20.亡命

 昼食後は森へと入り、ゆっくりとアリビとの国境に近づく。

 予定より少し遅い夕刻に着き、少し離れた場所に馬と王子たちを置いて、アリビの方の様子をカーラと二人で歩いて見にいった。

 森は急に開かれて、その数百メートル先には人影が見える。


「やっぱりいるわね」


 木の影に隠れながら、ラゲンツらしきの兵の姿を確認した。アリビ多種族国は他国の騎士を取り締まりもせず、好きにさせている事実に苛立ちを覚える。それもトップに立つものがおらず、統率力も皆無の国では、仕方のないことなのだろうが。

 ラゲンツの兵はご丁寧に一定間隔で並んでいた。その間隔は短くはないものの、見える範囲だけでも三十人はいるだろう。半分以上は歩兵だが、騎馬兵も所々に配置されている。思ったより厄介だ。

 確認を終えたエリザとカーラは、一度王子たちのところへと戻ってきた。


「どうでしたか?」


 護衛騎士の一人が、少し不安そうに声を出した。


「一定間隔で兵が立っているわね。でも薄っぺらい壁だから、一部を引きつけられれば馬でなら難なく突破できるはずよ」

「後ろからわらわら出てきませんかね……」

「それはやってみないとわからないわ」


 これだけの人数をこの国に割いているなら、交代要員も当然いるだろう。街中だって当然危険はある。


「国境沿いはずっとこうして兵を配置しているんでしょうか。どこか、手薄な場所とかありそうですが……」


 エリザの問いに、カーラは声のトーンを落とした。


「あるかもしれないけれど、強行突破するなら木々のあるここの方が意表をつけるわ」


 そういいながら、カーラは小枝を拾って地面に図を描き始めた。


「まずは私とエリザで北上ののち、東から西へ敵を引きつけながら移動するわ。手薄になった東側から、あなたたちは一気にアリビへ駆け抜けなさい」


 アリビへの突破方法を示すと、アリーチェが不安そうに声を上げた。


「カーラは……カーラはどうするの!」

「大丈夫。敵を引きつけたあとは、そのまま王都へ走って逃げるから」

「だめ! カーラも一緒に行ってくれなきゃ、私はここから動かないんだからっ」


 エリザがお願いした通り、アリーチェがわがままをいってくれる。姪を相手に強くいえないカーラに、これ幸いとエリザは畳み掛けた。


「カーラ様もアリビに抜けてください。中に入ったあと、王女様たちを護る人が必要です」


 そう訴えるも、カーラには怪訝な顔を向けられてしまう。


「二人にはそれぞれ護衛騎士がいるのよ。必要ないでしょう」

「しかし護衛は多いに越したことはありません。なにがあるかわかりませんから」

「それは、そうだけど……」


 カーラはしがみついてくるアリーチェを見て、迷っているようだ。カーラだって、かわいい姪っ子と離れるのは嫌に違いない。


「引きつける役は私一人で十分です。カーラ様は、王女様たちと一緒に行ってください」

「行ってどうなるというの? 私の身代わりは、アリーチェやルフィーノのように用意していないのよ。王族が逃げたと知られれば、血眼ちまなこになって探してくるわ。そうすると、この子たちも危険にさらされるのよ」


 確かに王子と王女の平穏のためには、カーラは一緒に行かない方がいいだろう。二人に比べてカーラは顔が知られてしまっているし、身代わりを立てるのは難しい。


「心配しないでください、私に考えがありますから。それよりも決行するなら夜になり切らないうちにしましょう。暗くなりすぎては、知らない土地を駆け抜けられませんから」


 本当はいい考えなどないエリザは、そう急かした。身代わりになれるならいくらでもなるが、身長も髪の色も違うエリザに身代わりは不可能だろう。

 それでもカーラがアリビに行き、エリザも無事に王都に帰ることができたなら、身代わりの死体にくらいはなれると思っているが。

 エリザはカーラになにかをいわれる前に、馬の手綱を握った。カーラは納得のいかない表情をしていたが、アリーチェが無邪気に喜んでいるのでなにも言えないようだ。

 二人の護衛騎士がそれぞれに王子と王女を馬に乗せ、カーラは剣を振るえるように単騎で手綱を握っている。

 全員の準備が整ったことを確認し、エリザはみんなを見回した。


「それでは行ってきます。うまく道が開けたら、私のことは気になさらずアリビに突入してください」


 心臓がバクバクと音を立て始める。手がかじかんだように、やたらと動きが鈍い。


 怖気付いてる場合じゃない!

 私の働きいかんでみんなの運命が変わってくるんだから、しっかりしろ!


 心で己を叱咤すると、再度手綱をぎゅっと握った。


「無茶はしないで、エリザ!」


 そう心配してくれるカーラに微笑んで見せる。彼女がアリビへの護衛に加わってくれたことがなにより嬉しい。

 どうか、幸せに生きてほしい。ジアードと……自分の分まで。


「カーラ様、どうかお元気で……!」


 エリザはそういうと、木々をすり抜け、アリビの国境に向かって馬を走らせ始めた。

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