第13話
行きつけの酒場のカウンターに座って、ハリスは酒をちびちびやる。
相変わらず今夜も客入りが悪い。自分もふくめてぽつぽつと四人くらいしかいない。飯と酒がまずいから客が来るはずもないか。さっきも空腹を満たすために食いたくもない料理を食べたが、まずかったなぁ。椅子もギシギシいって傾いてるので、座り心地はよろしくない。店主の中年女性は無気力そのもので、くわえ煙草をふかしている。
閑古鳥が鳴いているから、ハリスはこの店を気に入っていた。込んでいる店とかマジで苦手だ。むかし酔っぱらいにからまれて最悪だった。ただでさえ人に話しかけられるとテンパるのに、酒臭いおっさんに意味不明な説教されるとか、なんの罰だよ。
「ありゃ、奇遇だね」
入り口の扉が開く。そっちを見やると、セシリーが明るい笑顔で手を振ってきた。鎧姿じゃなくて、白のシャツにズボンとラフな格好だ。脇には一冊の本をかかえている。
「えっと、ハ……ハ……ハ……ま、いっか」
いや、よくねぇよ。人の名前だよ。ちゃんと覚えようよ。てか、おまえらのパーティはなんでこぞって人の名前を忘れるかな。いじめかよ。
「……ハリスだ」
「そうそう、ハリスハリス。いま思い出したわ」
はははは、と悪びれもせず笑うとセシリーはハリスの隣に腰掛けてきた。
え? 隣に座っちゃうの? なんかそれだと一緒に飲むみたいじゃん。ちょっとデートっぽくない。こんなにこにこ笑ってくれる彼女がいたら、まずい酒でも進んじゃうよ。
「いや~、巡回が終わったから一人で飲み歩いててさ。あっ、店主。わたしレモンのシュワシュワのやつね」
セシリーが注文すると、店主の女性は盛大な溜息をついて、煙草の火を灰皿に押しつけてもみ消した。
「……なんか、愛想悪いわね」
「ついでに飯と酒もまずい」
「うげっ、マジで? じゃあなんで来てんの?」
……孤独を愛しているからだ。なんてことを決め顔で言ったら引かれるので、むっつりと黙っておく。
ドンッと乱暴な手つきでセシリーの前にグラスがおかれた。中身がこぼれてテーブルがびしょびしょになったけど、店主はわびもせずに定位置に戻り、また煙草を吸いはじめた。
セシリーは眉をしかめると、グラスを手にとって一口。うぶっ、と吐きそうになったが、耐えきってグラスをあおぐ。
「ぷはっ」
炭酸のすっぱさではなく、酒のまずさに眉間をひそめている。イーッとベロを空気で冷やすように出していた。なにそれ、かわいい。
「こんな店にいるなんて、ハリスも物好きね」
「……かもな」
ちなみに店主は自分の店がどんなに酷評されようと馬耳東風だ。ほんとやる気ない。
「シルフィアが抜けて、パーティの戦力が落ちてるそうだな」
「エヴァンスたちから聞いたの?」
こくりと頷く。
そしたらセシリーは、ふぅん、と唸った。
「ま、シルフィアはうちのパーティの要だからね。いなくなられたら強敵相手にはきついのよ」
シルフィアがいなければ質は下がるが、パーティそのものは破綻しない。だってパーティには前衛の戦士も、後衛の回復術師もそろっている。そこさえ押さえておけば大丈夫だ。
「ついでにキヨミがすねちゃってカイトとの衝突が激しいわ。そっちの処理もめんどうなのよね。仕事には手を抜かせないけど」
パーティを上手くまわすのに、セシリーも骨を折っているようだ。
「そういえば、ネミア討伐のレイドが準備されているの知ってた?」
「みたいだな」
そんな話を他の冒険者が噂しているのを耳にした。詳しくは聞いていないのでわからない。人に話しかけられるスキルがあれば、もっと効率よく情報を集められるが……孤独を愛しているハリスには無理だった。
「わたし達はレイドに参加するつもりよ。できればその頃にはシルフィアに戻ってきてほしいわね。ハリスはどうするの?」
「これ次第だな」
逆さにした右手の人差し指と親指をくっつけて輪っかをつくる。
「ま、そうよね。大した報酬もないのに命を危険にさらす馬鹿はいないか。けどそのあたりは期待してもいいんじゃない。町の一大事なわけだし」
セシリーは再びグラスに口をつけると、うっと眉根を寄せた。溜息をこぼすと、持っていた本を開く。
「その本……」
「ん? あぁ、これ? かつての優秀な冒険者たちの知識が記されているのよ。ダンジョンの攻略法とか、魔物の生態とか、冒険のノウハウが学べるわ。なかにはぜんぜんタメにならない自慢話とかも混じっているけど」
ハリスも退屈なときは町の図書館に足を運んで、その手の本をあさっているので知っている。終始くだらない自慢話を書き連ねたハズレ本に当たると、なんだよコレ時間返せよクソがっ、とムカついたりする。
「わたしはリーダーだからね。パーティを生かすために、先達の知恵は学んでおかないといけないのよ」
深刻な面持ちで、セシリーはページに視線を落とす。
パーティが全滅したら、それはどんな事情があったにせよ、すべてリーダーの責任だ。一人のメンバーの身勝手な振る舞いが全滅をまねいたとしても、それはメンバーを御せなかったリーダーの責任になる。
リーダーはメンバー全員の命を預かっている。誰でも気軽にリーダーになれるわけじゃないし、なっちゃいけない。重責を背負える実力者だけが、リーダーになることを許される。
セシリーはメンバーからの信頼が厚い。恐れられてる面もある。冷酷な決断だって迷わずに下せる。シルフィアほどじゃないが腕も立つ。リーダーに相応しい人物だ。
「デスヘイムでのこと、ハリスはわたしの決断は間違いだったと思う?」
「さてな。俺はパーティ組んだことないから、わかんねぇよ」
「ははは、卑怯よね。そうやって答えを濁すのって。自分も相手も傷つけないようにして逃げてる」
にこにこ笑いながら、痛いところを突いてくる。あっ、うん。この人こわいわ。シルフィアたちが従う気持ちがなんとなくわかった。
「わたしはね、個を切り捨てることをいとわない。優先すべきはパーティが全滅しないことだもん。仲間たちにも、それをよく言い聞かせている」
デスヘイムでは反発もあったが、最終的には受け入れられた。それはセシリーが優秀なリーダーだからだ。
他のリーダーたちも、セシリーと同じ決断を何度も迫られたはずだ。そのたびに誰かを犠牲にしてきた。セシリーの手元にある本にだって、そう書かれている。
「月並みだけどね、もともとわたしは勇者たちの伝説に憧れて、町で暮らす人達を守りたくて冒険者になったの。誰かを守りたかったはずなのに、今では誰かを犠牲にする決断をしなきゃいけないなんて、皮肉よね」
でもそれは正しい。少なくともリーダーとしては。
さっきから気になっていたが、セシリーの頬はほんのりと赤らんでいる。飲み歩いてたと言っていたが、この店に来る前から何杯がひっかけてきたんだろう。じゃなきゃ親しくもないハリスにこんな話を打ち明けるはずがない。
「まだ駆けだしの頃ね、パーティにはわたしとエヴァンスとカイトの三人しかいなかったの。仲間になってくれそうな回復術師がなかなか見つからなくて、難儀してたわ。そんなときに初めてレイドに参加したの。レイドなら他のパーティも協力してくれるから、回復役のいないわたし達でも安全だと高をくくっていた。実際ダンジョンにもぐっても安全だった。わたしやカイトが怪我を負っても、他のパーティの回復術師が治してくれた。これならいけると思った。……甘かったわ」
昔の自分を恨むようにセシリーの表情は険しくなる。
「ダンジョンの下層まで降りたとき、それは起きた。トラップが発動して、大量の魔物が召喚されたのよ。不意を突かれた冒険者たちは猛攻撃を受けた。……多くの人間が死ぬさまを初めて目にしたわ」
ネミアが復活したときと状況が似ている。デスヘイムでのレイドよりも以前に、セシリーは地獄を体験していた。だからあのときも冷静な対応ができたのか。
「緊急事態になれば、他のパーティは回復なんてしてくれない。わたしとカイトとエヴァンスは重傷を負ってかなりやばい状態だったわ。けど、いち早く危険を察知して逃げ出したから奇跡的に助かったの。本当にあれは奇跡だったわ。もう一回やれって言われても無理ね。間違いなく死んじゃう。新人のわたし達が助かったのは、決断するのが早かったからよ。あのときリーダーが決断に迷っていたパーティは、誰も生き残ることができなかった」
セシリーの瞳に、確固たる意思の光が宿る。見ようによってはおぞましい光だ。
「あのとき悟ったの。良心を殺してでも、リーダーはパーティを守らなきゃいけないって。たとえ誰かに恨まれたとしても、全滅だけはさせちゃいけない。あの頃はまだ青くて、リーダーというものが一体何なのか、ちゃんと理解しきれてなかった」
くびっとセシリーはグラスをあおり、飲みたくもない酒を胃のなかに流しこむ。そしたら頭痛でもするように、左手で額を押さえた。
「わたし個人としては、シルフィアは仲間だと思ってる。でもパーティを存続させるために、わたしはシルフィアをいいように利用している。ううん、シルフィアだけじゃない、カイトやキヨミのことだって……」
客観的に見ていれば、なんとなくそれはわかった。デスヘイムでセシリーはやたらとシルフィアをほめてプレッシャーをかけていたから。
「カイトが騒いでみんなから非難されることで、パーティ内の結束力が強まる。キヨミがシルフィアを信奉すれば、シルフィアは実力を発揮してくれる。キヨミをパーティに入れたのは回復術師として優秀だったからだけど、シルフィアに憧れているこの子がいればよりシルフィアの力が引き出せると考えたからよ。シルフィアはプレッシャーをかけてあげればあげるほど、強くなるから」
セシリーは利用できるものはなんでも利用している。仲間たちの心情さえも。全てはパーティを生かすためだ。
「パーティを存続させるためにはしょうがないって、わかってはいるけどね。それでもみんなを騙して、裏で操ってるみたいで、自分がとんでもない悪人に思えてくるの。特にシルフィアは、期待に応えようと苦しんでいるみたいだから」
「あいつが苦しんでるの、知ってたんだな」
「そりゃあリーダーですもの。メンバーのことはよく見てるわよ。シルフィアは冒険者としての素質はピカイチよ。嫉妬しちゃうくらいにね。けど、中身はいたってふつうの女の子。メンタルはぜんぜん弱いわ。……ていうか、ハリスもシルフィアのことに気づいてたんだ?」
「まぁ、なんとなくな」
本人から直接聞きました、とは言わないでおく。変な誤解をされかねない。シルフィアとハリスには何もないんだ。
「同じパーティを組んでても、みんながみんな同じ景色を見てるわけじゃないんだな」
「そうね……」
自嘲するようにセシリーは唇の端を持ちあげる。
他のメンバーが魔物を倒すことを主眼にしているなかで、シルフィアはみんなを守ることを主眼にしている。セシリーは個人ではなくパーティ全体を生き残らせることを第一に考えている。てんでばらばらだ。
はたしてそれは、本当に仲間と呼べるのか? 少なくともハリスはそうは思わない。パーティを組んでるからといって、心の通いあった真の仲間とは呼べない。
それでもセシリーがシルフィアを大切に想っているのは事実だ。
シルフィアだってハリスなんかよりも、パーティのみんなと一緒にいたほうが断然いいに決まっている。優秀な奴というのは、同じ優秀な連中と集まるものだから。
「シルフィアも、少しはおまえらのありがたみをわかりかけてるかもな。俺みたいな反面教師と一緒に行動してるから」
ぶっきらぼうに言い捨てる。ちらりと隣を覗いてみると、セシリーは目を見張っていた。
くすりとセシリーは微笑んでくる。
「もしかして、なぐさめてる?」
「いや、そんなんじゃねぇけど……」
「素直じゃないわね。あ~ぁ、めんどくさい男だ」
心外だな。セシリーほどめんどくさいことはやってない。むしろめんどくさいことは大嫌いだ。だってめんどくさいからね。
「わたし、ハリスは凄いと思うわよ」
「なんだよ、やぶから棒に……」
いきなりほめられたら、つい裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。裏があるとしても、人からほめられることは滅多にないので気持ちがいい。さぁ、もっとほめてくれ!
「誰ともパーティを組んでないから凄いわ」
「……嫌味かよ」
浮かれて損した。一度あげといて落とすパターンか。それ一番傷つくからやめてほしい。
ちなみに一度落としといてあげるパターンも大嫌いだ。あれなんなの? ほめるなら最初からふつうにほめろよ。なんでわざわざ一回こっちの気持ちをナイーブにするの? おかげでほめられてもちっとも嬉しくないんですけど。
「嫌味じゃないわよ。本心から凄いと思っている。わたしには、パーティが絶対に必要だもの。パーティを組まずに一人で冒険者をやるなんて、とても真似できない」
「そ、そうか」
どうやらマジでほめてくれてたらしい。やだっ、早とちりしちゃった! ごめんね、セシリン!
「さてと、そろそろ行くわね。わたしここのお酒は好きになれないみたい。別の店で飲みなおすわ」
賢明な判断だ。こんなまずい酒を飲む奴の気が知れない。
セシリーはグラスの底に残った酒を一気に飲み干すと、ズボンのポケットからお代をだしてテーブルにおいた。
軽く手を振ると、軽快な足取りで店から出ていく。
もうセシリーとさしで飲む機会は二度とないだろう。それでいい。ハリスも一人の時間を邪魔されるのはごめんだ。いつも一人だけど。
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