006 悪童バスタ、森で狩りをする


「バスタは立派。すごい。すごい」

 双子の姉にして銀髪碧眼の美少女修道女であるルナ・ルーンプレイヤーは、俺が村周辺の魔物モンスターを狩り、村の安全と未亡人たちが食を得るための手助けをしていると知ったからか、しきりに俺を褒め始めた。

 それと姉ぶりたいのか、背伸びして俺の頭に手を当てて撫でてくる。

 しばらく撫でられるに任せ、彼女が満足して手を止めてから俺たちは移動を再開した。

「さぁて、ここだぜ」

 俺は、俺が購入している燻製小屋の前に二人を案内し、中や周囲で作業をしている未亡人たちに彼女たちを紹介した。

 もちろん二人は有名人だから村では顔と名前を知られている。

 だからここで言う紹介というのは、ここに来て肉を持っていってもいい人物だと紹介するという意味である。

 これでこの二人は俺が渡した契約書チケットの分だけスムーズに肉を得ることができるだろう。

「そうだ。おい、孤児院まで肉を持って行ってやるよ」

「ありがと。優しい……のよね?」

 疑問顔のマナにどういたしまして、と俺はルナマナに、孤児院の本日分の消費量を燻製小屋で受け取ると、小屋で借りた背負籠に肉を入れて孤児院へと持っていってやることにした。

 全部持っていかないのは腐敗だのを防ぐためである。盗難はあまり心配していない。

 鍵付きの燻製小屋だからというわけではない。こんなクソ狭い村だ。盗めばすぐに誰かわかる。

 だから、盗みをする気概のある人間なら、とっくに村を出てどこぞで野垂れ死んでいるという意味での心配無用だ。

 そしてこの運搬はもちろん、親切ではなく下心である。

 美少女に親切をして好かれてーなぁ、という下心だ。

 さて、あとは未亡人たちへの賄いとして焼かれていた肉を少し貰い――俺提供の賄い肉――、ルナマナに渡して食わせてやりつつ、俺たちは村へと戻っていく。

 途中、美味そうにオーク肉の極太ソーセージにかぶりついていたマナが「あー、孤児院のご飯、もっとなんとかならないかしら」と欲しがりの顔で俺をじっと見てくる。

 はぐはぐと美味しそうにソーセージをかじっているルナも、マナのその言葉に、少しだけ期待を含んだ視線を俺に向けてくる。

 無言――しかし、二人の視線にはいくらかの切実さが滲んでいた。

「なんとかってなぁ。俺がくれてやった分だけでも二週間分だぞ。二十八人分の肉を二週間だぜ? 十分なんとかしてるだろ」

 それはそうだけど、とマナは気まずそうな表情を浮かべる。

 二十八人でわけるから二週間なだけで、人間一人が半年は生きていける分の肉だ。

 もちろん栄養学的には野菜とか果物を手に入れる必要はあるだろうし、穀物だって必要だろうが。

「だいたい、あれだ。お前たち、あれがいただろ。あれ」

 あれって? とマナが首を傾げた。

「いっつも一緒にいた。なんだ。誰だっけ?」

「あれって、レックス?」

 ルナがそう言えば俺はそうだ、と頷いた。バスタ少年の記憶の中の顔と名前が、それで一致する。


 ――赤毛の少年レックス。


 俺たちと同じ年代の少年。

 ルナマナといつも一緒にいた存在。

 バスタ少年がいつか殺してやりたいと心の底から憎んでいたモテモテイケメン。

 なおバスタ少年が様々な魂と融合を果たして、力を得て自尊心を満たしてからはどうでもいい存在に格下げされている。

 所詮モテモテといっても子供レベルの話だ。今のバスタくんは大人のお姉さんたちにモテモテで、その気になれば未亡人ハーレムぐらいは作れるので気にならないのである。

 さて、そんなわけで、あいついねーな、と俺が話題に出してルナに問えば彼女は「レックスは家で農作業」と答えた。

「レックスのお父さんが防衛のときに大怪我して、長男のレックスが農地の復旧やってるのよ」

 マナの補足。ソーセージが突き刺さっていた串を名残惜しそうに見ていたマナは、何もなくなった串を地面に投げ捨て、脂のついていた指をちゅぷりと舐め、追加説明をしてくれる。

「レックスのお母さんは怪我したお父さんの世話で忙しいし、あとあの家、亡くなった親友の娘だって言って女の子を引き取ってるから、大変らしいわ」

「ほー、女の子」

 可愛いのか、と聞けば「かわいいわよ。でも年下だからね」とジト目でマナに見られる。なんだ。ルナマナより幼いのか。守備範囲外だな、残念。

「あー、だからレックスはアテになんないの。てか、レックスはいいでしょ。で、なんとかなんないの?」

 図々しいが、ここで遠慮して孤児全員餓死するよりはマシだと思っているのか。直截だった。

 遠慮のないマナの懇願じみた要請に俺はそうだな、と考える。

(ふむ、食料なぁ。くれてやるだけなら適当な理由をつけてくれてやってもいいが)

 くれてやってもいい理由はすぐにでも作ることはできる……一応兄貴に頼んであるアレはキープ中だしな。

 だが、それだと俺に得がない。いや、村での名声は手に入るだろうが、だからと言って請われるままにくれてやるには理由が薄い。

「私たちができることなら、できるかぎりのことをするわよ」

 うんうん、とルナも頷いている。

 できることねぇ、まぁ、神聖魔法が使える二人だ。下手な村人よりもずっと役に立つだろう。

 じゃあ二人を連れて周囲の巡回をやるか、と考えるも、それはちょっともったいない・・・・・・

 それよりも面白いこと・・・・・を考えて俺は「じゃあ、そうだな。一週間後にちょっと付き合ってくれよ」と二人に言った。


                ◇◆◇◆◇


 ふんふんと俺は鼻歌を歌いながら日々――約束の一週間まで――を快適に過ごしていた。

 裕福ではないが、それなりに富のある村長の家なので次男といっても食事は十分に出してもらえている。

 というか次男であるバスタくんは母親である村長の妻にたいそう可愛がられているので、あれだけぷくぷく太っていたのだ。

 それに最近の食事は俺が加工して貰っている肉に加えて、周辺警戒のついでに俺が森で採取したキノコだの野草だの果物だのと豪勢にしてもらっている。

 毎日お腹いっぱい食えて嬉しい限りだぜ。

 俺に同化して消滅した敗北者の魂たちも孤児生まれじゃなくて本当によかったと思っていることだろう。

 この村の状況だ。下手するとスキル統合の前に餓死していた可能性もあるからな。

 さて、そんなバスタくんの人生は順調そのものだった。

(くく、毎日が忙しいからな)

 父親である村長の頼みに応えて、森だの平原だのと、村の周囲にいるモンスターの間引きは午前に行う。担当範囲は広いが高い身体能力にまかせて走りまくればそう時間はかからない。

 そして俺は手抜かりがないので、そのときにモンスターから手に入った食料系のドロップアイテムを拾ったり、食肉加工できそうなモンスターを生きたまま解体するために燻製小屋のある場所にいくらか連れていく。

 これで村で持て余されている未亡人どもに食と仕事をくれてやれる。

 仕事――村の未亡人には娼婦としての副業もあるが、この村は女余りしている村なので娼婦として働くことはほぼない。

 まず独身男がいない。夫に他所で性欲処理されて未亡人を家庭に引きずり込まれることを妻が警戒しているために、未亡人とは絶対に遊ばせない。

 また、将来結婚するかもしれない少年たちを未亡人に食われるまいと少女たちも警戒しており、少年たちが未亡人を使って性を発散する機会もない。

 村の少年が精通すると、大抵はつばをつけている村の少女が身体を使って発散に協力するのだ。

 目移りされて、他に奪われないために。

 野生動物のマーキングにも似ている。

(バスタ少年は村長家の次男なのに女の影がないんだよなぁ。まぁ悪童だったからだろうが)

 家に力があるし、母親に可愛がられているから冷遇されているわけでもない。

 だがバスタに暴力的に純潔を奪われ、飽きたら放り出されるかも、という恐怖があったために少女たちは候補から外していた。

 現在は活躍しているのでちょっと女の目もありそうだが、悪童がいきなり改心しても年単位での信用の回復が必要だろうし、あとはルナマナと親しくなったためもある。

 あの二人は神聖魔法の使い手なのでただの村娘が対抗するのは難しいからだ。

 それに女の影がないのはバスタ自身、男の友人と遊んでいて、女を遠ざけていたからでもある。

 特にマナに振られてからは振られるのが怖くて無意識に少女たちから距離を取っていた節もあったしな。

(もうそんなことはさせないからな、バスタよ)

 そもそもが女余りの村だ。

 その気になれば嫁候補はいくらでもいるために両親も焦っておらず、俺が落ち着くまで好きにさせていたという事情もあったりした。


 ――閑話休題はなしをもどそう


 さて、午前の巡回警備は終了。肉を未亡人どもに渡したら工作のお時間だ。

 それなりに時間のかかる作業だが周辺警備が終わればバスタはフリータイムなので時間はいくらでもある。

 家の庭、平たい石を椅子にして、青空を天井にして作業。

 村の皮革職人から買い取ったオークの硬革を薄く加工したものを、火魔法で細かく炙って、焦げ目で絵を描くのだ。

 そんなお絵描き工作を楽しく終えたら、燻製小屋を追加で購入。

 これは村から離れた場所にある不人気小屋――村にまだ人がたくさんいた頃に建てられたものだ――を、管理者である木こりのおっさんと村長である父親に魔石を払っての買い上げだ。

 なお、なぜ村内で魔石で通貨代わりになっているかと言えば、各家においてある魔法の道具である『魔道具』の燃料が魔石だからである。

 コンロだとか蛇口だけしかない水道もどきだとか、火の出ないストーブだとか、畑の虫除け結界魔道具なんかも魔石で動かせる。

 またこれらの魔石は、村にたまにやってくる行商との取引にも利用できるし、領主も欲しがるから税を払うときの補填にも使える。

 そういうこともあって、辺境の小さな村である我が村では貨幣よりもずっと信用度の高い通貨代わりに魔石は使えるのである。

「さて、もうちょっと狩りが必要か?」

 呟く。家での作業を終えた俺は、今度は個人的な用事で森の奥に入り込んで狩りをしていた。

 獲物は魔蜜蜂イビルビーと呼ばれる人間サイズの巨大蜂だ。

 森の奥でそいつを見つけた俺は鶴嘴で地面に引きずり落として殺しまくっている。

 魔蜜蜂は個体としては大熊よりは弱いものの、広範囲に縄張りを持ち、人を積極的に自ら探して捕喰するため、大熊より危険視されるモンスターだ。

 しかもこいつら、集団行動するうえに飛行するので、討伐の難易度は大熊よりも高く、小さな村などの周囲に巣を作られると、その村から人を根絶やしにしてしまうほどに凶悪な殺戮モンスターなのである。

 発見次第冒険者ギルドへ依頼を出すか、領主に訴えて騎士の派遣を要請するレベルの危険生物。

 とはいえ、俺が入り込んでいるのは村からだいぶ離れた森の奥地だ。前回大熊を殺した場所よりも奥地。

 魔蜜蜂に追いかけられたアホが村に呼び込まない限りは、魔蜜蜂が村にやってこないぐらいの距離はあるので、巣を探して壊す必要はない。

「巣の破壊はくっそめんどくさいらしいッ、からな!!」

 俺は、俺を見つけて突っ込んでくる魔蜜蜂の集団を殺しまくりながら地面を見た。

 魔蜜蜂のドロップはⅠランクの麻痺毒を付与する毒針と、簡単な刃物にも加工できる丈夫な羽。

 それに加えて、希少レア取得品ドロップとして魔蜜蜂の蜜という300グラムぐらいの、蜂蜜が入った謎素材の透明瓶が手に入る。

(蜂蜜は十匹に一つぐらいか?)

 蟲型モンスターは数が多いのが特徴だ。特に蜂型は仲間を呼ぶので、俺は半殺しにした一匹を地面に転がしてわざと呼び込んでいた。

 おらおらおらぁッ! と叫びながら鶴嘴を振るうこと小一時間。

 とりあえずやってきたものを殺しきった俺はドロップアイテムを拾っていく。

 モンスターの死体は一つもない。残っているのはアイテムだけだ。

 モンスターの肉体の中で、一番力強い部分や、魔力の濃い場所がドロップアイテムとして残りやすい、らしい。

「ふーむ、今回一番多いのが針。次に多いのが羽」

 蜂蜜の入った瓶は十個ほど。

 鹿革の袋にそれらを入れながら、俺は遠くを見た。

 五匹ほどの魔蜜蜂のグループ。

 地面に転がっている半殺しの魔蜜蜂がガチガチと音を立てて呼び込んでくれている。

 モンスターの本能として、人間は即殺対象だ。

 俺が如何に危険であっても仲間を呼ばずにはいられないとはな。哀れに見えて嗤ってしまう。

「さぁて、もう十瓶ぐらいはほしいからな。気張ってくれよ」

 俺は鶴嘴を構えて、飛んでくる敵を楽しみに待ち構えるのだった。


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