17.国

 第三軍団に所属していた仲間たちの家族のほとんどは、改宗したようだった。

 シルヴィオとロベルトの家を訪ねてみると、もぬけの殻でエリザはほっとする。

 きっとあちらに行ったに違いない。きっと二人も喜んでいることだろう。


 シルヴィオ……ロベルト……そっちで家族と幸せに暮らしてね。

 私は……


 カーラを生かす。そのためにできることを、エリザは必死で考えた。

 確かジアードはこういっていたはずだ。戦闘が始まったらその混乱に乗じて、別の国に逃げることも可能かもしれない、と。


 南にはラゲンツ国があり、西は大きな湖で塞がれている。この湖はラゲンツとも繋がっているので、逃げようとしても見張られている可能性が高い上に、手漕ぎの船で突破するのは難しいだろう。

 東は山岳地帯で、抜けた先にはオルグラッドという小国があるが、あまりに険しい山を越えなければいけないため、隣国なのに国交はほとんどない。命懸けの山登りは、素人には危険すぎるのでこのルートは除外だ。

 北にはアリビという多民族国家があり、国境警備もなく受け入れられやすい。行くならそちらだろう。

 しかしラゲンツ軍がアリビに潜入してリオレインとの国境を勝手に見張っているらしく、アリビへ逃げようとした国民が追い返されたという話や、無理に入国しようとすると斬られたという報告も上がっている。

 そんなやつらをアリビが取り締まってくれればいいのだが、動くことはないだろう。あの国は良くも悪くも自由な国で、治安が悪い。誰かが道端で死んでいても、無関心な国だと聞く。

 だからこそ、王族が逃げるにはちょうどいい国ではあるのだが。


 家の主がいなくなってからも、エリザはカーラと一緒にジアードの家で食事をとっている。食材はカーラが持ってきてくれ、エリザは勝手に台所を借りて料理を作った。

 といっても、やはり大したものはできず、サラダ中心の素朴な料理ばかりだが。

 二人きりの食事中、エリザが自分の考えを切り出そうと口を開いたその時。


「エリザはいつ改宗するの?」


 先にカーラに切り出されてしまった。


「私は、改宗はいたしません」


 キッパリといい切ると、カーラの美しい顔に凄みが帯びる。


「なにをいっているの。あなたの目的は達成されたでしょう。セノフォンテが約束してくれた一週間は明日で終わり。もういつ攻めてきてもおかしくはないのよ。一刻も早くここを出ておいきなさい」


 厳しい口調のカーラに一瞬たじろいだエリザだが、ぐっとこらえてまっすぐに海色の瞳を見据えた。


「私は、カーラ様をアリビ多民族国へ逃すつもりでいます」

「……ばかね」

「わ、私は本気です!!」


 ジアードはカーラに生きていてほしいと願っているはずだ。きっと、そのための提案だったのだから。


「お願いします、カーラ様だけでも……っ」

はどうなるの? 王子のルフィーノと王女のアリーチェは? 王妃義姉は? 置いていけるわけがないでしょう」


 やや怒りを帯びた口調に、エリザは黙るしかなかった。

 カーラの家族は王族なのだ。家族を置いていけようはずもないだろう。大勢ではその分護衛も増やさなければならなくなる上に、目立ってすぐばれてしまう。

 逆にカーラだけならば、本人も強く護衛もほぼ必要ない。逃がせる確率は低くともあると踏んでいたのだが。

 エリザが悔しさで顔を歪めていると、「でも」とカーラは声を発した。


「私もルフィーノとアリーチェだけは、逃がしてあげたいと考えていたの。だって、まだルフィーノは十六歳……アリーチェにいたっては、十歳なのよ」


 カーラの痛ましい表情は、もう一度エリザの心に火をつける。


「逃がして差し上げましょう……! 王子殿下と王女様だけでも!」


 そしてカーラも、と心で付け加える。

 本人に言えば拒否するだろうので、もういわなかったが。


「そういうわけにはいかないのよ。私たちは、ここで滅びなければ」

「大人はそうかもしれません。でもまだ、王子殿下も王女様も子どもでいらっしゃいます! 王族は死ななきゃいけないなんて、そんな理由で子どもを殺すだなんて、大人のエゴです!!」


 王族の考えを真っ向から否定し、内心不敬だなとドキドキしながらカーラを見つめる。

 彼女は少し驚いたようにキョトンとしたあと、ふっと笑みを見せた。


「そうね……私もせめて、ルフィーノとアリーチェだけは助けたい……」

「助けましょう! 考えましょう、カーラ様!」


 たたみかけるようにそういうと、カーラは決意してくれたのか、こくんと強くうなずいてくれていた。

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