020 悪童バスタの悪の絡繰。
「姿勢悪いぞ! ほら、腰が落ちてる。落とすな。もっと上げろ。上げすぎだ。下げろ。それと両腕もだ。落とすな。上げろ。上げすぎるなよ」
はい! という声が燻製小屋傍にある広場に響く。そこには孤児たちが男女問わず並んで立っている。
だが、ただ立っているだけではない。
中国拳法でいうところの馬歩と呼ばれる立ち方をさせている。
目的は孤児たちの体幹や筋力の強化だった。
◇◆◇◆◇
その日の巡回警備を終え、『暴れ大牛』やその他の小型モンスターの解体も終わり、風呂に昼食。そのあとの午睡を終えた俺は今日の訓練を孤児たちにつけてやることにした。
訓練。訓練である。しかし戦い方や武器の扱い方ではない。肉体を十全に使う方法を教え込む。
この世界ではレベルが上がればステータスが上昇する。
レベルアップ、それはSTRの数値が上昇して、肉体が力強くなるということ。
レベルアップ、それはAGIの数値が上昇して、反応が上昇し、素早く動けるようになるということ。
レベルアップ、それはVITの数値が上昇して、肉体が頑丈になるということ。
レベルアップは他にも様々な数値が上昇する。これを極めることで人という種は、超人という種へと変化していく。
そしてこれこそが、この過酷な世界の人類がモンスターという強力な怪物どもに蹂躙されながらも、繁殖繁栄できた理由なのだ。
なお
だから俺のレベルが上がってもステータスの数値が上昇することはない――いや、たぶん上がっただけスキルが強力になるんだろう。実際強くなってるしな。
(まー、その上がったステータス入りスキルを俺が十全に使えるかと言えば、そういうわけでもないんだがな)
身体強化スキルがあれば肉体は強化される。
だがそれは肉体の性能を100%使いこなすことができるというわけではない。
剣術スキルがあれば剣術はうまくなる。
しかし100%肉体の性能を使いこなせるわけではない。
だが積み重ねは積み重ねだ。
剣術スキルのランクを上げる過程で身についた剣の振り方や肉体感覚はもちろん反映されるし、肉体強化スキルによる強力なステータス強化の経験はきちんと肉体に記憶される。
だが100%ではない。100%ではないのだ。
そう、通常の人間はステータスのSTRの数値を30%ぐらいしか発揮できていない。
――それは俺たちが肉体の使い方に習熟していないからだ。
もちろん訓練された兵士なら60%ぐらいは使えるだろうし、ちょっとした達人なら90%ぐらいは使えるだろう。
俺はまぁ、様々な敗北者たちの人生経験を取り込んでいるので70%か80%ぐらいだけれど。
しかし100%ではないのだ。
つまりはそういうことである。
俺が子供たちに対して馬歩の指導をしてやっているのは。
「おらおら、この俺様がせっかく指導してやってんだからな。真面目にやれよー」
その辺で拾ったいい感じの小枝を片手に歩き回り、ぺしぺしと広場に並んでいる子供たちの尻を叩いていく。
「おら、腰が落ちてるぞ。俺様の指導は毎週一回だ。貴重な指導だぜ。気合入れろよ。忘れんなよ。あと、てめぇらは、これを毎日十分はぜってーやれよ」
歩き回る途中で、お、と俺はしっかりとした姿勢を保っている少年を見た。
毎日のパンクラチオン大会での勝利回数が一番多いジョグ少年だ。
「おーおー、ジョグ、やるじゃねぇか。おら、みんな、ジョグを見ろ。こいつはしっかりと馬歩ができてやがる。パンクラチオンで強いのはな。こいつがこうやってしっかりとステータスを引き出せているからなんだわ」
バシバシとジョグの背中を軽く叩いてやればジョグが「ぐッ――」と呻きながらも姿勢を固定していた。安定している。
それに肌艶も良いし筋肉もそこそこついてきていた。
これは肉に果実、あと炭水化物と俺がしっかり食わせまくってるおかげだな。
「よーし、ジョグ。面白いこと教えてやるぜ。腹の、ここだ。丹田っつー場所だ。ここに気合入れてみろ」
「き、きあ……?」
「気合だよ気合! 筋肉じゃねーぞ。気合を入れるんだよ。腹の底に溜まってるパワーを込めてみるんだよ」
ジョグ少年は俺に言われて気合を振り絞るも、出てきたのは尻からぷぅ、という音のみであった。
枝で尻を叩けば、ばしん、という音と、ぴぎぃ、というジョグ少年の悲鳴。
「屁をこくんじゃねー!!!」
ぎゃははははは、と少年たちが笑ってしまう。少女たちもくすくすと笑って、ジョグはあっさりと腰を落としてしまった。
ジョグ少年は「そんなぁ。兄貴がやれって言ったのに」とへたり込んだまま情けない顔をする。
そんな奴らの前で俺は馬歩を姿勢をとってやる。手本だ。
「気合ってのはこうだ! おらぁッ!!」
俺が叫べば、丹田に込めた気が全身を駆け巡り、
白い気に覆われた俺を見て、子どもたちがおお! とどよめきとともに歓声を上げた。
なおこれは『剛勇』スキルに取り込まれた『気功』や『体術』『中国拳法』などのスキルによる『チャクラ』という技だ。
『チャクラ』は単純に
「『チャクラ』は気功や体術スキルの初歩の初歩で、習得も簡単だからな。お前ら、しっかり会得しろよ! これができりゃ訓練も楽になるからな!!」
一定以上の戦闘技能持ちが必ず会得している『身体強化』スキルの獲得には、とにかく身体をいじめ抜くことが必要なので、そのときに
なおジョグがへたり込んだので馬歩の指導はこれで終わりだ。こいつは毎日欠かさずやって習慣づけるのが大事であって、あんまり長く続けたところで劇的な成果が出るものではない。
このあとはアスレチックやパルクール、持久走などをさせるが、指導に関してはレベルの高い未亡人たちに任せることにしている。
なお未亡人の中でもレベルが高い連中は俺の訓練を時折受けるようになっている。時代が時代だからな。戦闘スキルは女が身につけていても悪いものではない。
(男の方がステータスの数値が高くて、性格的にも兵士化が容易だから徴兵されやすいけど、レベルとスキルのある世界だからな。女だって戦おうと思えばいくらでも戦えるんだぜ)
とはいえ同僚である男の兵士に強姦されて精神的に戦えなくなったり、徴兵逃れのために妊娠する女兵士がいたりと、女性の運用には難があるようである。
あとは生理周期を把握されて、体調が悪化したときを狙われて倒された女性英雄の話とかもあるから、この国では徴兵に及び腰のようではあったが。
あとは敵国である帝国なんかでは皇女様専用の女性近衛騎士部隊なんかもあるらしい。
女性近衛騎士部隊。くっ殺されそうな集団だ。
◇◆◇◆◇
さて、まだまだ昼だ。仮院長としての仕事やらケスカの報告やらを手早く処理した俺は『バスタの燻製小屋』に来ていた。
目的はギャンブルである。俺はニヤリと笑いながら目の前の椅子に座るルナを見た。
「おう、ルナ。今日はお前一人か?」
「うん。私だけ早く。マナは奉仕作業があるからあとで来るって」
ルナ・ルーンプレイヤー――銀髪碧眼の修道女見習いの少女は椅子に腰掛けた。
その顔にあるのは深い信頼が籠められた笑み。
(レックスのクソ漏らし以降これだよ。どんな心境の変化なんだかな)
俺はそんな彼女の目の前に、キンキンに冷えた果実のジュースとつまみのクッキーを置いてやる。
彼女がそれに口をつけてからギャンブルに使う天秤をテーブルに出し、ログボ代わりの木製コインも5枚くれてやる。
ちなみにこのログボ、
「それで、今日はどうする? ログボも込みで共同資金から
言いながらルナに見えないよう、足元で魔道具を操作する。
部屋全体がほんの少しだけ暑くなるように温度調整した暖房器具と微量の興奮作用のある香りを放つ香炉だ。
双子で来ていれば温度は常温に保ち、鎮静とリラックスの香りを流す。
だが、ルナやマナ一人なら――こういった操作を俺はしていた。
「ん……返済は、いいや」
こくこくとジュースに口をつけながらルナはそんな呑気なことを言う。
「なぁ、今のルナの負債。共同資産からでも少しばかり買い戻しておいた方がいいと俺は思うがな。そろそろ払える権利がなくなるぜ?」
金庫からばさり、と俺は
『ルナ・ルーンプレイヤーの手料理を食べられる権利』『ルナ・ルーンプレイヤーに雑用を命じられる権利』『ルナ・ルーンプレイヤーの衣服着用許可権利』『ルナ・ルーンプレイヤーの右足の操作権利』『ルナ・ルーンプレイヤーの左腕の操作権利』『ルナ・ルーンプレイヤーの左目の操作権利』『ルナ・ルーンプレイヤーの心臓の操作権利』『ルナ・ルーンプレイヤーの睡眠の権利』『ルナ・ルーンプレイヤーの魔臓生成魔力の使用権利』……(中略)……『ルナ・ルーンプレイヤーの休日外出時の行動決定権利』『ルナ・ルーンプレイヤーの平日時の自由時間の行動決定権利』『ルナ・ルーンプレイヤーの神聖魔法行使時の対象指定の権利』『緊急時のおけるバスタ・ビレッジへの優先治療権利』『バスタ・ビレッジへの性的奉仕義務(本番行為以外)』『バスタ・ビレッジへの風呂内での奉仕義務』『バスタ・ビレッジへの性的奉仕義務(本番行為)』『ルナ・ルーンプレイヤーの勇者の祝福の対象権利』。
「流石に心臓の操作権利と魔臓生成魔力ぐらいは買い戻せよ。つか共同資産全部使えば半分ぐらいはお前の権利を買い戻せるんだぜ?」
「ん……そう、かも?」
呑気に言うが……――たぶんこれはどれだけ重大なことか理解してないからだろう。たぶん。おそらく。きっと。
「でも、共同資産はマナとの共有財産だから勝手に使えない。それに私の権利を持ってても、私はバスタの奥さんになるんだし問題ない。バスタなら悪用しない、でしょ?」
神秘的な輝きを帯びた、宝石のように煌めいている青い瞳に見つめられ、俺は「まぁな」とだけ言う。悪用はしない。というか
というか婚約の為の性的奉仕とこいつらの価値を損なうための勇者の祝福が俺の本命で、心臓を含めた全身の操作権利なんて持ってたところであまり意味はなかった。
奪ったのは、合法的に、俺ではなくルナの過失で奪える状況ができたから奪っただけである。
「なら、いいや」
にっこりと微笑んだルナは「バスタ。ゲーム、しよ」と俺に向かってゲームの開始を催促してくる。
(これはローマのカエサルと同じって奴か?)
ルナの証文を金庫に戻しながら俺は思う。借した額が大きすぎるために商人たちはカエサルが倒れないように彼を支援するしかなかったとかいうあれだ。
ルナの思考も同じか? 強力な武力と多量の財産を持つ俺がルナの全権利を持っているなら、俺は必然的に俺の
貴族への強力なコネを持つ身内を持ち、自身も強力な神聖魔法の使い手に成長するルナは、俺がそれなりの身分になろうとも
なお、この証文にはバスタの燻製小屋のルールと同じ、
だが、女神教の信徒であるルナは悪徳を犯せないがゆえに破ることができないようになっている。
「ルナ、てめぇが払える残りは就業先の決定権利とか子供を産む権利とか、呼吸する権利とかめちゃくちゃ重要な奴ぐらいだからな?」
「そうだね、どうしよう」
俺が思い出すのは最初の払いのことだ。
価値の天秤を用い証文を作成し、ギャンブルの負けとして自分の肉体の操作権利を売り払ったとき、ルナの顔色は真っ青だった。
だが今では負債が大量になりすぎたためか。こんなことを呑気に言うようになっている。
「お前なぁ。自分の権利なんだからもっと真面目にしろよ。俺はこんなことのためにやってるわけじゃねぇんだからな」
心配するようなセリフをわざわざ考えて言えばルナは申し訳なさそうに謝罪する。
「ごめんね。でも今度は勝つから。じゃあ、まずハイアンドローで運試し」
俺は、ルナとマナが二人でギャンブルするときは勝たせた。
だが、どちらかが個別に小屋を訪れたときは徹底的に負かした。
そうして俺は二人が自分の全権利を、自主的に払わせることに成功した。
――どうしてこんなことができるのか?
答えは簡単だ。
このバスタの燻製小屋の中でのみ通用する肉コイン。
こいつ一枚の価値は、重税に喘ぎ、なんの援助もなければ孤児や未亡人が餓死しかねない飢餓地域における肉一キロの価値である。
つまり本人たちは全く気づいていなかったが、銀貨一枚ですら釣り合わないほどの超高額貨幣でこいつらはギャンブルをしていたのだ。
そうなればあとは簡単だ。
神聖魔法が使えようが、高位の司祭の孫娘だろうが関係ない。ルナ・ルーンプレイヤーの全ての権利を奪うには全身合わせてもコイン1000枚程度で事足りる。
(さぁて、と。残るいくつかの権利を奪い取って、双子が共同資産で保有するコイン分以上に負かせば終わり、だ)
無論、
(この俺とて、いつまで勝てるかわからねぇからな)
ルナ・ルーンプレイヤー。てめぇの全存在権利。油断も慢心もなく、俺の悪意に気づかせぬまま削りきってやる。
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