021 悪童バスタ、美少女双子姉妹を手に入れる。


 暖房の魔道具によって不快ではなく、しかし判断力が低下するぐらいには高い室温となっている『バスタの燻製小屋』。

 また室内には設置された香炉により、この世界における状態異常では良性状態異常バフに分類される、興奮作用をもたらす香りが充満していた。

 さらには最近手に入れた音楽の魔道具によって、心地の良いバックミュージックに偽装されたアップテンポ曲が対戦者の平静を自然とかき乱す。

 そんな場で、俺と金髪マナ・紅眼の少女ルーンプレイヤーとのギャンブルは行われていた。


                ◇◆◇◆◇


「あ、あ、あーーーーーーー!!!」

 見習い修道女であるマナ・ルーンプレイヤーが叫びを上げながらバンバンとテーブルを叩く。

「はいよ。ごっそさん・・・・・

 彼女の手札はフルハウス。俺の手札はジョーカー混じりのフォーカード。

 叫びながらもテーブルの上のカードを凝視していたマナの前で、俺は彼女が賭けたベットした木製コインと、場に残っていたオーク札のトランプを回収してしまう。

 なお、この勝負にマナが賭けていたコインは、肉コイン100枚分の価値を持つ100肉コインが5枚だ。

「う、嘘! 嘘でしょ! 嘘だと言ってよぉぉぉおお。うわああああああああ」

 テーブルに突っ伏して、バンバン叩いてぎゃあぎゃあと騒ぐマナ。

 内心ではニヤニヤしている俺はマナを見下ろし、心配そうな口調で話しかける。

「ったくマナよぉ。ちったぁ落ち着けよなぁ」

「落ち着けるわけないでしょぉおおおお。な、なんで、なんでこんなこと、こんなことしちゃったのよぉぉぉぉぉ私ぃぃぃ」

 そりゃ暑い部屋で思考回路鈍ってるところに興奮作用のある香りで判断力も低下させて、そのうえでアップテンポ曲で気分を盛り上げさせているからな。

 ついでに言えば、この勝負の前に俺は小額の連勝をマナにさせて勢いもつけさせていた。

 そんなことを考えながら、俺は「で、どーすんだよこれ」とテーブルの上に羊皮紙の束を置いた。

 この勝負の前にマナは俺からコイン400枚を借り入れている。その質草がこの羊皮紙だ。

「『マナ・ルーンプレイヤーの肉体の生涯保有権利』だの『マナ・ルーンプレイヤーの生涯の使役の権利』だとか、あんだけ止めたのによぉ。負けやがって。こちとらそろそろてめぇの証書を返したいんだが?」

 全く思ってないが、マナのことを考えているような口調で言ってやれば、申し訳なさそうにマナは深く肩を落とす。

「うぅ、ぅー。ごめん。ごめんねぇバスタぁ」

 さめざめと泣くマナは情けない視線を俺に向けてくる。そんな彼女の前に俺は蜂蜜をたっぷり入れた果肉入りの果実のジュースを置いてやった。

「あうぁー、あ、ありがとう。あー、あー、なんで負けちゃったのぉ。絶対に勝てると思ったのにぃ」

 ジュースの傍にある皿に、どっかりと盛られた、たっぷりと蜜のかかった芋餅をマナは口に運ぶ。「おいしい。あまい」彼女は気を落としながらももぐもぐとしっかり咀嚼している。

 マナが負けた理由。それは俺がイカサマしたからだ。

 だがそんなことは言わず、俺はテーブルに据え付けてある天秤をちらりと見た。

 価値の魔法のかかった天秤。ルナとマナの二人に作らせた道具だ。

 本当ならこの小屋内のギャンブルにおいてマナたちはこんな証書を賭ける必要はなかった。

 ログボだけを賭けていれば、それ以上に奪われないはずのギャンブル勝負。

(最初の借金が一番難しかった)

 この天秤がルナとマナが借金漬けになる要素を作ってくれた。

 そうだ。マナやルナとの個人での勝負において、俺はコインの貸出も行った。


 ――全ては二人を借金漬けにするために。


 もちろん普通にやれば敬虔、というより常識的な思考を持つ二人を借金させることは難しい。

 だから俺は刺激的なゲームと甘い菓子や果物で欲を刺激した。

 だから俺は部屋の温度と香りで判断力を鈍らせた。

 だから俺はコインで交換できるものに肉以外にも魅力的な品を置いた。

 だから俺はログインボーナスと称して、それらを無料で進呈して、魅力的な品を味見させた。

 だから俺は小さな勝ちを何度も与えて勝利の味を堪能させた。

 全ては、この結果に導くために。

 ルナ・ルーンプレイヤー。

 マナ・ルーンプレイヤー。

 未だ幼くも魅力的で、理知的で、道義と信仰を知り、情愛と慈悲にあふれる少女たち。

 彼女たちの年齢で、村の全ての家を回って、孤児たちのために頭を下げるなど、普通はできない。

 そうだ。そんな彼女たちが、自身の持つ有り余る才を、年月と努力で習熟させ、立派な修道女として育ったならば。

 絶対にこんな手には引っかからなかっただろう。

(だけど、ここはそんな未来じゃねぇんだ)

 重税と働き手の減少で経済的に困窮し、甘味一つろくに手に入らない寒村。

 未だ幼く、未熟な修道女見習いとして暮らしている今ならば。

 彼女たちを甘い甘い、欲望という名の毒で刺激し、ずぶずぶと、沼に沈ませたあとならば。


 ――最初の借金は、簡単な雑用の権利とコイン10枚との交換だった。


 初回の出血大サービス、10倍の価値で交換してやるよと言いながら、大勝負をやってみろよと、親切ぶって借金させた。

 自分の保有枚数を超えるコインを利用する味を覚えさせてやった。あたかも、法外な額の貯金が二人にはあるのだと、領分を超えるコインを扱ってもいいのだと思えるように騙してやった。そして勝利を味あわせ、借りるのも悪くないと手応えを与えてやった。

 コインを引き出す借り入れ方法は簡単。

 価値の天秤の片方に借りたい額のコインを置き、そこに釣り合うようにして証書を置くだけ。

 遊ぶためのコインを補充したいなら、自分が持つ権利を釣り合うように差し出せばいいだけ。

 村から与えられるのは衣食住に必要なものだけ。それ以外は無給で教会に奉仕するだけの双子。

 そんな清貧を絵に描いたような双子に俺は、ギャンブル以外でも自分が持つ権利を売ればコインが得られるのだと教えてやった。

 親切を装い、あたかもお前らのために考えたのだと。破滅への切符をあたかも新しい玩具のように渡してやった。

 あとは簡単だった。

 前に言った通りだ。双子同時のときはかならず勝たせた。膨大なコインで構成される共同資産という名の精神的余裕を作り上げてやった。彼女たちが借金に躊躇しなくなるように。自分たちにはまだまだ余裕があるのだと誤解するように。

 個人個人のときはたいてい最後に大きく負かした。小さな勝利を大量に与えて、そうしてから大事な証書を買い戻すという名目で新しく証書を書かせて借金させてから、大勝負で負かして少しづつ権利を奪ってやった。もちろん、疑念を与えないように時折小さな証書を買い戻せる程度の小額は与えるようにした。

 彼女たちを心配しながら、もうやめろと言いながら、二人を誘導されていることなど気づかずに俺は彼女たちが自ら望んで借金漬けになるようにしていった。

 無論、それだけならば彼女たちは俺に不審を抱いただろう。自分たちの状況がどんどん悪くなっていくのだから。

 だが、そのための未亡人たちと孤児たちだ。

 本命は手勢とするべく育てているあれら。だが副次的な効果も望んで俺は使っていた。

 仕事を通して衣食を与え、教育することで未亡人も孤児も俺を信頼するようになった。恩人だと思われるようになった。アニキアニキと慕うようになった。

 そしてそれらの作業を通して村中に貢献を続けた俺に対し、双子は悪評価を抱かなくなっていった。

 ゆえにマナもルナも、もはや何もかも取り戻せないぐらいに借金漬けにされてなお、俺のことをいいひと・・・・だと思ってしまう。

「……はぁ、ったく、共同資産からコイン引き出しちまえよな。流石に肉体マナの生涯保有権とか、どーすんだよ俺はこれを」

「知らない! 知らないよ! 共同資産の引き出しもやだ。うぅぅ、やだ。やだ。ルナにバレたくない。こんなに負けたとか知られたら怒られる」

 その言葉に、俺の口角が自然とつり上がった。

 ちゅーちゅーと植物の茎で作られたストローを口に加えて、甘いジュースを飲みながらテーブルの木目をじっと見ているマナはそんな俺の表情には気づかない。

 ルナもそうだった。負け分を共同資産から払えば借金漬けから開放されるというのに、ルナとマナは頑なに自分の失態がマナとルナにバレないようにと個人の借金を膨らませ続けた。

 その性質はわかっている。双子は、見栄を張りたがったからだ。

 ルナマナにいい格好をしたがった。

 マナルナにいい格好をしたがった。

 最初の借金理由ですらお互いのためだった。内緒でたっぷりコインを稼いで、かわいいブローチをプレゼントしたらどうだ? そんな甘言に二人は引っかかった。引っかかるしかなかった。

「うぅぅ、ねぇバスタぁ。なんとかできない? これ」

 媚びの混じった目と口調。俺は目を細めてマナを見て「返せよ。契約なんだから」と言ってやれば、奴はうぅ、と呻くだけだ。

 マナの借金総額――というより証書の総額は今日の負けで二人の共同資産の総額を超えている。ルナもほとんど同じ額の証書を俺に預けている。二人はもう、どうやっても一人だって助からない。


 ――バスタ・ビレッジおれさまのものである。


「はー、お前、もう何も権利なくないか? 1コインだって貸せないぜ?」

 『今後習得する神聖魔法によって齎される利益』なんてものもこいつは賭けてしまっている。

「あ、あぅ……」

 そもそもマナが今着ている修道服でさえ、彼女は俺に頼み込むことで質草でありながら保有させてもらっているというのに。

 足のつま先から髪の毛の先まで、全ての権利を俺に渡してしまっているというのに。

「大人しくログボをコツコツ増やして返せばいいじゃねぇか」

 最終的に俺がイカサマで巻き上げてしまう方法を教えてやれば、でもぉ、とマナは未練がましく俺が金庫に入れる証書を見た。こいつが最悪なのは、そこに恨みも憎しみも、それこそ執着すら感じていないという点だった。それを自覚してもいない。常識的な観点から抵抗した方がそれっぽいというだけの、なんの意味もない抵抗をマナはしている。


 ――なぜなら、バスタはいいひと・・・・だからだ。


「ま、悪用・・しねぇから安心しろや。預かってるだけだ。将来の夫を信頼しろって」

 うん、と頬を染めてマナは頷き「け、結婚するんだもんね。私たち。えへへへへ」と楽しそうに言う。まるで自らの権利を、自ら差し出したように感じているのかもしれない。これはこうなる運命だった、というかのように。

 それを哀れに思いながらも俺は何も言わない。

 ああ、安心しろよ。悪用はしねぇよ悪用は。

 ルナとマナは俺の権力の源泉だ。この小さな村を支配するための。将来徴兵されるとして、貴族により良く見てもらえるための立場を得るための。

 無論、二人を権力者に抱かせてとかではない。

 二人を保持することが重要なのだ。保持していればこいつらの祖父が俺が何も言わずともやってくれる。大事にしていれば双子の心を守るためにあの爺さん司祭は俺に自発的に協力してくれる。


 ――だからよぉ。ぜってぇ、手放さねぇからな。


(マナぁ……てめぇを骨の髄までしゃぶり尽くしてやる)

 俺はコイン交換で手に入る品から適当にデザインの良いネックレスを取り出すとマナの細い首に「ほらよ」と掛けてやった。

「契約だから証書は返してやれねぇが、こいつで我慢しろや」

 かわいいぞ、と鏡でマナの姿を見せてやれば「ありがとう。やっぱりバスタは頼りになるわね」と少女は満足げに笑う。

 同じように笑った俺は立ち上がるとマナの肩を抱き寄せて「ちっとムラついたからよ」と、部屋の隅においてある一人用のベッドにマナを誘えば、以前のような戸惑いもなく、彼女は俺に促されるままについてくるのだった。

 こうして、俺が知らない未来において、魔王を殺す勇者のパートナーとして活躍するはずだった少女と、その妹にして生存したならば魔族の侵攻より数多の民草を救ったであろう少女は、辺境の寒村の悪童の婚約者へと自ら喜んで堕ちていくのだった。


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