013 主人公が気づく前に終わっていた話
積極的だろうが消極的だろうが、すでに物がある場所に新しい物を受け入れるということは――それが一時的であろうとも――元々あったものをどけて隙間を作り、それの居場所を作ることである。
ルナもマナもそれの意味の本当のところを理解していなかった。いつでも自分を取り戻せると思っていた。
彼女たちがバスタに譲り渡したいくつかのものはどれも本質的には彼女たちではなかったけれど、とっかかりを作られたことで日常は侵食された。
だから貪欲なる少年によって、彼女たちの心の本質に辿り着かれ、居座られて貪られるまでは、すぐのことだった。
全ては居場所を与えてしまったがゆえの、失敗である。
◇◆◇◆◇
燻製小屋が並ぶ場所には人が集まれるように――もともと延焼を避けるために木や草の伐採はされていた――広めの空間が用意され、そこではバスタに雇われた女たちや孤児の少女たちによって、火の入れられた石窯に、腹に香草や果物などが詰め込まれた兎型の魔物が複数入れられていく。
なお魔物は死んでいる。だがその死体はドロップアイテムと化さずにほぼ原型を保っていた。
バスタに雇われた未亡人たち、その中でも特に優秀な女たちが解体スキルをうまく使った結果だ。
解体スキル――これをうまく使えれば魔物の中枢だけを魔素へと変じさせ、ほぼ生体の部分を抜き出せる。
もちろん今回の解体作業を担った女たちのスキルランクでは龍種や幻想種のような高等な魔物の原型を残して解体することは不可能だ。
だが兎型魔物のような、ほぼ動物に似た低級の魔物であれば再現可能な技術になっていた。
「あー、うまそーだな」「すげー、いい匂い」
子供たちの騒がしい声。肉の塊が焼ける香ばしい匂いが周囲一面に広がっていく。
石窯はバスタが土魔法を使って用意したものだ。
これは村にあるパン焼き用の釜よりも高性能なもので、どこであんな知識を得たのだろうかと――孤児たちは疑問にも思わないが――知識層出身であるルナやマナなどは疑問を抱いていた。
直接聞いても俺はすげーから、天才だから、としか言わないのがバスタだったが。
「おら、男ども! 風呂沸いたから入れ入れ。あと解体作業した女どもも入ってこい! 血ぃ洗い流せよ! 飯だぞ! 飯!!!」
バスタのことを考えながら用意されたテーブルの上に置かれていた軽食を摘んでいたルナは、ルナの隣でルナの胸を揉んでいたバスタが、いつのまにか砂場に向かって歩いて行く姿を見ている。
(素早いというか……忙しないというか)
半裸のバスタが手をパンパンと叩きながら、小大会が終わっても、パンクラチオンとかいう遊びをしていた男子たちを砂場から追い立てていく。
男子たちはバスタに言われて「うーっす」だの「わーい」だの「兄貴ー、遊んでー」などとバスタについて歩いて行くがバスタは鬱陶しそうに彼らを振り払った。
「女ども! 世話してやれ!!」
バスタが叫べば、食事の支度をしていた未亡人の中から年配の、中年の女たちが布や桶を片手に男子たちを囲んでいく。
世話役がつくのは小さい子供もいるためである。
なおバスタが子供や未亡人たちのために用意した風呂というのは、土魔法で防水加工した、子供が十人前後入れる程度の底の浅い浴場だ。
そこにバスタは水魔法で注水をし、火魔法を器用に使って風呂を沸かしていた。
なお、排水に関しては地中に通された陶製のパイプとやらを通して、森の中の小川に流しているらしい。
(本当に器用だわ)
その小川もモンスターが湧く森の中にあるために、村では利用されていないものだ。
また、小川には魚などもいるらしいが、その魚も低級とはいえ魔物化した強靭な生物なので、汚水を流しても問題はない――どころか多少の汚水は逆に餌になる始末である。
(はぁぁ……お風呂……こんな寒村じゃあ絶対に使えない施設)
思う。ルナの記憶に薄く残る程度だが、彼女は王都の都市部で暮らしていたこともあるので風呂ぐらいは知っていた。
とはいえ、知っているだけだ。バスタが用意するまで彼女は風呂というものを利用したことはなかった。
ゼーブアクト王国において、風呂は貴族だけが行える贅沢である。
ゆえに清貧を尊ぶ祖父とその祖父に育てられた両親。彼らによって育てられたルナには風呂は存在からして遠いものだった。
なお、ルナが所属するゼーブアクト王国では市民の衛生観念向上のため、はるか昔に公衆浴場が設置されたこともあった。
だが浴場利用の事故で都市部で大火災が起きたり、火災防止のための温度操作の魔道具を用意していく過程で、消費される魔石と利用料の釣り合いがとれなくなり、次第に廃れていった経緯がある。
今でも高位貴族の家や、温泉が湧く観光地などでは浴場が建設されたりしているものの。
この国の国民の感覚として風呂は高位の人間の使うもので、中層階級以下の人間がどうしても湯で身体を清めるときは井戸水や魔法で沸かしたお湯などで身体を拭くに留まっている。
また、ルナとマナは神聖魔法の『清浄』が使えるために身体の汚れとは無縁――というわけでもない。
教会の活動には聖水作りや土地の瘴気の浄化などの項目もあるために無駄な魔力はあまり使えず、どうしても身綺麗でいたいというとき以外は一般の人々と同じく、身体を軽く水で拭くに留まっていた。
「うぇーい」「風呂だ風呂だ」「待ってよ。置いてかないでよ」「おらおらさっさと身体洗って飯食おうぜ飯」
男子たちがどやどやと去っていくと、解体作業をしていた未亡人グループも桶や着替えを手に、移動し始める。
浴場は二つあり、一応は男女で分けられている。
木材で作られた衝立などもあり、外部からは一応見えないように配慮などもされている。
もっともここにいる男たちの中で、未亡人たちが男性として意識しているのはバスタぐらいのものだったが。
一応、男は他に燻製小屋の管理人である木こりの男性がいるものの――彼は時折ここに様子を見に来る――、そちらは妻である女性ががっつりと手綱を掴んでいる。
夫が未亡人たちに誘惑されないように、木こりが来るときは、その妻も来るのである。
もっとも最近は燻製の仕事を未亡人たちに奪われたせいか、木こりの男は本業である木こりの仕事の方に精を出し、ここに来る頻度は極端に減っていた。
ゆえに女たちが興味があるのはバスタひとりである。
未亡人たちにとって、孤児の男子たちは性的な興味の対象外だった。
年下のために男としての魅力が足りないとかではない。数年後には成人する男子たちだ。未来を考えるなら年齢など些細な問題。
問題は、孤児は収入がないためだ。結婚すれば一家となる。一家となれば税の対象になるし、一人前の男は徴兵の対象。孤児出身であればきちんとした村人たちよりも優先して兵にされるだろう。
ゆえに孤児はどうこうする相手にはならないのである。
とはいえ孤児の方は別だ。
年長の九歳の少年たちは早ければ精通も始まる年頃。ゆえに配慮として女性の裸とは隔離されている。
余談であるがこの大陸の人類は魔物という強力な捕食者がいるため、地球人類よりも肉体の成長が早い。
成人も徴税区分で大人として扱われる十五歳からとされているが、生死のサイクルが早い辺境の農村などでは十二歳ぐらいから嫁を取らされるものも多かった。
そうして子供たちは全員風呂へと向かえば、バスタが巨大な木製テーブルの端っこでフルーツや肉をつまんでいたルナとマナの元にやってくる。
「よし、じゃあ俺らもひとっ風呂行こうぜ」
背中流してくれよ、と半裸のバスタに声を掛けられ、ルナは無表情で立ち上がった。
先ほどまで火魔法でお湯を沸かしていたせいだろうか、バスタの上半身には汗が流れており、また午前中に村周辺を回っていたためか、血と殺意、戦いの匂いがこびりついている。
→わかった。(選択可能)
…………。(選択不可)
いやだ。(選択不可)
ルナの頭の中にそんなものが一瞬浮かんだ気がする。選択肢。幼い頃から感じていたもの。
これは自分や他人になんらかの影響がある。そんなタイミングで、浮かび上がるものだった。
とはいえ、これを選んだところで何かがうまくいくわけではない。
――バスタの好感度が上がりました。
ルナの視界の中でバスタの頭の上にハート型の何かが浮かんで消える。以前、レックスとの交流の中でレックスの好感度とやらを上げていた記憶が蘇ってくる。
しかし今日の朝、教会で会ったレックスは、頭の上に導火線のついた黒い何かが浮かんでいるのが見えていた。
どういう意味かはわからないけれど、なんだか不吉で、ルナは近づくのをやめていた。
(――レックスからの好感度が低下しています。か)
いつのまにか帰っていたレックス。そのときに頭の中に流れたそれを思い出しながら、ルナは今バスタに誘われたときに出てきた選択肢に表示されていた選択不可という表示を苦い気分で思い返す。
(バスタへの負債、早く返さないと……)
バスタは
ここで自分が断らなかったせいで、このあと、バスタの背中を流すという名分で、バスタがバスタのために作ったバスタ専用の浴場で、バスタと唇を合わせて、バスタの身体を裸で洗ってやって、バスタの性欲を手や口で処理してやることになる。
ルナは未だ生娘だけれど、熟練の娼婦のようなことをやらされている自覚はあった。
まだなんとか教義を螺旋曲げて解釈すれば自分は清いままと言えなくもないが、あと一歩でも二歩踏み込めばバスタと通じたことになってしまう。
隣にいるマナが仕方なさそうに立ち上がって「しょうがないわね」と顔を赤らめながらバスタについていく。
立ち止まっていれば、ルナ? とマナに声をかけられる。
ルナは「なんでもない」とマナについてバスタ専用の浴場に向かっていく。
(ねぇ、マナは、バスタのことが好きなの?)
ルナはそれを直接マナに聞いたことはない。だけどたぶん、マナはバスタが好きなんだろう。
マナの気性は直接的だ。
嫌なことは嫌だと言う妹だ。
それにマナは貞淑さを尊ぶ女神教徒だから好きでもない男と肌を合わせたり、祝福を捧げたりはしない。
――自分もまた、祝福を捧げてしまったけれど……。
レックスの顔がなぜか浮かび、少しだけ胸が痛む。その胸の痛みでさえ、最近は快楽や喜びで流されてしまっている。
ルナはわかっていた。このままではよくないことになることを。
いずれ取り返しのつかないことになる。
このままでは、ルナはバスタに全てを捧げなくてはならなくなる。
(バスタはいい人だけど。それは、ちょっとだけ嫌かもしれない)
そう考えるルナとは対象的に、快楽にどっぷりと浸からされている幼い身体は、これから起こることに淡い期待を浮かべていた。
◇◆◇◆◇
TIPS:女主人公モード
『魔王戦争 ―四人の勇者―』のDLCで追加されるモード。
四人の勇者のパートナーであるメインヒロインを操作して、ゲームを進めることができるモード。
開発陣の一部が頑張ったせいか、このDLCではパートナーである男性勇者以外にも、同性である女性キャラクターを攻略し、恋人関係になることができる。
なお女性キャラクターを操作しているというのに、男性キャラを無視し、女性キャラクターを攻略する男性プレイヤーが多かったことで有名なモード。
また一部プレイヤーの熱烈な要望により、勇者を操作しながら男性キャラクターを攻略できるようにするDLCも発売され――このDLC以前に勇者で攻略できるのは女性キャラクターだけだった――、一部の薄い本が厚くなったとかなんとかかんとか。
ちなみにだが幼少レックスで幼少バスタを攻略してもバスタ死亡イベントは発生する。
その際には『愛するもの死亡』ボーナスでほんの少しだけ覚醒レックスのステータスが高くなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます