018 勇者レックス、覚醒


 結局のところ、教会前で起こったお漏らし騒動は、逃げたと思われたライナナがレックスの父親を連れて戻ってきたことで収束した。

 全裸で騒ぐレックスの頭をごつん、と叩いたレックス父は、集まった村人たちと俺に謝罪をして、面倒をかけたことに対し、レックスに頭を下げさせた。

 ごめんなさい、と無理やり言わされたレックス。村人たちは心持ちレックスを遠巻きにしながらもそれを受け入れた。

 クソ漏らしぐらいで村八分になんてする必要もない。

(同年代の少年たちからはからかわれるかもしれないがな)


 ――レックスの視線が、義妹を鋭く貫いていることだけは気になったが……。


 父親の背後で、こわごわとレックスを見ているライナナに対し、レックスは義妹を鋭い視線で貫き続けていた。

 その視線はなぜ父親を呼んだのかとか、なぜあの場で自分の弁護をしなかったなどの恨みつらみが籠められている。

 気になった。気になったが、ライナナは自分バスタの女でもないただの村の少女である。

 俺が何か声を掛ける義理もなかった。

 なので騒動が終わったなら長柄鶴嘴を手に、俺はこの場から去ることにする。

「じゃ、俺も仕事あっから行くわ。おい、レックス。うんこしたかったらちゃんと便所でしろよ。流石に教会前は女神様に怒られちまうぜ。ガハハハハッ!」

 お、お前! とレックスが俺の挑発を受け流せずに噛みつこうとするも「バカがッ。黙ってろ!!」とレックス父に殴られ黙らされる。

 そしてレックス父は俺に向かって頭を深く、深く下げた。

「ば、バスタさん。息子をありがとうございました」

 レックス父が頭を下げるもレックスは「お、親父!? な、なんであんな奴に頭下げんだよ」と反発し、また父に殴られた。そうして怒鳴られる。

「馬鹿息子がッ! あんな奴じゃなくてバスタさんだろうが!!」

 鉄拳制裁に次ぐ鉄拳制裁。

 なおレックス父が俺に平身低頭しているのは、俺が村長の次男だからじゃない。

 周辺警備を請け負った俺が毎日のように大量のモンスターを殺しまくっているからだ。

 それに警備のついでに森の恵みを回収し、村に分け与えているし、未亡人や孤児の世話をしてやっていることからの名士的立場もある。

 なおこのアーガス村、何気に人口に対する未亡人の割合が高いので、俺と敵対すると村の婦人会に加え、孤児と関係の深い教会まで敵に回すことになる。

 ちなみにだが流石に二ヶ月も経てば薪だの薬草だのの回収のために、護衛なしでの村人の森への立ち入りは――俺が安全を確認した場所のみだが――解禁されており、休日などに森へ趣き、少量だが森の恵みを回収することもできていた。

 とはいえ周辺のモンスター発生は俺の努力でスタンピード直後より減少しているものの、未だに不安定で、予断を許さない状況でもあるためか村人たちも森の浅層全域では採取を行えていない。

 俺が周辺警備を未だにやっているのはそれらを早期に安定させるためでもある。

(ちったぁ落ち着きゃいいんだが。こればっかりはな)

 何しろあのスタンピードはこの地域一帯を蹂躙した。

 このアーガス村の周辺の村がいくつも滅んでいる。

 瘴気汚染によるモンスター発生の不安定さもそうだが、村々の滅亡でこの辺境地に人間が住まない空白地帯がいくつも生まれた結果、狩られなくなったモンスターたちがどう動くのかわからなくなった。

 親父である村長が村人の採取活動を抑制する理由にはそれもあるのだ。

(モンスターが人間を襲う性質を持っている以上、大物のモンスターが空白地から棲家を移動して、アーガス村になだれ込んできてもおかしくねぇからな)

 それらの問題の解決のためにも子爵領の騎士による調査が行われているらしいが、一、二ヶ月程度ではどうにも解決は難しいようであった。

 というかたぶん騎士も解決は諦めていると思われる。

(遠方の戦争に騎士を送ってるから人材不足なんだよなぁ)

 さて、鉄拳制裁を受けて、頭を抱えるレックスに俺は呆れた視線を向けてやってから、レックスの父親に対して「父親ならよく躾けておけよ。そいつ、ルナとマナに近づくなとか俺に命令してきやがったからな」と告げ口してやる。

 するとレックス父は顔を真っ青にして「申し訳ありません、バスタさん。よく言い聞かせておきます!!」と震える声で返答してくる。

 ルナとマナ。美少女修道女見習いの二人は、村ではすでに俺の女扱いが決まっている。

 狭い村だ。早朝の教会で俺たちがナニしているのかなんてちょっと考えれば想像がつく。

 加えて俺が老司祭であるエグワ・ルーンプレイヤーによって高等教育を受けていることも噂になって――いや、未亡人たちに噂をばらまかせてある。

 結果として、いずれ村長家の次男であるバスタ・ビレッジとルーンプレイヤーの双子姉妹は婚約するという噂が村の大人たちの間に蔓延っていた。


 ――それはつまるところ村長家の次男が村の神聖魔法使い二人を妻として抱えるということである。


 そんな俺が双子に対して、あの一家嫌いだとか、レックスむかつくよなぁ、とかなんとか言い出せば、怪我をした際に治療を渋られるか、他の人間よりも優先度を下げられ、後回しにされかねないと――ルナマナが実際にどう行動するかはともかくとして――レックス父が判断してもおかしくはないのだ。

 顔を青くするレックス父に俺は「へへッ、まー、クソ漏らして喚いてたガキの言う事なんざ俺は気にしてねぇからよ」と安心させるようにして言ってやり、まだ残っている村人たちに「おら! 仕事戻れ戻れ! ここにいたって糞の臭いしか残ってねぇぞ!」と手をパンパン叩いて指示してやる。

 未だ子供の意見であろうとも、武器を持って、ゴツい皮鎧を着て、しっかりと自分の仕事をしているバスタの言葉に、村人たちもレックスに不審の目を残しながら去っていく。

 ったく、ちょっとからかうつもりが時間食っちまったな。と俺が教会をあとにしようとしたとき。

「バスタ、ちょっと」

 くいくいとマナとルナの双子が寄ってくる。

 双子がレックスと親しかったのはまだ過去のことではない。レックスに謝れとか、少しは手加減できなかったのかとか言われるのかと思えば、二人はぎゅっと俺の手を握って『清浄クリーン』と俺の身体と鎧に魔法を掛けてくれる。

「森に行くのにうんちの臭いとか残ってたら困るでしょ?」

 マナの言葉。ルナは「気をつけて。バスタ」と背伸びして頬にキスまでしてくれる。

(あ? なんだ?)

 もちろんこの程度のこと、俺が言えば今までもやってくれただろうが、それは言えばだ。

 自主的にここまでしてくれるような関係ではなかった。

(どういう心境の変化だ?)

 内心に疑問が生じるも口には出さず。にかっと笑って「おう、助かるぜ」と余裕そうに振る舞っていれば「それで、その、私たちの婚約の件なんだけど」と急に言いだしてくるマナ。

「お、おう? いきなりだな?」

 老司祭がほとんど乗り気ではないとはいえ、内々定ぐらいは貰っているだろうと考えていたそれに「司祭様――お祖父様が帰ってきたら、私たち、受けるから」とまで言ってくる。

(は……――?????)

 一瞬、思考が止まる。

 なぜ? 本当に疑問だ。というかこいつら、俺と婚約するかどうか聞かれて保留してたのか。

(ミサのあとに、あそこまでしてるのに)

 この双子とは本番行為をしていないだけで、ほとんどあらゆる行為を行っている。

 婚約に踏み込めなかったのは単純にこいつらの爺さんである老司祭の方が村長である親父よりも貴族へのコネが豊富で、かつ教会勢力でもあるため村内の権力が強かったからだ。

 そこを考慮して俺としても決定的な――処女を奪う――行為を行っていなかった。

 村内の政治事情を考慮して踏み込めなかったそれが、なぜレックスのクソ漏らしイベントのあとにこんなに素早く決まってしまうのか意味がわからない。

「……嬉しくないの?」

「バスタ? 答えて」

「あ、ああ、嬉しいよ。嬉しいが、なんだ? 突然だな?」

 そうかな、と双子が視線を交わらせる。

「祝福も授けて、毎日あんなことしてるんだから、逆にしてないほうがおかしいと思うわよ」

「うん、そう。むしろバスタから言い出すべきだった」

 そうなんだろうか? 正直なところ、こっちの結婚の作法はそこまで知らないのだ。

 偶然? 偶然か? 思いながらも好機を逃さない俺は意を決し、告げた。

「ルナ、マナ。俺と結婚してくれ」

 はい、と二人は満面の笑顔を浮かべて、俺の求婚を受けてくれる。

 瞬間、彼女たちから溢れた光が俺の胸元に吸い込まれた。

 危険はない。逆に、ぽかぽかとした、何か温かいものが心に溢れてきて……――俺は双子に問いかけた。

「こ、これは……?」

 びっくりした表情の二人だったが、興奮したように俺に抱きついてくる。

「祝福が成長したんだと思う! 祝福を与えた勇者と術者が結婚するってこういうことだったんだ!!」

「バスタに心を捧げたらこうなった! 本当に好きじゃないと、祝福は善くならない!!」

(おいおいおいおい、なんだこれ? なんなんだよこれ!? 俺の人生、いきなり大当たりジャックポットでも入ったってのかよ)

 双子の神聖魔法使いとの婚約。こいつで村内での権力の構図や将来の展望がほぼ決まったうえに、棚ぼた的に祝福まで貰える? なんだぁ、俺の前世、徳積みまくってたってか? バスタに取り込まれた前世は敗北者どもだらけだけどもよ。

 レックスのクソ漏らしが起こした奇妙な事態に俺は困惑するも、チャンスはチャンスだとばかりに二人を抱きしめて「お前ら! 大した奴だな! 最高だ! 愛してるぜ!!」と素直な気持ちを告げれば、顔を真っ赤にした二人は唇を寄せてくる。

 今までは要求すりゃキスぐらいはできた。ただ、それには少しの遠慮の入ったものだった。それがこんなに素直に。どういうことなんだと思いながらも俺は二人に対してそれぞれ十回ぐらいキスをしてやるのだった。


                ◇◆◇◆◇


 『勇者の祝福』:

  『聖女見習い』―ルナ・ルーンプレイヤー

  『祝福Ⅴ』―『成長度Ⅲ』―『全状態異常無効Ⅲ』

   ・ランクⅢまでの全ての状態異常を無効にする。

  『聖女見習い』―マナ・ルーンプレイヤー

  『祝福Ⅴ』―『成長度Ⅲ』―『全属性攻撃無効Ⅲ』

   ・ランクⅢまでの全ての属性攻撃を無効にする。


                ◇◆◇◆◇


「結婚……祝福……なんで、なんでなんだよ」

 何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い何が悪い。

 少年の心は暗黒に歪む。脳みそが壊れたように悪夢を再生し続ける。小便を撒き散らし、糞を垂れて怨敵バスタに敗れた屈辱がぐるぐるぐるぐると脳裏に再生され続ける。

「ったく、てめぇの気持ちはわからんでもないが、バスタさんに逆らうなよな。レックス」

 幸せなカップルの誕生を恨みがましい目で見ることしかない息子レックス

 そんな息子を父親が引きずって家に帰っていく。

 息子の同年代の少年をさん付け・・・・する父親に絶望の想いしかない。なんで俺を守ってくれないんだよ。あんた父親じゃないのかよ。

 かつてルナとマナと仲が良いことを告げれば、婚約を申し込むのはいつだと聞いてくれた父親の姿はもはやない。二人は無理でもどっちかと結婚するなら、今度ちゃんと連れてこいと言ってくれた父親はどこにもいない。

 父親はため息を吐いている。そうして息子に「今度からミサの前にちゃんとうんこ行けよお前。教会前で漏らすとか人間として最悪だからな」と自分の失敗を責め立ててくる。

 背後でバスタの笑い声と、ルナとマナの照れた声が聞こえてくる。それが、まるで自分を嘲笑うような声に聞こえて……レックスはだんだんと自分の視界が滲んでくるのがわかってくる。

「う……うぅ……うぅぅ」

 そうしていれば「兄さん……あの」と義妹であるライナナが心配そうな視線を向けてきた。


 ――何が悪い? 俺の何が? いや……俺じゃ、俺じゃない。


「お前が! お前が悪いんだよ!!」

 頭がカッとなって、気づけば義妹は地面に倒れていた。義妹の頬をレックスが殴ったのだ。

「れ、レックス!?」

 父親が驚いたような表情でレックスを見る。

「お、お前ッ! てめぇの義妹になんてことしやがる!!」

 反射で振るわれる父親の拳。レックスにはそれがスローモーションのように見えた。

 レックスは父の拳を、自分の拳を振るって跳ね上げた。

 ぱしん、という音。父親の拳は空を切り、レックスを殴りつけることはできなかった。

 同時にレックスの胸のうちから、暗い炎が湧き上がってくる。魂から力が湧き上がってくる。困惑。なぜ? 即座に思いつく。決まってる。復讐。そうだ。これは復讐のための力だ!!!!

「れ、レックス!?」

「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!」

 倒れた義妹を足蹴にし、重症が完治したばかりの父親を殴りつけ、少年は家に向かう。家には武器がある。木刀。木刀だ。

 思い出すのは、バスタに掴まれたときのこと。全く抵抗できなかったあのときのこと。

 この力があっても、まだ勝てるかわからない。ならやるべきことは決まっていた。


 ――レベルを上げるんだ!


 自分に約束されていた幸福な未来を取り戻す。双子の愛情を取り戻す。勇者の祝福を取り戻す。

 少年のささやかな幸福の全てを奪った憎き仇バスタに復讐するために。


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