23.老兵と娘

 バルナバの言葉通り、カーラの葬儀は夕方から夜にかけて執り行われた。埋葬を急いだのは、ラゲンツ軍がいつ攻めてきてもおかしくないからだ。

 多くの人に慕われていたカーラは、たくさんの人に見守られながら土へと還っていった。

 今ごろ、ジアードに再会しているだろうか。なにを話し合っているのだろうか。

 そんな思いで夜空を見上げる。

 星が涙するように流線を描いていて、エリザは手を伸ばした。


「私も、行きますから……」


 もう少しだけ待っていてくださいと、星を掴んだ手を胸に抱いて、誓った。



 翌朝、エリザは王城の騒ぎで目が覚める。きっと、ラゲンツ軍が攻めてきたのだ。

 カーラの葬儀がすんだあとでよかったと心から思った。

 急いで着替えを済ませて外に出ると、第四軍団が軍団長代理の指揮の元、城内にグループごとに配備されている。カーラが指揮する時と同じく、王族の守護を目的としているようだ。

 外を見ると、第一軍団が門に勢揃いしていた。たった一人の第三軍団であるエリザは、どうすべきかと迷ったあと、バルナバの元へと急いだ。


 門の内側には第一軍団がひしめいていて、その間を縫うようにして門の外に飛び出る。

 そこにはバルナバしかおらず、他の騎士の姿は見当たらなかった。

 門の周辺には堀があり、一本の橋だけが出入り可能な唯一の通路だ。ここは大勢の人は通ることができない。敵も、味方も。


「バルナバ様!」


 橋の中央に立つバルナバは、優雅に日向ぼっこをしているのかと勘違いしてしまいそうなほど、落ち着きを払って振り向いた。


「エリザか」

「ここで、迎え撃つおつもりですか!?」

「ああ。住民の避難が終われば、わし一人を残してこの門は閉ざされる」


 穏やかな目をして答えるバルナバを見ると、胸が押しつぶされそうになる。

 いくら一騎当千の鬼と呼ばれた軍団長でも、本当に千の騎士を相手に生き残れるわけはないだろう。

 生きてほしい、という思いが止められない。エリザは、バルナバにも恩がある。

 エリザは後ろを確認し、誰もこちらにいないことを確認すると、声を殺していった。


「バルナバ様、門が締められたらどうかお逃げください。バルナバ様お一人ならば、どうとでも逃げられるはずです」


 エリザの言葉にバルナバは目を丸めたあと、「わっはっは」と豪快に笑った。

 笑われるようなことをいっただろうかと思いながらも、エリザは感謝の言葉を続ける。


「バルナバ様は信仰心もお厚く、孤児院にはどれだけの寄付をしてくださっていたかわかりません。こんなところで逝ってはならないお方です」

「寄付など、趣味じゃよ」

「それでも、私は……私たち孤児は、バルナバ様に救われていました。それに……」


 エリザはいつかの日の夜のことを思い返し、頬を緩ませる。


「あの日、シルヴィオを手引きしてくださったのは、バルナバ様ですよね?」


 エリザがバルナバを見上げると、彼は困ったように眉を下げて笑った。


「そんなことも、あったかな?」


 そらとぼけるバルナバに笑みを見せたあとで、エリザは真剣に訴えた。


「シルヴィオたちなら、きっとバルナバ様をうまく逃してくれるはずです」


 逃げて、と心の中で強く訴えながら懇願するも、バルナバはその優しい笑みを崩さなかった。


「この年になると、なかなか生き方を変えられんもんだよ。若い者のようにはな」


 いつかと同じ言葉を言われて、胸がぐっと痛んだ。わかってはいたが、バルナバの決意を変えることは難しい。散る覚悟など、とうの昔にしているのだろう。


「しかし……っ」


 反論しようとするエリザの言葉を、バルナバが遮ってくる。


「エリザ、お前はまだ若い。死に急ぐには、早すぎるんじゃーないのかな?」


 バルナバはエリザの頭をぽんぽんと叩き、


「シルヴィオたちが悲しむぞ」


 そう、いった。

 シルヴィオとロベルトのことを考えると息が上手くできなくなる。

 前回の戦いでは、ラーゲン教に入信した歴の浅いものが多くいた。それを鑑みると、二人がここに攻めてくる可能性は高いだろう。

 きっと、最前線で戦うこととなる。大事な親友を相手に、凄惨な殺し合いをすることになるのだ。

 その前にシルヴィオと会えて語らえたことを、エリザは感謝していた。


「その節は、ありがとうございました」

「はて、何のことかな?」


 あくまでしらを切るバルナバにかまわず、エリザは続ける。


「もう二度と、会えないと思っていましたから……あの時は、幸せでした」


 バルナバが手引きをしてくれなければシルヴィオには会えず、エリザの覚悟もこんなに強固にはならなかっただろう。

 しかしそういうとバルナバ少し怖い顔になって、「今からでも遅くはない」と言った。


「行きなさい、ラゲンツ軍に。会いたいと思う人がいるならば、会いに行きなさい」


 エリザはそんな風に諭そうとしてくれるバルナバに、にっこり笑う。


「私が会いたいのは、ジアード様なんです」


 そう伝えると、バルナバは眉をひそめた。


「馬鹿な娘だ」


 そういうとバルナバはゆっくりとエリザに近付き、優しく抱きしめてくれた。


 馬鹿な老兵と、馬鹿な娘。


 ここで散るという互いの決意を、エリザたちは確かめるように抱きしめ合った。

 耳を澄ますとラゲンツ軍が攻めてくる音がする。これが、最後の戦いだ。体を離すとエリザはバルナバを見つめていった。


「戻ります。バルナバ様、ご武運を」

「お前ものぅ、エリザ」


 優しかった笑みは、剣を手にした瞬間に鬼へと変わる。


「行け」


 冷たい言葉に、エリザは弾けるようにして門の中へと駆け込んだ。

 そして、バルナバの命令によって門は閉じられていく。

 一騎当千の鬼の後ろ姿は大きく、それでいてどこかもの悲しかった。


 エリザはぐっと思いを断ち切るようにその場を離れる。

 しかし第一軍団でも第四軍団でもないエリザには持ち場がない。どこに行こうか迷って、結局第一と第四の中間地点のあたりで周りに混じった。


 ラゲンツ軍がついそこまで迫っているのがわかる。そして何人もの悲鳴の声が響き始めた。

 バルナバが鬼となり、敵を撃退しているのだろう。

 そこに、シルヴィオはいるのだろうか。ロベルトはいるのだろうか。

 断末魔が響き渡るたびに、背筋が凍る。

 しばらくすると、門の開かれる音がした。外から無理やりにこじ開けられたに違いない。


 さっきの断末魔は……


 つい先ほどまで抱きしめあった人が、脳裏に浮かんだ。


 どうか、ごゆっくりおやすみください……。


 エリザは目を閉じて心を落ち着かせる。

 剣戟の音は徐々に近づき、ついそこにまで迫っていて、周りの騎士同様、鞘から剣を抜いた。


 これが、最後の戦いだ。


 決意はもう、変えられない。

 ジアードに会える時が、刻一刻と近づいていた。

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