19.最後の昼食
夜はなんだかんだとあったが、朝は平和に迎えることができた。
予定通り、エリザとカーラ、王子に王女、そして王族専属の護衛騎士二名の計六名でアリビ多民族国をめざした。
エリザとカーラは一人ずつ馬に乗り、護衛騎士はそれぞれ王子と王女と一緒に二人乗りしている。
王都からアリビの国境はそれほど遠くなく、早朝に出れば馬ならば夕方か夜には着く程度の距離だ。
お昼時になると、みんなで火を囲んで食事をした。
アリーチェは外でこうしてご飯を食べるのは初めての経験だと喜んでいて、緊張していた場がなごむ。
食事を終えたアリーチェが、兄のルフィーノや護衛騎士を誘ってぱたぱたと走り回って遊び始めた。それをカーラはじっと見つめていて、エリザは声を掛ける。
「すごくおてんば……いえ、お元気な方なんですね、王女様って」
「そうね……お城ではそうでもなかったんだけど、あの子なりに思うところがあるのかもしれないわ」
ただの一般騎士が王女と顔を合わせることなどまずなく、こんな近くで拝顔したのはもちろん初めてだ。王子の方も同じで、身代わりを立てても敵国には気づかれないだろう。
目を細めて甥や姪を見るカーラに、アリーチェがこっちに来てと手を振って呼んでいる。カーラが「仕方ないわね」と嬉しそうに呟き、みんなで追いかけっこのようなものを始めていた。
エリザは知らなかったが、カーラは甥と姪のことをかなりかわいがっていたようだ。二人の懐き具合から、カーラの溺愛加減もわかった。
きっとこの光景は、アリビを越えても続くことだろう。そんな風に思いながら、エリザは片付けをしていた。
出発の時刻になってもまだ遊ぶというアリーチェを無理やり馬に乗せ、アリビを目指してまた北上する。
遠くの山々に、白い雲が掛かっていてきれいだ。ゆっくりと動くそんな景色を見ていると、常歩で並走するカーラが話しかけてきた。
「昨日、誰かに忍び込まれたんですって?」
口元にかすかに笑みをたたえているところを見るに、バルナバに話を聞いて詳細を知っているのかもしれない。
「はぁ、まぁ曲者が出まして……」
「ふふ、モテるわねぇ」
「なにをいってるんですか、敵ですよ敵!」
エリザが頬を膨らますと、ますますカーラはニマニマしてしまった。
なにを勘違いしているのだかと、エリザはあきれて息を吐き出す。
「今から戻っても、構わないのよ?」
「戻りませんってば」
「どうして?」
「どうしてって……」
あなたをアリビに逃すために死ぬ覚悟があるから……とは、さすがに本人を目の前にしてはいえない。
「今は、王子と王女を無事にアリビに亡命させるのが任務ですから」
「じゃあこれが終わったら、あなたは彼らの元に行きなさい」
突然の言葉に、エリザはキョトンとカーラの顔を見た。
この任務が終わったら。もし、生きて戻ることができたなら。
改宗して、ラゲンツに行く?
シルヴィオを傷つけておいて……剣を向けておいて、のうのうと?
そんなこと、できるわけがない。リオレインを裏切ってラゲンツに行ったのはあっちだが、第三軍団を裏切って戻ったのはエリザの方なのだ。
カーラの言葉にエリザはハハ、と乾いた声を上げて笑った。
「いえ、行かないですよ……私、きっと嫌われたと思うんで」
「そう? なにがあったか知らないけど、ロベルトとシルヴィオは少々のことではあなたを嫌いになったりしないわよ」
「なんでですか?」
「あなたに恋をしてるから」
フフンとでも声が聞こえてきそうな口元で、カーラは嬉しそうに目を流してきた。
「二人が? 私を??」
自信満々でうなずくカーラに、エリザは思わずぷっと吹き出す。
「ないですよ、ないない! ほんっとありえないですーあはは!!」
馬に揺られながら、ひーひー声を上げて笑ってしまう。とんでもない思い違いをする人だ。二人とエリザは、そんな関係ではないというのに。
けらけら笑いが止まらずにいると、カーラが「もうっ」と息を吐き出す。
「まったく、エリザもかなり鈍感ね……ジアード級だわ……」
「ちょ、ジアード様級はひどいですよー! 私はあんなに鈍感じゃありません!」
「うふふ、そんないい方したら、ジアードが空で怒ってるわよ」
「あは、そうかもしれませんね!」
確かに『心外だ』と怒ったような落ち込んだような顔をしているジアードの姿が目に浮かんだ。
それを容易に想像できたエリザたちは声を出して笑うと、目の端に雫が溜まってくる。
いい笑いおさめだ。なんだかスカッとした。
ここにいるみんなが、無事にアリビに辿り着けるよう見守っていてください。ジアード様……。
空を見上げて祈ると、なんだかうまくいく気がして微笑んだ。
エリザの隣では同じようにカーラが空を見上げ、なにごとかをジアードに伝えているようだ。
きっとカーラも、無事にアリビに辿り着けるようにと願っているのだと……エリザは思った。
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