第30話 因縁

 18年前、ラモンは賞金稼ぎだった。

 指名手配の賞金首を捕縛、もしくは殺害してその身柄を保安官事務所に持っていくのが仕事だ。

 だが、その仕事にも飽きていた。

 ラモンにはマーガレットという将来を約束した女がいた。

 女のためにもカタギの仕事にもどろうと思っていたのだ。

 そんな矢先――


 マーガレットがさらわれた。

 さらったのは反政府軍くずれの山賊だ。

 当然、大量の武器を構えて山腹に砦を築いている。

 ラモンは仲間の賞金稼ぎや町の保安官、その助手たちを集めて砦に乗り込もうとした。


 ラモンがいつもの酒場を作戦本部にして襲撃の準備を進めていると、黒ずくめの男がふいに現れた。

 黒いダスターコートをまとい、黒いフェルトハットを被っている。瞳の色も黒だ。背中にくくりつけている長剣の柄も鞘も闇のように黒い。

 男は極東の島国からきた異邦人ストレンジャーだと自己紹介すると一丁の拳銃をラモンに渡した。

 その銃把グリップの部分にはYAMANEKOと刻印されてある。


「やまねこ……?」


「Wildcat……山猫のことだ。その銃をおまえにやる」


 黒ずくめの男がラモンにいった。


「これをおれに……どうして?」


 あつらえたように手にしっくり馴染むし、重さもちょうどいい。つくりもしっかりしてるし一目で高価な名銃だとわかる。


「山賊どもは闇と契約した。もう人間でなない」


 低い抑揚を欠いた声で男はいうと、20発入りのバレットケースをテーブルに置く。

 その弾はどれも血で染めたように赤い。


「デス・バレットだ。こいつでないと山賊は死なん」


「あんた、なにいってるんだ?」


「YAMANEKOは普通の銃弾も撃てる。魔物になっていない山賊なら通常弾だけで倒せるだろう。

 だが、魔物と化した山賊なら、このデス・バレットを撃ち込まなければ死なない。そして、このデス・バレットを発射できる拳銃はこのYAMANEKOだけだ」


「帰ってくれ。ヨタ話と押し売りはけっこうだ」


 ラモンはYAMANEKOとバレットケースを男の方に押し返した。


「カネはいらない」


 男が背を向けた。


「だが、これだけは覚えておけ。そのデス・バレットを1発撃つごとに寿命は一年縮む。それがこの弾の代償であり対価だ」


 そういうと黒ずくめの男は音もなくスイングドアの向こうに消えた。





「それで結局、師匠はそのYAMANEKOと銃弾を使ったの?」


 ラモンがそこで語りをやめたので、クロエはたまらずその先を訊ねた。

 ラモンは手の中に収めたYAMANEKOを撫でると、苦しげに夜空を仰いだ。


「ヤツのいうことは本当だった。山賊の半数は撃たれても死なない魔物と化していた。仲間の賞金稼ぎも保安官も、その助手たちも全員死んだ。

 おれはヤツの言葉を信じざるを得なかった。この赤い銃弾デス・バレットを使うしかなかった」


 そういうと、ラモンは胸ポケットから1発のデス・バレットを取りだした。


「20発入りのバレットケースから19発使った。あの男のいうとおりなら、おれは寿命を19年捨てたことになる。それからだ、おれの左足が痛み出したのは……」


「女のひとは救出できたの?」


「あいつは……マーガレットはおれがこの手で撃ち殺した」


「ッ!」


 なぜ……と問うまでもない。マーガレットというラモンの恋人も魔物と化していたのだ。


「そんな……」


 にわかには信じがたい話だ。なぜ山賊たちも恋人マーガレットも魔物に変じたのか?


「おれはYAMANEKOをその場に捨てた。そしてマーガレットの遺体を燃やし放浪の旅にでた。旅の途中、おまえの親父に出会い、はじめてギャンブルで負けた。

 自分の器を知ったおれはこの町に流れて酒場の用心棒におさまった……というわけだ」


「YAMANEKOは捨てたけど、1発だけ残ったデス・バレットを捨てなかったのはなぜ?」


「……わからん。この血のような色に魅せられたのかもしれん」


 そういうと、ラモンはYAMANEKOのシリンダーに残った1発を詰めた。


「また、おれのところにもどってくるとはな」


 皮肉な笑みを浮かべていう。ラモンの視線はゴンゾ・バジーナが埋められた墓標に注がれている。


「ゴンゾも魔物なの?」


「それ以外のなんだというんだ。おまえも見ただろ。あいつの眼は赤く光っていた。おれが10年前、あの砦で見た不死の山賊たちと同じ眼だ」


 東の空が白みはじめている。ラモンが語ったところによると、山賊は陽が沈んでから変化へんげしたという。朝の陽の光が訪れればゴンゾの復活はないのかもしれない。


「師匠、ゴンゾが甦ったら、それをあたしに撃たせて」


 その弾を撃ったらまた1年寿命が縮む。それが本当ならラモンの余命はもうそれほど残されていないかもしれない。

 いや、デス・バレットの呪いは本当だろう。事実ラモンの左足はかなり悪い。

 これ以上、その弾を撃ったらその場で死んでしまうかもしれない。

 クロエがYAMANEKOに向かって手を伸ばした。

 その手をラモンは撥ねつける。

 びしっと鞭のように音が鳴り、クロエが伸ばした手をひっこめる。


「おまえの親父がなぜ、おまえを借金の取り立てに向かわせたかわかるか?」


「それは…………」


 この三枚の借用書で自分を守れと父エディはいった。復讐しろとも正義のガンマンになれともいわれたわけではない。


「おまえはアトラスという馬を得、そして銃を手に入れ、おれのところに弟子入りすることになった。

 おれのもとで修行するうち三兄弟の一人はつかまり、法の裁きを受けることになった。

 おまえは思ったはずだ。復讐なんかしなくても時間が解決してくれると…」


「…………」


 そのとおりだった。完璧に胸中を言いあてられている。


「親父さんは全部見越していたんだ。おまえの性格だ。きっと復讐を誓うに違いない。ならば道具を与えて時間を稼ごう。ガンマンとして一人前になるころには怨敵も裁かれていることだろう、と……」


 クロエの脳裏に突然、セントグリスコ教会の牧師の言葉が甦った。


 ――ひとを殺してはいけません。なぜならひとを殺さば、おのれ自身も傷つき呪われるからです。


「YAMANEKOがおまえの手に渡り、そしておれのところにもどってきたのも、なにかの因縁だろう。

 おまえはそこで見ていろ。因縁はおれがこの手で断ち切る」


 そのときだった。墓標が揺らぎ倒れると盛り土が隆起した。


「師匠ッ!!」


「退がってろッ!!」


 盛り土をかきわけて地中から手が伸びる。ゴンゾの手だ。


「ぐがががががーーーッッ!!!」


 獣のような咆哮を発して土煙とともにゴンゾが復活した。

 眼が赤く光っている。

 間違いない。

 ゴンゾは闇と契約した魔物であった。




    次回最終話につづく


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