24.最後の戦い

 ラゲンツ軍の姿が見えた。黒に染められた元リオレインの軍が雪崩れ込んでくる。

 王の間へと続く広間で、敵味方入り乱れての大混戦となった。

 藤色のリオレイン軍と、漆黒のラゲンツ軍。

 敵味方を色だけで識別し、黒い服を見れば片っ端から切りつけていく。後ろからだろうがお構いなしに。


「ぐああ!!」

「怯むな!! 陛下をお守りするんだ!!」


 悲鳴と檄が混じり合う中、エリザはまた一人斬り伏せた。これだけ混戦であれば、体躯の差はむしろ利点だ。隙間を縫うように移動して、次、また次と刺した。


 次は、あいつ……!!


 藤色の騎士を、ものすごい勢いで倒していく黒服の男。

 そいつの後ろから、エリザは剣を振り下ろそうと飛びかった。

 気配に気づいた男が、こちらを振り返る。


「エリ……ッ!」


 ロベルトの驚く顔が視界に入る。

 頭ではダメだとわかっているのに、勢いづいた剣は止まらない。

 そのままロベルトの頭に、エリザの剣が吸い込まれ──


「あああああああーーーーッッ!!!!」


 血飛沫が、散った。

 まるで時がゆっくりと動いているように、エリザの剣と腕が宙をくるりと舞っている。


 どうして、私の手がそんなところにあるの?


 そう思った直後、右肘から焼けるような痛みが広がった。

 ブシュウと音を立てて噴水のように飛び出している赤い液体。

 立っていられず、エリザは床に転がった。目の前にいるロベルトの頭は割れてはいない。

 ならばこの血は誰のものなのか。


 斬られた……? 誰に──


「エリザ……」


 聞き慣れたその声。

 いつもつらい時にはそばにいてくれていた、その声。

 エリザは声の主を見ようと、目だけを後ろに向ける。


「シル……ヴィオ……」


 真っ赤に染まった剣を持ったシルヴィオが、一番驚いた顔をして立っていた。


 そっか……シルヴィオが、ロベルトを守ろうとして……


 顔を歪めるロベルトとシルヴィオ。

 二人はなにも悪くない。当然のことをしていただけなのだから。

 仲の良い二人に、エリザは嫉妬しそうなほどで。

 だからこそ、ロベルトとシルヴィオのことが大好きなのだと、ほろりと涙が溢れる。


「ぼうっとするな!!」


 惚けるシルヴィオを庇うように、ロベルトが再び剣を振るい始めた。

 シルヴィオも剣を構え、襲ってきた者を撃退している。


 ロベルトもシルヴィオもかっこよかったんだと、このときエリザは初めて知った気がした。

 近すぎたから、いつも嫉妬の対象だったから、気づかなかっただけだろうか。

 こんな最後のときになって気づくなんて、相当の間抜けだと自嘲する。

 と同時に、右のなくなった腕が痛みを増した。


 痛い……っ

 腕が、燃えそう……!


「シル、ヴィ……殺して……早く、殺し……」


 あまりの痛みに、エリザは懇願した。

 これでいい。名もしらぬ者に殺されるよりは、シルヴィオに斬られる方がどれだけ幸せなことか。


「離脱しろ、シルヴィオ!!」


 ロベルトの言葉に反応したシルヴィオが、エリザへと迫った。

 これで楽になる。ジアードの下へと逝ける。


「おね、が……」


 それなのにシルヴィオは、自分の上着の袖を引きちぎると、エリザの腕に巻き付け始めた。

 なにをしているというのか。

 一刻も早く楽にしてほしいというのに。

 エリザは混乱し、霞む目で己を抱き上げるシルヴィオを見た。

 綺麗な銀髪を血で濡らし、美しい冷淡なはずの顔は必死な形相で。


「シ……ルヴィ……オ……」


 死ぬときにはジアードの名前を呼ぼうと決めていたエリザは、目の前の男の名を呼び。

 深い、眠りについた。

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