003 悪童バスタ、墓穴を掘る


 悪童バスタ。村の問題児によって、村の傍の森の中で、モンスターに襲われていた孤児院の子供たちは救出された。

 とはいえ、スタンピードの影響で村は絶賛混乱中である。

 孤児たちを連れたバスタが村に戻っても、心配していた村人たちによる抱擁などは待っていない。

 とはいえ迎えがないわけではなく、慌てた様子の大人たちによって、孤児たちは孤児院に送り届けられた。


 ――というか、子供たちはついででしかなかった。


 常識的な範囲で多少の心配りはあった。だが村人が心の底から心配していたのは孤児たちではない。修道女姉妹の妹、金髪紅眼の美少女マナ・ルーンプレイヤーだけである。

 そもそも度重なる徴兵や、魔物の襲撃で働き手の多くを奪われているこの村だ。

 常識的な範囲の心配はできても、親のいない孤児を本気で気にかける余裕はなく、そもそもが生きていても死んでいてもどちらでもよかった。

 そして、むしろ死ねば良いと思う者もいないわけではなかった。

 村長による村内政策。健全な村人たちが徴収される、孤児や未亡人のための協力金や物資。

 結構な負担となっているそれが減るならどれだけありがたいことか。

 なおマナと孤児を助けた悪童バスタ・ビレッジは、泣きわめくほどに心配していた彼の母親により、こってりと絞られながら村長宅に連れて行かれている。

 バスタが去ったあと。修道女マナ・ルーンプレイヤーは森から帰った自分に対し、心配した大丈夫だったかとしきりに声を掛けてくれる村人たちの温かさを感じながらも、同時に彼らが孤児たちへと向ける冷たさに、ほんの少しの寂しさを感じていた。

 とはいえ、それはそっと心の奥に沈める。

 冷たい村人たちだなという感想はある。だが、村の現状を考えれば仕方ないよねという現実的な思考が同時に出てくる。

 誰もが貧しいのだ。富める者などこの村にはいない。

(それが悔しいのか悲しいのかわからないわ……でも――)

 そこまで考えて、マナは腕の中の感触・・で、それらの感傷をひとまず全て棚上げにした。

「マナ……マナ……うー。ううぅー」

 銀色の髪をした少女がマナの腕の中にいる。

 ルナ・ルーンプレイヤー。

 銀色の髪に、碧色の眼をしたマナにそっくりの少女。

 マナの双子の姉である。

 彼女は双子の妹であるマナを抱きしめ、マナに抱きしめ返されながら涙を流していた。

「い、生きてて……生きててよか……あぁうぅぅぅ」

「ルナ……うん……うん」

 マナはルナを抱きしめ返しながら、ふと先程の少年バスタを思い出していた。

 村長の次男。バカ息子。乱暴者。知恵なき猿。

 やれどこぞでイタズラを働いただの、やれどこぞで乱暴を働いただのといった村人たちの噂話を聞いて、昨日までは声に出してあの少年をマナはバカにしていた。

 だが先程の出来事。絶死の空間と化したあの森で頼もしく、勇ましく進むバスタをマナは見た。見た結果、彼は少女の英雄となってしまった。

(バスタ……すごかった)

 バスタは力の化身だった。木の洞の中で死の恐怖に怯えるしかなかったマナと子どもたちを救ってくれた英雄だった。

 あの凶暴な、唸り声を聞くだけでマナたちから命を奪いかねなかった巨大熊のモンスターを傷一つ負うことなく容易く屠り、帰りの道中では、孤児たちに被害を出すことなく、出会ったモンスターたちを全て殺しきっていた。


 ――あんなに強かったなんて……。


 マナは思う。今までバスタのことをあまり知らなかった。だけど、あれほどの力を持っていたなら悪童と呼ばれるぐらいに増長してもおかしくはないだろう。

 いや、むしろ今までが手ぬるかったとも言うべきか。あれほどの力を持っていながら誰かの腕を折っただとか誰かを殺しただとかそういう話はなかったのだ。

(それに村の危機になったらちゃんと働くんだ。バスタって)

 マナはバスタを見直していた。

 バスタの活躍によって、マナも孤児たちも無事に村に帰れたのだ。

 誰か死んでも、それこそマナが死んでもおかしくなかったというのに。誰ひとり死なずに。

「マナ……うー。もう勝手に森にいかないで」

 腕の中では相変わらず姉のルナがうーうー唸って泣いている。姉の感情は理解できるものの鬱陶しくなってきて、マナはもういいでしょ、とばかりに言ってやる。

「もう、ルナ。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

「ダメ! 許さない!!」

 何を許さないというのか。ぷんすこというような擬音を浮かべて怒る姉に、マナは苦笑を浮かべてしまう。

「あー、仕方ないなぁ」

 妹を案じる姉の背中をぽんぽんと叩きながらマナはようやく帰ってこれた村の中で心身を安寧に委ねていた。

 だが、そんな姉妹の事情など関係なく、辺境の小さな村、アーガスの騒動はまだ続いている。


 ――まだ迷宮暴走スタンピードの最中なのだ。


 ざわざわとした、強烈な圧迫感プレッシャーはずっと村を支配していた。

 迷宮から吐き出されたモンスターたちによって、周囲の魔力や瘴気が高まり続けている。

(村の守りを突破してモンスターが入ってきても怖いから戸締まりぐらい確認しておかないと……なんだけど)

 ルナとマナが今いる孤児院は、ほとんど守りがなくなっていた。

 特に、大人が一人もいなくなっているのがまずい。

 孤児院の院長たる中年の男も、村長に要請されて槍を片手に村の防衛に向かっている。

 孤児院に手伝いとして来ているおばさんも、孤児よりも自らの家族が心配なのか、それとも集会所や村長宅に向かっているのか、ここには来ていない。

(村の守りが全滅したら、教会に避難してくるんだろうけども……)

 マナがあたりを見回せば、孤児院内には年長の少年少女たちが小さな子どもたちを支えながらも、怯えているのが見えた。

 経験豊富な司祭でもある祖父がいれば、とも思うが、孤児院に隣接する教会の主たる、マナとルナの祖父である老司祭とその助手である老修道女も村の防衛のために錫杖を片手に外に出ている。現場で怪我人が出たら治療するためだ。

 加えて、死霊系モンスターに対する対策として、老司祭の持つ神聖魔法は必須手段でもあった。

 神聖魔法が使える修道女でもあるルナとマナが孤児院にいるのもそのためだ。

 孤児たちの面倒を見る、というていで隠れていろという祖父の気遣いだろう。

(どのみち、実戦の場で使えるほどに熟達はしていないし)

 前線には出られない。回復魔法が使えるとはいえ、投石一つで死にかねない子供の修道女などいるだけ邪魔だからである。

 マナとルナの仕事があるなら、それは全てが終わったあとだ。疲れ切った祖父の代わりに自分たちが村人たちを治療することになる。

 とはいえ、今すべきことはなんだろうか。

 孤児たちは不安そうだし、姉たるルナはうーうーと唸るばかり。

(それに……これから、どうなるのかしら?)

 マナは姉を抱きしめながら、思い出す。

 あの力強い背中を。

 モンスターを殺しまくっていた少年を。

 大熊を殺したあの瞬間、自らの英雄となったあの少年バスタがいるのなら、きっとそこまでひどいことにはならない。

 たぶん、きっと。

 運命的な、あの瞬間を思い出せば、マナの心に浮かんでいた不安は、いつの間にか消え去っていた。


                ◇◆◇◆◇


 アーガス村の孤児院/施設

 ゲーム内では村の孤児などと交流ができる施設。孤児と模擬戦をして戦闘スキルの訓練などができる。

 子爵領から派遣された優秀な院長によって手堅く運営されていた施設である。あった。


 アーガス村近辺の迷宮でスタンピードが発生した際、この孤児院の命運は尽きた。

 強力なモンスターの襲撃によって村の防衛に出ていた孤児院の院長が死亡。

 加えて森の中でマナ・ルーンプレイヤーと孤児たちの一部も死亡。

 このダブルパンチに加え、近隣の村の確認のために行われた周辺巡回で、老司祭と――心配した老司祭に連れ出された――ルナが村内にいなかった。

 これによって、スタンピード直後の村の混乱期に、村の孤児院は完全に放置されることになる。

 なお孤児院の放置は、マナが死んだことも要因である。ショックで老司祭とルナがそちらに意識を向けられなかったからだ。


 またスタンピード直後ではプレイヤーは村内での活動ができない。

 主人公の父親が村の防衛で死亡、またマナが死亡したことを聞かされ、精神ショックで寝込んでいるからである。

 そして時間経過と共にスタンピードの後処理が終わり、村が正常に近い状態になるとプレイヤーは再び村内で自由に活動ができるようになるが、この際にプレイヤーが孤児院を訪れると、孤児は逃げ出すか、餓死しており、完全に施設としては崩壊していることが確認できる。

 埋葬もまだされていない餓死した子供の死体が存在する悲惨さこそが、主人公=プレイヤーが、魔王を倒さなければと強く思う根拠の一つとなっていく。


 また、超短期間イベントだがスタンピード直後の孤児院では、死んだ妹のことを想い、泣き続けるルナ・ルーンプレイヤーと出会い、交流を深めることもできる。


 皆様! 良い魔王討伐ライフを!!(スタッフ一同メッセージ)

 

                ◇◆◇◆◇


 謹慎一週間!!

 スタンピードの終わった村の墓地で新しい墓穴を掘りながら俺は、はぁぁ、と深いため息を吐いた。

(頑張ったのに……モンスター殺しまくったのにな。なんで謹慎だよ)

 褒められなかったことが悲しいというよりは、ただただ不満だった。

 とはいえ新しいこの人生、なかなかに退屈はしない。

 バスタ・ビレッジとなってから目醒めて、モンスターと戦って、孤児を助けて、と刺激的なイベントの連続だ。

 俺へと完全に統合され、主人格バスタに飲まれた敗北者どもの魂もなんだかんだ自尊心満たされながら消えていったしな。

 ふぃーと全然凝っていない肩を回しながら俺はスコップ片手に再び墓穴を掘り始める。

 さて、俺が帰ったあとの村であるが、村人とモンスターの間で散発的な戦闘が行われた。

 帰還した俺は家から抜け出して、勝手に森に入ったことを叱られながらも、モンスターを殺しまくって楽しかったぜと自慢してたら、当然のように村防衛に参加させられた。

 しかし、バスタは十歳の子供である。当然村長の妻にして生みの親である母親は反対した。

 だがこの村は度重なる領主による徴兵によって戦える男たちがほとんどいない。

 なので俺が熊のモンスターの戦利品ドロップを持ち帰ったことで、目ざとく俺の実力に気づいた父親である村長は、母親の反対を押し切って、強制的に俺を戦闘へと参加させたのであった。

(ま、楽しかったし、おかげで多少成長レベルアップしたからそれはどうでもいいが)

 強制参加させられた、というのはなんだかなーと思うところだが。デメリットばかりじゃない、というかメリットが多かった。

 まず大っぴらに戦えたこと。

 悪童とまで呼ばれているバスタという少年が主人格なのだ。

 得られた力を隠してこそこそ暮らすってのがまず性に合わない。

 ボス猿気質の主人格のためにも早々に俺が戦えることが発覚するのは良いことだった。

 で、村の防衛に参加したことでモンスターを倒しに倒して、レベルが上昇した。|

 自己鑑定ステータスしてみたところレベル10といったところか。

 また保有するスキルの熟練度も上昇している。

 敗北者どもの経験から推察するに、戦闘力100を人類最強とし、戦闘力1を人類最弱とするとしたら、森の中での『剛勇Ⅱ』の数値は45程度だ。

 それが村に押し寄せる様々なモンスターを倒し、レベルが上がったことで50ぐらいまで上昇した。

 今後も年齢を重ねつつ、レベルを上げていけば80ぐらいまでは困難もなく進められるだろう。

「で――ふぅ、こんなもんか」

 一緒に作業している村人たちに墓穴を掘れたことを報告すれば、村の防衛戦で死んだ村人の死体が真新しい棺桶に入れられて運び込まれてくる。

 死者三名。重症者五名。軽症多数。それがスタンピードによる被害だ。

 俺がスキル補正で一般的な騎士クラス並に強くなっても、四方八方から攻めてくるモンスターのすべてを同時に相手できるわけがない。

 当然、死者はでる。

 そしてこれは小さな村かつ、徴兵で男手がほとんどいなくなっている村では致命的なほどにひどい被害でもあった。

(この村、滅ぶか?)

 そんなことを考えていれば、隣から声を掛けられる。

「バスタの活躍がなかったら、もっと酷いことになってただろう」

「なんだよ兄貴。いきなり俺を褒めやがって」

 俺の掘った穴に棺桶が埋められていく作業を見ていた――次期村長にして長男である兄――十四歳の少年であるショトソ・ビレッジにバスタらしい口調で応えれば、兄は憮然とした顔をしながらも「事実だ」と言う。

「お前がいなかったら、きっと村は立ちいかなくなっただろう」

 ありがとう、と兄に言われ、お、おうとだけ返す。

 バスタ少年の記憶によれば、長男として次期村長になることが決まっているクソ真面目でバスタよりもずっと優秀な兄に対し、バスタ少年はコンプレックスがあった。

 生来の気質かはわからないが、その反動かはわからないが……バスタは悪童じみた真似を村内で多数行っており、そしてそんな真似をしていたからか真面目な兄にバスタかなり嫌われていて、その鬱憤のためかバスタは暴れて、と……子供じみた悪循環と言えばそれまでなんだが、そういう溝がこの兄弟の間にはあった。

 そんな兄にこうも素直に褒められると、多数の魂の経験を得たとはいえ、主人格のバスタの心が動揺して、どう反応していいかわからなくなる。

 それでも、俺はその困惑を振り払うようにして兄に問いかけた。

「あー……ど、どうすんだよ。これから」

「どうすんだよ、と言っても。どうにかするしかないだろう」

 どうにか、ねぇ、と呟く。

 俺は頭の中で、覚醒してよりのこの一週間で得られた情報を転がしてみる。

 なお、バスタ少年は勉強嫌いだったために情報が全くなかったから、改めて調べ直した内容だ。

 この世界の人類――というよりこの村が属するゼーブアクト王国は十数年前より、現在進行系で二種類、いや三種類の勢力によって、武力的に追い込まれている。

 一つは魔王と呼ばれる凶悪なモンスターの発生と、凶暴化した魔物モンスターと呼ばれる人類に敵対する生き物たちだ。

 いわゆる魔王軍といった存在。

 そいつらは魔族とかいう知恵のある強力なモンスターによって統率されており、いい感じに人類が殺戮されている。

 もう一つは、魔王の出現で活性化した瘴気による二次被害的なもの。

 ダンジョンと呼ばれる、魔物や資源、宝物を生み出す生きた迷宮。それが魔王出現の活性によって、管理・攻略失敗が続出。迷宮暴走スタンピードが発生して、それによって国内各地で被害が起こっている。

 これも魔王と同じく魔物による被害ではあるが、これは魔族などの統率がないために別勢力だ。

 それに、ダンジョン自体は神の恩寵ともいうべき、人間に対する一種の試練にして恩恵だとも聞く。

 三つ目。王国の東に位置する隣国である、侵略国家であるザライ帝国の侵攻。

 俺が住むアーガス村自体は西方辺境伯たるザトゥール辺境伯の寄子たるアルゴ子爵が預かっているアルゴ子爵領の所属だ。

 だが王国は西方辺境伯に、東方への支援として兵や兵糧の供出を命じている。

 重税の原因がそれだった。

 もともとアーガス村は隣接する広大な森によってそこそこの規模の裕福な村だったが……男手の多くや、税として麦の多くを徴収され、立ちいかなくなるほどに裕福さをすり減らされていた。

(あー、この三つの敵に関しては、村レベルではどうにもならない。せめて徴兵された奴らが帰ってくれば、解決するんだろうが)

 しかし連れて行かれた男手が生きて帰ってくるとは誰も思っていない。

 最初に連れて行かれた連中なんて十年は帰ってきてないからな。

 死亡通知が来ている奴もいるが、ほとんどはよくわからないままに行方不明とだけ処理されている。死体も残らない死に方をしたか、そのまま逃げたかのどっちかだろう。

 さて、なので村には女が余っている。ほとんどが未亡人だがな。

 ちなみに女が余るのは徴兵されないからだ。

 この世界はレベル制、スキル制だが、女と男では男のほうが肉体的に優れていて兵士化しやすい。

 女は魔力に優れる傾向があるといっても、村人レベルでは男女にそこまで差もでないし、魔法使い教育はこの国では高等教育だ。金がべらぼうにかかるのである。

 また近代レベルの倫理観を持っていない兵士の間で男女を混ぜるとストレス発散のために確実にヤる。そして妊娠する。男はともかく、女の兵士は妊娠すれば動けなくなるし、誰かが性病などを持っていて、軍内で広まると上も困ることになる。

 なので兵士化するには割に合わないとされ、村には女が多く残されていた。

 そして普通に考えれば村に残った男女の割合から一夫多妻制になりそうなものだったが、重税によってそれらは不可能になっている。

 一夫一妻の一家族が食うだけでも精一杯なのだ。一夫多妻になんてしたら、男手である夫に負担がかかりまくって、家族ごと死にかねない。創作物によくあるハーレムというのは裕福な男だから維持できる制度なのであって、貧乏な男がやったら普通に餓死者を出す制度なのである。

 そういうわけで、アーガス村では徴兵された夫を失った未亡人たちがそれなりに余っていたが、彼女たちは稀に餓死したり、奴隷商に売られたり、いつの間にか村を出て、どこぞへ消えたりしていた。

 なお未亡人たちの実家は村にあるものの、実家に戻るとかはない。

 子爵も馬鹿ではないので畑の維持のために長男家族の多くは徴兵をしないようにしているのだが、夫を失った娘が実家に戻れば、その長男夫婦に睨まれるからだ。負担が増えるからな。

 だから未亡人は、家中でイビられ自殺するぐらいならと一人で全てを抱えて破滅する。

 また、未亡人たちの家に残された子供たちもまた悲惨である。

 奴隷商に売られる。親が逃げて孤児院に行く、などはマシな方で、聞けば親が生きるために子供を殺すことも多々あるのだとか。

(この村で子殺しをやっているとは思いたくないがなぁ……隣人の真の姿はわからんと言うし)

 病死した、餓死したなんて言われても真偽はどうだかわからないものである。

 この領地――我が村も含めた国家の人口は徐々に、減少している。東方の戦況はわからないものの、あと十年もこの状況が続けば子爵領はきっと破綻して滅ぶだろう。

(正直、うちの村は近くの村と合併したほうがいいよな)

 どっちの村に移住するかで揉めそうだが、モンスターに対する襲撃による被害を防ぐにはある程度の人数が必要だ。

 まぁ周囲の村、今回のスタンピードで壊滅している可能性のほうが高いけども。

 どこが生き残っているかは、今後の情報に期待するしかないな。

 そんなことを考えつつも棺に土を被せる作業をしていれば、兄が呟く。

「しかし今回の村の防衛で孤児院の院長が死んだからな。頭が痛いことだ」

「ん? 死んだのか。つか、後任がいないのか?」

「いるわけがない。残ってる村の連中だって自分の家族を食わせなきゃいけないからな。他人の子供を見ている暇などない」

「ふーん。教会のじいさんは?」

「あの人には周辺の村への巡回だの、結界の強化だの、聖水生産の仕事がある。孤児院の運営まではさせられない」

「なるほどなぁ。じゃあ兄貴がやればいいじゃん」

「俺は次期村長として近隣の村や、村の顔役たちに顔を売っておく必要がある。勉強も必要だしな」

 兄貴は「最悪、孤児は全員売って孤児院を潰すしかないな」と呟いた。

 どういう意味だろうかと俺がじっと兄貴を見れば兄貴は「あー、売ったほうが孤児たちの生存率が高いからだ。村にも食料が余ってない現状、孤児院に村から援助はできない。そして何もしなければ冬を孤児たちは乗り越えられない。売れば、まぁ運が良ければ一人か二人ぐらいはちゃんと大人になれるだろうさ」と説明してくれる。

「前の院長が生きていればな……あの人はそのあたり本当に上手かった。教育を施した孤児を街の金持ちに使用人として売って金を作ったり、孤薬草採集だの、誰もやりたがらない汚物処理の仕事を孤児にさせるなりして孤児院の運営をやれてたんだ」

 残っている村人は多くが農夫だ。

 だからか、商人と教師が合体したような高等知識職である孤児院の院長を務められるような人間はいないようだった。

 そんな俺に兄は付け加える。

「もともと領主様が孤児の管理のために送ってくれた人だったからな院長は」

 とはいえ、そんな院長は、父親が言うには孤児院の管理だけでなく村内の監視も行っていたようだが。

 まぁ、その院長すら駆り出さなければ村が滅んでいたわけだから、やはり領主様は男手を徴収しすぎである。

(子爵領終わってんな。いや、子爵領というか、この国か)

 減った人間を更に減らさないために、領内のダンジョンの管理はちゃんとしなければならないのだが。

 それに迷宮暴走スタンピードを起こしたあとのダンジョンはどうなっているのだろうか? 放置されると困るんだよな。また魔物吐き出すだろうし。

「なんにせよだ。親父も司祭様も今回のスタンピードでの周囲の村の被害の確認やら、領主様への減税願いで忙しいし、孤児が高く売れるうちに俺の方で孤児院を早く処理しないと、というわけだ」

 冬が近くなれば食料品が高くなるために、最悪、麦一袋で孤児を売るハメになるだろう、と兄は言う。

(村長の次男でよかったわ。サンキュな。バスタくん)

 俺は自分の境遇の幸運を内心で感謝しつつも兄貴に対して一つのお願いをしておくのだった。


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