第18話
エンダーは悠然と歩いてきてシルフィアの隣に並んだ。
「いい面構えになったじゃねぇか。少しはパーティのなんたるかを学んだか?」
「……うん」
娘の成長を見てとると、エンダーは右の頬をつりあげる。その眼差しを正面にいる敵にむけた。
「貴様……ギルバドスさまのかたき……!」
腐ったリンゴみたいにネミアの顔に幾筋もの皺がきざまれる。憎悪の炎が燃えあがり、激情が爆発していた。
「俺にムカついてるのか? けど、こっちだって二十年前には何人もの仲間を殺されてんだ。ムカついてるのはお互いさまだぜ……と言ってもわかんねぇよな」
右腕を斜めに振り下ろし、エクシャリオンで空を斬る。
「そんなに魔王が恋しいなら、すぐに同じ地獄に送ってやるよ。テメェを始末するのは、俺が二十年前にやり残したことだからな」
エンダーが明確な敵意をあらわにする。並みの魔物なら、この威圧感に耐えきれず尻尾を巻いて逃げるだろう。
ところがネミアは逃げるどころか恍惚と笑っていた。
「わたしを地獄に送るだと? 滑稽だな。貴様らが無駄話をしている間に、こちらの準備は整ったというのに」
「……まさか、テメェ」
エンダーの顔に動揺の色が浮かぶ。
なにか、尋常ではないことが起きようとしている。
そしてネミアは呪文を唱えはじめた。
「――冥界の魂よ、生死の境を破りて現世へ舞い戻れ」
ざわざわと体中の毛穴が逆立った。やばい。やばいやばいやばい。これはやばい。ネミアが復活した直後に口ずさんだ呪文だ。今回のはあのときを遥かに凌駕するやばさだ。
知らず、ハリスはネミアを止めようと走りだしていた。ハリスだけではない、シルフィアやセシリーやエンダーも。後ろにひかえたカイトやキヨミやエヴァンスまでもが走りだす。
「ネクロマンシー」
しかし間にあわない。ネミアは最後の一言を結んだ。
ガラスが弾けとぶ。展示されていた勇者たちの武器が箱を突き破って浮遊し、ネミアのもとに吸い寄せられていく。
漆黒の輝きが閃いた。まるで世界そのものを真っ黒に染めてしまう暗闇だ。
そして黒い光が収束していくと、ぞわりハリスの背筋が粟立ち、嫌な汗がしとどに流れた。
ネミアの前に……それぞれの剣を手にした三人の人物が直立している。
ハリスは言葉を失った。降臨した三人の姿は、書物や絵画に記された特徴と一致しているからだ。いや、むしろ目の前にあるものこそ正しき実体で、書物や絵画は彼らの断片にすぎない。
偽者……とも考えたが、三人が発するオーラは選ばれし猛者だけがまとえるもの。本物だ。まちがいなくあれは、本物の勇者たちだ。
「永久の眠りについたというのに、また七面倒なことで起こされたものじゃな」
つややかな緑色の長髪に、この世のものとは思えない美貌をそなえた女性が気だるげに口をひらいた。華奢な体にはやわらかそうな羽衣をまとい、手には純白の聖剣を握っている。
妖艶の勇者、カンナ・タチバナだ。
「望まれたのならば、俺は剣を振るうのみ」
金髪碧眼に、上背のある巨漢の男が渋味のある声で喋る。白銀の甲冑で身を固めて、鉄の塊である巨大な双剣を両手に握っている。
その秀麗な顔立ちは、どことなくシルフィアやエンダーに似ている。ということはあの男が双剣の勇者、オリック・アレイン。
「あれが、ご先祖さま……」
シルフィアは声を上擦らせてオリックを注視する。エンダーは苦々しい顔でオリックを睨んでいた。
そして最後のひとり……すべての伝説の始まりである男が、カンナとオリックにはさまれて立っている。
「まさか死んだあとも駆りだされるなんてな。とことん俺は戦場に縁があるらしい」
漆黒の獣のような黒髪に、真っ赤な二つの瞳。雄々しい顔つきは野性味を感じさせる。黄金の鎧を体に装着して、きらびやかな輝きを放つ黄金の剣……光龍剣を無造作に握っていた。
原初の勇者、スレイン・バース。
「なかなかいいのが育ってんじゃねぇか。特にそこの金髪娘は大したもんだ。将来が楽しみだぜ」
スレインは品定めするように一同を見まわすと、シルフィアを気に入ったらしく無邪気に笑いかけてきた。目をつけられたシルフィアは、ごくりと唾を飲み下してバスタードソードを握る手を強める。
エンダーよりも遥か昔の時代に世界を救った歴代の勇者たち。それが敵として復活した。しかも三人も同時に。
「どうやらわたしの勝ちのようだな」
ネミアは重畳と胸を張る。もう恐れるものは何もないといった態度だ。実際もう恐れるものは何もない。無敵の状態だ。
「あれって、アンデッドなのか?」
カイトが誰に問いかけるでもなく訊いた。このプレッシャーのなかでよく喋れるもんだ。どんだけ図太い神経をしてるんだか。
だがカイトの疑問はもっともだ。これまで見てきたアンデッドは、鎧や剣を装備したのもいたが、基本的には骨と腐った肉で構築されていた。
しかし三人の勇者たちはちゃんとした肉体を得ている。のみならず、伝説に記された鎧や羽衣などの防具まで装着している。
「通常のアンデッドと違い、思念の宿った触媒から呼びだした英雄は伝説を刻んだときの姿で召喚される。使っていた武具なども余すところなく再現してな。もちろん魔術もだ。通常のアンデッドは魔術などの複雑な攻撃手段は取れないが、こいつらは別だ」
余裕からか、ネミアは惜しげもなく手の内をさらしてくる。
「なるほど、英雄クラスの人間をよみがえらせるには、そいつらが使っていた武器が必要ってことか」
二十年前の戦いで知ることができなかった死霊魔術のからくりを聞き、エンダーは得心する。
触媒となる武器……今回は博物館に展示されていた剣が触媒に使われた。そして通常のアンデッドよりも強い、特別なアンデッドとして三人の勇者は復活した。
「勇者たちの武器がどこにあるのかを探るために、頻繁に町をアンデッドどもに襲わせていたのね」
セシリーが苦々しい面持ちでつぶやく。アンデッドに町を襲わせていたのは布石だった。全ては勇者たちを手駒におさめるこの瞬間のために、ネミアが計画していたことだ。
「これはまだ手始めにすぎない。わたしは世界各地で管理されている勇者やその仲間の武具からアンデッドを生みだし、英雄の軍勢を編成する。そうすれば憎き人間どもを根絶やしにできるのでな」
歴代の勇者やその仲間たちの軍勢……。そんなのができてしまったら、どんなに腕の立つ冒険者でも太刀打ちできない。地上にいる人間を根絶やしにすることだって可能だ。ネミアはそれを実行しようと企んでいる。そうなれば新たな魔王の誕生だ。
「教えておいてやるが、生前いかに善良な者だったとしてもアンデッドと化せばわたしに絶対の服従を誓う。例外はない。たとえ天使や勇者であったとしてもだ」
勇者たちが善の心をとりもどして、主人であるネミアに刃向かうなんて奇跡は起こりえないということだ。
「つーわけだ。かんべんしてくれや」
コンコンとスレインは光龍剣の先端で床を叩き、悪びれることなく謝罪する。早く戦いたくてうずうずしていると、その表情が物語っていた。
「ではおまえたち……」
ネミアが青紫色の唇をゆがめる。館内に満ちる緊張感が頂点に達した。
「そこのゴミどもを蹂躙せよ」
ハリスたちに、死刑宣告が下される。
「くるぞ!」
エンダーが叫ぶ。
そうだ、くる。戦端が開かれる。伝説の勇者たちと戦わなきゃいけない。勝てる気なんてまったくしない。しないけど戦わなきゃ殺される。
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