023 悪童バスタ、糞親に正義()の鉄槌!!
「はい。我が孤児院に新しい仲間でぇぇっす。ライナナちゃんといいまぁぁっす」
元悪童にして現孤児院の院長であるバスタが、自分の隣に少女を置き、集めた子供たちの前でそんなことを言った。
孤児たちの困惑。
なんでレックスの妹がここに? あとアニキのその口調は何? 不審なものを見るような孤児たちの視線に対してバスタはニヤニヤと笑っているだけだ。
くくく、がっはっは、なんて山賊の頭領みたいな笑い声を普段は上げるバスタが丁寧な仕草をしていることに子供たちは困惑しつつも、バスタが言うならとその新しい仲間を受け入れることにした。
勇者レックスの家で世話になっていた少女ライナナは、そんな孤児たちの様子に、自分は受け入れられそうだなと安心したようにぺこりと頭を下げ「よろしくお願いします。ライナナです。
◇◆◇◆◇
それはライナナが孤児院へと向かうことになる日のことだった。
日課になってしまった早朝の水汲みを汗だくになりつつも終えたライナナは農地に向かい、雑草取りを始めた。
腰を落とし雑草を抜いていればぐぅぐぅとお腹が鳴り、思わず小さな拳で空腹がどうにかならないかと必死に叩いてしまう。
お腹が減ってしょうがない。だが、雑草取りに、そのあとの家の掃除と、雑務をやらないとあの醜悪な家族
朝日が昇っていく中、必死に雑草を抜いていく。自分たちの仕事のためにやってきた他の村人たちは気の毒そうにライナナを見るも助けてくれることはない。
もちろんレックスの父に軽い注意はした。だがそれだけだ。強く言うことはない。できない。
それはレックスの父であるダイナのメンツを慮っているのもそうだが、ダイナに強く注意して、じゃあお前がライナナを引き取れよと言われたら面倒だという思考があるせいでもあった。
余計な口を出した場合、ライナナという負債を背負わされる危険性がある。
最近は食料の供給を村長がしてくれているとはいえ、重税による貧困は辺境の寒村の村民たちに蓄財を不可能にさせている。
そんな彼らがライナナを抱えれば死しかないのだ。
ゆえに、ダイナに強く言うことはない。
ただの農民がこのような状況で口を出すには正義感以上に、生活の余裕が必要だった。
――だが、今日は違った。
「よぉ、レックスの義妹。へへへ、大変そうじゃねぇか。ああ?」
「……バスタ、さん……」
バスタ・ビレッジ。村長の次男にして元悪童。今は村のために村周辺のモンスターを狩って、その肉や骨、皮などを村に分け与えてくれる、村が誇る優秀な戦士にして狩人である少年だ。
彼は今日も立派なオーク革の鎧を着て村を練り歩いている。
そしてそんな彼は今日は一人ではなかった。いつも誰かしらに囲まれているようなバスタだが、今日の連れは明らかにいつもと違う人だ。ライナナは好奇心から事情を聞きたくなったものの、先にバスタに問いかけられた。
「てめぇよぉ、なんで早朝から一人で農作業なんかやってんだ? 教会で祈りはどうした? 飯は食ってねぇのか? ああ?」
バスタの疑問にライナナは素早く答える。
「別に……私がやりたいから、やってるだけ、です」
他の村人に聞かれたらそう言えと、義母に言われている返答をライナナが返せばバスタは「ほーん。なんで?」と更に問いかけてくる。
「家の、役に立ちたくて……」
本心では全くそう思ってないことを言えばバスタは「家の役に? 立ってねーだろ。ガキ一人がちょっと働いたぐらいで家の役になんか立たねーって、というかよぉ、悪評が立ってるぜぇ? バカなのかお前は」と強く批判する。
「ば、バカって……そこまで言う事ないじゃない、ですか」
自分でも馬鹿な返答をしたと思っているライナナは力ない抗議をするしかない。わかっている。こんな作業、バスタの言う通りだし、自分だってやらされていて、これは義母による嫌がらせでしかないのだとわかりきっていた。
ライナナは絶望していた。
へらへらと嘲笑っているバスタは「つかよぉ」とそんなライナナに止めを刺そうとしてくる。やめて。やめてよ。ねぇ。
「うちにタレこみがあったぜ? ダイナの家は孤児を奴隷扱いしてるってよ」
「ど、奴隷?」
自分のことだろうか、と思って問いかければ「おうよ」とバスタは力強く頷いた。
「ガキに雑用やらせるのはまぁいいんだよ。家の雑用やんのは当たり前のことだからよ。だが、残飯食わせてるだの床で寝させてるだのってのはよぉ。そりゃ奴隷しかありえねぇって村会議で結論でちまってよ。へっへっへ」
村会議、村長をはじめとした、酒屋や鍛冶屋など村でも影響力の強い人間たちによる村の現状を話し合う場だ。
ライナナは知らないが、そこには孤児院の院長に就任し、なおかつこの村における防備の一切を取り仕切るようになったバスタも参加している。
そんなバスタはライナナを嘲笑っている。
「そういうわけでてめぇの親父に俺たちは用事があるのさ。つかてめぇバカだよ。最初からお前が
そうしてバスタは懐から「ったく、やせっぽっちのクソガキめ。おら、よく噛んで食えよ」と大人の腕ぐらいある干し肉の塊、干した果物の入った袋に水の入った水筒をライナナに向けて放り投げれば、どさどさと農地にそれらが落ちた。
慌ててライナナは土がつかないように持ち上げた。こんなものを貰っていいのか、というライナナに「早く食っちまえ」とバスタは呆れたように言う。
そしてバスタは、自分の背後に立っていた壮年の男性である村長――つまりは自分の父親を手招きしてライナナを見せた。
「おう、親父。そんな感じらしいわ。つか見ろよ、あの一家、こんな朝っぱらから養女に朝の祈りにも参加させずに雑草取りなんかやらせてやがるぜ。それに惨めだなぁ、ぼろの服だぜ。あと俺らが家族分の飯やってんのに食わせてねぇのか? やせっぽっちの体だぞ。なぁ親父。こりゃ奴隷扱いだろ。奴隷扱いだな。こりゃいけねぇよ。いけねぇなぁ」
村長であるロングソ・ビレッジは苦々しい顔だ。バスタの言葉を反論もせずに聞き終え、吐き捨てるようにして返答する。
「ちッ、ダイナめ。実の娘のように育てるから孤児院は勘弁してくれと言っておったくせに。やはり無教養で無責任な元冒険者というところか」
そうして二人は農地を去っていく。
あとに残るのは、いそいそと干し肉にかぶりつく少女が一人きり。
◇◆◇◆◇
レックスの家の玄関である。たどり着いたバスタはそこにいた人物と口論になっていた。
「ど、奴隷!? ライナナが!? そんな! ありえない!!」
「ああ? こっちはてめぇのメンツを考えて一ヶ月待ってやったんだぜ? クソ漏らしたてめぇのガキがイカれて農作業をサボるようになっちまったからそれで腹いせに養女に辛くあたってるだけだってな。だが改善の余地はねぇどころか養女を奴隷扱いまでするようになりやがった。ああ? ダイナよぉ、周りの奴らに警告されてねぇのか? てめぇはその程度の人望もねぇのか?」
「ぐッ……バスタさん。確かに、言われてはいましたがね!! う、うちだって!!」
「うるせぇ! ライナナが哀れだ! あいつは
「待ってくれ! 死んだ親友の一人娘なんだ!! 俺が、俺が立派に育てるんだ!!」
ダイナが一人なのは、レックスの母であるヴェルラが村の共用井戸に洗濯に向かい、ここにはいないからだ。
そしてレックスは今日もまた森に向かっていた。
なお、早朝から周辺の魔物を討伐するバスタがここにいるため、うまくいけばレックスは今日こそモンスターの討伐がまともにできるはずである。
「育てるだぁ!? バカ野郎。息子一人まともに育てられねぇで人様のガキを引き取るなんざ馬鹿のすることだ!!」
「ッ――レックスに関しては! 深く注意する!! バスタさん、信じてくれ!!」
「うるせぇ! 一ヶ月待ってやったんだよこっちは!!」
そしてダイナがこうしてバスタと口論するハメになっているのは、ダイナが農作業に向かおうとゆっくりと自分の準備していたからだった。
遅かったがゆえに、バスタと村長に捕まり、バスタと口論するハメに陥った。
そして村長はと言えば、岩のように沈黙し、ダイナを睨みながら弁明を聞いている。
そんな村長の隣に立っているバスタは、あれこれと抗弁しようとするダイナを威圧しながら、村長の代わりに鋭い言葉を叩きつけていく。
なおバスタがライナナを欲しがってるのはとにかく人をたくさん育てたいからである。数多の前世があるバスタからすれば、人は多ければ多いほうがいい。とにかくいろんな勉強をさせて、さまざまなスキルの持ち主を集める。将来を見据えているバスタはそれがしたかった。
また、これは今のバスタによるかつてのバスタに対する恩返しでもあった。気に食わないクソガキであるレックスから何もかも奪ってやればいつかのバスタも喜ぶだろうとの浅い考えからの行動である。
さて
「おい、ダイナ。引き取ったガキを奴隷扱いするなら、まず奴隷税を払え。とりあえず一ヶ月分だ。それを払ったらライナナを引き取ったときから計算して分割した分を追加した奴隷税を払ってもらう。これは来月からでいい」
そんな! とダイナが悲鳴をあげた。ただでさえ怪我をしていたのだ。村長が食料をくれていても蓄えなんてほとんどない。
同時に村長たちがライナナの奴隷扱いを一ヶ月待った理由がわかった。税の発生を待つためだ。奴隷扱いをしたのが一ヶ月以内だったら徴税できなかったからだ。
にやにやとバスタがダイナを嗤いながら「現金がなけりゃ魔石でもいいぜ。あとはそうだな。てめぇんちの家財道具でもいいかな。俺が魔石と交換してやるよ」と討伐したモンスターから手に入れた魔石の入った小袋をダイナに見せてじゃらじゃらと音をさせる。
村長がそんなバスタを呆れて見ながら「とにかく貴様ら一家が養女を奴隷として扱ってたのは周知の事実だ。脱税犯として刑を受けたくなかったら速やかに税を払うんだな」とダイナに金額を告げれば、ダイナはあまりの高額に目を見開いた。
――そんな大金、払えない。
「ど、奴隷税がそんな高いわけがない!! お、俺は冒険者だった! 町の奴隷の値段を知ってる!! そんな高いわけがない!!」
「は、税だけじゃねぇよ。なぁダイナさんよぉ。奴隷税に加えて、ライナナの奴隷登録料に、奴隷紋と、あとは隷属の首輪か。あれらをこっちで用意してやる分も入ってんだよバァカ」
バスタが内訳を言えば村長が「ダイナ。観念しろ。孤児を違法に奴隷扱いしようとした件はここで全額払うことで勘弁してやる。なぁダイナ。お前自身が奴隷落ちしたくなければ耳を揃えて払うんだな」と言い聞かせるように強く言った。
そんな、とダイナは絶望する。ダイナ自身はライナナを奴隷扱いなんてするつもりはなかったのだ。
ただここ最近は、急に反抗してきた――今まで良い子だった――レックスに動揺していたし、加えて妻の不安をライナナに押し付けることでご魔化せていたからそのままにしてしまっただけだったのだ。
レックスが落ち着いたらライナナには謝る
――ダイナは父として速やかに事態に対処するべきだったツケを、今払うことになっている。
「な、なぁ、待ってくれ。待ってくれよ」
ダイナは抗弁しながら頭の中で算段する。家財道具を全て処分すれば、脱税の罪を免れることはできるだろう。
だがそれだとライナナを奴隷に落とすことになる。元冒険者だったダイナは、ライナナの両親の姿を思い浮かべた。友人だった。親友だった。一緒に冒険者としてパーティーを組み、共に戦い続けた仲だった。
(すまない。すまない。俺がライナナを守ると誓ったのに)
友人夫妻がモンスターに殺されたと知ったダイナは、誰も帰らない友人の家で、一人で過ごすライナナを迎えに行ったことを思い出す。
食料もなくなり、痩せ、不安に揺れる彼女に対し、娘として自分の家に来ないかと誘ったことを思い出す。
ダイナは一人の父として、少女の小さな手を握って、この村に帰ってきた日のことを忘れたことなど一日たりとてない。
――ライナナを手放すなど、できない。
だが、だからといってライナナを奴隷にするのか? 奴隷にしてしまったら妻はもう、ライナナを奴隷から解放しないだろう。
それに家財道具を全て処分すれば自分たちはどうなる。愛する妻は? 愛する息子は? ライナナは? 俺はどうなる?
生活に困るようになるだろう。貧しく暮らすことになるだろう。冬は絶対に越えられないだろう。
不安と緊張に、吐きそうになるダイナにバスタは言った。
「おう、ダイナさん。全部なかったことにする方法もあるんだぜ?」
「……全部、なかったことに、する?」
そんな都合の良い方法があるのか、というダイナの問いには村長が答えた。
「ライナナを孤児院にいれろ。あんたは連れてきたライナナをすぐに孤児院にいれたことにする。それで奴隷扱いはなかったことになる。脱税は許してやる」
ダイナはバスタを見た。バスタはニヤニヤとダイナを嘲笑っている。
「な……なんで? なんでライナナを? なんであいつを欲しいんだ?」
「はッ、俺は不幸なライナナを救ってやりてぇだけだぜ? つか親父の村に違法奴隷なんかいたら親父が罰せられるからよぉ。あ、連座で俺もだな。はははッ」
笑い声を上げたバスタはげらげら笑ってからふと正気に戻ったような顔をして「って、ふっざけんなよ。てめぇ。早くライナナを孤児院にぶち込みやがれ。それで全員ハッピーだからよぉ」とダイナを凄み、その勢いにダイナは何も言えなくなる。
「う……そんな、そんなつもりじゃあなかったんだよ」
泣き言は出た。違法奴隷。違法奴隷だと。奴隷法違反は重罪だ。
加えて、王国法で重罪にあたるものは違反者の近親者にまで累が及ぶものが多かった。
――奴隷法違反が重税に当たるのは、奴隷商人たちが王国に抗議したからだ。
昨今の戦争の長期化による孤児や未亡人の増加は多くの問題を王国に齎した。
その中に、孤児や未亡人を騙し、未登録の奴隷として扱う方法があり、それに反発した奴隷商人たちが議会に働きかけるべく多額の献金を王国貴族に行った。
奴隷法違反が結構な重罪に当たるのはそのせいでもある。
とはいえ、ダイナのうっかりなどバスタは気にかけるつもりはない。
「そんなつもりじゃあなかった? ああ? どんなつもりだったんだ? あ? 俺らを殺すつもりだったのか? 糞ボケカスがよぉ。ああ?」
バスタに怒鳴られ、今更に茫洋としていた頭にその事実が染み込んでくる。村長が奴隷税を払えば許してくれると言ってくれている意味がわかってくる。
村長は別にダイナを苦しめたいわけではないのだ。
今や村でまともな男手は貴重である。孤児院にライナナを入れることで、村長はダイナを守ろうとしている――のだろう。おそらく。
苦しんだ顔をしたダイナは空を見上げた。親友の姿を思い浮かべた。
そしてどうにかしてライナナを手放さない方法を思い浮かべようとした。だがどれだけ考えても、何ひとつ良い方法は浮かばなかった。
これは、村長が来る前なら、妻を強く注意するだけで済んでいたことだ。ライナナの現状、自分で気づかなかったわけじゃない。
自分の目でも見ていたし、村の友人たちにもライナナへの処遇がひどいと苦情を言われていた。それを放置したのは自分だ。自分より強い息子の暴力に怯え、妻の不満に向き合えなくなって、義娘への処遇を放置してしまった自分の責任だ。
そんな放置の代償は、凄まじいものだった。取り返しのつかないものだった。
俺のせいか、とダイナは涙を流し、声に悲哀を滲ませ言った。
「バスタ、さん。ライナナを、孤児院に……いれて、ください」
そうでなければ、今度は自分たちが本当に奴隷になるか、死ぬことになる。
おう、と満足そうに言ったバスタは「じゃあ次だ」と涙と悲哀に震えるダイナに告げた。
「次?」
次? そんなわけがない。もう責められるようなことはない。きょとんとしたような顔のダイナに、にやついたバスタは嘲笑って、怒りを声に込めて告げた。
「てめぇの息子が森に入って密猟やってる件についてだよ。この糞野郎が。脱税に密猟。追放刑食らって死にてぇのか? ああ?」
ゆっくりと、じっくりと、その言葉の意味が脳に浸透する。そうして数秒――理解に至り、ダイナは心底からの悲鳴を上げた。
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