024 勇者レックス、後悔する。


 密猟。息子が森に入って密猟行為を行っている。馬鹿な。ありえない。驚愕で悲鳴じみた叫びを上げたあと、ダイナは慌てて弁明を始めた。

 黙っていれば、追放刑で死ぬことになる。

 息子が森に入っていることはわかっている。自分でもわかる。無罪はありえない。

 だが有罪にしても、生きていけるだけの、罪状の低いものに留めなければならない。


 ――脳裏に浮かぶのは、村の蔵に入って盗みを働いた未亡人のことだ。


 あのような死に様だけは、絶対に避けなければならない。

「み、密猟など! そんなことは有りえません!! 息子には強く言い聞かせています!!」

 レックスの父親であるダイナがバスタに向かって懇願するように言えば、バスタは「いいか? バカでもわかるように教えてやるよ」と手元にいくつかの品を置いた。

 兎型モンスターの皮や、猪型モンスターの肉に、それらが落とす等級の低い魔石などだ。ダイナも見たことがある品である。

「モンスターに襲われたら死ぬ。死ぬから抵抗しても良いってのが村の採集地でもある森の中で、雑魚でも有用な素材を落とすモンスターをぶっ殺しても許される法だ? わかってるよな?」

「は、はい! それはもう! 息子にも教えています!! だから、その! 息子は密猟など!!」

 はは、とバスタは嗤う。口角を吊り上げて、ダイナを嘲笑う。

「だけどよぉ。自分から何度も危険地帯に分け入って、資源になるモンスターぶち殺してるなら別だよなぁ? 採集地でのモンスターの討伐は、資格のない者が行う場合は緊急避難に限るってのが法の適用範囲だ」

 どこかの戦士が村の傍に湧いたモンスターを勝手に討伐してくれるならありがたいこと――というわけでもないのがこの世界での実情だった。

 モンスターは危険だが資源になる。村で殺せるなら、素材を獲得できる分そちらの方がいいし、よそ者が村近辺の生態系を把握せずに、肉食モンスターの餌になる草食モンスターを素材目的で根絶やしにした結果、村が襲われる危険などもあるのだ。

 なお、バスタは肉食草食問わずに枯渇するまで根絶やしにしているが、それは食肉獲得もあるが、高まっている瘴気低下を兼ねているために行っていることだ。

 加えてこれらの勝手な討伐行為には村側からすると、絶対に見逃せない部分がある。

 勝手にモンスターと戦ったとして、だ。

 勝つなら良いが、負けて村に逃げ帰ることでモンスターを村に呼び込むようなことがあり得るのだ。

 だから旅の人間が知らないで不注意で森に入ってしまったならともかく、わかっている人間が森に勝手に入ってモンスターを探し回るなど、村長からしたらとんでもないことであった。

 ちなみにこの村ではそこまで厳しくはないが、過激な森番や狩人を配置している村などでは――知らずに入ったとしても――村の採集地を荒らした旅人がその採集地を管理する村の人間総出で殺されることもあった。

 そのようなことを切々と語ってやれば、ダイナはそんなつもりではなかったというように言葉を重ねてくる。

「そ、それは……で、でも! バスタさんの手間が省けて……」

「あ? 俺のためにってか? ああ? 馬鹿言ってんじゃねぇよ。レックスの馬鹿がぶっ殺してるのはゴブリン以外にも動物型モンスターもいるんだぜ? 俺が仕掛けてる罠にかかる前の個体も中には混じってやがる。その意味がわかるか?」

 わからない。わかりたくない。だがダイナは「わかります。わかりますが、レックスは、バスタさんの! 村の役に立ちたい一心で!!」と感情論で説得しようとする。

 そんなダイナに向けて、バスタは鼻で笑う反応しかしない。

「俺が狩ってるモンスターどもは孤児や未亡人どもが飢えないようにするためのものも含まれている。レックスはなぁ、役に立ってなんかいねぇんだわ。邪魔しかしてねぇんだわ」

 そしてバスタの父親である村長が、冷たい目でバスタの言葉を補足した。

「なぁダイナ。まだスタンピード後の森の様子が安全と確定しているわけではない。冬籠もりの準備のために採集地こそ開放したが、レックスが無断で侵入しているのは安全な採集地ではない」

 それは安全な採集地ではレベルアップなどできないがゆえだった。

 入るなと言われている場所にレックスは侵入し、モンスターと戦おうとしていた。

 とはいえ、レベル10にもなっていないレックスの行動範囲では、バスタの討伐範囲と被っているためにモンスターに遭うことは本当に稀でしかなかったが。

「ダイナ。もし危険なモンスターが発生したら? もしレックスがそれに遭遇して、村に逃げ帰ることで連れてきてしまったら? お前はどうするつもりだったんだ?」

 村長の言葉に、ダイナは思わず地面を見てしまう。レックスがとんでもないことをしているのだと、今更ながらに気付かされる。

「ダイナ、お前の息子は、村を危険に晒している。俺たちが口を出さなかったのはお前のメンツもそうだが、俺たちが口を出せば大事にせざるをえんからだ。だが、口出しせずにいたのが間違いだった。お前の密猟に対する認識がそもそもズレていたとはな。やはり冒険者上がりというところか」

「まぁまぁ親父。だいたい危険っても俺がいるから村壊滅ってのはねーぜ? ま、不幸な奴が何人かは死ぬかもしれんがなぁ」

 ガハハハハ、と笑うバスタを「不謹慎だぞ」と叱る村長。悪い悪いとバスタは謝罪してからダイナににやりと笑いかけた。

「ったく、そんなに落ち込むなよダイナ。処刑するってんなら村中総出で押しかけて、さっさとお前ら一家を磔にしてぶっ殺してるんだからよぉ」

 青くなり、震えることしかできないダイナ。村における重罪人というのはそういうものだった。窃盗、放火、殺人。そういった行為は特級の悪徳として、村の災厄と判断される。

 ゆえに、それをする人間は人間扱いしなくていい。辺境という地に住む人々はそういう認識で罪人を殺しにかかる。処刑と変わらない追放刑はそのためだ。なるべく苦しめて殺す。生かせば野盗となりかねないがゆえに。

 だがバスタは安心しろや、と言った。

「レックスがそんなに元気が有り余ってるならってことでな。親父と俺から提案だ」

 にやにやと嗤うバスタの顔を見て、ダイナはその提案が自分にとってけして良いものではないことに気づく。

 この悪童はレックスのことを好いていない。今はバスタの女となっている教会の双子の少女と、レックスは仲がよかった。

 それでも、断ればきっと処刑される。息子の密猟行為は冤罪ではないのだ。知らなかったとしても、罪は罪なのだから。

 だから彼は諦めとともに、それはなんですか、と問うた。

「ケケケケ。てめぇの息子、子爵様のとこに下働きとして送ってやんよ」



                ◇◆◇◆◇


 今日はどういうことか珍しく森にモンスターが多くいた。

 だから出会ったそれらを片っ端から勢いよく倒し、ドロップした素材を詰めた袋を手に、レックスが意気揚々と家に帰れば、呆然としたような顔の父親が椅子に座り、両手で頭を抱えていた。

 傍には暗い顔の母親が同じく椅子に座っている。

「……ねぇ、本当に村を……出なくちゃいけ……」

「……ああ、村長が……さすがに追放……受け入れなけれ……」

 気にはなったものの、父親が村長一家の言いなりであることを思い出し、レックスはふい、と顔を背けた。

「おい、レックス」

 背後から声を掛けられる。レックスは父親が自分を恨みがましい目で見ていることに気づくも、自分も敵意を視線に込めて睨み返すことで返答した。

「なんだよ」

「お前はなぜ、森に入るんだ」

「なぜって、レベルあげるためだよ」

「なんでレベルを上げる必要があるんだ。お前は畑の世話をして暮らすんじゃないのか」

「畑って、どうせ徴兵されたりするんだろ? だったらレベル上げて生き残れるようにした方がいいじゃないか」

「お前は長男だからそれはない。長男は徴兵を免除される。農民が根絶やしになれば税がとれなくなって困るのは領主様だからだ」

 それで、とダイナはレックスに問う。

「レックス、どうしてレベルを上げるんだ?」

「いや、それは」

 適当に考えた言い訳を否定されてしまい、レックスは口ごもる。しかも最悪なのは適当な理由を、全く父親が信じてくれていない点だ。自分がこっそりと計画しているあれを説明しなくてはならないのだろうかと、しかしそれでも自分の素晴らしい考えを聞いてもらえるのかと期待・・してしまう。

 また、バスタの行為によって生まれた復讐心に狂わされているものの、レックス自身はもともと真面目な性格だ。

 役目である農地の世話をサボっている自覚もあって、父親のその問いを無視しきることはできなかった。

「あー、俺が、レベルを上げれば、バスタのやってることを、俺が代わりにやってもいいんじゃないかって」

 その言葉に、ダイナは深く、深く溜息を吐いた。

 母親であるヴェルラが「そんなことのために」と悲痛を浮かべて顔を俯かせる。

「な、なんだよ。俺だって剣術スキルがあるんだぜ? 不可能じゃないはずだって!!」

 両親に言いながら、レックスはふと家の中に義妹の姿ないことに気づく。

 だが、母親がまた何か雑事を任せているんだろうかと自分が納得できる理由をひねり出して、意識から妹の存在を追い出した。

「今日だってレベルがなんとか上がったから、もうちょっとやれば、俺がバスタの代わりをできるはずだって!!」

 もうちょっと、と父親が呆れたような視線を向けてきたために、レックスは声を張り上げる。

「畑は! レベル上がりきったらやるって!! っていうか、ほら! 俺が、その……」

 レックスは言いながら父親がじぃっと自分を見つめてくる視線に後ろめたさから顔を背けてしまう。自分に対する自信があまり彼にはなかった。バスタに女を取られたという事実を無意識化で強く意識しているためである。

 ゆえに、観念したように言い訳をやめて、渋々と父親に宣言する。

「……あー、わかったよ。明日から畑にも行くって」

「いや、畑はいい。ああ、もういいんだ」

「は? 何? なんで?」

 まさか、サボっていたから自分は農作業から永遠に外されるのだろうか。

 急に不安になるレックス。俺、ちゃんと父親の後継者になれるのか? サボってるから、ハズされて、ライナナが代わりに家を継ぐってことになるんじゃないのか、なんて考えてしまう。

 家を継げなかったら徴兵されるのか? 

 徴兵された村人は、村に誰も戻ってきていない。全滅したと言われている。自分も戻れなくなるのか? ルナやマナに会えなくなる?

「い、いや! お、俺はさ!! 真面目に!!」

「いいんだ。お前だけ行かせない」

「母さんもついていくから。安心しなよ、レックス」

 へ? となってしまうレックス。

「ちょ、ちょっとまってわからないってそれじゃ! 何? 俺どっか行くの? それで親父もお袋もついてくるの?」

「子爵様のところに奉公に行くんだ。レックス。お前の剣術スキルが認められたんだ」

「し、子爵様!? な、なんでいきなり!?」

「お前は農家の息子で終わる器じゃない。俺は常々そう思っていた」

 全く思っていない口調で言われ、レックスはこれはおかしいと思ってしまう。

 そうして、全く情報もなかったのに、誰がやったかに気づいて声を上げた。

 自分が村を出て得をする人間は、一人しかいない。

「ば、バスタか!? バスタがまた俺に!!」

 糞、と叫んだレックスが家の扉に向かう。どこに行く!? という父親の声に「バスタのとこだよ!! 俺をこの村から追い出そうとしやがって!!」と怒鳴り返した。

 とにかく村長の家に抗議にいかなければ、と走り出そうとすればどしん、と体に何かがぶつかってくる。

 ぶつかった者を見て、驚いて声を出す。

「な……お、お袋!?」

「行かせないよ!! 村長さんが! バスタさんが奉公でおさめてくれたんだ!!」

「おさめる!? な、何言って!!」

 再びの衝撃、レックスは父親に抱きかかえるようにして転ばされていた。

 そして両親ともにレックスにのしかかるようにして、この場に押し留めてくる。

 レックスとて無抵抗ではない。レベルアップによる身体能力の向上。がむしゃらな少年の動き。

 だが、大人二人がめいいっぱい力を込めて押さえつけてくれば、少年であるレックスでは抗えなかった。

 苦しい、どいてくれというようにレックスが暴れようとすれば父であるダイナがレックスの耳元で叫ぶようにして怒鳴りつけてきた。

「レックス! お前が! お前が森で密猟してるって村長に言われたんだよ!! 断れば俺たち一家は追放刑で殺される!! 村長はそれを防ぐために奉公という形で村を出られるようにしてくれたんだよ!! わかれ! わかってくれ!! レックス!!」

「み、密猟……!? い、いや、お、俺はモンスターにしか手をつけて」

「レックス! 採集地の! 素材になるモンスターを何度も何度も殺してれば! 密猟になっちまうんだよ!!」

 母にまで言われてしまい、レックスの体がガタガタと震えだす。い、いや、ならバスタは? スタンピードの前、バスタが取り巻きと一緒に村中を歩き回っていたあのとき、森の中でモンスターを倒したといって自慢してきたことがあった。

 それに双子と一緒に森の中で採集をしたとき、自分は護衛として何度もモンスターを倒したことがあったはずだ。

 それは密猟じゃないのか?

 そんなことを言えば、両親が深い溜息とともに「密猟じゃない」と言う。彼らのため息には後悔の色が入り混じっていた。

「バスタさんは、もともと村長の家の人間だから、狩人見習いとして採集地を見回る許可を得ている。村長が罪に問われないようにと気を利かせたものだ。それとルナちゃんとマナちゃんのは、二人が孤児院と教会の人間だからだ。彼女たちが使える採集地はお前が思ってるよりずっと広い。その護衛として連れられたなら、好きなだけモンスターを倒しても罪には問われないだろうさ」

 ダイナは「俺がちゃんと説明すべきだったな」ともう終わったことのように、母と視線を交わして深い溜息をまた吐いた。

 それでもレックスは納得できずに、何度も何度も密猟はしていないと言い訳を重ねていく。

 そのたびにそうではないと否定が入り、教えなくてごめんなと謝られ、子爵様のところにいかなければならないのだという現実を突きつけられてしまう。

 自分がすべき内容を聞けば、騎士様たちの下働きとして働くというものらしい。

 本当に村を離れなければならないのか? 自分と父親と母親が?

「……ら、ライナナは?」

「あの子は、孤児院だ」

 父の返答に、母が後悔の混じった説明を付け加えてくれる。

「あたしが悪かったのよ。奴隷みたいに扱ったから、村長が奴隷法違反じゃないかって。あの子には悪いことをした。謝りたいけど……たぶんもう二度とあたしたちは会えない」

 奉公に行く子爵領の領都と村は遠く離れていた。気軽に行き帰りはできないだろう距離だ。

「これも俺が悪いんだ。注意されていたのに、俺が気をつけていれば避けられたんだ」

 両親の嘆き。

 レックスは少し以上に呆然としてしまう。ライナナと会えない? 一生? 嘘だろ。

 頭から熱狂が遠く離れていく。冷えた水をぶっかけられたような気分だった。

 教会前でクソを漏らしたところを双子に見られ、傷つけられた自尊心をごまかすために胸中に満ちていた全能感が薄れていくようだった。

「……な、なんでこんなことに……?」

 全てバスタが悪い。

 そう言えればきっとよかった。

 だけれどバスタがきっかけだろうとも、義妹をないがしろにし、森で密猟まがいのことをしてしまったのは全てレックスのせいなのだ。

 父親が鉄拳を振りかざして罵ってくれればよかったのに。

 母親が涙とともに罵倒してくれればよかったのに。

 二人は自分が悪いのだとレックスをかばうばかりでレックスを責めてはくれない。

「お、俺が、俺が……」

 最後にライナナにしたことはなんだろう。殴ったことだろうか。無視したことだろうか。

 大事な義妹だったのに。

 あの子が家に来たとき、両親を亡くしてばかりのあの子の事情を聞いて、自分が兄として守ると誓ったはずだったのに。

 冷静になって、自分がどれだけ愚かなことをしてしまったのかレックスが気づいて両親にすがりついても、あの小さな義妹が家に帰ってくることはなかった。

 そうして、彼らはライナナと出会うことなく、村を出されることになった。

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