16.思惑

 泣き疲れると、二人してお腹が鳴り、エリザとカーラは苦笑いしながら朝食を食べることになった。

 食べ終えて一息つくと、どちらからともなくジアードの眠る部屋へと向かい、ともにベッド前の椅子に腰掛ける。

 ジアードの硬直はまだとけていない。戦闘中の死という筋肉を酷使していた状態では、なかなか戻らないのだろう。

 そんなジアードをじっと見ていたカーラが、ゆっくりと口を開いた。


「ありがとう、エリザ。私の気持ちをジアードに伝えてくれて……ジアードの気持ちを、聞き出してくれて」

「私は別に、聞き出したわけでは……」

「いいえ、きっとあなたのおかげだわ」


 カーラの言い分がわからず、エリザは首を傾げて見せる。そんなエリザにカーラは教えてくれた。


「おそらくだけど……ジアードは、私に気持ちを伝える気はなかったと思うわ。きっと、墓場まで持っていくつもりだったのだと思う」

「……でも、カーラ様はジアード様の気持ちに気づいていたんじゃありませんか?」


 ジアードとカーラの別れの日のキス。

 当然、ジアードの方には気があると、カーラも気づいたことだろう。


「そうね……鈍いくせに、自分の気持ちを隠すのがうまい人だったんだと初めて知ったわ。その時、私もようやくジアードの気持ちを理解できて嬉しかった」


 カーラの言葉を聞いて、なにかが胸に引っかかる。その理由が思い浮かばないエリザに、カーラは微笑みを向けていた。


「わかった? 私はジアードの気持ちがわかっていたの。もちろんそれを言葉にして伝えてくれたのは嬉しかった。けど、あなたにわざわざ伝言を託さずとも、私はわかっていたのよ」


 カーラに説明されたエリザは、その通りだとエリザはうなずいた。

 ではなぜ、ジアードはカーラにそんな伝言を託したというのか。


「じゃあ、ジアード様は……私をラゲンツに行かせたくなかったってことですか? 王都に戻って、国のために死んでほしいと思っていた……?」

「ばかね。そんな解釈をされたら、ジアードも浮かばれないわよ」


 どうやらエリザの推理は大外れだったらしい。しかし他にどのような理由があるのかさっぱりわからず、エリザは首を捻らせ続けた。

 それを見たカーラはあきれたように息を吐いたあと、慈愛の女神のような海色の眼差しをエリザに向けてくる。


「あなたが死にそうだったからよ、きっと」

「……え?」


 カーラの思いもよらぬ回答に、エリザは目を見張った。


「いえ、私は傷を負うこともなく、健康そのもので……」

「けど、ジアードがこの遺言を残さなければ、あなたはその場で命尽きるまでジアードとともにいたか、自決した……違う?」

「それ、は……」


 わからない。しかし、確かにあの託された言葉があったからこそ、動く気力が湧いてきた。


「少なくともジアードには、あなたが今にも死にそうに映っていたんだわ。普通ならジアードはこんなお願いをしないもの。自分に惚れている女の子に対して、こんな残酷なお願いは……」


 そういわれると確かにそうだ。ジアードがただのわがままでこんな言葉を託すのは、おかしい。

 その意味を考えた瞬間、身体中の血が、どんどんと燃えたぎるように熱くなってきた。


「あなたもまた、愛されていたんだわ……」


 独り言のように呟くカーラの言葉を、エリザは聞き漏らさなかった。

 本当だろうか。ジアードは、本当にエリザのことを……。


「ジアードにとってあなたは、とても大切な人だったのね」


 心臓が悲鳴をあげるように、ぎゅっと収縮する。

 ジアードの優しい微笑みが脳裏をよぎり、一気に涙が込み上げた。


「ふっ……うあぁあ……っ」


 顔が熱い。身体中が熱い。

 恋人同士のそれじゃなくても、ジアードに思われていた事実が嬉しい。

 そして、もうその人がこの世にいない事実が悲しく苦しい。


 ジアードにとってエリザは、たくさんの騎士の中の一人ではなかった。

 たくさん助けたであろう、孤児の一人ではなかった。

 エリザにとってジアードが特別な一人であったように、ジアードもまた、エリザを特別に思ってくれていた。


「あああ……ジアードさまぁ……うう、うわああぁあ……っ」


 今朝とは逆に、泣きひしるエリザをカーラが抱きしめてくれる。

 あれだけ泣いたというのに、まだまだ涙は枯れることを知らずに滑り落ち、床に水玉模様を作り続けた。



 それから一日が過ぎると、ようやくジアードの体を整えてあげることができ、真新しい騎士服を着させてもらっていた。

 朝から黒い服をまとったエリザは、カーラらとともに葬儀に参列する。

 小高い丘の上の墓場は、青い空と暖かい日差しで満ちていて、気持ちのいい風が吹いていた。

 最後に棺の中を見ると、そこには変わらず精悍な顔立ちのジアードが眠っていて。さまざまな思い出が駆け巡る。


 ジアード様……今まで、ありがとうございました。

 カーラ様は私が必ずお守りしますから、安心しておやすみください……。


 そう心で約束をし、その場を離れる。カーラも泣くことなく別れをすませていて、やがてジアードは土の中へと還っていった。


「いい天気ね……」


 いつの間にか隣にきていたカーラが、空を見上げながらそう呟く。


「本当に……」


 この空のように広く優しく、そして大地のように強く、風のように爽やかな人だった。

 そんなジアードの愛した人を守りたい。

 カーラにこそ、生きて幸せになってもらいたい。

 ラゲンツなんかに、絶対殺させはしない。


「カーラ様……私を第四軍団に入れてください」


 第三軍団は、もう消えた。

 軍団長は死に、残りの者はエリザ以外の全員が改宗してラゲンツ軍にくだった。

 だからエリザは、この要望を受け入れてくれるものと思っていた。


「いいえ、あなたは第三軍団のままでいなさい」

「……どうしてですか? もう第三軍団は……」

「その方が、いいのよ」

「でも」

「お願い。ジアードの軍団を、なくしてしまわないで」


 そういわれると、エリザにはなにもいえなくて。

 愛する人が死に、その軍団まで消えてしまうのは悲しいのだろうかと考えて、エリザはこくりとうなずいていた。

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