04.第一軍団長バルナバ

 セノフォンテと話してから数日後、彼は軍に来なくなった。

 残った第二軍団の騎士は、第一と第三、そして第四に振り分けられている。

 第五に続き第二軍団もなくなり、軍の士気はガクンと落ちていた。これからますます、ラゲンツに寝返るものが増えるだろう。


 第三軍団の休みの日は、エリザはいつもショッピングでもして過ごす。が、最近はどこの店も閉まっているし、街へ出る気は起こらなかった。

 けれどせっかくの休日、しかもいい天気だ。窓に差し込む朝の光を浴びると、どこかに出かけたくなってきた。


「教会でも行くかな」


 リオレインでは、イリス教という宗派が多くを占めている。だがエリザは特に信心深いわけでもなく、気が向いたときに教会に行く程度だ。

 それはエリザだけでなく、リオレインの国民のほとんどがそうだろう。宗教に熱心な人はもちろんいるが、改宗したところで痛くも痒くも思わない人が多い。だからこそ、簡単にラゲンツ国に寝返ることができるのだろうが。

 王都のイリス教会はとても大きく、目の前には大きな公園もある。

 いつもならその公園も子どもたちの声で溢れかえっているのだが、最近は閑散としたものだ。

 エリザは公園を通り過ぎると、教会にいくらかの寄付をしてから中に入った。中には背中の翼を広げたイリス像の前に、一人の初老の男性が熱心に祈っている。


 きれいだな、とエリザは思った。


 エリザとその男性しかいない教会は、いつもより広く感じて荘厳で。

 朝日がステンドグラス越しに降り注ぎ、イリス像と男性を輝かせている。そんな光景を見ていると、なぜだか胸がいっぱいになった。

 ラゲンツ国との国境沿いの街ではイリス像や教会が破壊されていることを思い出し、体がざわつく。

 改宗、と簡単に言うが、それができない人もこの国には確実に存在するのだ。人々を守るべき騎士が寝返ってしまえば、そんな人たちはどうすればよいというのだろうか。


 そんなことを考えていると、男性が祈り終えてくるりと振り向いた。


「おや、エリザか」

「バルナバ、様?」


 振り向いたその顔は、第一軍団長のバルナバその人だった。

 熱心なイリス教徒で、エリザのいた孤児院にもたびたび訪れては、たくさんの寄付やお菓子をくれた人物である。

 御年六十歳でいまだ現役の軍団長。若い頃は剣一本で次々と敵を薙ぎ倒した、一騎当千の鬼と呼ばれる傑物だと聞いていた。


「祈りにきたのか?」

「ええ、まぁ……」

「そうか、最近は人がおらんからな。若い子が来てくれるというのは、うれしいわ」


 バルナバがどうぞと言わんばかりに場所を避けてくれたので、今度はエリザがイリス像の前で手を組み合わせた。

 なにを祈ろうか悩んだが、結局はジアードのそばにいられるようにとだけ、祈った。

 普段、感謝の祈りなど捧げないくせに、ちゃっかりお願いごとだけしてしまう自分が情けない。


 祈りが終わると、エリザはバルナバに誘われて公園のベンチに腰をおろした。今日は第一軍団も休みの日のようだ。


「いい天気だの」

「はい」

「人は減ったが、ここは変わらず平和じゃ」

「そうですね」


 人のいい顔を見ていると、とても鬼と呼ばれたとは思えない。エリザにとっては、いつもお菓子を持ってきてくれた優しいおじさんという認識だ。


「この教会に祈りに来たっちゅうことは、改宗するつもりはないということかの」

「はい」

「……そうか」


 バルナバは眉を垂れ下げると、ごつごつした手でエリザの頭をこするように撫でた。

 子どもに戻った気分だと思いながら、エリザはその優しさを享受する。


「お前は、まだ若い」

「……はい」

「死に急ぐなよ」

「……バルナバ様は」

「この年になると、生き方なんぞ変えられんよ」


 胸が、詰まる。

 この人にこそ、『生きてほしい』だなんて言葉は使えないとわかって。


「お前はちいと、意固地なところがあるからな。柔軟に生きねばいかんぞ」

「柔軟、ですか」

「簡単じゃよ。ほんのすこうし、広い目で物事を見るだけだわ」

「……難しそうです」

「慣れるまでは、難しいかもしれんの」


 柔軟に、視野を広く、と考えていると、いつの間にか眉間に力が入ってしまっていた。それを見たバルナバが苦笑している。


「ジアードのやつも、あれで頑固じゃからな。お前が助けてやってくれ」

「……はい!」


 バルナバに頼られたのが嬉しくて、大きな声で返事をする。

 エリザの返事を聞いたバルナバは、人のいい顔をさらに柔らかくして、微笑んでくれていた。

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