29.真相

 エリザは二人に救出されたあと、小さな家に連れていかれた。共有スペース以外には部屋が三つあり、ロベルトとシルヴィオはそこで部屋をシェアして暮らしているらしい。

 そのうちのひとつはエリザ用だと、二人は笑った。最初からそのつもりで部屋を借りていてくれたことに、胸がじわりと温かくなる。

 そこで少し落ち着くと、エリザは疑問を口にした。


「よく、あいつの会社のことなんて調べられたね」


 ラゲンツでも騎士として働いているとはいえ、三等国民が一等国民のことを根掘り葉掘り調べられないだろう。

 そう思ったところでふと気づく。そういえばシルヴィオは三等国民の騎士服だが、ロベルトは一等国民の騎士服と同じだったと。


「ねぇ、どうしてロベルトは一等国民の騎士服を着てるの? 盗んだの?」

「盗んでねーよ」


 そうは答えてくれたものの、なぜか理由はとてもいいづらそうだった。どうしてなのかわからず、首を傾げるエリザを横目にシルヴィオが声を掛けている。


「俺がいおうか」


 しかしその問いに、ロベルトは首を横に振った。


「いや……自分でいう」


 ロベルトはそう答えると、逸らしていた目をエリザに戻した。

 なにかあったのだろうかと訝しんでいると、ロベルトは意を決したように言葉を紡ぎ始める。


「ラゲンツ国は、一定の条件を満たした者にのみ、三等国民を一等国民に格上げするっていう宣言をしていたんだ。俺は、それを利用した」

「一定の、条件?」


 エリザはぐいっと身を乗り出す。

 もしかしたら、同じ方法で奴隷という身分から脱出できるかもしれないと思って。

 すでに焼印がある者は無理かもしれないが、そんな希望を抱いた。しかし──


「リオレインの王族を、殺すことだ」


 ロベルトの口から出てきたその言葉に、エリザの頭はガンと衝撃が鳴り、絶句する。


「うそ、でしょ……」

「うそじゃない。陛下も王妃も、俺がこの手でほうむった」


 王と王妃は亡くなったのだろうと漠然と思ってはいたが、まさかロベルトが手にかけていたとは思いもしていなかった。

 王族を敬愛していたロベルトが、己の地位向上のためだけにこんなことをするとは。


「信じ、られない……」


 エリザがあんなにも必死になって守ろうとした王族を、ロベルトはあっけなく殺した。

 侮蔑の眼差しを向けるも、この熱い男の冷淡な瞳は変わらず、怒りが込み上げてくる。


「私たちは、陛下を護るための騎士だったでしょ!! その陛下に自ら手をかけるなんて……」

「……」


 いいようのない無念さで責めるも、ロベルトはなにもいわずに口を閉ざしている。そんなロベルトの代わりに、シルヴィオがたまりかねたように言葉を発した。


「お前のためだったんだ、エリザ」

「シルヴィオ!」


 いうなとばかりにロベルトがシルヴィオを睨み叫ぶ姿を見て、エリザは言葉を詰まらせた。


 ロベルトが、私のために陛下を殺した……どういうこと?


 その意味が理解できず、エリザはシルヴィオの顔を見つめることで続きを急かす。そのシルヴィオの顔はロベルトにまっすぐ向けられていて、少しの憐憫が含まれているように見えた。


「いったほうがいい。エリザは、お前の行動の意味を知っておくべきだ」

「……っ」


 シルヴィオの説得に、ロベルトはその場を離れて自分の部屋へと戻っていく。おそらくは、『好きにしろ』の意味だろう。

 ロベルトが部屋に入るのを見届けてから、シルヴィオはエリザに教えてくれた。

 それはあの日の……ラゲンツ軍がリオレインの城を攻めてきたときの話だった。


「エリザの腕を斬ったあと……俺はエリザを治療するために戦線を離脱した」


 シルヴィオの目が、申し訳なさそうにエリザのなくなった右手に注がれていて、エリザは奴隷印のある左手で切断面を隠す。

 するとシルヴィオはそれすらも眉を微妙に動かしてから、視線をエリザに戻した。


「俺たちがいなくなったあと、ロベルトは陛下を自分の手で葬ると決意したんだ」


 その理由が、やっぱりエリザにはわからない。


「……どうして?」

「あの時、エリザを救うためには一等国民の地位が必要になると、ロベルトはすぐに理解していたんだろう」

「え……?」


 エリザを救うため。その言葉に少なからず衝撃を覚える。まだちゃんと理解できないエリザに、シルヴィオは淡々と続けた。


「この国では、一等国民にしか奴隷の所有を許されていない。奴隷を買う、権利もない」

「……じゃあ」

「エリザを買うには、一等国民になる必要があったんだ。俺はラゲンツの軍医に頼み込んでエリザを治療してもらっていたし、それが済んでも連れて逃げられる状況じゃなかった。それを見越して、ロベルトは陛下を……」


 陛下を殺したのは、一等国民になるため。そしてそれは、エリザのためだったのだ。それを知ったエリザは、先ほどロベルトを罵ってしまった自分を恥じると同時に、胸が締め付けられる。


「私、ロベルトに……っ」


 座っていた椅子をがたんと後ろに追いやると、エリザは立ち上がった。目の前にいたシルヴィオがこくんとうなずいてくれる。


「ああ、行ってやれ」


 エリザはロベルトが消えていった部屋の前に行くと、扉を叩いた。なんの返事もなかったが、その部屋にいるのは確実で、エリザはそっと扉を開ける。

 中ではロベルトが、こちらに背を向けて立っていて。エリザはゆっくりと扉を閉める。


「ロベルト……シルヴィオから、全部聞いた……」


 どこか寂しそうなその背中に近づき、左手をそっと置いて話しかける。


「ごめんね……私のためだったのに……つらかっただろうのに、私のせいで……!」


 守るべき対象だった人を手にかけなければいけないというのは、どれだけ苦しんだことだろうか。

 それでもロベルトは実行した。してくれた。……エリザの、ために。


「酷いこといって、ごめん……」


 背中に置いた手をぎゅっと握りしめると、ロベルトがゆっくりと振り返る。その顔は、少し困ったようにして、口の端を無理やり上げていた。


「陛下と王妃様をラゲンツに引き渡して処刑されるより、あの場で死なせてあげたいと思った。ただの俺のわがままで、エリザの謝ることじゃねーよ」


 その気持ちは、おそらく本当だろう。

 けれどロベルトの性格上、エリザのことがなければ積極的に自分から手をくだそうとはしなかったはずだ。


「でも……ありがとう」


 謝意の言葉を伝えると、ロベルトはクシャッと一瞬顔を歪めた。そしてエリザはそのままロベルトの胸の中へと抱きかかえられる。


「生きていてくれてよかった……! 無事で、本当に……っ」


 びっくりするほど強く抱きしめられたエリザは、その左手をロベルトの背中に回した。

 きっと、つらかったはずだ。王と王妃を手にかけた罪悪感はもちろん、事情を知らないものには、今エリザがなじったのと同じようにひどい言葉を浴びせられたことだろう。

 自分の地位を確立したいがために王を手に掛けたと、ここに住む三等国民から非難されたに違いない。

 でもきっとロベルトはそうなることをわかっていながら、それでも実行してくれたのだ。

 ロベルトの両腕からたくさんの友情を感じられたエリザは、お礼とお返しに、左手でぎゅっと抱きしめ返した。

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