030 子爵、悪童バスタを知る。



 マクシス・アルゴは困惑した顔で、盟友にして、師でもある老司祭エグワ・ルーンプレイヤーから齎された報告を聞いていた。


 アーガスの森――それはゼーブアクト王国、西方辺境に存在する大魔境の名称だ。

 その大魔境と、その地脈より生ずる数多のダンジョンを管理、制圧し、迷宮暴走スタンピードなどの魔物災害が起きないよう歴代の王家によって配されているのが、ゼーブアクト王国の西方辺境伯たるザトゥール辺境伯の役割である。

 そしてそんなアーガスの森の一部に隣接する、アーガス村を含めた村々と街のいくつかを治めるのがアルゴ子爵家の当主がマクシスの役割だった。

「それは本当のことですか? ……十歳の子供が? 眩惑のジャイアントワームを?」

「左様じゃ」

 マクシスの呟きは、ただ人の困惑ではない。

 ゼーブアクト王国西方地域に安寧をもたらすザトゥール辺境伯の下に配されている辺境貴族としての困惑だ。


 ――眩惑のジャイアントワーム。


 推奨討伐レベルは40。

 ただしそれは40レベルあれば確実に倒せる相手、という意味ではない。

 最低でも40レベルはないと何もできずに殺されるという意味である。

 そしてこの世界の人間の基準からすれば、並大抵のことでは達成できない基準。それがレベル40だ。

(レベル40基準の子供?)

 それが真実ならばとんでもないこと。ただし頭から否定することもできず、到達するのに必要なものをマクシスは考えた。

 戦闘に関する高度な教育は必須。

 この時点で到達できる人種が限られる。40基準なら最低でも生まれは貴族だろう。

 加えて必要なのが貴種たる者が抱える、高度な鍛冶スキルによる装備の支援を受けられる職種。つまり騎士以上のなにか。

 推奨レベル40ならこの2つが最低条件だ。寒村の村長家? 少年? あり得ない。あり得てはならない。

(第一、そもそも年齢が……)

 報告したエグワの手前、その疑念を口に出すことはない。

 だが、マクシスは辺境貴族として経験で知っている。

 前述の恵まれた境遇の武人。それが生涯をかけてようやく到達できるのがレベル40だ。

 子供では、辻褄が合わないのだ。才能とか努力とかそういうものではない。その前に、圧倒的に時間・・が足りない。

 そもそもレベル40は最低条件。あの眩惑のジャイアントワームを仕留めるにはそれだけでは足りない。

 レベル40に到達する間に得られた死闘の経験や先達の知恵、優れた装備などの複合的な知識と対策があってこそ、初めて戦える領域に到達できる。ただ単調にレベル上げをして40になっただけでは足りない。そういう領域の怪物。

(だいたい、対策はどうしたんだ……辺境の村長家じゃあ、どうやったって揃えられないだろう)

 対策必須の強力な複数状態異常と、戦士では回避不可能な範囲土魔法。

(わからん。全くわからん)

 一番対処しやすいとはいえその巨体を使った攻撃だって、一定以上の練度を持つ武術スキルを持っていない場合、何もできずに圧殺される危険があるし、ボスモンスター特有の高いHPと自己回復スキルを突破するために、相応のダメージを稼ぐ手段も必要だ。

 眩惑のジャイアントワームはただ身体能力ステータスが高ければ倒せるモンスターではない。

 偶然でも幸運でも倒すことはできない。

(計画して、殺すべくして殺すべきモンスターだ)

 辺境の村の子供が、何年も雑魚モンスターを殺し続けてレベルを上げて、の流れで勝てる敵じゃないのだ。

 レベルが60だろうが100だろうが対策がなければハメ殺される。そういうランクの難敵。

 ゆえに、アルゴ子爵領が有する洞窟型ダンジョン『土竜の巣』内において眩惑のジャイアントワームはボスモンスターよりも厄介な中ボスモンスターと位置づけられている。

 瘴気の活性化を抑えるために倒さなければならないボスと違い、倒す必要性が薄いことから討伐を忌避され、放置されていたモンスター。

 そんなジャイアントワームが討伐された。迷宮暴走スタンピードによって迷宮の外へと這い出してきた通常よりも強力な個体が。

 詳細を聞けば、アーガス村の地中に潜伏していたところを村長の次男が魔力で地上におびき出して討伐したのだという。

 そこまで丹念に分析をし、マクシスは困惑のままに心中で断言する。


 ――あれはたった十歳の子供に殺せるようなモンスターではない。


(それは絶対だ。強力な状態異常への対策が必須なのだ。そしてそれは生半の手段で補えるものではない)

 自身も騎士としてダンジョンモンスターの討伐に関わることのある子爵だからこそわかる。

(だが、これは、報告した者が……ううむ、どんな顔をすればいいのか)

 これが村長であるロングソ・ビレッジだけによる報告だったならば馬鹿にしているのかと叱責し、話を打ち切っていた。

 だが子爵の居城において報告という名の相談を行っているのは村長ではない。


 ――エグワ・ルーンプレイヤー老司祭。


 領主であるマクシスとともにこの辺境の地にて苦労を分かち合う、師とも仰ぐ盟友からの報告なのだ。

 加えて子爵は女神教の敬虔な信徒でもあった。

 王都の元高位司祭だったこの老人の言葉は絶対に無下にはできない。

「うむ。バスタ・ビレッジ。我が孫娘二人の婚約者・・・でもある少年だ」

 子爵の表情から、先の言葉を子爵なりに解釈したのだと判断した老司祭が、討伐者の情報を補足する。

 婚約者、という言葉に多少の苦々しさを含めながら。

 そうして老人が傍らにいた小姓に向かって手を振れば、子爵たちが会談を行っているテーブルの上に小姓がそれを恭しく置いた。

 それは眩惑のジャイアントワームの素材だ。

 中ボス級のモンスターからしかドロップしない巨大な魔石もそこには含まれている。

 これだけで小さな村の数年分の税収に匹敵する価値がある。

「バスタ・ビレッジから教会へ寄付されたものだ。もちろん当教会で扱い切れるものでもなし。子爵殿へ献上させて貰おう」

 子爵は唸る。こうして物証が出たならばもはや否定はできない。

 ジャイアントワームを殺せるほどの戦士が辺境の村にいるということを。

 それが本当に若干十歳の少年かはわからない。だが老司祭がここまで言うのだ。バスタが殺した、ということで決定する。

 ならば子爵家にバスタを騎士候補として招聘するべき、という考えも湧く。


 ――ただし、バスタ少年がただの村人であるならば、だが。


 バスタ少年は教会へと素材を寄付している。

 バスタ少年の婚約者に老司祭の孫二人がいる。

 ルナとマナのルーンプレイヤー姉妹。子爵は老司祭が連れてきた二人とは何度か顔をあわせていたが、長男に妻がいなければ数年待ってでも成人後に結婚させていただろうぐらいには器量の良い少女たちだった。

 そこでふと思い至る。

(……なるほど、勝因は『勇者の祝福』か?)

 マクシスはバスタ少年が眩惑のジャイアントワームを殺した手段に想像がついた。

 勇者の祝福だ。女の神聖魔法使いが生涯ただ一人にだけ行える成長型の強力な祝福。

 勇者の祝福の内容は定まっていないランダムだが、土属性魔法対策に、状態異常対策となる祝福を双子から授かったのだろう。

「運の良い奴だな。なるほど……ではエグワ司祭。バスタ少年を、子爵領の騎士としても?」

「否」

 鋼の刃がごとき声で拒否され、子爵は恐る恐る「では教会の騎士に?」と老司祭へと問いかける。

 それにも老司祭は否と返す。

 ではその将来有望そうな英雄の卵をどうするのかと思えば、老司祭は「地図を」と部屋の隅に控えていた小姓に命じた。

 これを見越してか用意されていただろう子爵領の地図が、小姓たちによってテーブルの上に置かれた。

「子爵殿。先の迷宮暴走によって五ヶ村が滅び、子爵領の神域、つまるところ人類生存可能領域にほころびが生じておる。これは早急に解決しなければならない子爵領の大問題である」

 確かに、それはそうだ。

 領内の村の壊滅は税収の低下と領都アルゴに対する食料供給能力の低下を意味する。

 だが、それ以上に問題なのは魔境に隣接する人類領域の減少による魔境の侵食への対抗手段の低下だ。

 子爵がこの領地に配されている根本理由。

 村があり、そこに教会があれば教会の施設としての機能と、そこに住む村人の信仰心によって辺境に蔓延する瘴気への中和がなる。

 加えて、迷宮暴走した際の対モンスターへの防波堤として村々は存在する。

 無論、領都アルゴでもモンスターの迎撃はできる。

 しかし可能であれば魔境に近い位置に村を設置して、そこにモンスターを誘導してやる必要があった。

 でなければ領内のあちこちに無作為にモンスターが散らばることになる。魔境より多少離れた位置にある領都では引き付けるのに十分ではないのだ。

 ゆえにこそ、五ヶ村のある位置に人類領域を復活させることは子爵領にとっては喫緊の問題だった。

 無論、王都からの要請による対帝国戦線への支援などによる従軍や食料支援などによる負担を考えれば、簡単に行えるものではなかったが……。

(その支援のために子爵領から戦力を割り引いた結果が先の迷宮暴走でもあるのだ)

 そしてこうして村が削られていても支援は続けなければならない。

 これも頭が痛い。子爵は貴族だが下位貴族だ。国王からすればアーガス村の村人たちと立場に変わりはない。下の立場なのだ。

 子爵もまた、内政せいかつを切り詰めて王へ税や食料、騎士を派遣しなければならない。

 長男は帝国との戦線へ送った。

 次男も国境際が騒々しくなってきている南方獣人戦線へ従軍している。

 幸いにも息子二人はまだ生きているが、二人が戦死すればマクシスの血統の男子が消えるため、次女の婚約者をすげ変えるか、三女に優秀な婿を取らせる必要があった。

 そのようなことを考えながら、マクシスは老司祭へと返答する。

「村の設置は勿論しなければならないことではありますが……司祭様、我が領には余裕がありませぬ」

 人も金も余裕がない。王都に要請して免税を願い出る必要があるほどに。

「バスタにやらせればいい」

 老司祭の言葉に無茶だ、という考えと、それは教会勢力による子爵領への介入なのでは? という疑念が子爵の頭に浮かんだ。

「無論、教会の子爵領への介入を心配するのならば子爵殿からバスタに代官か、従騎士の地位でも与えれば良い。第三の夫人として誰かしら有力者の娘をあてがうのもいいだろう。そしてうむ、そうだな、この位置に……」

 老司祭の手が地図の上で五ヶ村が滅んだ魔境よりの中心部を指す。川に近く、利水に問題はなさそうな土地だ。

「村の代わりに砦を置く。というよりここに土地の守りとして砦がなければ子爵領は削れていくだろう」

「むむ、砦ですか」

「無論、子爵殿にも益がある」

 再び老司祭が手を振れば、何人もの小姓が連なって大きな袋を複数持ってくる。床に置かれたその袋の口が次々と開かれれば、見えたのは大量の魔石だった。

「この魔石はバスタが教会へと寄付したものだ。これの、そうさな。四割ほどを子爵への献上品としよう」

 驚くはあるものの、話してる内容が内容だ。手早く頭の中で計算を働かせる子爵。四割。都市一つ分の年間収益に匹敵する魔石量ではあるものの、疑問はある。

「これだけの魔石です。教会にすべて収めれば、エグワ司祭の貢献になるのでは?」

「儂はもはやこの歳よ。それに王都でのことがあればこそ、栄達には興味がない。あるのはただこの地の民が健やかに過ごせることを願うのみ」

 なるほど。王都の腐敗を嫌悪し、この辺境地へとやってきた老司祭の言葉に、マクシスは教会側というより、エグワ司祭の考えを把握する。

 ただ、問題もあった。

「バスタ・ビレッジに砦の建造など可能なのですか?」

 言いながら無理だな、と考える。十の子供にできる仕事ではない。しかし子爵領から砦を建てれる人間を送るとなれば――。

「儂が補助する」

 その言葉にああ、と理解を得るマクシス。

 エグワ司祭は高度な教育を受けており、また若い頃は数多の戦場に従軍したこともある人間だ。

 その戦歴の全ては知らないが、砦の建設作業にも従事したことはあるだろう。

 ではバスタに期待するのは、眩惑のジャイアントワームを殺したとされる武力のみか?

「しかし十歳の子供にこのような重責を担わせるのも……バスタ・ビレッジはそこまで信仰心に厚い少年であると?」

「そうではない。奴は我が孫たちにずいぶんと御執心なようでな。儂の関心を得ようと魔石や魔物素材程度であれば快く積み上げるのだ。その線で刺激すれば砦の建設と運営もやってくれるだろう」

 なるほど、と子爵は内心で納得する。優れた戦士ではあるものの、年相応に女に関心があるのならどうとでもなりそうではある。

 これで女にも金にも興味がない面倒な少年だったらどうしようかとも思ったが、うまく操れるようであるなら砦を作らせても問題はないだろう。


 ――何より、魔石収入があれば村の壊滅による税収減に対応できる。


 子爵の部下としてバスタに砦を任せる。その砦は当然アーガスの森の瘴気沈静化のために魔物の討伐を行うだろう。

 なるほど、結果として魔石収入が子爵に入ってくることになり、子爵領の負担軽減になる。

 そして重要なのが、子爵の貴族としての役割も果たされるということ。

 降って湧いたような都合の良い提案に不審はあるが、それでも師であるエグワの提案ということで子爵は頷いてみせた。

「エグワ司祭。一度、私もバスタ少年に会ってみましょう」


                ◇◆◇◆◇


 アルゴ子爵との会談が終わり、領都の教会へ老司祭が向かっていく。

(バスタめ。老骨にこき使いおってからに)

 老司祭が子爵にした砦の建設案とそこにバスタを代官として配するというのはバスタからの提案だ。

 とはいえ、老司祭も何も言いなりになっているわけではない。

 彼にも利益はある。

 この砦建設案はかねてより、活躍しすぎることで、次期村長たる兄との軋轢を心配したバスタの思惑と、今回の迷宮暴走によって孫娘二人を失う危険性を考えた老司祭との思惑が合致した結果なのである。

 愛すべき孫娘二人、あの無防備な村においておけば近く失うことになるかもしれない。だが砦であれば、万一も防げるだろう。

(子爵のあの様子であれば、建設案自体は通るであろうな)

 老司祭がバスタの後ろ盾となることもあるが、魔境砦の代官なぞ子爵の部下はやりたがらない。

 地道な作業も多いし、王都に比べてはだいぶ劣るものの、文化的な生活を堪能できる領都から離れる必要があるからだ。

 とはいえ円滑に物事を進めるためにも多少の根回しは必要だろうと、バスタから預かった大量の魔石や素材を送りつける先を考えながら老司祭は歩き続けるのであった。


                     ――第一章完



                ◇◆◇◆◇


 というわけでここでGW企画終了です。

 お楽しみいただけたなら幸い。

 これはニ章公開の予定は特にありませんが、サポーターパス限定で『テイマー転生』の続きやカクヨムネクストの方で『ハクスラゲーム転生』を連載しておりますので僕の作品に興味がありましたらぜひとも読んでやってください。

 ちなみにハクスラゲーム転生は20話までは無料で、しかもキリの良い感じになってますので興味があったらぜひぜひ。

 よろしくおねがいします。


 それではあとがきは以上です。

 面白かったと思っていただけたなら★とかよろしくお願いします。

 以上です。また何かあったらなんかやります。ではでは。


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