武具にするなら、そうだな)

 この土地を統治する子爵家お抱え鍛冶師なら加工もできるだろう。

 だが、貧困地域の村長の息子が頼み込んでも加工してくれることはないだろうな。

 ああいうの・・・・・はお貴族様やその関係者しか相手にしてくれないと聞くし。

「おう、誰か親父と司祭様を呼んできてくれ」

 なのでこの素材の使い道は賄賂になる。

(親父に討伐成功の報告して、あとは、あー)

 司祭様を通して、この高級素材を賄賂として子爵様に献上すればいいかぁ?

 せっかくの貴重な素材をくれてやるのかって? 現状じゃこれが一番の使い道なんだよなぁ。

 ちなみに実質的な部下でしかない一寒村の村長である親父からの提出となればそのまま「良きに計らえ」で終わりだが、司祭様からの渡せば教会勢力からの献上という形になるので、それなりに便宜を図ってくれるようになるだろう――と思われる。

 あれこれと頭の中で考えながら村人たちの相手をしてやっていれば俺の情婦の筆頭候補であるケスカ・ブルーウィンドが走ってきた。

「バスタさん! バスタさん! ご無事でしたか!?」

「おう、平気だ」

 突っ立ったままの俺の前にやってきたケスカは背負ってきた木の椅子を地面に置くと「鎧を外します。武器は……」と目をうろうろさせた。長柄鶴嘴。持っていった数と持って帰った数が合わないことからどこかに俺が置いてきたのかと考えているのか。

「持ってった鶴嘴は一本残して全部ぶっ壊れた」

「ええ!? あれが壊れたんですか?」

 驚くケスカにけけけ、と笑ってやる。素人の手仕事武器では素材が優秀でもそんなもんだぜ。

 ただ、代わりと言っちゃなんだが、圧倒的にレベルが上のボスに必殺技をぶちこんだために必殺スキルの熟練度はモリモリ上昇し、『必殺Ⅰ』から『必殺Ⅱ』にランクが上がってくれた。次があればもっと楽に殺せるだろう。

「ケスカよぉ、それより早くてめぇの仕事をしろや」

「あ、はい! わかりました」

 ケスカが椅子の上に柔らかい布を敷いて俺に座るように促すので座る。そうしてケスカは丁寧に俺の鎧を脱がせていく。

 その動きが手慣れているのは毎日やらせているからだ。

 なお、この世界の鎧は――モンスター討伐のためにただ一人で魔境に向かう戦士のために――、一人でも着脱可能な構造で作られているものの、着脱はそれなりにめんどくさいので着せてもらったり脱がせてもらったりと、人にしてもらう方が圧倒的に楽だ。

「おい、水」

「はい! どうぞ!」

 ケスカが持ってきた冷たい薬草水で口の中をゆすいで地面に吐き出す。そうしてからガブガブと飲み干し、水筒の中を空にしてケスカに返す。

 その間にもケスカが篭手だの肩当てだのを外していく。

「肉」

「はい!」

 言えばケスカは作業中でも燻製肉と新しい水筒を渡してくるので、俺はそれをむしゃむしゃやって、がぶがぶ飲んでいく。

 そんな間も村人たちがめいめいに話しかけてくるのに適当に返してやっていれば、一部の村人が俺の姿を羨ましそうに見ていることに気づく。

 よくよく見れば、その視線は俺というよりも甲斐甲斐しく俺の世話を焼くケスカに向いていた。

(ふッ……ケスカは美少女だからな)

 しかも俺がレベリングしてやったので普通の村人よりもレベルが高い。

 レベルが高いということは人物としての価値も高いということである。

 あとケスカは最近、司祭様に領都で買ってきてもらった魔法書で魔法の勉強も始めている。

 水の魔法に適正があるらしく、今回持ってきた水筒はこいつの魔法で冷やしてあった。

(ケケ、順調に便利ちゃんに育ってるなぁ)

 ケスカによって鎧が脱がされ、水魔法で濡らした濡れタオルで俺の上半身から汗やら汚れやらが拭われていく。これが双子ルナマナだったらどっちかに下半身の世話でもやらせていたが、周囲には村人が大量にいるし、相手がケスカだから下半身には何もさせていない。

 何もさせていないのは、情婦に立候補しているケスカに対して性処理は勲章に値するからだ。


 ――相手をして貰えれば、妻候補になれる。


 この村の女たちはそう考えているし、ルナやマナたちの手前、俺もそう扱わなければならない。

 そしてケスカはまだまだ試験中である。便利に使えてる秘書ポジションではあるが、この程度の働きでは生涯を抱え込むほどの評価はできない。

 なお村ルールだと対価を払って娼婦として抱く分にはこういう面倒は考えなくていい。抱いて終わり。簡潔だ。

(もっとも抱いたら死ぬまで付きまとわれる危険があるから村の女どもは未亡人を相手させないんだけどな)

 ケスカは、どうするべきか。

(早熟の危険があるからな。うまく育ってるように見えて、早く壁にぶつかって成長が止まるかもしれん)

 そうなったら、兵にした部下の孤児に恩賞としてくれてやるべきか。

(もしくはケスカ単体を幹部として昇格させるか?)

 そういう教育をしてきているからやろうと思えばできる。

(今度来る孤児の中にケスカ以上に優秀な奴がいるかもだしな)

 まだまだ評価を決めるのは早い。レックスの元義妹のライナナとかケスカと同じポジションを狙ってるしな。

 そんなことを考えている間にもケスカの奉仕は進み、俺の体の汗や汚れがすっかり取り払われる。

 最後にケスカの手によって、俺の体に新しい服が着せられていく。

 それは二人分の布を作って作られた巨大な服だ。すべすべしていて着心地も良い。洗濯済みなので良い匂いもする。

 ちなみに俺の体はでっぷりとした脂肪の奥に分厚い筋肉を蓄えた力士型の体型だ。俊敏に動けるデブという奴だな。

 前世でよくあったネット小説のデブ転生主人公は痩せたがっていたし、俺だって痩せようと思えばいくらでも痩せられる。

 だが俺は痩せない。痩せられないのではない。痩せないのだ。

(ガリは弱いんだよ。雑魚だ)

 デブの方が恰幅が広い分、貫禄があるし、強いのだ。

 もちろんこの世界ではレベルによって身体能力が増加されるので安直に体重=パワーである、とは言えない。

 だが、結局のところ、脂肪を削ぎ落とすと戦士としては弱くなる。

 脂肪がないと腹を浅く斬られただけで内臓ぼろんしちゃうし、脂肪の鎧がない分、打撃攻撃に弱いし、柔軟性がないから関節とか故障しやすいし、寒さに弱くなる。

 どうにもこの世界でも痩せマッチョがイケメンみたいに思われている節があるが、俺からするとレックスみたいな痩せ型体型は脂肪の守りがないだけ関節技に弱いし、腹とかに脂肪を纏ってないから剣とかでちょいと腹を切ってやれば簡単に内臓まで刃が届きそうに見えて強そうに見えなかった。

 それが、俺が痩せる気になれない理由である。

「バスタさん。何を食べますか?」

「フルーツ切ってくれ。あの果汁がシャバシャバしてる奴な」

 俺が益体もなくそんなことを考えつつ、ケスカに新しい奉仕を要求している間にも、ルナやマナが「バスタ! 無事だった!?」「さすがバスタ。無傷」と司祭様と連れ立ってやってくる。

 その中には親父もいる。俺の親父らしく目ざとく素材に目をやってニコニコ顔だ。

「よくやったな、俺の息子」

「なんだよ。らしい顔しちまって」

「くくく、いつまでも生意気だなぁ、お前は」

 そうして親父は俺の肩に手をおいて、村人たちに向かって宣言した。

「おお、皆よ。バスタがやってくれた! 我が息子の活躍をどうか祝ってくれ!! 今晩は村長家で祝の宴を行うぞ! 食料を全部出す。酒もだ! 全員参加だぞ!!」

 わっと村中に歓声が響き渡った。

 この日、アーガス村では強力なモンスターの討伐を祝う宴が開かれた。

 そして森の安全が確保されたことで、森への村人の立ち入り制限が解除され、村人を大いに喜ばせることになる。

 かつての悪童、バスタ・ビレッジを称える歓呼の声は村中に響いた。


                ◇◆◇◆◇

  バスタ・ビレッジ

 『レベル』:25/100

 『統率Ⅱ』:統率53 『軍団の指揮能力』『人材の育成練度』『軍団の練度向上』

 『剛勇Ⅲ』:武力67 『軍団・個人武勇能力』『人材の統率・武力訓練』『地域治安の回復』

 『知謀Ⅱ』:知力49 『軍団・個人魔法能力』『謀略・対謀略能力』『人材の知力・魔法訓練』

 『内政Ⅱ』:政治55 『地域農業・経済向上』『内政ランクと同等の生産能力』『人材の内政・生産訓練』

 『外交Ⅲ』:外交61 『他勢力との親善・交渉能力』『商人との売買』『人材の外交訓練』

 『魅力Ⅲ』:魅力71 『人材との友好度上昇』『人材の引き抜き』『地域の占領速度上昇』『自陣営人材の忠誠度上昇』

 『必殺Ⅱ』:奥義41 『気力を消耗して軍団に強力な支援を与える』『気力を消耗して敵に強力な攻撃を放つ』


 『勇者の祝福』:

  『聖女見習い』―ルナ・ルーンプレイヤー

  『祝福Ⅴ』―『成長度Ⅲ』―『全状態異常無効Ⅲ』

   ・ランクⅢまでの全ての状態異常を無効にする。

  『聖女見習い』―マナ・ルーンプレイヤー

  『祝福Ⅴ』―『成長度Ⅲ』―『全属性攻撃無効Ⅲ』

   ・ランクⅢまでの全ての属性攻撃を無効にする。




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