06.ロベルト
カーラにお願いをされたのはいいが、なかなかジアードと二人きりになる機会などなく日々を過ごしていた。
一緒にラゲンツに行ってほしいと頼んだところで、イエスといってくれるとも思えなかったが。
それでもエリザは、無理なことではないといってくれたカーラを信じて、誠心誠意頼み込んでみるつもりだ。
ある日、訓練後にジアードの姿を探すと、シルヴィオとロベルトが呼び寄せられて三人で何事かを話していた。
もうあの二人はジアードの補佐レベルにまで上り詰めている上に信頼も厚いので、こいうことはよくある。それでも一人除け者にされたような気分で、その話し合いが終わるのを待った。
しかしジアードとシルヴィオは、そのまま話しながら闘技場を出ていってしまった。追いかけて話しかけても、邪魔をしてしまうだけかもしれない。
エリザがしゅんと肩を落としていると、輪から抜けたロベルトがエリザの方にやってきた。
「どうしたんだよ、エリザ。帰んねーのか?」
「うん……いや、帰るんだけど」
「シルヴィオなら、ジアード様から話があるらしくって、二人で食べに行くみたいだぜ」
「いや、シルヴィオじゃなくてジアード様に用があったんだけど……」
「ジアード様に?」
ロベルトはすでに出て行ったジアードの姿を探してから、エリザに視線を戻す。
「エリザ」
「なに?」
「ちょっと、俺たちも食いに行こうぜ!」
「え?」
「たまには二人で行くのもいいだろ! ほら、風呂入って着替えてこい! いつもの料理屋、先行ってるからな!」
相変わらず勝手に決めつけて、ロベルトは行ってしまった。
しかし、カーラの話を相談したいと思っていたからちょうどいいと思い直したエリザは、風呂に入ってからいつもの料理屋に向かった。
店に入るとロベルトは一人静かにお酒を飲んでいて、声をかけて対面に座る。ふとロベルトは手を肩に乗せるように親指で後ろを指し、VIPルームに続く廊下を見るようエリザに促してきた。
「いるぜ、ジアード様とシルヴィオが。二人が入ってくの確認したから」
「あ、そうなんだ」
「ジアード様に用があんだろ? 出てくんの待って、二人きりにさせてやるよ」
「うん……ありがとう」
なんだかんだと気の利く男で助かる。
ロベルトとエリザは同期だ。幼い頃から剣術を習っていたロベルトは、素人同然だったエリザの自主訓練によく付き合ってくれた。基本的に、明るくて面倒見のいい性格なのだ。
ジアードとシルヴィオが出てくるまで、ロベルトと二人で料理を食べながら待った。目に見える範囲に客はおらず、店主も料理作りに裏に入っている。
「で? ジアード様になにをいうつもりか、聞いてもいいか?」
「んー……うん。聞いてくれる?」
「おう。エリザがいいたいならいくらでも聞くぜ」
にっと無邪気に笑うロベルトにほっとして、エリザは先日のカーラとのやりとりを少し話した。お互いに内緒と約束した部分だけは、うまく隠して。
ロベルトはふーむと神妙な顔をしながら、酒のグラスをカラカラ回した。
「まぁ俺とシルヴィオは確かに、寝返りを進言できるような立場じゃねぇからな」
「それをいうなら私もだよ……下っ端の人間なのに」
「エリザはジアード様の娘みたいなもんじゃんか。他のやつがいうよりよっぽど効果あると思うぜ」
「そうかな……自信ないよ」
「まぁダメ元だろ! 期待はしてねーからいうだけいっとけ!」
「もう、他人事だと思って……」
そういいかけて、エリザは言葉を止めた。
他人事、ではない。己の働きいかんで、ロベルトやシルヴィオの行く末まで変わってしまうのだから。
期待してないということは、本当は期待したいということなのかもしれない。
「……ロベルトは」
「うん?」
「ロベルトは、本当はジアード様にどうしてほしい?」
エリザの問いにロベルトは酒のグラスを置き、椅子にぐぐっともたれかかった。背もたれがギっと音を鳴らして軋ませる。
「そうだな、生きてほしいとは思ってる。ただそれが、ジアード様の信念に反することなら、俺はそれを賛成しない」
ロベルトは天井を見ながら、それでもしっかりとした口調で断言した。
「……ロベルト自身は、どうなの?」
「俺は、ジアード様に従うだけだぜ」
シルヴィオと同じセリフを吐いて、ロベルトは酒を煽った。
「たとえ、死ぬことになっても?」
「ジアード様に死ねといわれたら、俺は喜んで死ぬ」
ニヤッと強く笑うロベルトを見て、彼は……彼らは、根っからの騎士なのだと痛感させられた。
実際にジアードが部下に死ねということはないだろう。ただ、死に役というものはある。
その役目を課せられたとき、嬉々として引き受けるロベルトの姿が、脳裏にはっきりと映し出された。
彼らとエリザは、同じように見えて、少し違う。
エリザは、ジアードに
シルヴィオとロベルトは、ジアードに
そこに感情の差異はないだろう。どちらが良いか悪いかではなく、彼らとエリザでは、役割が違うだけだ。
それをこの時、エリザはなんとなく感じ取った。
お酒を飲まないエリザはもくもくと料理を食べ進め、あっという間に料理を食べ終えてしまった。ちらりと個室に通じる廊下をみやるも、まだジアードたちが出てきそうな雰囲気はない。
「そういえば、今日はロベルトは一緒じゃなかったんだね」
ジアードがシルヴィオとロベルトを連れてご飯を食べに行くことは、たまにあった。仕事の延長のようなものだ。けれども、どちらか一人だけと食事というのは、エリザが知る限りない。
「まぁ、ジアード様も色々あんだろ。俺に聞かれたくない話か、シルヴィオにしか頼めないことか……その辺だろうな」
「ロベルトじゃなくてシルヴィオに……なんだろ」
「あんま詮索すんなよ」
「しないけどさ。気になんないの?」
「ま、見当はついてっし」
シルヴィオにしてもロベルトにしても、察しのいい男たちだ。エリザがわからないことも、簡単に理解してしまう。
自分だけついていけないというのは、どうにも心が逆立った。そんなエリザの顔を見て、ロベルトは急にキリッと眉を上げている。
「エリザ、お前さ」
「なに?」
「シルヴィオのこと、どう思ってる?」
身を乗り出すようにして問いかけてくるロベルト。その急な態度の変化に首を傾げつつも、エリザは素直に答えた。
「どうって、仲間……友達、かな」
「他には?」
「他に? たとえば?」
「俺に言わせんなよ、かわいそうじゃねーか!」
かわいそうというわけのわからない言葉に、今度は逆側に首を傾げた。誰が、なぜかわいそうなのか、まったく見当もつかない。
首をあちこちに傾げていると、「お前らしいけどなー」といつものロベルトに戻り明るく笑われる。
「もっとわかりやすくいってよ……」
「んーじゃあ、きっぱりいうぜ。エリザは、ジアード様のことが好きだろ」
「なっ」
心臓が勝手にドキンと鳴り、顔は爆発しそうに熱くなる。カーラの時もそうだったが、どうして勝手に決めつけてくるのだろうか。
「そういうんじゃないったら!」
「まったく、なんでお前は認めねーんだよ……」
「も、もし認めたら、なんだっていうのよ」
「今夜、その気持ちをジアード様に伝えてこい」
「はぁ!?」
すっとんきょうな声をあげて、ロベルトをにらみつける。
ロベルトは腕を組んで、ふんっと鼻息を吹き出した。
「ジアード様を改宗させる気なんだろ。心からのお前の言葉をぶつけねーと、あの人には響かねぇぞ」
「それは、そう、だろうけど……」
「じゃあがんばってこい」
ロベルトがそういった瞬間に、廊下に人影が見えた。ジアードとシルヴィオだ。
エリザの視線に気づいたロベルトは、後ろを確認して立ち上がった。
「ロベルト……それにエリザ?」
ジアードがエリザたちを見て驚きの声をあげている。全く表情は変わらないが、後ろのシルヴィオも驚いているのかもしれない。
「ジアード様、エリザがジアード様に伝えたいことがあるそうです。どうか、聞いてやってください」
「ああ、それはかまわないが」
「もう一度店主に個室を使わせてもらうよう、伝えてきます」
すかさずシルヴィオがそういって、店主に声をかけている。
エリザはなぜかやたらと緊張して、立ち上がると同時に椅子に足を引っかけてしまった。一人わたわたしていると、シルヴィオが戻ってくる。
「左手側の部屋を使ってかまわないとのことです」
「ああ、ありがとう。行こうか、エリザ」
「は、はい」
エリザは右手と右足を同時に出しそうになりながら、ジアードの後ろをついていった。
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