007 悪童バスタと価値の魔法、悪いことたくさん。


 ※作中単位の名前は現代日本で使っているものと距離や重さなどは同一とする。

 1キューロロスは地球における1.35キロメートルと同一であり、1タントルマは2.34キログラムである。また1ペグタは交易都市カナンで使われる小麦粉一袋のことであり、これはタロス銀貨13枚と同一の価値と認識されているが、聖国銀貨では10枚と銅貨2枚換算とするとか書かれても作者も読者もめんどくさい――めんどくさくないしむしろやれというひねくれ者が一万人に一人ぐらいはいるだろうけれどその人のためだけにやるのはめんどい――からである。バスタくんが異世界脳みそでこういった単位を地球単位に変換しているという解釈をお願いします。


                ◇◆◇◆◇


 ――『価値の魔法』という魔法がある。


 それは神聖魔法に分類される魔法で、物品に擬似的な価値を付与する効果がある。

 価値――ただし、それが現実に通用するわけではない。

 神聖魔法を由来していようが、魔法的な意味があろうが、与えるのは擬似的なものだからだ。

 この魔法で石ころに金貨10枚分の価値を付与しても、石ころは石ころでしかなく、宝石になるわけではない。

 なので俺に統合された魂たちが持っていた価値の魔法に関しての世間一般の・・・・・評価は、聖餐の儀式などで聖人の遺物などを擬似的に再現する以外はなんの役に立つのかよくわからないゴミ魔法となる。

 ただこの価値の魔法、現代人的な方法で扱えば、使い方次第では結構面白いことができるのだ。

 そして、俺は、俺が買った村僻地の燻製小屋にいた。

 俺の目の前には、俺が用意した天秤と、双子がいる。

 双子の妹であるマナ・ルーンプレイヤーは様々な種類の色が塗られて、数字が焼き付けられた木製コインを見て、触って、そうしてから怪訝そうな顔で俺に問いかけてくる。

「ねぇ、バスタ。アンタの説明で私たちにやってほしいことはわかったけど、これで結局何をするの?」

「何って、お前らに肉をやる趣向のための道具だよ。まー肉以外でもいいけどよ」

「肉以外?」

「魔石とか、小麦粉とか。塩だとかな。村長の息子かつ物持ちだからな。今の俺なら物々交換すりゃ村の倉庫でいろいろ手に入るぜ」

 ふふんと鼻を鳴らせば、マナがぐぬぬ、と悔しそうな顔をした。

 ここ最近、双子が村を回って孤児院に食料を寄付してくれるようにお願いして回っていることは知っている。


 ――それがうまくいっていないことも。


 当たり前である。なんのかんのと三食も――普通の村人は二食だ――食わせてくれる村長宅の愛され次男坊であるバスタ少年の視点からでは理解しにくいが、ここは重税で喘ぐ飢餓地域なのだ。

 俺以外の誰が、縁もゆかりもない孤児に、自分の明日の糧をくれてやれるのか。

 ルナ・ルーンプレイヤー、マナ・ルーンプレイヤー。彼女たちが俺に呼ばれて素直にここに来たのはそれが理由だ。

 村の住人たちにお願いして回っても意味がないと気づいたからだ。

「さぁて、まぁそう手間じゃねぇはずだが、できねぇか?」

「できるけどさぁ。なんか、よくわかんないことってやりたくないっていうか……」

 マナが渋り、ため息を吐く中、ルナは小屋内のあちこちに視線を飛ばしている。

「燻製小屋だけど、自分の家? 部屋? 改造したの? 羨ましいね」

「いいだろ? 遊びに来てもいいぜ?」

「うーん。考えとく」

 俺たち三人がいるここは木製の、そこそこ広めの燻製小屋だ。小さいが倉庫代わりに使える物置小屋も外付けでつくった。

 まぁ広いといっても家屋ほどではないがな。

 広いと言っても所詮、燻製小屋だからだ。

 現代日本のコンテナハウスよりちょっと小さいぐらいか。

(とはいえ、燻製小屋だから俺でも買えた。さすがに俺は未成年。家屋となると親父も許可ださねぇからな)

 俺はそんな燻製小屋に備え付けられていた様々なものを撤去して、小さな机と椅子、繋げてシーツを敷けばベッド代わりに使えるいくつかの収納をここに設置していた。

 とはいえ子供とはいえ、この世界の人類は成長が早いせいか、体格の良いバスタに加え、双子の少女が入ればちょっと手狭になる。少女特有の甘い体臭がテーブルを隔てていても俺の方に香ってきて、いい気分になるぜ。へへ。

 この作業所兼休憩スペース。この狭さが様々なことに都合がよかったりした。

 加えて燻製小屋なおかげか通気性なんかは割りと良い。暑さで死ぬとかそういうのはない。

 とはいえ、そのへんは空調付きクーラーのような機能を持つ魔道具を未亡人の一人から肉と魔石を対価に交換してもらったので、稼働させれば快適に過ごせるのではあるが。

 なお、現在は稼働させていない。

 足元に隠すように置いてあるクーラー魔道具のことは頭から除き、ルナマナの目の前にあるテーブル。それに置かれた天秤を指さしながら言う。

「まぁ愚痴ってねぇで、さっさと天秤をこのコインと連動させてくれや。報酬もあるから」

「うー、わかったわよ。それとええと、コインに書かれた数字は、肉の価値に対応、なのよね?」

 そうだ、とうなずけば俺が用意したペンと羊皮紙を用い、なにかの術式をガリガリと書き付けながらマナが頭を抱え始める。

「うー。最低価値のコイン一枚がイコールで保存食加工された肉一キロ。なお肉一キロは西方辺境伯アルゴ子爵領内での価値とする。そしてこのコインは『バスタ所有の燻製小屋』内でしか通用せず、他の場所ではこの天秤は魔法的な作動をしないものとするって、なんでこんな面倒な式を組ませるのよ。別にあたし達、魔法の専門家ってわけじゃないんだけど」

「他で使えなくするのは悪用防止というか、まぁ、そういうもんだ」

 賭博の法律がどうなってるのかわからないからな。ちょっとこれが流出するのは怖い。

 だからこのあと、この天秤は移動したり盗んだりできないように、この燻製小屋においてあるテーブルにネジで固定することになる。

「コインは1コイン、10コイン、100コイン、1000コイン、10000コインまで。1万って、10トンってこと? 10トン!? バスタ、あんた、それだけの肉持ってるの?」

「いや持ってないが、まぁお前らが俺が主催するゲームでそれだけのコインを手に入れられるなら調達してきてやるよ。ま、トン単位なら先に加工に使う塩がなくなりそうだがな」

 ケケケ、と笑えばマナが顔をしかめて「ゲームって何よ? もう」と不機嫌そうにする。怪我人に対して神聖魔法一発で治せる治療行為と違い、この価値の魔法を複雑に使わせるとそれなりに脳みそを使うらしく、終始不機嫌そうである。

 なお、そんなマナの隣ではルナが「マナ。ここ、ちょっと式間違ってる」とか口を出している。

 さて、と俺は二人の作業がほどほどに詰まったあたりで棚から羊皮紙を取り出した。

「あとはこの契約だな」

「契約って……なにこれ」

「お前らに肉をやりたい俺の好意・・だよ」

 ルナとマナは俺がテーブルに置いた契約書を見てから、胡散臭そうに俺に視線を向けてくる。


 ――『バスタの燻製小屋』の内部で行われるゲームに関する契約。


 ・ゲームは燻製小屋の中に用意された道具を用いて行われる。道具の判定はこの契約が締結された際に小屋内にあるすべてのものとする。新しい道具を追加したい場合は別途契約を結ぶこと。

 ・ゲームの主催者と参加者はルールに則り、ゲームを行い、精算の際は公正に支払いを行わなければならない。

 ・道具の修繕や交換の際は同じ素材、製法で作られた近似九割以内の道具となるようにすること。それ以外の道具をゲームに使う場合、この契約は発動しない。

 ・ゲームに魔法的な手段を用いてはならない。それは身体強化などの自身にしか適用されない魔法も含む。

 ・ゲーム中の不正はいつでも指摘することができる。不正が発覚した場合、罰則として賭けたコインの十倍の価値を、違反を行った者は払わなければならない。

 ・ゲームの主催者は正当に要求された場合、燻製肉との交換を一週間以内に行わなければならない。

 ・ゲームの主催者は精算時にコインと燻製肉を交換する場合、コインの枚数から交換できる1.2倍量の燻製肉交換証明書と交換しなければならない。このときの交換される0.2倍量の肉分は主催者が孤児院に寄付したと換算され、善の徳となる。

 ・ゲームに使われるコインは天秤と連動した、価値の魔法によって加工されたコインでなければならない。

 ・主催は燻製肉を支払えない場合、交換に使われる肉を燻製肉でなくとも良いとする。ただし食用に耐えるものとし、それは通常価値の半値となる。

                  ・

                 (中略)

                  ・


 ・『バスタの燻製小屋』内部での暴力は禁止される。また詐欺、窃盗、殺人、放火などを始めとしたあらゆる犯罪行為の強要を禁止する。

 ・契約を反故にした場合、双方は罰則としてコインの価値の分だけの奉仕労働をアーガス村で行わなければならない。

 ・奉仕労働を拒否する場合、同価値の金銭、魔石での支払いで補填しなければならない。

 ・それさえも拒否する場合、違反者に与えられるものは違反分の悪の徳である。

 ・上記の契約内容を『バスタの燻製小屋』外で第三者に話すことはできない。


 省略した部分はゲームの概念だとか、バスタの燻製小屋の概念だとか燻製肉の概念だとかが書かれている。

 なおこれは兄貴に魔石を払って書いて貰った契約書だ。契約魔法じゃない。俺はそういった細かい魔法は使えないからな。

 もちろん兄貴がどういうことだ、と不審そうに聞いてきたが、未亡人相手に遊ぶのだと言って、魔石を大量に支払ってやったら呆れながらも黙って書いてくれた。賄賂とコネって大事だよな。

 とはいえルナマナに使用するのだと聞いたら、よくわからなくてもたぶん断っただろうけどよ。すまんな兄貴。げへへへへ。

「契約って、これ、必要? そんなに重くしなくても……っていうかここまでするゲームって何なの?」

「必要だろ。というかお前たちのためのものなんだが? レベルが上で、モンスターも軽々殺しまくってる俺相手に、公正に・・・安全に・・・、食料を俺から取り立てられるようにするための契約なんだぜ。マジでふつーの好意だぞ? ゲームはまー、あとで説明してやるよ」

「っていってもここまで手間かけてまで? だいたい賭けギャンブル、ねぇ」

 バスタ少年の記憶では曖昧だったのでここ一週間ほどで調べておいたが、教会も別にそこまでガチガチの教義ではない……はずだ。

 マナはガリガリと羊皮紙に書き込みをしていた羽ペンをペン立てに突き刺して、契約書をじっくりと読んで、俺を見た。

 そこにあるのは疑念・・だ。

「バスタ、何が目的?」

「何って、カルマだよカルマ

 問われたので当たり前のように言ってやれば、徳? とマナが俺に問い返してくる。

 なのでテーブルに置かれた契約書の該当箇所をトントンと指で叩いてやった。

「請求時のコインの払いが価値の1.2倍肉って書いてあるだろ。この増量分を俺の喜捨として処理するように契約するんだよ。このゲームが修道女おまえら相手の契約だからできる方法だな……――なぁ、俺って今までいろいろと悪さして、悪徳がだいぶ溜まってるだろ。森に出るようになったから変な死に方しないか不安でな。少しは善行を積んでおきたいんだわ」

 そう俺が言えば、あー、とマナが俺を見た。

 失敗死した魂の集合体みたいな俺は、正直なところ教会が定める徳とかは全然信じてないわけだが、マナは教会に住んでいる修道女見習いだ。

 成人するまでは正確には修道女として数えられないとはいえ、彼女は神の教えを信じている。


 ――善なる行いをした者は、死後、創世の女神の裁きを受けて善き行いに準じた扱いをされるだろう。


 悪徳は逆だ。地獄の責め苦を味わって苦しんで苦しんで死後も死の苦しみを味わい続けるらしい。

 加えて言えば、善の徳も悪の徳も、抱えれば抱えるだけ苦しみが現世でも現れるという。

 今、それらが影響してないのは前世の徳が良かったり悪かったりするから、とも。

(クッソ適当な宗教観だよな。前世だとか徳だとか。バカしか騙せねぇだろこんなもん)

 さて、とはいえ幼い頃から宗教にどっぷり浸かってるマナにそんな徳の話はよく通じたようで、あーあー、と納得したようなニヤニヤ顔で、俺に向かって子猫のような、悪戯心の宿った笑みを浮かべてくる。

「なぁに、バスタ。普段イキってるくせにいきなり不安になっちゃったの~?」

 ぷぷ、とマナが笑いかけ、ルナまでも俺の隣に来て「バスタのくせにモンスターとの戦いが怖くなったの?」とよしよしと頭を撫でてくる。

「バスタも人間なのね。ふふ、ちょっと安心したかも。なんか立派な感じに見せてるけど、内心不安なんだぁ」

「よしよし。怪我したら治してあげてもいいよ」

 このメスガキどもがぁ、ピキピキと心の肉棒が怒りで勃起しかけ、二人を理解わからせたくなるも、その衝動を抑えて俺は言う。

「ぐぐ、ったく、いいからコインの付与をやれよお前ら。それがないとゲームができねーってことで肉はやれねーからな」

「はいはい。わかったわかった。やるわよ。あ、でも契約ってのはゲーム見てからね。変なゲームだったら契約しないからね」

 変なゲームじゃねーよ。ちゃんとしたものだよ。

 俺がそう言えば、二人は少しだけ疑わしそうに俺を見たものの、素直に価値の魔法の式を構築するのだった。


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