011 美少女双子姉妹、祝福後の葛藤。


 教会の管理者である老司祭が村の顔役などと密談をするときに使う一室。

 その室内より、修道服の乱れを直しつつ、唇をハンカチで拭いながら金髪紅眼の修道女マナ・ルーンプレイヤーが出てきた。

 その後ろにはマナが鎧を着るのを手伝ってやったバスタが緩んだ顔で部屋から続いて出てくる。

 部屋に入る前は鎧をきっちりと身に着けていたバスタがどうして鎧を外したのか。

 その理由の一旦となっているマナはその意味を考えないようにしている。

 なお部屋の中ではマナの姉であるルナ・ルーンプレイヤーが部屋にできた少しの汚れと、そして空気の入れ替えのために掃除をしており、パタパタという忙しげな音が聞こえてくる。

 マナとバスタ、二人はしばらく無言で歩いていたが、教会の出入り口にたどり着いた途端、バスタが意地の悪さの籠もった笑いをへへ、と浮かべてから、マナの小さな尻を修道服越しにぐっとつかむようにして抱き寄せてきた。

「ちょ、ちょっといきなり触らないでよ」

 マナは文句をバスタにぶつけようとして唇を唇で塞がれる。

 水音と衣擦れの音が教会の入り口にかすかな時間響く。マナも最初は抵抗をしていたが、やがてそれも消えていき、そうしてバスタがマナを手放せば、ふらふらとマナは教会入口で倒れそうになり、扉に寄りかかってしまう。

「へへへ、ごちそうさん。じゃあ、行ってくるわ。また後でな・・・

 満足げなバスタが長柄鶴嘴を片手に教会から出ていく。

 舌先に残る、未だ慣れない情欲の欠片を気にしながらも、小さな声で「気をつけてね」とマナがバスタに声をかければ「おう」とだけ言って彼は出ていった。

 そうして震える膝が落ち着くのを待ちつつ、マナは先程の個室に戻っていく。

 そこはバスタに特別な祝福を施していた、小さな部屋だ。

「バスタ、行ったの?」

 ルナ・ルーンプレイヤー。腰まで伸びた銀髪に、宝石のような美しい色合いの青い目の少女。

 妹の目からしても村娘には絶対に見えない美貌を持つ姉が、雑巾を片手に中から顔を出せばマナは「うん……」と力なく言葉を返す。

 教会の曇ったガラスの小窓に自分の顔が映る。姉とは対照的の、金の髪に紅い目の美少女の姿がある。

 それは自分マナの姿だ。

 当然ながら容姿には自信がある。

 今だってそうだが、それからもっと幼いときから、かわいいかわいいと言われて育ってきたのだから当たり前の自信だ。

 加えて、記憶に残っている美形の父母の姿からも、将来の自分が美人になるのはわかっていた。

 そもそもが自分たちは、今でこそこんな辺境の寒村暮らしだけれど、祖父は王都の教会で司祭をやっていたこともあるそれなりの血統なのである。

 祖父が王都の教会の腐敗に嘆いて自ら辺境行きを志願しかなかったら、今頃王都の高位貴族を祝福相手に選ぶべく、婚約関係にでもなっていたかもしれない。

 そのぐらいの家系なのだ。


 ――自分の人生はこんなはずではなかったのに……。


 自分が人生でたった一度しかできない最上の祝福を捧げる相手は、もっと良い相手だと思っていた。

 きっと素敵な、王子様然とした貴公子か――それでなくても正義感があり、優しく、親しい、剣の腕に秀でた幼なじみの……レックスだと思っていた。


 ――まさか、バスタに捧げるなんて。


 今でこそちょっといいところもあると再評価しているものの、所詮は寒村の村長の家系に生まれた悪童バスタだ。

 そんな相手に唇を許し、肌を許し、祝福まで与えてしまった。


 ――いや、捧げさせて・・・・・くれた・・・のだったか。バスタは。


 まるでバスタが悪いというような考えをしてしまった自分の思考に反省させながらマナはため息を吐く。

私が・・悪い・・とはいえ……とんだ代償だったわ)

 でも、とマナは同じくバスタの相手をしていたルナを見る。

 姉が生涯一度にしかできない祝福を捧げた相手もまた、自分と同じくバスタだった。

 先程までバスタの小太りの腹の上で、唇を合わせ、手でバスタの下半身を弄り、性処理を行いながら、祝福を唱えていた姉を見れば、彼女は頬を赤く染めながら魔蜜蜂の蜜で作られた飴を口の中でコロコロと転がしている。

 魔力回復効果のあるあの飴を舐めていれば、祝福で使用した魔力回復には十分だろう。

 マナはバスタから貰っている小瓶を物入れから取り出し、中から飴を取って自分も口の中で転がした。

(ああ……甘い。美味しい)

 思う。こんな辺境の寒村では甘味を手に入れるのも一苦労だ。加えてモンスタードロップの蜂蜜で作られたこの蜂蜜飴は王都でも軽々に手に入らないような貴重品。

 弱った精神がバスタに祝福を与えることにも役得があるのだな、と良いところを探してしまう。

 そんな心だからか、バスタでもいいんじゃないか、と現状を許す感情が湧いてきて、マナは(ああぁぁぁ……そういうつもりじゃ……でも私が悪いのだし)と、悲喜こもごもの混沌とした感情で、自省すべく思考を巡らせようとして、だけれど身体にまだ色濃く残っている情欲にで失敗する。

 バスタだって悪いところばかりじゃなくて、いいところがある、とか考えている場合ではない、というのに。

(しっかり、しっかりしないと、このままじゃ、バスタと結婚しなきゃいけなくなる)

 まだルナもマナも身体が小さいから身体の交わりこそしていないが、祝福をし、肌に触れることを許し、唇を触れ合わせてしまったのだ。このままだと2、3年して身体が成長したら処女まで捧げることになる。

 学校に行ったり、職人仕事などで修行の期間がある王都と違い、辺境では男女関係は早熟になりやすい。

 生死のサイクルが早いため、辺境の男女は独り立ちが見えてくる12、3歳で肉体関係になるのだ。

(私もバスタもまだ10歳だけど……ううん、そうじゃなくて)

 唇だけなら幼い頃の戯れと忘れることもできるだろう。バスタの下半身の処理も、まだ言い訳ができなくもない。だが、いくところまでいったらもうルナとマナが信仰している女神教の教義からしてバスタに結婚してもらわないといけなくなる。

 マナとルナは女神教の教徒として複数の男と関係を結ぶなど端から頭にないのだから。

 だからバスタに処女を捧げたらバスタと結婚しなくてはならない。

 バスタに貞操を捧げながら結婚しなかった場合、生涯独身を貫かなくてはならなくなる。

 そんなこと、ルナもマナもまっぴらごめんだった。

 この教会にいる老修道女ロザリカのように一人身の老後を過ごすなんて嫌すぎる。

 そこまで考えて、マナはそろそろ気になったことを聞いてみることにした。

 マナとバスタとの関係がここまで進んでしまったのは数日前の自分の不注意が原因だが、ルナに関してはマナの目から見ると自発的にバスタに祝福を掛けていたように見えたからだ。

 自分より一日早くこういう関係になっていたのは気になるところでもある。自業自得でこうなってしまった自分と違って、ルナはバスタのことが本当に好きなのだろうか?

 マナは室内の掃除をしているルナに問いかけた。

「……――ねぇ、ルナは、バスタのこと好きなの? 祝福まで捧げて」

 もちろんマナとて姉の掃除を見ているだけでなく手伝いたいと思っているのだが、頭の中にはどうすればいいのだろうかという現状に関する懊悩が渦巻いており、どうにも体は動いてくれない。

 ルナは目を見開いてマナを見たあと、ぽつりと言った。

「バスタは、マナを助けてくれた。命の恩人。最大の感謝を捧げるべきだと思ってる」

 マナはそっか、と呟いた。自分が原因か。バスタが村でヒーローになった発端の、あの森での救助劇。

「……それに、バスタは裕福・・。レックスよりずっと良好な物件」

「それは……そうね」

 こんなところにいれば裕福という言葉の意味は十分に理解できる。


 ――それは生死につながる意味を持つ、重要な言葉だ。


 そして自分だけではなく、自分たちが産む子供にも関わってくる話である。

「あと……バスタは、とんでもなくいいひと・・・・

「そう。そう、よね。バスタだけだもんね。助けてくれたのは」

 でも、彼は自分にいやらしいことを――いや、違う。これは私が悪いのだ。

 考えろ。バスタはいいひと。力を得たあとのバスタは、乱暴に振る舞うことは一切なく、悪童なんて評判が嘘みたいにみんなによくしてくれている。

 そうだ。あれだけしてくれたのはバスタだけだった。

 神聖魔法を使える――つまりは村人の生死を十分に握れる自分たちが村中で頭を下げて回ったのに、麦粒一つ手に入れることはできなかった。

 もちろん理由はある。重税と働き手の減少による畑の荒廃。帝国や魔王の侵攻を発端とした王国の戦争のせいだ。

 だから、未来の不安を考えたらだれもが他者に手を差し伸べる余力がないのは当然。

 だけれどバスタは気前よく肉をくれた。ただ頼んだだけで二週間分の肉をくれたのだ。

 それに、と小部屋とはまた違う方向にある窓から外をマナは見た。

 教会に隣接する孤児院から子供たちが出てくるのが見える。

 ルナとマナが燻製小屋でゲームをするようになってから、バスタは二人が孤児の世話をせずに遊べるように、子供たちを燻製小屋で雇ってくれるようになった。

 職場である燻製小屋には未亡人たちがいて、彼女たちが孤児の世話をしてくれている。不安なく、二人は勉強に教会の仕事にと、平穏な生活を送ることができている。

 悪童バスタ恩人バスタいいひとバスタ

 マナはバスタがしてくれたことを一つ一つ頭に思い浮かべた。大人だってしてくれないことをバスタはしてくれているでしょう? そうよ。初恋の相手レックスは自分の家のことだけで精一杯で、ルナとマナを気にかけてくれたのは、バスタだけだった。そう。絶対そう。レックスに余裕なんてなかった。なかったのよ・・・・・・

 それに、と遠目に歩いていく孤児の服をマナは見た。彼ら彼女らの多くが新しい服を着ている。魔物の落とすドロップアイテムの蜘蛛糸を薬草から抽出した緑色で染め、織られた布から作られた服だ。

 素材の効果か、着ているだけでちょっとした怪我なら治ってしまう魔法の服。

 あれのおかげで孤児の怪我が減って、二人が魔力を使って彼ら彼女らの怪我を癒やす回数は減った。

 あの服も、バスタがいなければ手に入らなかった。

 ルナとマナがバスタの燻製小屋で得たコインと引き換えに手に入れた布。それをバスタが雇っている未亡人たちにお願いして、縫うのを手伝ってもらい、作った服だ。

 バスタがいたから手に入った服。もうあの子どもたちは、ボロボロの服を着て、みじめな姿で村の中を歩かずに済む。

 教会の天井に目を向けるマナ。そうして目を閉じる。頭の中でぐるぐると回るその考えを――自分が正しいのだと信じるために何度も何度も補強する。


 ――孤児は新しい服を手に入れるのも困難だ。


 それは彼らが成人していないから。成人していない以上、この国の法律では親の財産を引き継ぐことができない。

 いや、正確には引き継ぐことはできる。家、家具、畑、そういった、生きていくのに必要なものを。

 だが引き継げばそこでその子供の命運は尽きる。

 引き継ぐのは財産だけではないからだ。家を引き継ぐということは、家長としての責任も引き継ぐということ。

 それはつまり、重税を引き継ぐということ。

 村での住民税、井戸使用税、男だったらモンスター対策の費用、女だったら婦人会の会費など。そして畑の前年度収穫から計算されただけの小麦を税として払わなければなくなる。

 当然だが親のいない子供がそれだけの税を払うことなど不可能で、ゆえに親を失った子供たちは親の財産を引き継がずに村の孤児院に入ることになる。

 着の身着のまま、ほとんど何も持ち出すことができないままに。

 二人は孤児ではなかった子供が、親が死んだり、徴兵されたあとに帰ってこなかったことで、孤児へと落ちていくさまを何度も見てきていた。

 親のいる子供と、親のいない孤児。

 同じ生命なのに。同じ子供なのに。ただそれだけで村人の対応は変化する。

 彼らもまた、村の子供だというのに。誰もが優しくできなくなる。

 孤児は孤児院に入っただけで、数ヶ月もすれば孤児らしくなってしまう。

 それは親が整えてくれる見目や、親が伝えてくれる教養、知識などを失ったことによる風貌の変化などといろいろとある。

 だが、その中で一番わかりやすいのが服だ。

 服は消耗品だ。親がいれば母親が補修してくれたり、親の服を手直しして新しい服を作ってくれることもある。

 だが孤児が着替えと合わせて数着しかない服を着回していればすぐにボロボロになっていく。補修用の布や、裁縫ができる女の子もいるだろう。それでもどこか足りないのか。どうしても彼らのすべては摩耗し、良好ではなくなってしまう。

 そしてルナやマナがどれだけ哀れに思っても、寒村の貧乏教会では孤児全員に服をくれてやることなどできっこないのだ。

 せいぜいが一番上の子供に、村の大人が着なくなったボロボロの服を貰ってきて、手直ししてあげることぐらい。

 そうして一番の年長の子供がサイズの合わない服を無理して着ているのを見て、そんな年長の子供が着れなくなった服を下の子供にくれてやり――その流れにやるせなさを覚えたのは、どうしようもない悲しみを覚えたのは、どれだけあっただろうか。

 ふとマナは思い出す。レックスのことだ。

 彼が自分たち目当てに孤児院に来ていたこと。当時は彼の手伝いもあってルナとマナは幾分か楽をさせてもらったが、あれは孤児たちのことを考えれば本当はよくなかったのかもしれなかった。

 孤児たちは自分たちの世話をしてくれているルナやマナがレックスを歓迎していたからレックスを受け入れてくれただけで、本当は親がいて、立派に教養を得て、きちんとした服を着ているレックスが羨ましかったのかもしれない。

 孤児の男の子たちからそれなりの好意を受けているマナは、彼らが自分たちより上等な・・・レックスに対して、大きな劣等感を持っていたことにも気づいていた。

 それでも二人はレックスの好意が嬉しかったから、彼を受け入れていたけれども。

「バスタは、いいひと」

 マナの葛藤を知ってか知らずか、部屋の中のルナがそう言った。

 マナはそれで、姉が認めたなら、自分もバスタにもうちょっとだけ寄り添ってもいいのだろうと考えた。

「そうだね。いいひとだよね。だから私も、祝福を捧げたのだし」

「うん」

 姉の小さな返答。

 心が乱れているマナは気づかない。

 マナの言葉を受けて、どこかしら、満足したような、自分は間違っていないのだというようなルナの言葉に。


 ――ルナマナと同じように、バスタのことを好きだとは言わなかった。


 ひとことも。


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