第14話
「どうしてすぐにわたしから離れようとするの?」
とうとう堪忍袋の緒が切れたっぽいシルフィアが、ムッとした顔で問いつめてきた。
真昼の森林を巡回していたら、二体のアンデッドと遭遇して戦闘になった。
ハリスは縦横無尽に駆けまわり敵を撹乱。敵の目がシルフィアに向いた隙を突いて仕留めようとしたが、そのシルフィアがハリスとの距離がひらかないようにくっついてくるので、うまく撹乱できなかった。ハリスは何度も離れようとしたが、シルフィアはしつこくついてくる。鬼ごっこしてるみたいになってしまった。
お互いやろうとしていることが食い違っていて、足を引っぱりあい、結局はシルフィアの力技で二体のアンデッドを叩き斬ることで決着した。
苦戦するような相手じゃなかった。ふつうに戦っていれば体力の消耗も最小限で済み、難なく倒せた。なのに二人とも戦闘を終えると肩で息をしていた。
シルフィアはおかんむりだ。柳眉を逆立てている。そうとう頭にきているようだ。
チッ、と思わずハリスは舌を鳴らす。
「え……あっ、し、舌打ちした……」
途端にシルフィアはおろおろしだす。
いかん。これだといじめているみたいだ。億劫だが、弁解しておこう。
「俺は一ヶ所にとどまって踏ん張ったりできないんだよ。戦士じゃないからな」
シルフィアはハッと目を見開く。言わんとしていることを察してくれたようだ。
「そっか……盗賊は動きまわるのが領分なんだ。わたしのパーティには盗賊がいないから、気づかなかった」
普段は他のパーティからおこぼれをもらうために一ヶ所に身を潜めてぜんぜん動きまわらないけど……これは黙っておこう。言ったら状況がややこしくになる。
「えっと、じゃあハリスの役回りもわかったし、それを考慮しながら戦ってみる?」
「いや、そんな無理に連携をとる必要はないって前にも言っただろ。これまでどおり別々に戦えばいい」
「でも、それじゃあ行動を共にしている意味が……」
シルフィアは言葉を途切れさせる。ハリスも耳をすました。
木立の奥から、なにかが聞こえる。これは……蹄鉄の音だ。草木を踏みしめる音は段々と大きくなり、近づいてくる。もうすぐここに来る。ていうか来た。
森の暗闇から現れたのは、漆黒の馬にまたがった鎧姿の騎兵だ。騎兵は右手に縦長のランスを握っている。その頭部はガイコツ。アンデッドだ。アンデッドの騎兵だ。
ダークアベンジャー。冒険者たちの間ではそう呼ばれている。
漆黒の馬が鼻息を吹いていななくと、大地を蹴立てた。鋭いランスを構えたダークアベンジャーが突進してくる。
彼我の距離が急激に狭まっていく。あんな鋭いランスにつらぬかれたら、ひとたまりもない。
咄嗟にハリスは左に跳んだ。シルフィアは右に跳ぶ。二人の間を漆黒の馬が駆け抜けていく。危なかった。あと数秒遅れていたら直撃していた。
走り抜けたダークアベンジャーは急停止。ブルブルと馬が鼻息を鳴らすと、旋回して向きを変える。え……おれ……?
漆黒の馬がいななきを発する。ダークアベンジャーはハリス目掛けて駆けてきた。
「ぐっ……」
あの漆黒の馬をどうにかしなきゃいけない。機動力させ失わせれば、こちらが有利になる。
左手で投擲用のナイフを抜きとる。飛影。突進してくる馬にむかってナイフを投げた。
グサリと刺さった。馬の首にナイフが突き刺さった。でも痛がるどころかまったくひるまない。疾駆するスピードは保たれたままだ。
そうだ。あの馬もアンデッドなんだ。あんなナイフくらいじゃひるまない。ていうかむしろこっちがやばい。ダークアベンジャーが物凄い勢いで迫ってくる。殺される。
「ゲイルアタック!」
背中のバスタードソードを抜き、横合いからシルフィアが斬撃をお見舞いする。
ギィンと身をこわばらせるほどの衝突音。振り下ろされたバスタードソードを、ダークアベンジャーはランスによって防いだ。
……助かった。馬の走行が止まる。どうにかハリスはひき殺されずにすんだ。今のうちに足場を移動させる。
再び馬がいななきを発すると、斬り結んでいたシルフィアが弾きとばされる。
掲げれた旗のように馬が棹立ちになった。前足でシルフィアを踏み潰そうとする。
「っ!」
踊るようなサイドステップでシルフィアは落下してくる二本の前足をかわす。すかさずスカイスラスト。真下からバスタードソードで斬り上げて、馬の土手っ腹に叩き込む。豪快に馬体ごと両断する。あれは死んだ。確実に死んだ。もう馬は動かない。
だが、騎乗していたダークアベンジャーはバスタードソードが叩き込まれる寸前に跳び降りていた。
大地に立ったダークアベンジャーがランスを構えなおす。シルフィアに狙いをつけて刺突を繰り出す。シルフィアはバスタードソードで防いだが、火花が弾けると後方に体ごと吹っ飛ばされた。したたかに樹木に背中を打ちつける。鎧を装着しているので怪我はないが、げほっげほっと咳き込む。
こんなときパーティの仲間がいてくれれば、うまく連携をとっている。セシリーが盾で攻撃を防ぎ、カイトが矢を放ち、キヨミがシルフィアに支援魔術をかけて、エヴァンスが攻撃魔術をしかける。それで戦況を立て直して、敵を叩く。
シルフィアだって痛感しているはずだ。こんなときに、みんながいてくれればと。ハリスではなく、ちゃんと連携をとってくれる仲間がいてくれたらどんなに心強いかと。
……だけど、いまはパーティの仲間はどこにもいない。ハリスとシルフィアの二人だけだ。二人だけでどうにかしないといけない。
ハリスは左手で二本目のナイフを抜くと、飛影。ダークアベンジャーは防ぐそぶりすら見せない。投擲したナイフは命中するが、鎧をつらぬくには威力がたりなかった。
だがダークアベンジャーの殺気はシルフィアからハリスに移った。敵の注意がこっちに向いてる間に、シルフィアが体調を整えてくれればいい。
ダークアベンジャーは木枯らしのような乾いた吐息をもらすと、ランスの先端をハリスに向けて襲いかかってくる。馬に乗ってなくても速い。
これくらいならよけきれる。突き出されるランスを横っ跳びでかわすと、右腰にぶらさげたダガーを抜いて、逆手に構える。背後にまわりこみ、すかさず蛇閃。……手応えがない。空振り。よけられた。
側面に跳んだダークアベンジャーは身をひるがえしつつ、ランスで突いてくる。ハリスは腰をひねって、よけようとするが、ランスが脇腹をかすめた。痛い。焼けるように痛い。革のベストが削られた。こんなに痛いのは久しぶりだ。血とか出てるよ。それに体が熱い。死ぬんじゃないか? シルフィアはなにやってんだよ?
シルフィアを見ると、直立したまま精神集中を行っていた。あれは……もしかして魔術か? 魔術を発動させるつもりなのか? それまでダークアベンジャーの相手はハリスに任せるということらしい。
フシュー、とダークアベンジャーは歯の隙間から息を吹くと、上体を前後に揺さぶり連続突きを繰り出してくる。
こんなのよけろとか、冗談きつい。絶え間なく浴びせられる刺突を回避に専念してよけまくる。完璧にはよけきれない。ランスの先端が肩や膝をかすめて皮膚を削る。やばっ。痛みで動きが鈍る。ピンチだ。ていうか死ぬ。少しでも回避の精度を落とせばやられる。なんか、こんなときだってのに無性に笑いたくなってきた。テンションがおかしくなっている。
防戦に徹してばかりじゃだめだ。こっちからも攻めないと。ダメージを与えられなくても、敵の気勢を失わすことができればいい。
繰り出される連撃の合間を縫って、ダガーで斬りかかった。金属音が鳴る。右腕に衝撃が走った。ランスで防がれた。握っていたダガーが弾かれて、どっかに飛んでいく。大事な武器が手元から消えた。
……やっちまった。柄にもないことするんじゃなかった。そもそも盗賊は正面から戦うには向いてない。さっき自分で言ったばっかりじゃないか。
って、途方に暮れてる場合じゃない。ダークアベンジャーはここぞとばかりに猛攻を仕掛けてくる。
体を左右に揺らしてよける。呼吸を止め、敵の動きをよく観察して、考えるよりも先に足を動かす。もう後がない。肉体の限界を超えてる感じだ。
「――栄光の輝きよ、我が敵を蹂躙せよ」
シルフィアの詠唱が聞こえる。準備が整ったようだ。
ハリスはしゃがんで、ランスの一突きを回避する。姿勢を低くしたまま、右足を軸に左足で回し蹴りを放つ。足払いをかけられたダークアベンジャーは転倒した。ダメージはないが、体勢を崩すことはできた。ハリスは後ろに跳ぶ。
「グローリー」
シルフィアが魔術を発動した。地面が発光する。火山が噴火するように輝きがあふれ出すと、まばゆい光の柱が立った。光系の魔術なのでアンデッドには絶大な効果をおよぼす。
ダークアベンジャーは光の柱のなかで苦しそうにもがくと、灰になって跡形もなく消滅した。
勝った。どうにか勝てた。溜飲が下がる。腰の力が抜けて尻もちをつく。緊張感がゆるみ、傷口の痛みがより鮮明になった。
「お疲れさま」
シルフィアは歩み寄ってくると、晴れやかな笑みを浮かべて、右手を差しだしてくる。
その手をつかみはせずに、ハリスは自力で立ち上がった。
シルフィアの微笑みが苦笑に変わる。
いや、あれだからね。勘違いしないでほしいけど、べつに手を握るのがイヤとかそういうことじゃない。むしろ握りたい。触りたいよ。でも女の子の手を握るのって恥ずかしいじゃん。それに自分の手はぬるっとしてるから、ぜったい不快な顔をされる。
シルフィアは全身を脱力させると、地面に生えた草でも数えるようにうつむいた。
「これまで、自分ひとりでパーティ全体をしょいこんでいるつもりだったけど……そうじゃなかったんだね。セシリーやカイト、キヨミやエヴァンス、仲間たちがいてくれたから、わたしは存分に力を奮えていた。きっとお父さんは、このことをわたしに教えたかったんだ」
そのためにエンダーは、誰ともパーティを組まず協調性の欠片もないハリスを娘を一緒に行動させた。……なんか、ハリスがろくでもない奴に思われてるっぽい。実際ろくでもないが。
とにかく苦戦を強いられて、シルフィアも学ぶことがあったようだ。これでハリスはお役ごめんになる。
フンと鼻を鳴らすと弾き飛ばされたダガーを探す。えっと、ダガーダガー、ダガーはどこや~い。おっ、あったあった。そんなところに隠れていたのか。大丈夫か? 痛くなかったか? 壊れていたとしても、そんなに値の張る武器じゃないから落ち込まないけどね。
ダガーを回収すると皮袋から傷薬をとりだす。気休め程度にしかならないが、塗っておかないよりはましだ。
「怪我してるんだ。けっこう血が出てるね」
「あぁ、おまえが魔術の準備をしている間に、俺が一人で敵を引きつけていたからな」
「うっ……ごめん」
結果としては敵を倒せたからいいけど、もっと感謝してほしい。
「あっ、ちょっと待って」
傷薬を塗ろうとしたら、シルフィアが止めてきた。
なんだよ、まさか町の教会に行けとか言うんじゃないだろうな。絶対にイヤだ。だってあそこ金とられるもん。冷静に考えたら教会の奴らって最低だ。怪我人から金をむしりとるとかどういう神経してんだよ。ちなみにハリスが回復魔術を使えたら、絶対にぼったくっている。うん、最低だね。
シルフィアも回復魔術は使えないはずだ。魔剣士が使えるのは攻撃魔術だけだから。
「えっと……あった」
シルフィアは皮袋から小瓶を取りだしてきた。なかにはてらてらと陽光に反射して光る透明な液体が入っている。
「それは……」
「ウンディーネの涙だよ」
ダンジョンの奥地にわいた泉でしか入手できないレアアイテムだ。傷薬の何十倍もの回復効果がある。
「いいのかよ、そんな貴重品を俺なんかに使っても」
「傷薬じゃその怪我は治せないよ」
シルフィアは惜しむことなくウンディーネの涙をハリスの脇腹や肩や膝などに振りかける。一瞬にして傷口はふさがり、出血が止まる。焼けるような痛みが引いていった。
シルフィアは空になった小瓶を何度か振ると、皮袋のなかにしまう。そして心配そうな眼差しで見つめてきた。
「もう、痛いところはない?」
「お、おう」
そんな間近で見つめられたら照れる。つい目をそらしてしまった。
こんなふうに誰かに怪我を癒してもらうのは初めてだ。あっ、教会は金を要求してくるので、あれはノーカンだ。
ただで傷を癒してもらえるのはいいことだ。いいことだが、思い違いをしちゃいけない。女子がちょっと優しくしてくれたからって、好意を抱いているわけじゃない。思いあがって告白でもしたら、「え? いや、べつにそういうんじゃないけど……」と微妙な顔をされて、それ以降は二度とまともに会話すらしてもらえなくなる。
だからこれも、なんでもないことの一つだ。
「えっと、これからどうしようか?」
「今日は早めに戻って、町の巡回でいいんじゃねぇの。俺のベスト壊れたし」
ランスの一撃でベストの脇腹部分が破損した。壊れた防具を着たまま再びダークアベンジャーに遭遇すれば、今度こそやられる。
「……うん、そうだね。じゃあそうしようか」
体力も魔力も有り余っているシルフィアは、まだ森林の巡回を行ってもいいと思っているようだ。こちらを気づかう表情にそう描いてある。本音を口に出さずにハリスの意見に賛成してくれた。
なんというか……ハリスとシルフィアの間には距離がある。決して縮まることのない距離だ。
さっきの戦闘だって、二人は連携がとれていたと言えるだろうか? たぶんダメだろう。お互いに声をかけあったり、アイコンタクトをとったり、意思の疎通をしたり、そういうパーティらしいことはやっていない。
いつもどおり、同じ場所で別々に戦っていただけだ。
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