010 悪童バスタ、知らず原作を破壊する
朝の礼拝が終わり、双子たちが教会で礼拝の参加者にクッキーを配っている頃にバスタはやってくる。
オークの硬革鎧と熊革のジャケットを身に着け、長柄鶴嘴を肩に乗せた太った少年バスタは、教会の入り口で参加者が帰っていくのを見送っていたルナとマナの姉妹と顔を合わせ、おう、と手を上げた。
「あれがあのバスタ、かよ……」
ルナとマナにまだ話があるのか、二人がクッキーを渡していたのを教会の隅でじっと見ていた
それには少しの嫉妬と敵意とまではいかないが疑念が混じっている。
あれは本当にバスタなのか、という疑念。
教会の隅から鋭い視線を向けてくるレックスに対し、バスタと言えば、落ち着いた様子で鷹揚に声をかけるだけだ。
「ん……ああ、レックスか。親父さんはどうだ? 怪我してるんだってな。っと――」
まだ言葉の途中だったバスタの声が止まる。
双子の姉妹から受け取ったクッキーを美味しそうに囓っていた孤児の少年たちが、バスタを見かけてか喜びもあらわに駆け寄ったからだ。
バスタの問いに、お前が気にすることじゃない、と喧嘩越しにバスタに向かって歩いていたレックスはその光景に、一瞬なにが起きたかわからなくなった。
なんでこいつらがバスタにッ!? お前ら、村長一家は孤児を気にしてないって前に愚痴ってたじゃないか。俺の方がお前らと親し――
「ッ――お、おい。お前ら、バスタの傍には」
相手は悪名高き悪童バスタだ。奴に何かされる前に勇気を出して、少年たちに何か注意しようとしたレックスだが――。
「兄貴! バスタの兄貴だ!」
「おはようございます! 兄貴!!」
「今日もイカした鎧ですね! 兄貴!!」
少年たちが喜悦の表情でバスタを囲み、挨拶をするに至って、レックスの表情は完全に固まった。ど、どういうことなんだ? と。
「おう、おはようお前ら。つか、ジョグ、なんだお前。顔ちゃんと洗ってんのか? 目やについてんぞ。アデール、てめぇは息がくせぇんだよ寄るな離れろちゃんと歯ァ磨けバカ。はッ、ネス、てめぇは寝癖がそのままだぞ。けけけ」
バシバシとバスタが少年たちの肩を叩いてそういうのをレックスは呆然とした顔で見てしまう。
孤児院はルナとマナの領分だ。
そしてレックスはそのルナとマナに会いに、頻繁に孤児院に遊びに来ていた。
つい先日まではあの場所にいたのはレックスなのだ。彼らと友人のように過ごしていたのは自分なのだ。
というのに――……孤児たちは久しぶりのレックスには注意を払わない。
それがまるで仲間外れのようで。どうにも
「ば、バスタ、さん!!」
傷ついた顔で黙ってしまうレックスの前を青い髪の少女が駆け抜け、バスタの前に立つ。
ケスカ・ブルーウィンド。少女ゆえにか、少年であるレックスとは遊びのグループが違っており親しくはないものの、顔だけは知っている孤児院の少女だった――はずだ。
「おう、ケスカ。今日もめかし込みやがって、なかなか綺麗じゃねぇか」
しかし、バスタに助けられて以来、この少女は変わった。
ボサボサだった髪を整え、自分が持つ精一杯の服を着ておしゃれをしている。
バスタの前に立ってえへへ、と微笑むケスカ。レックスには見せたことのない綺麗な表情。みにくいアヒルが美しい白鳥になるような変化。少年たちも少しだけバスタを羨ましそうに見る。だけれどそこにあるのは誇らしさだ。
あからさまにバスタを意識しているケスカ。
別にレックスはケスカに好意を抱いていたわけではない。
だが、レックスはなにか、自分の中にあった自尊心のようなものに罅が入ったような感触を覚え――思わずルナとマナの方に視線を向けて、ずきりと、心に痛みが走った。
――上気したような顔でバスタを見る姉妹がそこにいる。
レックスの驚愕を置いて、ルナとマナの二人はバスタの傍へとゆっくりと、落ち着いているように見える仕草で歩いて声をかける。
表情に隠しきれない熱情の籠もった微笑みを浮かべながら。
「ば、バスタ。今日も周辺警備?」
「バスタ。こっち、用意できてる」
おう、とバスタはケスカの頭をガシガシと撫でながら頷き、周囲の少年たちに「じゃあまた後でな」とそれぞれバシバシ肩を叩きながら姉妹の導きにしたがって教会の中に入っていく。
教会の責任者たる老司祭は、ここ数週間、教会にはいない。
発生した大量の死者。その
ゆえに責任者としてミサを取り仕切っていた老修道女は、熱情に浮かれている姉妹を見て、ため息と共に「魔力は残しておきなさいな」と姉妹に言えば姉妹はこくこくとうなずきながらバスタを教会内につれていく。
「あ、お、おい。どこに……――」
何が起こっているのかわからないままにレックスは縋るような視線で友人だった孤児たちを見た。あいつら何をしに行くんだよ。説明が欲しかった。だが孤児たちはレックスにちらりと視線を向けたあと「おら、畑の世話したら仕事行くぞ仕事。兄貴が仕事終わらせる前にやることやっとかねぇと」と年少の子たちに声を掛けて次々と孤児院に戻っていく。
まるでいないかのような扱い。冷たいと思った――だが、本当に忙しいのだとも知っている。
レックスとて暇ではない。このあとは村の人々と一緒に集団での畑の世話をしなければならない。農家の長男として周辺から爪弾きにされないように協調して生きていかなければならないからだ。
それでもルナとマナの手伝いをするためにいつも以上に働いて、そうやって時間を作るつもりだった。
だからレックスは孤児たちの背中を見送ることしかできない。
レックスの頭の冷静な部分が、孤児たちの邪魔をすべきではないと忠告してくるからだ。
(思えば、
自分たちは友人のようなものだった。ようなもの。真実友人ではない。
もともとがルナとマナのついでで会って、彼女たちの代わりに世話をしてやるかとか上からの視点で考えていたような関係だ。
そりゃ話はするし、遊びもしたが、本当に彼らの輪の中に入っていたかと言えばそんなこともなく。だいたい俺は彼らが餓死しそうな間に――いや、俺だって自分の家のことがあって、親父だって怪我して、義妹の世話も大変で。
――お互い様だった。
孤児がレックスを助けなかったように。レックスもまた彼らを助けなかった。
この村で、自発的に誰かを助けていたのはバスタだけだった。
森に入り、マナ・ルーンプレイヤーを助けたのはバスタだ。
双子に頼まれたとはいえ、餓死しかけていた孤児を助けたのはバスタだ。
村の困窮によって死ぬはずだった未亡人たちに仕事を与えたのもバスタだ。
そしてレックス自身は知らないことだが、バスタが活躍したからレックスの父親は死なずに重症で済んでいた。
「あの、兄さん? 家に帰らないんですか?」
呆然と立ったままのレックスに対し、クッキーの入った小袋を片手に義妹のライナナが問いかけてくる。
レックスの手元でもまた、クッキーの袋が揺れた。
父親が怪我をしてから、家の蓄えは減る一方だ。
そのため、今日は来れなかった親の分もクッキーを貰った。
これは来た人のためのものだから本当はダメだけれど、ルナとマナが特別に、と施してくれた慈悲だ。
だから、これを持ち帰って家族に食事を――……。
レックスは教会を見た。扉はもう閉じている。
自分は、なにか酷く選択を間違えたような気がするも、レックスは唇を強く噛み。しかし何もできずに家に帰るのだった。
◇◆◇◆◇
魔法名:我が唯一の勇者に我が祈りを捧ぐ
最下級である神聖魔法第一階位に属する、
女神教の神聖魔法使いでも女にしか使えない魔法であり、また教義の都合上、彼女たちが生涯
女神教を知るあらゆる戦士にとってこの祈りを捧げられるということは、最上級の名誉にあたる。
これは永続した祝福を与える神聖魔法である。
そして女の神聖魔法使いなら誰でも使えるという――それこそ昨日今日、魔法を覚えたような子供でも――発動条件の緩さのため、付与される祝福の種類や強さなどは使い手によって異なるものとなっている。
もっとも完全にランダムというわけではない。
血統や魂の質、
また、ほんの少しだけ運が良くなる祝福しか与えられない者がいる反面、『適正属性の追加』『特殊な武器を与える』『特殊なスキルを付与する』『特定属性への完全無効耐性を与える』などなどの、最上級の特別な祝福を与えることもできる者もいるためか、大国の王家などには、立太子する王太子のために百人の神聖魔法使いを揃えた歴史もあるほどである。
祝福の効果時間は永続である。
それはこの神聖魔法が術者の魂の欠片を対象者に埋め込む形式の魔法だからである。
ゆえに施術を行った神聖魔法使いが死んでいても効果は発揮され続ける。
また、埋め込んだ魂の欠片に向けて術式を重ねがけすることで欠片を成長させて祝福の効果を上昇させることもできる。
重ねがけと言っても、改めて魂を埋め込む必要はない。
ただ祝福の成長には大量の魔力が必要なために術者の負担が大きい魔法でもある。
施術の際に術者と肉体的に触れ合っていればいるほど、精神的に近ければ近いほどその成長効果も高まるため、この祝福を使う術者は対象の間に肉体関係が発生しやすく、また女神教の修道女は複数の異性との肉体関係を教義から忌避することもあり、術者と対象は婚姻関係になりやすい。
神聖魔法使いであれば誰でも扱えるために一般化してしまったこの神聖魔法だが、もとは
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