03.第二軍団長セノフォンテ

 食事を終えると、シルヴィオに送られて宿舎に戻ってきた。その際、第二軍団の何名かが荷物を抱えて出ていこうとしているのに行きあたる。

 ちょっとそこまで食事に、という雰囲気ではない。


「どこに行かれるんですか?」


 思わずエリザは声をかけた。一瞬ビクッと体を固めた女性たちだったが、「お暇をいただいたので実家に帰ります」といって堂々と去っていく。

 その後ろ姿を目で追うエリザの肩に、シルヴィオの手が触れた。


「止めるなよ、エリザ」

「うん……わかってる」


 わかっている。が、やりきれない。


「すまないな」


 突如、暗闇から男の声が上がり、エリザとシルヴィオは剣を構えて飛び下がった。


「ああ、警戒しないくれ。俺だよ」


 じゃり、と音を立てて近づいてきたのは、第二軍団長のセノフォンテ。ジアードの従兄いとこにあたる人物だ。


「セノフォンテ様……」


 シルヴィオがホッと息を吐いて剣を仕舞うと、きれいな敬礼をみせる。

 ジアードの家系……スカルキ家に仕えるシルヴィオは、分家のセノフォンテ・スカルキにも敬意を払うことを忘れない。

 エリザもシルヴィオにならい敬礼しつつも、疑問の方が先立ってしまう。


「セノフォンテ様、ここでなにをされているんですか?」

「俺の部下が、無事に王都を出られるかを見届けにな」

「……セノフォンテ様が、彼女らを……?」

「ああ。男子宿舎の方も、第二軍団の奴らはほぼ出ていった」


 軍団長自らが、部下に寝返りを促している。あってはならないことだが、責められる状況ではなかった。


「そして俺も近々、嫁と子どもたちを連れてこの国を出るつもりだ。ジアにもそう話してある」

「……ジアード様は、なんて……」

「そうしろといってくれた。ジアも来いと誘ったが……」


 その言葉の続きは、セノフォンテが首を横にすることで理解する。

 ジアードは、リオレイン王国を出るつもりはない、と。


「ジアは、いつまでもこの国に残りそうなお前たちのことを気にしていた。俺と……行くか? ラゲンツに」


 セノフォンテとともにラゲンツ国に行く。それは、残る決意をしているジアードとは敵対するということだ。


「「行きません」」


 シルヴィオとエリザは同時に答え、互いを見やる。

 感情を見せないシルヴィオの冷たい瞳は、どこかエリザを安心させた。


「……お前らは、そういうと思ったよ」


 諦めたように、呆れたように、口の端だけで笑ったセノフォンテは直後、口角をおとして眉をつり上げた。


「だがな。ジアからは、自分になにかあったときは俺にスカルキの家督を譲るといってきた。その意味が……わかるな? シルヴィオ」


 視線はエリザには注がれず、銀髪の男にだけ向かっている。

 他国に行くなら家督もなにもないと思うのだが、しがらみというのはつきまとうものなのだろう。

 つまりは、シルヴィオやロベルトの仕えるべき相手が、ジアードからセノフォンテに替わるということだ。

 シルヴィオは言葉を詰まらせたまま、返事をしなかった。そしてそれを、セノフォンテも咎めない。


「今は好きにすればいい。ジアがいる」


 セノフォンテはそれだけいうと踵を返し、闇に溶けるように去っていった。


「……これで、第二軍団も瓦解しちゃうね」


 エリザがシルヴィオを見上げると、『心配するな』とでもいうように、うっすらと笑みをたたえていた。


「負けるのがわかっていて、いつまでもしがみついているほうがおかしいさ」

「それ、ジアード様が変っていってるようなものでしょ……」

「ジアード様についていこうとする、俺たちも十分変ってことだ」

「そうだけどさ」


 自分で肯定しておいて、ぷっと吹き出してしまう。

 かなりの人数がラゲンツ国に行ってしまったのは確かだが、それでもまだリオレイン王国にこだわるものはいる。

 他宗教を受け入れられない信心深い人や、この土地を心から愛している人。ジアードのように王族を深く敬愛している人。

 そういう人たちは、国と命運をともにするつもりなのだろう。


 でも、私は……。


 エリザはぐっと奥歯を噛み締めた。

 国のために死ねるかと問われても、イエスとはいえない。

 もしもジアードがラゲンツ国に行くといえば、エリザは喜んで改宗してついていくだろう。

 エリザが寝返らない理由はただ一つ、ジアードがいるからなのだ。国とともに滅びたいわけでは決してない。

 ジアードも、そしてシルヴィオやロベルトも、誰ひとり死んでほしくない。

 本当に本当のことをいえば、みんなでラゲンツに寝返ればいいとさえ思っている。


 それが、できない人なんだよね……ジアード様は……

 そしてジアード様がいる限り、シルヴィオやロベルトも……


「……大丈夫か、エリザ」


 びっくりするくらい感情のこもった柔らかい声が降りてきて、エリザはシルヴィオを見上げた。

 いつも冷静で平常を保っている男が、不安そうにエリザを覗き込んでいる。


「私、そんなにシルヴィオを不安そうにさせる顔、してた?」

「してた」

「わー、そんなつもりはなかったんだけどなぁ〜」

「死にたくないなら、今すぐにでもラゲンツ国に行けばいい。ジアード様には俺から伝えておく」


 シルヴィオの優しさに、エリザは眉根を下げるしかなかった。エリザがここにいようといまいと、彼らはなにも変わらないのだ。足手まといが減る分、楽になるのかもしれないと思うと、悔しく、悲しく、さみしい。

 けど、そうだとわかっていても。

 どうしても、そばにいたかった。


「行かないっていったでしょ! みんなが一緒じゃないと、やだよ私」

「……そう、だな」


 不安そうだった顔に少しの笑みがさしたのを確認すると、エリザは「おやすみ!」とシルヴィオの肩を叩いて宿舎に入った。

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