019 悪童バスタ、巡回警備を行う。
実のところ、村周辺の巡回警備は村の皆が想像しているほど難しいものではない。体力は使うがな。
というのも俺は狩人の爺さんや木こりのおっさんたちと協力して、早々に森の浅層部分のマップを作り終えているからだ。
そして
もちろん俺たちが把握していない場所でモンスターが発生することもなくはないが、なんのかんのとモンスターが寄り付きやすい場所は決まっていて、それらを把握しているために一日に一度、そういったスポットを巡り、モンスターの痕跡を探ることで発生の有無を確認することもできている。
生き物かどうかは諸説はあるものの、魔物が生物的な行動をする以上、その行動を読むことは容易いのだ。
そして俺たちは発生箇所や寄り付きやすい場所などに罠を仕掛けるようにしていた。
大型モンスター用の落とし穴、小型モンスター用の箱罠、人型モンスター用の吊るし罠などなど。
モンスターは人間を見つければ勝手に寄ってきてくれるものの、移動する生物というのは存在していることを把握するだけでも結構骨である。
もちろん罠に頼らずに、探知スキルを使うって方法もなくはないが、あれは広大な森の全てを把握できるほどではない。
スタミナも魔力も消費するあれを使いながら探し回るってのはそれだけで手間なのだ。
ゆえに予めモンスターを罠に引っ掛けておくというのは巡回警備をするうえでとても重要なことだった。
ちなみに、俺が巡回警備をするようになってから、罠に関しても実験的にいろいろな種類のものを新しく作り、改良を試みている。
例えば罠に使われている縄一つとっても素材を変えることで効率化を図れる、とかだな。
鉄剣でも切れないように『斬撃耐性Ⅰ』のついた大蜘蛛の染め糸に、オークの硬革で作った紐を編み込むことで作れた強靭な縄。
村の警備にかかわる人間以外には開閉できないよう、価値の魔法を使って作られた簡易暗号鍵のついた箱罠。
なお、俺たちの間で便利に使っている蜘蛛糸の色染め素材だが、魔物の糸素材を裁縫スキルで色染め加工するとスキルが付くのを発見したのは偶然だ。狙ってやったわけじゃない。
これは裁縫スキル持ちだった雑貨屋店主すら把握してなかった技術だったからな。
この辺りは、俺に取り込まれている敗残者どもの知識ゆえだろう。村の悪童にはない視点。ゲーム的なアイデアという奴だ。
蜘蛛糸を森のアイテムで染めると付与効果が発生した! なら薬草なんかを合成すれば回復魔法的な効果のあるアイテムができるはずだ! 手製だとダメ!? スキル使わないとダメなのか! 検証してみっか! みたいな感じで段階的にやらせてみた結果だ。
無論、貴重な薬草をポーションに加工するならともかく色染めに使うなんて、とか。緑色なら別の素材でも、と嫌がった店主に強制してやらせたのは俺で、作成された布に関しても神聖魔法を使える双子にMP回復効果のある飴を渡してアイテム鑑定をさせたのも俺。
つまり俺がいなければこの技術は発見できなかったのだ。俺すごい。最高だな俺。
なお生産スキルはあってもアイテム鑑定の能力を持つわけでもない店主――店主は商人ではない。生産スキル持ちが小銭稼ぎに店を開いているだけだ――は糸を染めることはできても染め糸の価値に関しては知ることはない。
そして俺は染め糸を鑑定し、これが
知識は宝だからな。誰がその辺の村人風情にくれてやるかよ。
薬草染めで手に入る『自動回復Ⅰ』スキル以外の、『斬撃耐性Ⅰ』などのスキルはその過程で発見できた副産物だった。
なお、村長である父や次期村長の兄にもこれらの成果は内緒にしている。
彼らは魔物狩りで裕福になった俺が孤児におそろいの緑色の服を着せているとか、その程度にしか考えていない。
家族にプレゼントした蜘蛛糸の布で作った装備に関してだって、色を染めていない通常のものだ。
(家族に知らせたら面倒くさいからな。スキルが付与されていて貴重だから、染め糸は子爵様に献上する、なんて言い出されたら困る)
子爵様の評判は知らないが、領の現状を見れば、特産認定! やったねバスタくんお手柄だ! 君にも利益をくれてやるからな! ではなく、軍需物資にするからってことで強制的に全て徴収する。ついでに作れる未亡人も徴兵。あとは実験データ全部寄越せ、素材は定期的に全部納入しろ。税金代わりだよ、とか言われそうだからである。
(まー、いつまでも秘匿できるもんでもねぇし、そのあたりの対処は双子と結婚するまでは身内だけの秘密にして、双子との結婚後に司祭の爺さんのコネを使って教会経由で特産品認定させるのがベストだろうな)
HP自動回復Ⅰや各種耐性付きの服がどれだけ貴重なのかはわからない。
だがあの服のおかげで双子は孤児たちの傷を癒やす回数が減った。
ということは、だ。
HP自動回復付きの服を騎士や兵士に配布できれば、戦争は楽になるんだろう。
無論、国家全体のことを考えれば、今すぐこの貴重なアイテムを俺は作成方法と共に提出すべきなんだろう。
で、それが俺の人生にどれだけの幸福を齎してくれるのかっていうと、甚だ疑問なんだよな。
何もかもとりあげられてまで世のため人のためっていうのはなんか違う気がするぜ。
(何か発表するにしてもまずは地位だな。地位)
当面の目標は俺の社会的な立場を引き上げることだ。
ゆえにあのとき、墓穴を掘ってる最中に兄貴におねだりして、孤児院の院長になるべく村の有力者への根回しや双子の篭絡に力を入れてきた。
悪童である弟の悪評を知っている兄貴は渋ったが、結局あのひとは忙しいし、俺が手に入れた肉だの毛皮だのを毎日それなりの量くれてやっていれば村の現状が厳しいのか、頷いてくれるようになった。
さて、どうして俺が孤児院の院長になったかと言えば、双子の攻略とは関係なく、単純に手駒が欲しかったからだ。
村内のフリー人材である未亡人を雇ったのもそのためで、孤児たちに教育を施すのもそのため。
今の俺は十歳、成人まで五年だ。成人すれば次男の俺は確実に徴兵の対象になる。帰ってこられるかはわからねぇ。
なんで、そのときのために自分だけが強くなるのもいいが、その間に側近や手駒となる人間を育てておけば……ってな。
(まぁ、うまくいってると言えばいっているが、順調――というには難しいな)
もうちょっと人数が欲しい。特に俺と同年代の人間だ。ケスカしか連れていけねぇのがな。あいつを育てておかなきゃ俺が死ぬかもしれん。
なおルナマナに関して言えば十五歳になって結婚する前から妊娠させてしまえば従軍を避けられる。
神聖魔法が使える人材なんかは優先徴兵対象だが、妊婦は徴兵の対象外になるからな。
戦地にあんな美少女連れ出したらその日の晩に兵隊どもの上司である貴族連中の慰みものにされてもおかしくねぇ。ルナマナは俺の権力の源泉だ。俺が守ってやらなきゃあ。
(ケスカもなぁ。難しいが頑張って守ってやるしかねぇな)
とはいえ王国自体がほぼ詰んでる現状、徴兵された先が俺でも死ぬような地獄じみた死地じゃなければいいんだが。
「まぁなるようになれって感じかな。お、かかってるかかってる」
今後に関する思考を巡らせながら森を歩き、設置してあった箱罠を見れば、中にきゅうきゅうと鳴く兎の魔物がいる。可愛らしいが、人間の子供ぐらいなら額の角で突き殺して穴だらけの死体を量産する危険な怪物の一種だ。
俺は価値の魔法を使った認証鍵を用いて箱罠についていた鎖を外し、箱罠を持ち上げると水魔法を使って水の塊を作った。
「ほらよ。はよ死ね」
水に箱罠を放り込んで兎の魔物を溺死させる。
この魔物自体は鶴嘴でワンパンではあるが、魔物も馬鹿じゃない。血が流れて罠に臭いがつくと他の魔物が警戒して罠にかからなくなるのである。
罠を再利用したいなら溺死させるのが一番楽だった。
死亡して角と毛皮と魔石をドロップしたのを確認すると、ドロップ品は回収。
箱穴を掃除、再び餌をセットして、次の罠に行くかと手製マップを俺は覗くのだった。
◇◆◇◆◇
TIPS:色染め技術の貴重性
通常の、普遍的な布を染色する技術ではなく、スキルの付与されたアイテムを作成できるこの技術はあまり世には知られていない。
からくりを知れば簡単に模倣できるためか、秘匿性の高い一子相伝の技術として貴族お抱えの織物職人などに扱われているためだ。
では、こんな簡単な技術がなぜ発見されていないのか。
いくつか理由はある。
一つは素材にステータス的な効果を付与する技術は、スキルを使う必要がある、というもの。
魔物の蜘蛛糸と薬草の染めを、通常の、スキルを用いない手法で行った場合。ただ糸に薬草の色がついたものができあがる。そこにスキルは付与されない。
――特殊なアイテムの作成には専門のスキルが必要である。
とはいえ裁縫スキルや錬金術スキル自体は、そこまで習得の難易度は高くない。真面目に学習をして、実際の経験を積めばそれで習得が可能になる。
困難なのは、特殊なアイテムの作成には特殊な素材が必要である、ということ。
スキルを受け止められるだけの空き容量を持つ、
それとその基本素材にスキルを付与するための効果を持つ
どちらもそれなりの値段で取引されるアイテム――薬草単体は安いが色染めとなるとそれなりの量が必要になる――だ。
ゆえに、研究熱心で開拓的な精神を持つ人間以外はアイテムを無駄にしたくないと挑戦すること自体を諦めてしまう。
推測だけで実験のために挑むには金銭的なハードルが高いのだ。
また、アイテムの作成にスキルを使用するというのも、この技術の発見難易度の上昇に寄与している。
糸染めには、それなりにMPを使う。
糸の染めにMPを使うというのは、通常の、人の生活圏内で活動し、レベルを上げない生産スキル持ちでは少し以上に困難になる。
というのも、レベルを上げて保有MP量を増やすというのが、この世界において結構な難易度であるからだ。
死なずにレベルを上げるための、戦闘スキルの習得にかかる手間、装備や護衛を揃える費用。
その余分を生み出すための余力は、並大抵の努力では足りないのだ。
なお、生産スキルを持ち、戦闘スキルを持たない一般人に対して、レベルを上げればステータスが上がっていろいろ楽になるよ――というのは、日本において猟銃免許をとって狩猟をすれば新鮮なジビエが毎日食べられるよ、とか。素手で猪殴り殺せるぐらい空手極めれば生きるのに役立つよ、というようなものである。
確かに、できれば役に立つ。
だけれども、そこまでの労力を払ってやりたいかと言えば……頷くのは少数の、奇特な人間ぐらいのものだろう。
素材は金を払えば手に入る。素材の組み合わせも、たまたまでもなんでも試してみる者はいるかもしれない。
しかしそれらを適切に加工するためのMPを得るためには、生物を殺して自らのレベルを上げるしかないゆえに、この世界の人間がこういった加工方法を見つけることはほとんどないのである。
本編ゲーム『魔王戦争 ―四人の勇者― 』での生産アイテムの扱い。
色染め程度のアイテムであれば下級素材からでも作れるので、プレイヤーが生産スキルを得れば、簡単に作れる。
秘匿も何もなく、序盤の装備、金策用生産アイテムなので苦労も何もない。
とはいえ生産スキルの習得に多少の手間と、生産自体に多少のゲーム内時間が必要なので、多くのプレイヤーは生産スキルを持つNPCの勧誘をするまではこの技術に触れることはない。
また貴族家御用達の高級店や、山奥にある亜人たちの隠し里などに行けば、スキルの付与された布や金属などを普通に購入できたりする。
◇◆◇◆◇
薬草、野草、野菜、果実、薬や武具の材料になる樹皮に、枝、あとはキノコに、特定の木に生える苔。
村の傍の森には魔物の他にも、様々な素材が存在する。
手製マップにはそれらの
(採ってもすぐ生えてくるのはこの森の魔力が強いからなんだろうな)
さらには春夏秋冬、季節によって採取できる素材も変わる。冬でも食べられる野草なんかが採取できるこの森は村にとって、恵みの森だ。
ただし、村に与えられるのは恵みだけではない。
つい先日のように迷宮暴走などで森内部で魔素濃度の変動が起これば、森内部に魔物が溢れ、村に襲ってくるようになる厄災の森でもある。
「一長一短ってか」
背中に背負っていた籠が採取物でいっぱいになったため、俺は走って近くの狩人小屋に行くと背負っていた籠を降ろして、新しい籠を背負った。
今ので往復は十度目で、ここまで素早く動けているのは事前に採取マップを作っておいて、なおかつ戦闘系技能の集合である『剛勇』と生産以外にも採取や解体などを含めた複数技能の集合である『内政』のスキルがある故である。
ちなみにこの狩人小屋周りのモンスターは徹底的に排除してあるので、採取物でいっぱいの籠は未亡人たちがあとで回収に来てくれる。
なおモンスターを狩ってあると言っても、絶対に出現しないというわけではないので、回収に来るのは解体作業でレベリングを済ませている婦人たちだ。
解体作業を通じて彼女たちは10レベルに到達しているし、モンスター素材で作ったそれなりに強い槍を持たせているので、女だけでもこのへんのモンスターなら倒すこともできる。
事実、森の中から迷いでてきたゴブリンぐらいなら遭遇しても殺していると報告も受けていた。
「さぁてと、森が終わったら草原だな」
再び籠を採取物でいっぱいにした俺はそれを狩人小屋に叩き込むと、今度は村を突っ切って、森と反対側である、村の外に広がる草原へと走り出す。
こっちもマップは作成済みだ。
魔物の発生する箇所。採取できる資源などなど。草原なので現在位置把握のために番号を記した木の杭なんかも草原内に打ち込んでいる。
「おらおらおらおらおらぁッ! バスタ様のお通りだ!!」
俺は全身に『身体強化』の魔法を巡らせ、片っ端から魔物発生箇所と採取場所を超高速で回っていった。
(そういや今日は牛型モンスターが発生する日だったか)
草原側に建ててある作業小屋に配置してある手製リヤカーを回収すると、草原に突入。
リヤカーの中に積んでおいた籠やら箱に、そのへんで取れるにんにくっぽい植物や、ネギっぽい植物、小麦に似てるし小麦粉みたいな粉もとれるけどけして小麦じゃない小麦っぽい『小麦もどき』とかを採取して、どかどかとリヤカーにぶちこんでいく。
あとは草原の箱罠を回収だ。
手早く草原を周り、子犬ぐらいのサイズの兎だの鼠だののモンスターが入っている箱罠を回収。これはこの場では殺さずにリヤカーに載せ、代わりの空の箱罠を設置しておく。
なお森で殺したのはリヤカーがなかったからだ。この箱罠、サイズがそこそこ大きいから持ち運びが面倒なんだよ。
これらのモンスターは解体小屋に運ばれ、生きたまま肉として加工される。
あと低レベルモンスターでもあるので婦人のレベリングにも使う。
「で、あと絶対にやるべきことは……と」
……あー、解体小屋に持っていく大型モンスターの捕獲があったな。
これに関してもすでにリポップ間隔を把握して候補を整えてある。
この草原に三日に一度だけ
軽自動車ぐらいのサイズの動物モンスター、名を『暴れ大牛』。
レベルは8程度だが、ネズミの1レベルと象の1レベルというように、モンスターごとの個体差というのがこの世界にはある。
だから一桁レベルとはいえ、けして油断できるモンスターではないのだ。
しかし体格がでかいから大量の肉が取れるうえ、皮は防具に道具、骨は武器に家具、角は薬やアクセサリーとその肉体から取れる何もかもが有用なモンスターでもあった。
(ま、
残っている採取場所を巡りに巡って、箱罠などの回収と再設置を終えた俺は作業小屋に一度戻ってから、牛型モンスターが出現する場所へと移動した。
そして挑発して怒らせ、そいつを村の傍に作った安全地帯へと引き込むことに成功する。
あとは適度に手足の骨をぶち折ってから、弱らせて拘束。
未亡人たちに無事引き渡すのだった。
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