015 悪童バスタ、ゲームのディーラーをする。


 勉強、訓練、解体、燻製。勉強、訓練、解体、燻製。毎日の活動。ルーティーン。村の日々は流れていく。

 さて、そういった日々の中でバスタは彼ら彼女らにたっぷりと昼食を取らせる。

 当然ながら仕事や訓練、体力を使う様々なことを終えたあとに満腹になれば孤児も未亡人も横になって、午睡の時間に入る。

 もちろん元気な者もいる。だが、彼らはバスタが用意したゲーム盤やらトランプをテーブルの上に広げて遊び始めたり、今日学んだことの復習をしたりする。

 まだ日は落ちていない。だが一日中訓練だの仕事だのができるわけがない。

 無理に長く働いたり訓練をしたりせず、休息しろとバスタは宣言しているため、彼らには長めの昼休憩が与えられていた。

 そんな時間にルナとマナの二人はバスタに連れられ、『バスタの燻製小屋』へと入っていく。

「ようこそ、バスタの・・・・燻製小屋・・・・に」

 狭い部屋でバスタがすっ・・と、気取ったお辞儀をする。

「さぁ、お待ちかねのゲームだぜ。お嬢さん方」

 バスタが座るのはルナとマナの対面、ディーラーの席だ。

 そしてバスタはコインを十枚、双子に差し出す。

「そんでコイツが今日のログインボーナス、コイン10枚だ。それと継続二週間ボーナスで薬草染めの布を一反くれてやろう」

 バスタは背後の棚をごそごそと漁ると、棚から巻物状になった布を取り出し、テーブルの上に置いた。

 気軽に差し出される一反の布。

 俗世と少し離れた位置にある、教会の修道女見習いであるマナやルナにはこの物品の正確な価値はよくわからない。

 ただし、この魔法的な力の宿った布がとても高価なものであることと、一反なら大人の服一着が作れるだけの大きさがあるため、これをうまく使えば身体の小さい孤児の服なら何着も作れるということは二人は知っていた。

 とはいえ、この布もまた、ここで手に入る肉コインとの交換・・で入手できる品である。

 それが無料で手に入ったことにマナとルナの表情が微かだが明るくなる。

「……いいの? これって確かコイン十枚の品でしょ?」

「いいんだよ。俺の遊びゲームに付き合って貰ってるんだから」

 いろいろ貰いすぎているのに、とマナとルナはバスタの好意・・に遠慮したくなるが孤児院のことを考えれば布はいくらあっても足りない。

 いや、院長はもうバスタに決まっているようなものなのだから、孤児たちに必要だと要求すればバスタなら服ぐらいくれるかも、なんて考えてしまう。

「いや、別に、ガキどもじゃなくて、こいつでお前らの服を作ればいいじゃねぇか」

 マナたちの考えを読んだようなバスタに布を叩かれながら言われれば、そういえば、と双子は自分たちの服を見る。

 修道服をいつも着ているルナとマナは自分の服というものを余り持っていない。

 でも緑色の服か……薬草染めは濃い緑色の布で、孤児院の子供たちの服が薬草染めの布だ。同じ色だと埋没しておしゃれ・・・・じゃない。それならもうちょっと黄色とか、白とか、と考え「色がなぁ」と呟けば「ほら」とバスタが燻製小屋に設置されているロッカーなる鍵付きの棚から反物をいくつも取り出してくる。

「え、これってこんなに、あるの?」

「肉ばっかりあっても仕方ねーんだわ。だからよ、肉を代価に裁縫スキルもってる未亡人にな、ドロップ品の蜘蛛糸を加工してもらってんだよ。っても、裁縫ランクがⅡ以上でMPがそこそこある奴はあんまりいねーから日の生産量はそんなにねーけど」

 バスタが並べた布の中から薔薇の刺繍付きのものを見つけたマナは「あ」と呟いた。欲しい・・・

 そんなマナの視線を追ってルナもそれを見つける。薔薇の刺繍の施されたもの。裁縫スキル製とはいえ、一反分の刺繍と考えれば、その手間はどれだけのものか。

 王都で買うなら、と考えて自分たちが一年分の小遣いを貯めても足りないだろう、と躊躇してしまう。

「お? 刺繍付きか。こいつは結構MPかかってんだよな。なんで肉コイン五十枚分。ログボでくれてやるには過分っちゃ過分なんだが」

 残念そうな顔をした双子にバスタはにっ・・と笑って言う。

「綺麗に着飾ったお前らを見てみてぇ気分があるしな」

 いいぜ、くれてやるよ、とバスタは刺繍付きの反物を放ってくる。

 渡されたものは一反しかないが二人の身体はまだ小さい。うまくやれば二着分の服が作れるだろう。

「ありがとう、バスタ」

「感謝。バスタ」

 マナとルナの礼にバスタは「毎日世話になってるからな」といやらしそうに笑うのだった。


                ◇◆◇◆◇


 TIPS:スキルによる加工とその難易度

 裁縫スキルから技を使えば糸を織らずとも一瞬で布を織れる。

 料理も料理スキルを持った者が材料を並べ、相応のMPを消費すれば時間のかかる煮込み料理などを一瞬で作れるようになる。

 それがスキルが持つである。


 しかし、それができるものは少ない。

 なぜ少ないのか? それはMPを消費するからである。

 それもレベル1の普人種では賄えない程度に多いMPが。


 この世界の人間が、MPの上限を上げるには、レベルアップしなければならない。

 レベルアップ――魔物を倒し、経験値を得ることで発生する、人類が己の限界を超えるための、器を広げるための仕組み。

 とはいえ魔物を倒すには戦闘スキルが必要だ。

 だが、戦闘スキルまで持っている生産スキル持ちというのは、珍しいを通り越し奇跡的と言ってもいい存在である。

 となると、修練によって生産スキルのランクこそ高いものの、それらが持つ技が使えるだけのMPを実際に持つ者というのは本当に稀少な存在となっていく。

 これがこの世界の実情であった。


 なおMP消費による生産については、アーガス村のような、魔物がたびたび出没するような危険地域で店をやっている村人であっても、日に数回しか使えないものである。

 だがバスタによる解体作業レベリングによって、未亡人の多くが条件を満たすようになってきていた。


                ◇◆◇◆◇


 ログボを貰ったルナとマナは一瞬だけ天秤に視線を向けたものの、さぁゲームをしようぜ、とバスタが冷蔵魔道具からジュースやつまみを取り出すとそちらに意識が戻った。

 少しの不安・・はあるものの、ゲームの楽しさに様々な美食など、不安を押し流すものが並べられると未だ幼い彼女たちはそれらに身を任せてしまう。

 それに結局のところ、隣にルナマナがいる状況では、ルナにもマナにもどうにもできないのだ。


 ――バスタのゲームで負けない方法は簡単だった。


「おっと、またお前らの勝ちだな。おめでとう。これでコインは64枚だ」

 まだやるか、と言われてマナはルナに視線を向ける。ルナは少し考えて首を横に振り、それに乗ってマナは言う。

「降りるわ」

 最初に参加するのはハイアンドロー。伏せられたトランプの目が、開かれたカードよりも上か下かを当てるだけのゲームだ。

 ハイアンドローの挑戦回数は1日3回まで。そして最大連続勝利数は8回まで。

 最大まで勝てれば256枚もの莫大なコインが貰えるゲームである。

 今日挑戦した2ゲームは負けたけれど、3ゲーム目で6回まで勝利し、双子は64枚のコインをゲットした。

 ハイアンドローの参加料はコイン1枚なのでログボと合わせれば彼女たちの手元には71枚のコインが残ることになる。

 コイン1枚が1キロの肉。ただし交換するときにこれは全て1.2倍量の肉となる。一日の成果としては十分。孤児たちは今日も腹いっぱいにご飯を食べることができるだろう。

 しかし、とマナはぺろりと唇を舐める。彼女たちはこれを種銭として、ゲームをするのだ。

 わくわくした気分でどんなゲームをするか考える。ポーカー、ブラックジャックなどのトランプゲーム。それとも球体が落ちる場所を予想するルーレット。サイコロ遊び。ボードゲーム。いろいろある。

 つまみのフルーツ盛りに手を伸ばして考えていれば隣に座っているルナが「バスタ。ブラックジャック」と言った。

「ルナ、ブラックジャックにするの? へぇ、今日こそ勝てるといいわね」

「うるさいマナ。私は超強いから」

 ふんす、とルナが鼻息荒く言えば、バスタが「ほどほどにしろよ」と苦笑しながら自分とマナとルナの前にカードを配る。

 ブラックジャック、1ゲームの最大賭け枚数はコイン10枚だ。ルナは鼻息が荒いものの、少し考えて3枚のコインをテーブルに置いた。

 そのあとゲームをすればほどほどに勝ち、ほどほどに負ける。コインのプラスマイナスで言えば、プラスで3枚ぐらいであった。

「うぬぬぬぬぬ」

「残念だったわね。ルナ」

「うぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」

 ルナがジュースの入った木製カップを噛みながら唸っている。

 マナはそれでも勝てたのだからいいでしょ、と勝利したことで得たコインを指でなぞった。

 マナと違ってルナは直感が鋭く、トランプゲームに強い。しかし勝負数が重なると負ける回も多かった。

 それも勢い込んで勝負した回ほど負けが多い。

 ルナが負けるなどと……マナは最初、バスタが何かずるいことをやっているのかと疑ったこともあった。

 だが、このゲームは魔法的な契約によって魔法の使用は禁止されている。

 加えて、勝負の最中、マナがじっと見ていてもバスタの手元に不自然なところはない。


 ――そもそもルナの直感は、大事なときほど働かない。


 スタンピードのとき、ルナが嫌な予感を覚えていれば、マナが森へ行くことを事前に止められただろう。

(私たちの両親のときだって……私もルナも、無事に帰ってくると思ってたし)

 直感は直感だ。それに力はない。危険は考えて考えて考えて、そうして予測して避けなければダメなのだろう。

 だからか最近のルナは自分の直感に疑念を抱いているし、マナもそれはルナから聞かされていた。あまり直感に頼るものではないのだと。

 とはいえこの直感。バスタの燻製小屋でのゲームでは多少以上の役には立っており、だけれど負けることは負けていて――所詮、勘は勘ということだろうか?

 ルナの直感がスキル化すればもっと信用できるのかもしれないが、こういった感覚スキルの習得には相当数のレベルの上昇や特殊な贈り物ギフトが必要であり、ルナにもマナにもその種類の伝手コネクションはなかった。

「――で、私言ってやったのよ。それはないって」

「へぇ、で、どうだったんだ」

「そうしたらね――って」

 双子がそんなことを考えつつもゲーム終了後の火照りを冷ましながらバスタと雑談をしていれば、くん・・、と鼻に芳しい香りが引っかかる。

「あら? 香炉の香り、また変えたの?」

 ゲームが始まったあたりでバスタが燻製小屋内に焚き始める香は、ハイアンドローが終わったあとのゲームの中盤ぐらいに部屋に満ち始める。その香りが今日はいつもとは違うものだった。

「ああ、薬師の婆さんの新作だ。感想聞いてこいってさ。どうだ?」

「ん、んー。いいかも? たぶん」

「いい匂いがする、と思う」

 まだ子供のルナとマナにとって、香炉の香の感想なんて快か不快かの二択でしかない。そんな二人のよくわかっていない感想にバスタは苦笑いして「おっけ、伝えておくわ」とだけ言った。

「さぁて、休んだし、ゲームを続けるわよ」

「次はポーカー。バスタ、用意して」

 まだ先ほどの勝負の快感が糸を引いているのか、二人の心臓はドキドキしているものの、小休憩で興奮を鎮めクールダウンした二人はバスタにゲームの再開を要求し、その日はそれなりに勝利して、バスタに預けている肉コインの額を増やすのだった。

 帰り際、彼女たちは、自分たちのご褒美にと――ステータスがちょっとだけ上昇する――いいな・・・と思っていた魔物の骨でできた髪飾りとコインの一部を交換して教会へと帰っていくのだった。


 ――そんな余裕など、個人としての彼女たちにはないことに気づきながらも。


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