028 悪童バスタの戦闘理論


「おらッ! 死ねッ!! クソ蟲がッ!!」

 長柄鶴嘴を巨大な長虫の化け物に叩きつければ、ぐにぃ、と強力な弾力が鶴嘴のヘッドを押し返す。

 ちぃッ、と舌打ちが漏れる。相手の肉体強度が武器の強度を上回っているのだ。

 今の鶴嘴に使っているのは暗闇凶熊の大爪。レベル20オーバー。人間の騎士ですら一対一の戦いを避ける、大型モンスターの爪素材。オークの硬革鎧ですら軽々切り裂くそれが通用しないのかよ。

(やっぱボス級モンスターって奴か。並大抵の防御じゃねぇなッ……!)

 舌打ちしながら距離を離し、しかし離れすぎないように間合いを維持する。

(さぁて、どうやって殺してやるか)

 舌なめずりして俺は奴を見る。身体の大半を地中に沈め、半身だけを地上に覗かせ、俺と相対している巨大なモンスター。

 名称は眩惑のジャイアントワーム。

 こいつに関しては調査済みだ。親父はモンスターの襲撃を警戒していた。それはつまり何か警戒に値する根拠ソースがあるってことだ。

 だから調査は簡単だった。この辺境の地でスタンピード時に溢れたモンスターの討伐記録。そいつの中でもスタンピード後に発生した被害を中心に調べりゃすぐに見つかった。

 眩惑のジャイアントワーム――地中に潜伏し、スタンピード後の食べ残しいきのこりを狙って襲撃してくる生態を持つモンスター。

 スタンピードを起こした洞窟型ダンジョン『土竜の巣』の中ボス存在。

 個体の能力値ステータスの高さに加え、とある特殊能力を持つことから推奨討伐レベルは40。

 その厄介さから、ダンジョン内の間引きを行う騎士たちも戦闘を行うのを避けるためか、長期間の生存による個体レベルの上昇もあって、スタンピードで外に開放された際は村ごと人を飲み込む厄災として『呑獣どんじゅう』の固有名を与えられるほどだと言う。


 ――ギィイイイイイイイイイイイァアアアアアアアアア!!


 効いたかはともかくとして、俺が殴ったことが癇に障ったのか、ジャイアントワームが狂乱したようにあちこちに巨大な体をぶつけまくれば、接触した木々が爆散してあっちこっちにえぐれた木々が吹っ飛んでいく。

「ち、遠距離攻撃かよ。うぜぇな」

 幹の直撃は回避したものの、巨大な枝が槍がごとくに俺の方向に飛んでくる。そいつを手甲で叩いて方向を逸らして後方に吹っ飛ばす。びりびりとした衝撃にバックラーレベルでいいから盾でも持ってくればよかったかと考えるも、このクラスのモンスター相手だと、きちんと・・・・加工を施した盾でもなければ無意味だろう。

 オーク素材以上の素材が手に入るようになった。だが、未だに俺はオークの硬革装備を使っている。


 ――つまるところ、村の鍛冶屋の腕が低すぎる。


 鬱憤とともに手製の鶴嘴を振り上げた。

「クソがぁあああああッ! 森に装備も落ちてねぇしよぉおおおおおお!!」

 ここが迷宮ダンジョンなら探せば宝箱の一つでも簡単に見つかるだろうが、俺がいるこの森は魔境エリアだ。

 神の試練たる迷宮と違い、魔法武器などが宝箱に入って生成されるようなことはない。

 だからハルバードのような斬打突に優れた高威力の武具が欲しくても、今ある最高の素材で作れるのは鶴嘴のような単純な構造の武具だけだった。


 ――帰ったら孤児どもに鍛冶屋で技術を覚えさせてやる。


 技術を盗まれることになる鍛冶屋のおっさんはあれこれ反対するだろうがな。

 村でやるだろう説得の下準備をあれこれ脳裏に思い浮かべつつ、俺は暴れるジャイアントワームの巨体や、すっ飛んでくる土塊や石、木の破片をステップとダッシュを織り交ぜて回避し、長柄鶴嘴を敵の巨体に叩き込んでいく。

 とはいえ効いている様子はない。当たり前だ。敵の皮膚を貫通できてないこともあるが、サイズ差がひどいからだ。

 俺の長柄鶴嘴は人間基準で言えば巨大な武器種に入るものの、今回は相手が巨大すぎた。熊にマチ針で挑むようなもんだ。

 まぁ、この世界の生物にはHPの概念があり、針だろうがなんだろうが傷を与え続け、HPを削りきれば勝つことができる――んだが。

(とはいえ、ボス級モンスターだからな。自動回復スキルぐらいはあるだろ)

 推奨レベル40だ。自動でHPを回復するスキルの一つや二つあってもおかしくはない。

 とはいえ所詮相手は長虫ワームだ。気功スキルも持ってなさそうだし、知能の低さから高度な魔法スキルも持ってないだろう。

 こっちの武具が貧弱な現状、相手が魔法タイプじゃなくて助かったという思いしかない。

(魔法タイプの高レベルモンスターは自分に全回復魔法を使えるというのはRPGの常識だからなぁ)

 ゲームっぽいこの世界なら普通に有り得そうな予想を頭に浮かべながら、相手の殺し方を脳内で組み立てていく。

「さぁて、いろいろ試してやるかな」

 俺は手に持った長柄鶴嘴に魔力を込める。


 ――強力な魔物素材には属性が宿ることがある。


 俺が武器に使っている素材はすべて、解体ではなくドロップで手に入れた素材である。

 割りかし知られている話ではあるが、武具に使う素材の場合、解体は厳禁である。

 生きたまま素材を剥ぎ取る解体だと、瘴気が全身に散って、素材の質は低下――いや、ドロップには魔物の力が濃縮・・されて宿るといった方が正しいか。

 そんなモンスターの力が宿った魔物素材を、レベルの高い鍛冶屋がうまく鍛冶スキルで加工すれば、武具の素材となったモンスターが持っていたスキルが武具に宿ることもあるのだという。

 しかし俺の武具はそうじゃなあい。俺は内政スキルの応用で鍛冶っぽいことができるというだけで、鍛冶屋ではない。

 武器っぽい形にすることはできる。だがそれだけだ。

 オークの硬革のときのように、素材の適切な加工方法を知らないためである。

 ゆえにこうして魔力を流してもモンスター素材の力は不完全にしか発揮されない。

 だが、全く力が発揮されないよりはマシだった。

 俺の魔力で励起し、反応を強力にさせた長柄鶴嘴のヘッドが、強力な闇属性の魔力を刃状に形成して、鶴嘴のヘッドを覆う。

「行くぞ行くぞ行くぞッ! おらおらおらァッッ!!」

 跳躍とともにジャイアントワームの皮膚に鶴嘴を叩きつければ、たわんだ皮膚が強力な魔力によって切り裂かれた。

 青い血液が奴の肉体から噴出し、長柄鶴嘴と地面を凶悪な瘴気で染める。


 ――ギィイイイイイイイイイイイイッッッ!!


「へへッ、なかなかだなッ!!」

 キレたジャイアントワームが暴れまくるも俺は冷静に奴の動きを見切り、奴の攻撃を回避する。

(はッ、雑魚がよ。単調な攻撃だ。簡単に見切れるぜ)

 レベルが20に到達し、また『剛勇Ⅲ』のスキルによって超人化している俺にとって、こいつが厄介な点はそう多くない。

 情報によって回避できた初見殺しである地中からの攻撃以外は、厄介なのは巨大な昆虫系モンスター特有の超高HPと高防御ステータスぐらいなもんだ。

 もちろん奴の攻撃力は驚異的だ。オークの硬革鎧を着ていても人間をひき肉にするぐらいは容易いだろう。

 だが、その攻撃方法が突進や叩きつけ、大口を使った噛みつき、複数の蟲脚による引っかきなどのパターンの少ない単調攻撃しかないのだ。

 ゆえに『見切り』や『回避』などの回避系スキルの断片を複数内包する『剛勇』スキルを持つ俺の敵にはならない。

(だぁが、油断はしねぇぞ絶対に)

 眩惑のジャイアントワーム。こいつは、俺と同じぐらいに物理戦闘が得意な騎士たちですら戦闘を避ける相手なのだ。


 ――シャアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!


 叫びとともにジャイアントワームの周囲の魔力が蠢動する。

「はッ、属性魔法だな。ようやく使ってくるか」

 俺を強敵だと思ったのか、先端を鋭く尖らせた魔法の石柱がジャイアントワームから発生し、飛んでくる。直撃コースだ。

 俺と同じように、ジャイアントワームの物理攻撃程度なら回避できる騎士たちが戦いを避ける理由の一つがこれ。

(威力、範囲。見たところ、ランクは熟練者か)

 さすが推奨レベル40クラスのモンスターというところか。魔法使いの到達点とされるⅢランクスキルを当たり前のように使ってくる。

(殺意も高い)

 魔法スキルは厄介だった。ただ早くて強力なだけのジャイアントワームの単調な攻撃を回避したり、奴の攻撃の余波によって、轟音とともに吹っ飛んでくる木々の破片を回避するのとは訳が違う。

 物理攻撃と織り交ぜられながら発動する土魔法は、使われたならジャイアントワームが相対する敵はで制圧されるようになる。

 回避は不可能。これに対処するには土魔法耐性のある装備が必須で、なければ早々に挽き肉ミンチが確定する。

 そして同時にジャイアントワームの全身が魔力が満ち、虹色に光り始める。

 奴の全身の皮膚に異様な紋様が張り巡らされる。それは魔法的な効果を発揮し、奴の体表周辺に異様な歪みが発生した。


 ――『眩惑・・』。


 それは見たものすべての意識を混濁させ、正気を不明にする光だ。土魔法よりも圧倒的に強力な、推奨レベル40の根本理由。

 希少かつ強力な、複数の状態異常耐性に対応した装備がなければ戦うことすらできなくなる強力な状態異常攻撃。

(これが、こいつの奥の手……ッ!!)

 強力な耐久力タフネスに巨体に相応しい攻撃力。加えて耐性装備がなければ即死も同然のⅢランク土魔法。トドメに状態異常耐性がなければ眼前に立つことさえ許さない凶悪な状態異常攻撃。

 それが俺の前で展開されている。

(こいつが、こいつこそが……ッ)

 アルゴ子爵領の騎士たちに、ダンジョン『土竜の巣』の最奥ボスよりも厄介だと言わしめた中ボス『眩惑のジャイアントワーム』の全力戦闘の姿。

 大量の石柱が俺の体に降り注がんと迫ってくる。回避は不可能、強力な魔法は大抵が回避不可能な速度と範囲を持っている。

 同時にダメ押しの状態異常で俺の肉体に『眩惑』の効果が降り掛かる。『狂気』『混乱』『魅了』『恐慌』などの厄介な精神状態異常を対象に発生させる最悪の光。

 さらにはトドメとばかりにジャイアントワームの肉体も大口開けて突っ込んできた。大型トラック並の巨体。それが周囲を蹂躙しながら高速で俺に突っ込んでくる。

 絶殺確定。最強最悪の三連コンボ。

 


 ――何の対抗策・・・も持たない相手ならば。


「ひひッ、はははははははははッッ!!」

 地面を跳ねた俺の体が、轟音とともに単調な・・・動きで突っ込んできたジャイアントワームの巨体の上で踊るように闇の刃を突き立てていく。

 巨体が突っ込んできた勢いそのままに闇の刃で切り裂かれていく。

 瘴気混じりの青い血液が大量に吹き出して周囲を青黒く染めていく。

 石の魔法も、状態異常の力も、俺には何の影響も与えていない。


 ――ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!????


「馬鹿がよぉ!! っぱ、クソ雑魚かぁッ!!!!」

 石の魔法は俺の体に触れた瞬間に魔力に還元されて解けて消えた。

 『眩惑』が如何な強力だろうと、俺の体に異常は発生しない。


  ――――――――――▽――――――――――

 『勇者の祝福』:

  『聖女見習い』―ルナ・ルーンプレイヤー

  『祝福Ⅴ』―『成長度Ⅲ』―『全状態異常無効Ⅲ』

   ・ランクⅢまでの全ての状態異常を無効にする。

  『聖女見習い』―マナ・ルーンプレイヤー

  『祝福Ⅴ』―『成長度Ⅲ』―『全属性攻撃無効Ⅲ』

   ・ランクⅢまでの全ての属性攻撃を無効にする。

  ――――――――――△――――――――――


 推奨レベル40、使うスキルはⅢランク相当と聞いた時点で俺は自分の勝利を確信していた。

 俺の肉体にはランクⅤの超強力クソな祝福チートが授けられている。

 あらゆる属性攻撃と状態異常攻撃を無効化する、聖女たちの愛によって成長する勇者の祝福が。

 罠? 感知? ハハッ、そうじゃねーよ。レベルが足りなくても俺が森の中層で活躍できる理由の根本はこいつだ。闇の魔法を使う熊だろうが、雷の魔法を使う虎だろうが、炎を吹く狼だろうが属性魔法さえなければ物理攻撃しかできない大型の超強力な獣など、俺の敵じゃねぇんだよぉ!!


 ――そして、必殺の手段も俺は持っている。


「くくッ、ははははははッ!! 死ねやぁッ! ボケがッ!!」

 ギィギィガァガァと悲鳴を上げた青い血まみれのジャイアントワームに対し、俺は奥の手である『必殺Ⅰ』のスキルを発動する。

 雑魚相手に使っても全く成長しない、相応の相手ではないと経験値を得られない俺の奥義。

「バスタァアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 俺の魔力を吸い取った長柄鶴嘴に巨大で長大な闇の力が発生する。ぎしぎしびりびりと空間を震撼させ、敵対者の命を刈り取る力を内包した刃が、素材となった暗闇凶熊の大爪を介して、鶴嘴のヘッドに発生する。

 強力な力の発生に、ジャイアントワームが警戒すべく体を強張らせ、何かの防御アクションを取ろうとする。

 だが傷ついた奴より万全の俺の攻撃の方が早い。

 奴が何かをする前に疾駆し、奴の体に向けて鶴嘴を振り下ろす。

「クラアアアアアアアッッッシュ!!!!!!!」

 俺の魔力と気力スタミナが大量に消費され、ずどん、と小規模な地震でも起きたかのように地面が揺れる。

 同時に刃によって抉られたジャイアントワームの肉体から、大量の青黒い血液が噴水がごとくにドバドバと噴出した。

 絶叫が轟いた。ジャイアントワームの悲鳴だ。同時に俺の手にもっていた長柄鶴嘴が必殺スキルの衝撃でぶっ壊れる。

 素人の手製品でしかない武器の悲しい宿命。

 もちろん動揺はない。武具が壊れることは戦闘前に必殺スキルを試射してわかっている。

 なので俺はジャイアントワームの傍から跳躍し、戦闘域から外れている巨木に突き刺さっている予備の長柄鶴嘴を引き抜く。へへッ、イケメンバスタ様は用意がいいんだよぉ。

 ついでに俺は鎧の隠しポケットから、スライムの体液を調薬スキルで固めて作った親指大の小玉ボールを取り出すと、口の中に放り込んだ。

 このスライムボールの中には魔蜜蜂イビルビーのドロップ品である魔蜜蜂の蜜から作り出したスタミナ回復薬と、森の中層で取れた素材から作られた魔力回復薬が混ざらないように分けられて入っている。薬師の婆さんに無理言って作らせた品だが、ポーション瓶から飲むより全然効率的で便利だ。現代知識チート最高って奴だな!

「はははッ、全ッ回復ッ!!」

 衝撃には強いが唾液で簡単に溶けるように調整されたスライムボールの内容物によって、必殺スキルの発動で消耗した体力と魔力が全回復する。

 そんな俺の前には傷ついて青い血を大量に流すジャイアントワームの姿がある。

 莫大なHPを持つボスモンスターだ。殺しきれていないことは明白。

「へへへッ、てめぇにゃそれなりの自動回復スキルはあるんだろうが、その前に大威力の攻撃で削り殺せば問題ねぇよなぁ?」

 奴の魔法も状態異常も俺には通用しない。そしてスタミナ回復薬と魔力回復薬を入れたスライムボールはまだまだあり、予備の武器も残っている。

 これから先のことを動物的な感覚で予知したのか、ジャイアントワームが絶叫とともに殺意を俺にぶちまけてくる。

 土石流を模した強力な土魔法が俺に向かって放たれ、状態異常を放つ眩惑の光が眩しいほどに煌めいた。

「だから効かねぇって言ってんだろが、雑魚がよぉッ――!!」

 土石流は俺の前で無効化され、魔力に還元されていく。状態異常の光は多少眩しい程度で、それ以上の驚異にはならない。

 敵が持つ攻撃手段を看破し、それが効かないとわかった以上、コイツはもうボスモンスターじゃねぇ。体力だけある面倒くさい雑魚だ。

(問題は逃げられることッ――!!)

 千日手にはしない。そうなれば逃げられる。逃げられれば追いかけるのは不可能。

「連打だッ! 殺し切るッッ!!」

 俺の火力では殺しきれない可能性を消し去るべく――魔力と体力を代償コストにした――、必殺スキル特有の強力な魔力を武具に纏わせ、俺は再びの必殺で奴の体に丹念にクレーターを作ってやることにする。

 轟音。絶叫。悲鳴。悲鳴。

 もちろん俺が負けるわけもなく。


 そのあとは、とても簡単な作業・・だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る