第15話
昼時を過ぎるとハリスはシルフィアと共に町中を巡回する。昨夜のうちに革のベストは店で新調しておいた。店内のカウンターに近づいたら店主がビクッてしたから、ちょっぴり傷ついたぜ。
「あ……」
唐突にシルフィアが足を止める。どうかしたのか?
「シルせんぱぁーい!」
前方から両手をブンブンと振りながら、猛ダッシュで近づいてくる娘が一人。
「シル先輩、シル先輩、シル先輩、シル先輩っ! お久しぶりです!」
「う、うん。久しぶりだね、キヨミ」
キヨミはたたらを踏みながら停止すると、グイグイと迫ってくる。ほんとシルフィアが大好きなのね。あまりの迫力に大好きなシル先輩が引いてるよ。
「もうここ数日はシル先輩に会えなくてげんなりでした。わたしはシル先輩の成分がないと生きていけません! たっぷり補充させてください!」
成分ってなんだよ。この子ちょっとやばいんじゃないか? ちょっとどころかかなりやばいな。
「わたしもキヨミに会えなくて寂しかったよ」
「ほ、ほんとうですか……!」
キヨミは感極まったようにプルプルと身を震わせると、ギュッとシルフィアに抱きつく。
キヨミのおかしな言動はアレだが、女の子同士が仲むつまじくしているのは微笑ましい。それを見るのはハリスも嫌いではない。むしろ大好きだ。口元がゆるみそうなのを必死に堪える。
「ところでシル先輩。この死んだ目の人と一緒にいて、気分を害したりしませんでしたか? 足を引っぱられたり、やましいことを強要されたりしませんでした? あったならつつみ隠さず話してください。エンダーさんに報告して、なぶり殺しにしてもらいます」
ちょっと聞こえてるんですけど? そういうのは本人のいないところでやってもらえる? あとなぶり殺しにするのは勘弁してくれ。
「ハリスはそんなことしないよ。……たぶん」
たぶんってなに? たぶんってなにさ? 何度か身の危険を感じたってこと? 言っておくがハリスよりもシルフィアのほうがぜんぜん強い。仮にハリスが襲いかかっても、返り討ちにあうのは火を見るよりも明らかだ。襲ったりしないけど。
「おっ、なんだキヨミン。いきなり走り出したと思ったら、シルフィアの香りを嗅ぎつけたのか」
香りを嗅ぎつけたってなんだよ。犬かよ。
キヨミに続いて、ぞろぞろとやってくる。カイトにエヴァンス……そしてセシリーだ。
「たった数日会っていないだけなのに、ずいぶんと久しぶりな感じがするな。シルフィアも俺に会えなくて寂しかっただろ? 離れ離れになって、はじめて自覚する恋心的なものが芽生えただろ?」
「なにほざいてるんですか、あなた? シル先輩がそんなの芽生えさせるはずないじゃないですか。死んでください。死んで地獄に落ちて魂ごと消滅してください。転生とか永遠にしないで虚無に呑み込まれてください」
「呑み込まれねぇよ! むしろ俺が虚無を呑み込む! 呑み込みまくって、俺そのものが虚無になってみせる! ニヒルだぜ!」
結局は虚無に呑み込まれてないか、それ。
「カイトはいたらいたでうざいけど、いなかったらいなかったで物足りなかったよ」
「だろだろ? ようやくシルフィアも俺の魅力? そこんところがわかってきたか。少しは精進したみてぇだな。その調子で俺の素晴らしさを見出していけ。そうすればもっと俺のことが好きになれるぞ」
「……いたらいたで、ほんとうざいね」
シルフィアの笑顔がひきつっていた。カイトを褒めたことを絶賛後悔中のようだ。
「二人で行動してみた感想はどうだ?」
エヴァンスが眼鏡の位置を左手で直して、ハリスに尋ねてくる。
そういうのは仲間のシルフィアに訊くのであって、なぜハリスに問うのか。ここで不満を垂れたらシルフィアと愉快な仲間たちにタコ殴りにされかねない。無難に答えておこう。
「まぁ、ふつうだ」
そうか、とエヴァンスは思案顔で頷いた。
「うんうん、うまくやっているみたいね。安心したわ」
腰に両手を当てて、セシリーは朗らかに笑う。その視線がシルフィアに向いた。
二人の視線が交差すると、他のメンバーたちは黙りこむ。なんか、真剣勝負の場に立ち会うような、息のつまりそうな雰囲気だ。
シルフィアは、抱きつくキヨミを引きはがすと一瞬だけ目を閉じた。まぶたをあけると、宝石のような碧い瞳でセシリーを見つめかえす。
「セシリーのこととか、パーティのこととか、これまで見えてなかったものが少しは見えるようになったよ。だからつぎ一緒に戦うときは、前よりもパーティに貢献できると思う。でも……もうちょっとだけ、時間がほしいかな」
「わたしは待ってるわよ、いつまでもね」
シルフィアとセシリーがそろって微笑を浮かべると、他の三人も胸をなでおろした。
セシリーはシルフィアを利用することで、パーティを生きながらえさせている。パーティの仲間がいてくれれば、シルフィアは実力を発揮できる。持ちつ持たれつ、お互い利用したり利用されたりしている。本人たちがそれで構わないのなら、部外者のハリスが口をはさむことではない。
シルフィアと二人だけで行動するのは、今日で終わりだ。たったいま、ハリスはそのことを確信した。
明日になれば、シルフィアは仲間たちのもとに戻る。もうハリスと一緒に肩を並べて歩くこともない。それが二人の正しい距離感だ。名残惜しくはない。だってハリスとシルフィアとでは在り方が違いすぎるから。冒険者としても、人としても。
「っと、油を売ってる場合じゃなかった。みんな町の周囲の巡回に行くわよ」
そうだったな、とエヴァンスが同意する。またなシルフィア、とカイトは快活に大手を振ってきた。シル先輩……とキヨミは寂しそうに瞳をうるませる。
セシリーはシルフィアを見つめていた。立ち去る前に声をかけようとしたが、その声はかき消される。打ち鳴らされた鐘の音によって。
「これは……」
辺境伯の館のほうから聞こえてくる。緊急事態を告げる警鐘の音だ。まさかネミアが攻めてきたのか?
街中を行き交う人々はにわかに色めき立つ。どうすればいいのかわからずに困惑している。
間もなくすると、東側のほうからパーティを組んだ複数の冒険者が駆けよってきて、おびえる住民の誘導を行いはじめた。
「あの、一体なにが?」
セシリーが中年の冒険者をつかまえて状況を確認する。
「物凄い数のアンデッドどもが町に攻め入ってきやがった。奴ら東街にある辺境伯さまの館を狙ってやがる。冒険者が集結して館を守っているが、どこまで持つかわからねぇ。とりあえず住民は中心街の建物に避難させることになった」
口早に説明すると、中年の冒険者は住民を連れて中心街のほうへ駆けていく。
「うおおおおっ、こいつはやべぇ! やべぇぜ! 未曾有の危機だ!」
「そんな騒がなくてもわかってるわよ」
セシリーは拳をつくると、鎧の上から自分の心臓を叩いた。動悸を静めるためのおまじないか何かだろうか? よしと頷くと、セシリーは周りに視線を走らせる。冒険者と住民が入り乱れて、あくせくと走りまわる様子を観察した。
「わたし達も行くわよ」
「おう、東街だな! ここで手柄を立てて、辺境伯からがっぽり褒美をもらうぜ!」
グヘヘヘヘとカイトが下卑た笑みをこぼす。
「東街には行かないわよ」
「はぁ? なんでだよっ! 褒美はどうすんだよ!」
カイトが怒鳴りちらすのも無理はない。敵は東街に集まっているのだから、東街に向かうのが正常な判断だ。セシリーの言葉には、シルフィアとキヨミも口を半開きにして固まっていた。
「わたし達が行くのは」
「……西街だろ。東街のほうは放っておいても他の冒険者が増援に向かう。みんなラターシャの統治者である辺境伯さまを守らないとって考えてるからな。そのせいで反対側にある西街は自然と守りが薄くなる。それが敵の狙いだとしたら、西街のほうを警戒すべきだ」
はたと、気がつけばシルフィアと愉快な仲間たちの視線がハリスに集中していた。いかん、つい口をはさんでしまった。注目されるのは慣れてないのに。
「ハリス、わかってるじゃない」
「べつに、思ったことを言っただけだ」
「またまた、照れちゃってこの」
にんまりと笑いながら、セシリーは肘でハリスの脇をこづいてくる。もしかしなくても、これおちょくられてるよね。
ほぅ、とエヴァンスは興味深そうな目でハリスを凝視してくる。なんか恐いんですけど。
「お、俺だってそのくらいわかってたさ! けどあれだ! 本当におまえたちがわかってるのかを試すために、あえて知らないふりをだな!」
「今さら言い訳なんて、見苦しいですよ。ダメダメ先輩」
「誰がダメダメ先輩だ! このチビ! 貧乳! 貧乳! 貧乳! ひんにゅ~う! これからもずぅぅぅっとひんにゅ~うぅぅぅぅ!」
ゴツン、とわりと強めにセシリーが拳骨を食らわせる。あぐわっ、とカイトは頭頂部を押さえてかがみこむ。
「そんな残酷な真実を連呼しないの。キヨミがかわいそうでしょ?」
「ぐっっ……はい、すみません」
「ざ、残酷な真実……」
カイトの罵声よりも、セシリーの一言のほうがキヨミの顔色を青ざめさせていた。わかるわぁ。悪意のないなぐさめって逆にダメージ大きいんだよね。しょうがないじゃんあの人暗いんだから、とか言われても困る。いや、べつに好きで暗くなったわけじゃないからね。
「とにかく、わたし達はこれから西街へ向かう。いいわね?」
「俺は異存ない」
エヴァンスが賛成すると、カイトとキヨミも首肯した。
「シルフィアたちはどうするの?」
「えっと、わたしたちは……」
恐る恐るシルフィアはハリスの顔をうかがう。
「……いいんじゃねぇの。それで」
ハリスが同意すると、シルフィアは頬をほころばせた。
「わたしたちもセシリーと一緒に行くよ」
仲間たちを見つめながら、シルフィアは力強くそう言った。
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