005 悪童バスタ、未亡人を雇う


「ねぇ、バスタ。あの、お願いがあるんだけど……」

 俺の父親の家である村長宅の庭、そこで俺は双子の美少女修道女であるルナとマナのルーンプレイヤー姉妹と庭の柵越しに対面していた。

(ほー、この双子が俺にお願い、ねぇ)

 俺がへぇ、と口角を吊り上げてみせれば、マナが「うッ……」と苦手そうな顔をする。

「そ、その、うぅ……」

「どうしたのマナ?」

 マナはなにかを覚悟したような顔だが、ルナの方は気楽げだ。

 お願いとやらを断られるなんて、まるで考えていない表情。

 少々、不思議ちゃん・・・・・・の気があるルナ・ルーンプレイヤーはマナの様子を不思議がるも、俺に顔を戻して「バスタ、お願いがある」と、マナに合わせるように俺に頼んでくる。

「お願い。お願いなぁ。まぁ、言うだけ言ってみろよ」

 聞くだけ聞いてやるよ、という仕草を見せれば申し訳無さそうなマナがおずおずと内容を口にする。

「その、バスタ。孤児院に食料を譲ってもらえない?」

「食料な。ふーん、いいぜ」

「あ、あの、無理だとわかってるの。でも私たちお金とか持ってないし。バスタ、魔物をたくさん倒して、肉とか手に入れたって」

「いいよ。どれぐらいだ?」

「お、お礼も、その、考えてて」

「だから良いって言ってんだろ? 話を聞けよ」

 柵の向こう側にいるマナの頭を手を伸ばして話を聞けというように、ぽんぽんと頭を叩いてやれば「え、いいの?」とマナがびっくりした表情で聞いてくる。

「ああ、いいぜ。それぐらい」

 俺は笑って快諾してやる。

「で、とりあえずどれぐらい必要なんだよ?」

「孤児院に今、五歳から九歳ぐらいの子が二十人。あとは三歳から四歳ぐらいの子が八人いるの」

 赤ん坊がいないのは死んだからだろうな。

 十歳以上の子供は前院長が売ったからか。

(十歳ぐらいになれば労働させても死なないぐらいの体格には育つしな)

 謹慎期間に調べたところ、そもそもこの村、というかこの国では孤児や未亡人に対する保護制度は整っていない。

 うちの村は一応、親父の情けで孤児や未亡人の援助のために協力金とやらを集めているが、それだって各家庭が干上がらない程度に調整されたもので、十分ではない。

 だから孤児院があっても、院長の器量が良くなければうまく経営できるかは微妙だった。

 そんな中で二十八人も孤児が無事でいるのは前院長が結構なやり手だったからだろう。

「二十八人か。ちょっと待ってろ」

 ガリガリと地面に鶴嘴の柄で必要な食料の量を計算する。二十八人が一日二食食うとして。一日で五十六食分か。

「で、何日分だよ?」

「え、あー」

 戸惑ったようなマナの声。出してもらえるとは考えてなかったせいで日数を計算してなかったのだろうか。

(ま、そもそも根本がどうにもならないんだがな)

 孤児院を救いたいなら、双子がお人好しの金持ちをたらしこんでこのレベルの支援を永続的に引き出すか、兄貴が孤児院を素早く処理・・することを祈るしかないのだ。

 もちろん、わざわざここで言ってはやらない。言う意味もない。

「っても、俺が出してやれるのは二週間だな」

 五十六食かけるの十四日。七百八十四食。

 なお、この世界でも一週間は七日だ。

 さて一食に肉二百グラムで百五十七キロってところか。

(くれてやっても問題ないな)

 オーク肉は加工の手数料を支払ってもその十倍はあるし、他にも熊だの鹿だの馬だのと、魔物化した動物型モンスターを殺しまくったため、肉はたんまりとある。

 というか、肉が大量すぎて加工用の塩のほうが高くついたぐらいだ。親父から文句言われちまったぜ。塩代に魔石渡して黙らせたが。

 そんなことを考えながらも俺がそう言えば銀髪のルナが「どうして二週間?」と問いかけてくる。

「お前たちは回復魔法が使えるだろ? そんな二人に払ってもいいっていう信用・・がそんぐらいだから」

 それ以上欲しかったら、あとは有料だな、と言ってやる。

「信用って」

「村の法で、お前らは魔法の治療に対価をとれないことになってるから金持ってないだけで、金とってたらちゃんと対価を払って肉を手に入れられただろう。そういう意味での信用だよ。今までありがとさん。今後ともよろしくって意味での信用」

 ちなみになんで回復魔法で治療費取れないかっていうとそういうことを小さな村でやられると、回復手段を握った存在に村を支配されかねないからである。

 とはいえ完全にタダ働きというわけではなく、村の教会に村長である親父が食料だの布だのをタダで届けていたりする。

 対価は払えないが、必要な存在だけに、きちんと衣食住は保証されているのだ。

 あと多少だが領主様の方から教会に金が出ている……らしい。そのあたりの仕組はガキの俺では調べられなかったが。

 そういう意味でこの二人――というより老司祭様は完全な村サイドの住人というわけではない。

 教会という勢力の人間なのだ。

「現物はここにはねーから、これ持ってけ」

 俺は懐から木こり兼燻製小屋の管理人でもある燻製職人のおっさんから貰った燻製肉の受け取り表を取り出すとその紙の隅に燻製オーク肉百五十七キロをルナ・ルーンプレイヤーに譲渡する、と書いて、紙の一部をぴっと破いてルナに渡してやった。

 この村では、こういう貸し借りに関しては保存食の譲渡で解決することが多いので、この紙は破いても大丈夫なように加工されている。

 ちなみに大量に肉の保管のために、俺はそこそこ大きい燻製小屋を一つ、魔石を払って購入している。

 この地方は冬には雪が降る。結果として村に隣接する森の恵みは乏しくなり――全くなくなるわけではない。魔物は発生するからな――、食糧事情が悪くなるために村人の多くは自分の保存食を保存するための小さな鍵付きの燻製小屋――小屋といってもロッカーサイズから納屋レベルと大きさはピンキリだが――を持っているのだが、俺は未成年であるためにまだ個人の燻製小屋は持っていなかった。

 なので、持ち主がすでに死んでいる燻製小屋を買ったわけである。

 なお、いずれ自分用の燻製小屋を建てる予定だ。


                ◇◆◇◆◇


 俺はルナとマナの二人を連れ、村の中でも森側に位置する場所に向かった。

 乾燥した木材、炭焼小屋、燻製小屋が並ぶ村の中心から外れた場所だ。

 なお延焼を警戒して周辺の木々は伐採されているし、下草なども丁寧に刈り取られている。

 井戸はないが、この世界では水を出す魔法に魔道具があるし、ちょっと森に入れば小さな川が流れていた。

「なんか、人多くない?」

 マナの疑問の声。皆が畑仕事や内職などをしているために死んだように静かな村内と違い、活気のある、ざわざわとした喧騒がこちら側には漂っていた。

 肉の焼ける匂いも漂っており、くぅ、とルナの腹から音が鳴る。

「え、えっとこの声はあの、未亡人の、人たち?」

 腹の音を恥ずかしがっているルナがぼそぼそとした声で問えば俺は「ああ」と鶴嘴状の長柄武器を片手に頷いてやる。

 この辺はスタンピード後に念入りに駆除を行っているとはいえ一応、森に近いから、すぐにでも戦えるように少しだけ警戒していた。

「俺もそうだが、村の男連中が大量に肉を手に入れただろ? ただ畑の復旧だのなんだので男どもは忙しいし、だけど肉を無駄にするわけにもいかねぇってんで未亡人連中を集めて作業してもらってんだわ」

 このあたり、税は肉じゃなくて麦だからな。肉も麦も同じ食料だが税として認められるのは麦の方だ。だから畑優先である。

 加えて村に唯一いる燻製職人のおっさんだってそもそも本業は別だ。木こりなのである。

 そんな木こりのおっさんが燻製職人として認知されてるのは、単純に狩人の爺さんが狩ってきた獲物を木こりのおっさんが買って、趣味で加工したり、村の連中に作り方を手ほどきしていたからであって、村で認められた正式な職ではないのだ。勝手に村の人間が言っているだけである。

 なのでおっさんも木こりの仕事優先である。

 そんなおっさんが肉全部を押し付けられて困ってる、ということで俺が提案してやったのだ。

 未亡人連中に肉をやって加工を手伝ってもらおう、と。

 もちろん未亡人連中も畑を抱えているが、それらの復旧を女手一つしかない個人でできるわけもない。

 一応、未亡人の税は夫婦健在の妻に掛けられている納税額よりも減額されているが、減額なだけで無税ではない。

 所有の畑の収穫は税として徴収されるし、しなければならない。

 それらのこともあって、村長である親父は全員の畑の復旧を、村全体で行うことに決定した。

 もちろん夫婦健在の家なんかだと負担が大きいと反発はあった。だが、無理に徴税して未亡人に大量に死なれたり、逃げられると村長の管理責任になるし、税が足りないと領主の徴税人がキレて村長職を解任させられて最悪奴隷落ちになるからか、畑の復旧は村長の絶対命令である。

 とはいえ強権振るうだけでは反発必死でサボタージュされかねないので、負担増ししている村人には補償としてここで作成された俺所有の燻製肉が届けられる予定だ。

 無論、なんで普段のサポートだのなんだのはそこまで手厚くないのかと言えば単純に人手も資源もリソースがないから。

 今回はたまたま、みんな被害にあって、全体でやる必要ができたのと、俺が快く報酬の燻製肉をばらまくから分量体制が構築できただけなのである。

(俺がいなかったら未亡人の畑は放置だっただろうな)

 トリアージ。健全な家を生かすためには力も立場も弱い人間は切り捨てるしかないのだ。

 ルナマナにそんな村の事情と、俺が救ってやったぜという裏事情を自慢まじりに説明しながら、俺が自分の燻製肉を保管している燻製小屋に向かえば、バスタくん、と何人かの未亡人たちに絡まれる。

 何人かの――そう、恐ろしいよな。何人もいるんだ。

 というか俺に話しかけたのがこのぐらいで、他にも肉を解体したり、腸詰めを作っている未亡人はあちこちにる。

 年齢幅はあるけどこの村、何十人と未亡人がいるんだよ。

 死んだり逃げたり、身売りして奴隷になった連中がいるってのに、それでもまだまだこんなにいるんだわ。


 ――それは十何年と戦争が続いて、男が死にまくっているからだ。


「バスタくん、ありがとう」

「今日も誘ってくれて本当に助かった」

「お肉、助かりました。息子もバスタくんにありがとうって」

 口々にお礼を言われ、俺は「ああ、次期村長たる兄貴の弟して当然のことをしているだけだ」とぶっきらぼうに、照れた風を装って言ってやれば、かわいいかわいい照れてるわー、と未亡人――というより高校生や大学生ぐらいの娘たちがきゃいきゃい言いながら笑ってくれる。

 美人というわけではないが、田舎の朴訥な娘たちが俺を褒め散らかすので俺はにやにや笑いながら「そろそろ燻製小屋もうひとつ必要か?」と彼女たちに聞いておく。

「あ、うん。スペース足りないから、もう一軒お願いします」

 夫を失った高校生ぐらいの娘の一人に言われて俺は鷹揚に頷いた。

 作った肉の保存も兼ねているのでかなり大きめのものを買ったが、そろそろ足りなくなっているらしい。

「ね、ねぇバスタ。どういうことなの?」

 マナが会話が気になったのか聞いてくる。俺がルナマナを連れていることに気づいたのか未亡人たちが若いっていいわねぇ、みたいな顔でいろいろ話しかけてくるのを適当に相手してやりつつも俺はマナに説明してやった。

「墓掘りだのなんだのと奉仕作業もあったがよ、俺が普段から農作業免除されてるのは知ってっか?」

「う、うん。今日もなんか、暇そうに村長さんの家の庭にいたよね」

「おう。暇っつーか。まぁ、村周辺の警備やってんだよ。スタンピードの残りとか、瘴気が濃くなって発生してる魔物を探してぶち殺してんだわ」

 基本的に魔物モンスター地上フィールド発生ポップする。

 それはもうこの世界の常識だ。

 昔からだ。魔王がいなくとも地上にうっすらと存在する瘴気を使ってモンスターは発生する。

 だから村や街なんかは基本的に瘴気が薄い場所に作られる。

 そして瘴気が濃く、人間が住むのに適さない場所であっても、人間が健全に活動するなり、神に祈って規則正しい生活をするなりしていれば、建てられた教会施設から神聖力が発生し、周辺ではモンスターが発生しにくくなる。

 そういうわけで基本的に村の周辺は安全なはずなのだが、現状はスタンピード直後とあってか安全ではなくなっていた。

 スタンピード自体は、子爵領の騎士や兵士が動員され、スタンピードの本隊とぶつかって辛勝したから収束したという村長情報を聞いてはいるものの、周辺のモンスター掃討のために兵が動かされたという話などは聞いていない。

 かと言って重税に喘ぐ寒村に冒険者と呼ばれるなんでも屋たちを雇う余裕があるわけもない。

 そういうわけで現在村の最大戦力となっている俺が周辺の警備要因として動員されていた。

「そうなのよ。バスタくん。毎日食べられる魔物をたくさん持ってきてくれてね」

「燻製小屋も増築しようかなって話も出ててねぇ」

 魔物を殺せばその場でドロップアイテムが落ちるが、生きたまま解体すると肉や内臓がそのまま手に入る。

 もちろん魔力や瘴気、魔物の能力が濃縮されたドロップアイテムより『アイテム』としての質は落ちるものの、この村に必要なのは量だからと俺はそのように食用可能な魔物でも、食肉の割合の多い個体を半殺しにしてこの場に連れてきていた。

「へぇ、バスタ、偉いじゃん」

 マナが俺にそう言う。だが、その目にはじゃあ、そのお肉をどうして孤児院にまわしてくれないの、という疑問が宿っている。

「作った保存肉は農作業連中への提供分と、冬に困窮して餓死しそうな連中用と、商人に売る分だよ。もちろん俺に半分ぐらいは入ってくるがよ」

 あと作業代として未亡人にも肉は分配される。

 それに肉を売って金を得て、男性奴隷を購入しよう、という話も村長たる親父と兄貴から相談されている。

 長い戦争中のために男性奴隷は高いだろうが、親父も兄貴も、希望する未亡人と奴隷を結婚させて畑の世話をさせたいらしい。

 徴兵に加えて魔物被害での人口の減少がまずいらしく、何もしないと村が滅ぶのだとか。

「そもそも、その一部をお前らにくれてやるんだぜ。話としちゃ十分だろ?」

 うー、ありがとう、とマナは納得がまだできてないような口調で礼を言ってくる。

 どういうことなの、といった表情の未亡人たちにルナマナが孤児院のために食料集めをしていると教えてやれば彼女たちは気まずそうに「力になってあげたいけど」「うちも、バスタくんのおかげで食べられてるようなものだから」と二人に謝罪をした。

 未亡人が二人に丁寧なのは、子供ではあるものの、神聖魔法で村人の怪我を癒やしているからだ。

「い、いえいえ! 全然、大丈夫です。いえ、大丈夫じゃないんですけど。その、気を使っていただいて」

 マナが慌てたようにして未亡人たちに謝り、ルナも「気持ちだけ、ありがとう」と頭を下げれば、未亡人たちは気まずそうに作業があるからと俺たちから離れていくのだった。


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