008 悪童バスタ、酷いことの前準備を感謝されながら行う。


 さて、契約の前に双子のためにゲームのプレゼンをすることになった。

「まず、これが参加のためのコインな。ちなみにまだ契約前だからこれで精算は行わないし、ゲーム終了後にコインは全部回収する」

 10キロ分の肉の価値がある10コインを9枚。1キロ分の肉の価値がある1コインを10枚。

 俺がテーブルの上に並べたそれを、椅子に座っていたマナが「100コイン。これで100キロ分のお肉……すごいわね」と呟くも、彼女の隣に並べた椅子に座っていたルナが「マナ。120キロ分のお肉だよ」と訂正した。

 精算時の計算が頭に入ってなかったのだろう。あ、とした表情のマナの前に俺はオークの硬革で作ったトランプを置いてやる。

 このオークの硬革は俺の鎧にも使われている、薄く硬く加工された、レベル10にも達してない少女の手では絶対に折れたり破れたりしない頑丈な素材だ。

 そんな硬革に俺は火魔法の焦げ目で模様スート数字ナンバーを描き、トランプとしていた。

「これは『トランプ』だな。4種類の属性を持った13枚の数字のカードで構成されている」

「とら? んぷ? バスタが考えたの? 4の13ってことは52枚よね? あれ? こっちの2枚は?」

 俺がテーブルの脇に避けた2枚のカードを見て疑問を浮かべるマナ。はぇー、とルナは俺がテーブルに置いたカードをめくって一枚一枚眺めている。

「この2枚は天使と悪魔のカードだ。全ての属性と数字のカードと同じものとして扱える万能カードだな。だがこれは今回使わない。今後のゲームによって使うか使わないかその都度判断するけどよ」

 天使と悪魔。いわゆる万能のワイルドカードであるジョーカーとして、俺が採用したカードの種類だ。

 ルナとマナが道化師ジョーカーを理解してくれるかわからないのでわかりやすい天使と悪魔にしている。

 教会の教義的には、問題ないはずだ。とはいえゲームでの役割はそれなりに選ぶ必要はあるかもしれないな。例えば……カードを選択する場合に悪魔を選んだら敗北とか、天使を選んだら勝利とか。

「属性は、スペード聖杯ハートダイヤ魔法の杖クラブだな。それに1~10までの数字のカードと、王子ジャック王妃クィーンキングの11、12,13に相当するカードだ」

 日本人相手なら今更トランプのことなど説明しなくてもいいのだが、いちいち説明してやる必要があるので、説明してやれば、はー、だのふーん、だのといった反応。

 何をするかわからないのだろう。こいつらはわくわくさえしていない。鈍いといってもいい反応だ。

「こんなもんか。さて、ゲームをしてみようか」

 返答ははーい、だの、ふーん、だのといったもの。

 彼女たちは知的で、普通の子供よりも責任感などを持っていても子供だった。

(まずいな。冷めている。このままだと契約が無理になるかもしれないな)

 孤児院の食料という面なら、教会の老司祭を通して、村長である親父から俺に命令を出して、食料を出させるという手段がないわけではないのだ。

(それはそれで親父の敵意を買う危険があるから最終手段だが)

 それにバスタは悪童の噂が根強い。俺が必死になりすぎるとなにかを仕掛けられていると思われる危険がある。

(実際に仕掛けてるからな)

 契約を結ばせるならそこを考慮して、体感的に楽しませてやる必要があった。

 俺はことさら気楽な感じを装いながら口を動かす。

「そうだなー。じゃあ、まずは簡単なゲームから」

 52枚のカードをシャッフルして俺はマナに5枚渡した。

 そして俺は自分の脇に1コイン木貨を5枚置いて、いいか、と二人に言う。

「さて、じゃあコインを1枚『コインゾーン』に置くぞ。お前たちも同じように」

 場と言いながら俺はテーブルに、大蜘蛛の糸で織られた赤い布――素材持ち込みで染色込で道具屋で注文したものだ――を敷いて、そこにコインを1枚置いてやった。

 マナも自分の側に赤い布が置かれるとそこにコインを1枚置く。

「マナの前においた5枚のカードを手にとってくれ。数字を確認していいぞ。ああ、数字は言わなくていい。二人で確認してくれ」

 黙って二人はカードを見る。俺がちゃんと道具を用意しているからか、何をするんだろう、というちょっとした興味が二人の目に宿っている。

(警戒はなし。いい傾向だ)

 俺は、今度は青く染色された大蜘蛛の布をテーブルに敷くと、そこに手持ちの5枚のカードから、カードを1枚裏側にして、布の上に置いた。

「さて、このカードより大きな数字だと思うカードを、表にして『カードゾーン』に出してくれ」

「カード場っていうとこの青い布の上ね……はい。いいわよ」

 マナが俺を真似して、5枚のカードを手に持つと、隣でカードを覗き込んでいるルナをちらっと見て、彼女が頷いたのを見てから場にカードを表向きにして出す。

「ハートの9か。無難だな」

 俺はじゃあ、と手に何も持っていないことを確認させてから自分のカードを表側にする。

「俺はスペードの8だ。すごいな。マナの勝ちだ」

 じゃあ、と俺は赤い布の上に乗っていたコインを彼女に向けて差し出した。

「どうぞ。これで肉コイン1枚をゲットだ」

 無言の二人。

「え……こんな、簡単・・でいいの?」

 ちょっと呆然とした表情のマナに対して、ルナは貸して、とマナの手からカードを奪った。

「私もやってみたい。バスタ、出して」

 ルナに強く言われ、俺は再びコインをコイン場に置き、カードをカード場に裏側に置いた。

 ルナは考えながらも、カードを恐る恐る置いた。スートはダイヤ。数字は10。

「お見事。こっちはハートの3だ」

「バスタ、勝つ気がなかったの?」

 むっとした表情のルナに、どうだろう、と俺はにやりと笑って、続きをどうぞ、と彼女たちにコインを渡してからコインとカードを場に出した。

「マナ。はい」とマナにカードを渡すルナ。ルナからカードを渡されたマナをカードを見て、ちょっと困った顔をして「これ、ここで終われない?」と俺に問いかけてくる。

 にやりと笑ってやった俺は「このゲームは5セット1ゲーム。つまり手持ちのカードを全部消費して1ゲームだ。もちろん終わってもいいが、その場合、最終的なコインの精算に応じなくても良い権利が俺にはある」と二人に言ってやる。

 今回はコインを手渡ししていたが、ちゃんとやるなら場にコインを貯蓄プールするゾーンも設定する。そうすることで視覚的に自身の状況がどうなってるかわかりやすくなるからだ。

 うぅ、とマナが恐る恐るカードを場に出す。クラブのキング13。最強の一枚だ。俺が出したカードはダイヤの7。

「俺の負けだな」

 コインを渡し、俺は次のカードとコインを場に出した。

「……むむむ」

 むむむ、と唸りながらルナが2枚のカードのうちの1枚を恐る恐る場に出した。ハートの4。対して俺が出していたのはスペードのジャック11だ。

「お前らの負けだな。コインをもらうぜ」

 俺がルナとマナの場にあるコインを回収すれば「あ」という声を出して惜しそうにマナが俺の手元に移動したコインを見て、ルナは申し訳無さそうに「負けちゃった」と呟いた。

「さて、最後だ」

 コインを場に出して、カードを裏側に置く。マナが恐る恐るコインとカードを場に置いた。

 マナが出したカードはダイヤの2。俺が出したのはハートのクイーン12

 最終的にルナマナの三勝二敗。双子のコインの増減はプラス1だ。

「どうだ? コイン増えただろ?」

 俺がにやりと笑って言ってやればマナが複雑そうに俺を見る。

「でも、減る可能性もあるわけじゃない?」

「だからゲームなんだよ。楽しいだろ? まぁいい。他にもやってみようぜ」

 コインの賭けは最低の1コインに設定しつつ、ポーカー、ブラックジャックといった対戦型のものをやりつつ、勝ったり負けたりを繰り返し、最終的なプラスをルナマナ側に偏らせていく。

 これができるのは俺がトランプに細工をして、裏側から見てもどのカードかわかるように加工をしているからである。

 俺だけが勝っていれば二人も細工に気づいただろうが、俺は二人を勝たせるために細工を使っているので不審感を抱かれることもない。

 まぁそもそも、そのために契約書には魔法の禁止を明記したのだ。

 いんちきと言えばイコールで魔法で結ばれるこの世界の住人は、手癖を警戒する意識が薄かった。

 それになにより、二人よりもレベルが高い俺が行う、『剛勇』や『知謀』などの強力なスキルで補正されたイカサマだ。

 いまだ低レベルで、神聖魔法スキルぐらいしか成長したスキルを持っていない二人が気づくことは絶対にできなかった。

「おー、すごいじゃないか。途中、めちゃくちゃ増えたな。最後にコイン全部なくなったけど」

「あああ、くやしーーー!!」

 ハイアンドローで1000コイン以上も肉コインを増やすも、欲に負けて挑戦を重ね続け、プールしていたコインが消滅すれば、マナがテーブルをどん、と叩く。

 硬くて重いテーブルだから少女の腕力程度では小揺るぎもしない。

 だが、このマナのとっさの行動で、この小一時間でどれだけギャンブルにハマったのかわかってしまう。

(ハイアンドローは少し危険だったな……挑戦の最大回数を制限することと、一日の挑戦回数を絞って対応すれば稼がれまくる危険は減るか)

 それと他のゲームで搾り取る必要もある。思考しながら俺はトランプをシャッフルしながらマナに軽口を叩いてやる。

「ははは。まぁこれ、まだ契約前だからな。あんまり熱くなるなよ」

「それでも悔しいのよぉぉ」

 ぐぬぬ、と悔しそうに、恨めしそうにマナは俺が回収したコインを見やる。

 そんな彼女の前に俺はジェンガだのオセロだのといったボードゲームも出してやる。

「ほらほら、他にもゲームはあるぞ。参加費として3コイン。負ければ0コインだが勝てば10コインやろう」

 ゲームの説明を行いながら、俺はテーブルの脇に氷魔法で作った氷を入れたカップに、水、魔蜜蜂の蜜、柑橘系の果汁、少量のアルコールをブレンドした蜂蜜レモンもどきを出してやる。「ほら、飲めよ」と言えば、マナはカップをぱっと手にとって、ごきゅごきゅと飲み干して「かーッ」と声を上げる。

 ちなみに、ちょっとお高い値段だった冷蔵型魔道具の収納がこの室内にはあり、軽食や飲み物などはそこに保管している。

 クーラーもそうだが、こういった贅沢魔道具は魔王復活前――この村がまだ豊かだった頃――の名残であり、年配の未亡人たちの家にあったものだ。

 魔石切れだったり、入れるものがなくて動かしもしない魔道具。

 そういった魔道具はこの村には探せばごろごろあり、俺は適宜、魔石や食料と交換してそれらを手に入れていた。

「これ、冷たくて甘くておいしい! ――ねぇ、なんかこう、バスタってこれで損ばっかりしてない?」

 マナの問いに俺は「そうか?」とすっとぼけてみせる。

「そうよ! こんなに甘くておいしいものに、お肉まで!! それを遊んでるだけで私達にくれるんでしょ!? おかしいわよ!」

 ジェンガをしながら、切り分けたフルーツの上に、燻製肉を薄切りにして切り分けたものを載せたものを冷蔵収納から取り出し、つまみとして出してやれば、ルナがもそもそと途切れなく食べ続け、マナはそれに呆れながらも全て食べられないように自分の分を確保しながらもぐもぐと口に頬張っている。

 俺はそんな二人の様子を見て、にやりといやらしさ・・・・・をわざとらしく浮かべて笑ってやった。

「俺としてはかわいい女の子と楽しく遊べるのと、善徳の問題だからな。むしろお前らが勝ってくれないと困るんだぜ? まぁお前らが勝ちすぎると俺も困るからハイアンドローの挑戦回数と最大ゲーム数は絞らせてもらうがな」

 最大で勝っても、せいぜいが数百コインの勝利で収まるようにすると言えば二人はゲームの制限よりもかわいい女の子という言葉に反応したのか、照れながらもわかったと頷く。

 アルコールや楽しくゲームで遊ばせた副次的な効果が出ている。内心に邪悪な笑みが浮かんでしまう。


 ――今この場において、二人の中から悪童としてのバスタの評価は完全に払拭されている。


 俺に対して、むしろ申し訳無さや楽しさを覚えている二人は、俺が何を考えているのかわかっているのだろうか。

 ハイアンドロー。俺が大負けする危険性を孕むこのゲームを用意したのは、見せかけの・・・・・救済策だからだ。

 どんなに負けてもあれで一発当てれば、という希望を持たせるためのものである。

(契約書には技術テクニックでの不正の存在を禁止していないからな。直前でカードをすり替えれば勝敗はどうとでも操作できる)

 指摘されなければイカサマを使ってもいいように文面を用意したのだ。

 もちろんバレないことが大前提だが、俺は『剛勇』で手先の器用さが上がっているし、魔法以外にも謀略やイカサマ系スキルも統合されている『知謀Ⅰ』のスキルがある。

(今回は契約前だからどれだけ引っかかるかでゲームコントロールのためにイカサマをしたが……今後はアルコール入りの蜂蜜レモンで酔わせて判断力を落とさせてから、ここぞというとき以外では使わないようにすれば問題ない)

 何よりこのイカサマは、村では上げにくい知謀の修行の場にもなる。

 そうだ。主目的は二人はハメることだが、副次的な目的として、俺のスキル修行の場にここはもってこいだった。

 女の子二人と長時間トークしていることで『外交Ⅰ』と『魅力Ⅱ』のスキル訓練になるしな。

 もちろんこれらの交渉系スキルは未亡人相手でも上げられるが、それでも訓練の密度としてはこちらの方が効率がよく、あまりの成長効率に、内心の驚きを顔に出さないように少しだけ努力する必要があった。

(この熟練度の上がりの良さは……なんだ? 二人がかなりの美少女だからか? いや、そんなわけがあるか。この双子、ただの村人より血統がいいから倒した判定での獲得経験値が高くなるとかそういうことか?)

 そのあとはジェンガをハラハラしながらやり、オセロや石取りゲームの必勝法を知らない二人がなぜ負けるのかわからないままに負けるのを笑う。

 道を制覇して通行料をとる友情破壊ゲームなどでは危うくルナとマナが喧嘩になりそうになるも、蜂蜜で作った飴をくれてやれば二人ともにっこりと機嫌を直すのだった。

 そうして美食と楽しいゲームでずいぶん楽しませてやった二人は、ゲーム開始前よりずっと増えたコインを前にして「じゃあ、契約するわ」と気軽に言った。

 楽しそうだった。嬉しそうだった。

 だから俺も楽しく笑いながら「よろしくな」と二人に望まれて・・・・契約をしてやるのだった。


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