第16話
西街には住民も冒険者もアンデッドもポツポツいるくらいだ。それでもアンデッドが住民を襲っているのは変わりないので、やることは一つだった。
「カイトは矢で牽制。エヴァンスは攻撃魔術で敵を倒して。キヨミは傷ついた住民や冒険者の治療をおねがい。けど、ちゃんと魔力量は考慮するのよ」
セシリーは前衛でロングソードを振るいつつ、てきぱきと指示を出す。あえてシルフィアには何も言わない。まだシルフィアが元鞘に戻っていないのを気づかっている。
ハリスはシルフィアが引きつけるアンデッドの背後をとって、蛇閃で始末する。ダガーを抜くと、走りまわりながらセシリーを観察した。
仲間を指揮するのと並行して前衛で戦う。戦況に変化が生じれば瞬時に対応する。逡巡はない。間違いなくリーダーとして優れている。シルフィアとは違うベクトルで優秀だ。
というか、セシリーのパーティの連中はみんな凄い。それぞれの職種に応じた役割を的確にこなす。セシリーが司令塔になることで、みんなの能力が十二分に発揮されている。セシリーはシルフィアがパーティの要だと言っていたが、セシリーだってパーティの大事な要だ。
そしてあのパーティのなかこそ、シルフィアに相応しい居場所だ。
しばらくすると住民の避難は完了した。あとは残っているアンデッドを殲滅するだけだ。
しかし一人の冒険者が頭上を指差してきた。陽光をさえぎり、巨大な影がふりそそいでくる。
ハリスは空を見上げた。視線の先には、全長八メートルはあるドラゴンが飛行していた。ドラゴンといっても、黄ばんだ骨に腐った肉が付着しているアンデッドだ。スカルドラゴンという魔物だ。
スカルドラゴンの背中に何か見える。……漆黒のローブがはためいている。あれはネミアだ。傍らにはカオスナイトを二体はべらせている。やはり東街は陽動だった。ネミアの本命は西街にある。
ネミアが地上の冒険者たちを一瞥すると、スカルドラゴンは両翼を羽ばたかせて急降下してくる。
「みんな、よけて!」
セシリーが叫ぶ。冒険者たちは残ったアンデッドに構うことなく、クモの子を散らすように逃げた。ハリスとシルフィアもだ。
スカルドラゴンが着陸すると轟音が響く。大地が震えて砂嵐がもうもうと立ち込めた。ネミアはカオスナイト二体とともに背中から降りると、忌々しげにハリスとシルフィアを睨んでくる。
「貴様ら、あのときの冒険者……」
ぞくりとハリスの背筋に悪寒がはしる。日常生活では他人に顔を覚えてもらえないのに、ネミアはばっちりと覚えていたようだ。
「スカルドラゴン、それにアンデッドたち、冒険者どもを始末せよ」
ネミアは二人に直接手を下すことはしなかった。きびすを返すと二体のカオスナイトを連れて博物館のほうへと歩いていく。
ネミアの命令でアンデッドどもが動き出す。剣を装備した冒険者は襲ってくるアンデッドに斬りかかる。そして弓を持つ者は、スカルドラゴンに矢を射掛けた。
無数の矢がスカルドラゴンに突き刺さるが、まったくひるまない。スカルドラゴンは全長の半分はある長大な尾をうねらせてからスイングすると、アンデッドごと周囲の冒険者たちを薙ぎ払った。
そして大きな口をひろげて咆哮をほとばしらせると、緑色の濃霧を放出してくる。ポイズンブレス。毒だ。毒の霧だ。
ブレスをもろにあびた冒険者たちは、握っていた剣をとりおとして足もとから崩れる。身体をむしばむ毒の痛みにのたうちまわった。
「キヨミ、毒におかされた冒険者たちに回復を」
「はい」
スカルドラゴンから距離をおいていたセシリーは、すかさずキヨミに指示を出す。
「カイトは矢でスカルドラゴンを牽制」
「任せろ、シューティングスターだ! 死ね死ね死ね、オラッ!」
連射される矢がスカルドラゴンに突き刺さるがダメージはない。だがスカルドラゴンの注意をカイトに向けさせることはできた。これで毒に悶える冒険者たちが追撃を受ける心配はなくなった。
「エヴァンス。攻撃魔術の準備」
「もうできている」
スカルドラゴンが目に入った瞬間から、さといエヴァンスは魔術の準備を進めていたようだ。
「話が早くて助かるわ」
セシリーは肩をそびやかす。
エヴァンスはわずかに口元をゆるめると、スカルドラゴンを見据えた。
「――暴虐の吹雪よ、立ちはだかる障害を蹴散らせ。ブリザード」
エヴァンスが呪文を唱えると、スカルドラゴンの頭上からおびただしい氷塊が降ってくる。氷塊の豪雨を全身に浴びたスカルドラゴンは、頭蓋骨や翼の骨に亀裂が入っていきダウンする。
すかさずセシリーは盾を構えたまま駆け出す。ダウンしたスカルドラゴンのもとまで突っ込み、ロングソードを振りかぶって顔面にゲイルアタックを叩き込む。スカルドラゴンが金切り声をあげる。セシリーはすみやかに後退した。
「――清浄の息吹よ、いやしき闇を払いたまえ。パーフィケーション」
キヨミが杖を振るう。白光する温かな風が吹いて、悶絶する冒険者たちの体から毒を消し去った。状態異常を回復する魔術だ。
悶えていた冒険者たちが武器を手にして立ち上がる。同時にダウンしていたスカルドラゴンも手をついて立ち上がった。
「さすがにあれくらいじゃ倒せないか」
セシリーは不敵に笑ってみせる。
ハリスは四方に目を配った。さっきよりもアンデッドの数が増えている。別の場所から集まってきたのか。
「キヨミ、続けて負傷者に治癒をかけて。余裕ができたら光系の魔術をスカルドラゴンにぶちこんでちょうだい」
「わかりました」
「カイトとエヴァンスはさっきの調子でサポートをお願い。スカルドラゴンだけじゃなくて、周りのアンデッドにも警戒を怠らないように」
「おうよ」「了解した」と二人が応じる。
セシリーがよどみなく指示をとばすことで、パーティの仲間たちだけでなく、ここにいる全員の士気があがっていた。マジですごいな。セシリーならレイドを率いるリーダーにだってなれそうだ。
「シルフィア、ハリス。ここはわたし達に任せて、あんた達はネミアを追いかけなさい」
「いいの?」
自分がいなくても大丈夫なのか、とシルフィアは問いかける。
「問題ないわ。わたし達もすぐに追いかけるから」
セシリーがウインクすると、シルフィアは相好を崩した。
「……いこう、ハリス」
ハリスは口をつぐんだまま頷く。シルフィアと共に博物館に向かう。
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