第28話 縛り首
杖なしでは歩行もままならなくった師匠ラモンに代わって、自分が住民の警備に赴くとクロエは申し出た。
一瞬、うろんな目つきをしたテッサリ保安官だが、あっさり了承した。枯れ木も山のにぎわい……だとかなんとかいっていたがクロエは右から左に聞き流した。
アトラスを駆って町の広場にゆくと、そこはもう黒山の人だかりであった。縛り首の処刑台の周りを大勢の
「ブレンダさん?!」
馬を下りて人垣の方へ歩いてゆくと、ふいに後ろから声をかけられた。
「えっ?!」
クロエが怪訝な顔で振り向くと、声の主は戸惑った顔をした。白いコックコートをまとった中年男で人違いに気づいたようだ。
「すまない。後ろ姿が似ていたもんで……」
モゴモゴと口のなかで謝ると料理人ふうの中年男は人混みのなかに消えた。
(あたしに似ているひとってどんなだろ……?)
少し気になったが追いかけていって問いただすほどでもない。クロエはあらためて処刑台の周りをぐるりとみた。
ライフルやショットガンを構えた男たちが広場の南北に配置されている。
東西にあたる場所には商店や宿泊所が軒を連ねているので、襲撃者が屋根を飛び越えてこない限り警備の必要はない。
クロエも持ってきたライフルを担いで北の一角に陣取った。
すると――
怒声と喚声が入り交じった声が見物人の間から沸きあがった。
保安官事務所の留置所から引き出されてきた囚人とその警固人が、人垣をかき分けて処刑台にのぼったのだ。
(あれが……ゴンゾ・バジーナ……)
凶悪無比とも称されるバジーナ三兄弟の末弟。
ひげ面で髪は鳥の巣のようなモジャモジャ。頬はこけ、つりあがった眼の縁には黒い隈ができている。
執行人がゴンゾの頭に目隠し用の麻袋を被せようとしたところ、ゴンゾは激しく首を振って拒否した。
その際、ゴンゾは取り囲む民衆のなかに顔見知りを見つけたらしい。後ろ手に縛られたまま、彼はその者に向かって叫んだ。
「ブレンダ、このアマッ!!」
激しい憎悪の叫びだ。
「ブレンダに売られたのさ。ゴンゾ・バジーナは」
テッサリがいつの間にか隣にきていてクロエにいった。
「売られた?」
「ブレンダはゴンゾの愛人だった。だけど、お尋ね者と運命をともにする気はなかったようだ。潜伏先をおれらに教えたのはブレンダさ」
クロエはつま先立ちになってゴンゾの視線の先を追った。
自分と同じ背格好でブラウンの艶やかな髪の色の女性がいた。確かに似ているといわれればそうかもしれない。
「なぜ、おれを売りやがったッ!」
屈強な警固人二人に取り押さえられながらも、ゴンゾは身をよじってブレンダに詰問した。
ブレンダは声を張りあげ、こたえた。
「あんたが人間じゃなくなったからよ!!」
一瞬、周囲のざわめきがしずまった。
どういうことだろう……?
これはなにかの比喩なのか?
悪逆非道を重ねるゴンゾにいまさら愛想が尽きたということか?
クロエの疑問と民衆の戸惑いが泡のような間をつくったが、執行人は構わずゴンゾの首に縄をかけた。
ガタン。
足元の床が開いてゴンゾの下半身が奈落に落ちた。
その刹那――
「ブラボーッ!」
「ざまーみろ!」
「天罰だッ!」
民衆の間から歓声が沸いた。
「…………」
クロエは動かなくなったゴンゾを見つめた。極悪人のひとりとしてはあっけない最期だった。結局、上の兄弟たちは助けに現れなかった。
非情にも見捨てたといっていいだろう。
「クロエ……」
ふいに後ろから声をかけられた。
「師匠!」
ラモンがいた。心配でこっそり見にきたようだ。
「……いこう。おまえの仇のひとりは死んだ」
「はい」
とクロエがラモンとともに踵を返した、そのとき――
民衆の間から今度は悲鳴のような声が響いた。
二人揃って振り返ると――
「ッ!」
なんと縊死したはずのゴンゾが吊されたまま暴れているではないか?!
ゴンゾの眼が赤く光っている。体が跳ねあがり海老反ると、おのれを吊している太い縒り縄に噛みつき、食い破った。
民衆が蜘蛛の子を散らすようにしていっせいに逃げ惑う。
広場はたちまち阿鼻叫喚のるつぼと化しパニックに陥った。
警備に駆り出された用心棒たちが処刑台の穴から這い出たゴンゾに向かっていっせいに銃弾を放つ。
テッサリもその助手たちもライフル弾を叩き込んだ。
だが――
クロエはその場を動けないでいた。
「クロエ……!」
ラモンがクロエに呼びかける。その手にしているライフルは飾りか?
早くそいつを構えて撃つんだ!
逃げ惑う民衆の悲鳴と、連なる銃声にかき消されてクロエの耳には届かないようだ。
……ようやくゴンゾの動きがとまった。
その身に何発の銃弾をくらったのだろう。
文字通り蜂の巣になって今度こそゴンゾは奈落の底に落ちた。
――あんたが人間じゃなくなったからよ!!
なぜかクロエの脳裏にはブレンダの叫び声が甦り、こだましているのであった。
第29話につづく
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