第12話





 夕刻になると本日の巡回を終える。シルフィアと別れると、ハリスは行きつけの酒場に向かうため人通りの少ない路地をぶらぶらと歩いた。


「おっ、久しぶりだな」


 なんか、横から声をかけられたような……。いや、気のせいだ。街中で声をかけられたことなんて一度もない。だってハリスには声をかけてくるような知り合いが一人もいないから。


「おいおい、聞こえねぇのか? それともあれか、照れてるのか? この偉大な俺に声をかけれて照れてるんだな。この恥ずかしがり屋さんめ!」


「カイト先輩はうざったいですから、無視したくなる気持ちはわかります。ちなみにわたしもプライベートでカイト先輩と出会っても、なかったことにします」


「なかったことにするなよ! あったことにしろ! そして俺の胸にとびこんで熱烈なキスをしろ! しないならこっちからするぞっ!」


「気持ち悪いです……。今後いっさい、わたしに近寄らないでください」


 んだよ、うっせぇなと思いながらハリスは首を傾けてみる。カイトにキヨミ、エヴァンスの三人がそこにいた。


「四日ぶりだな」


 エヴァンスが眼鏡を押し上げて挨拶をしてくる。


 お、おぅ、と声をつまらせて頷いた。なんか緊張する。


「シル先輩の姿が見当たりませんが、もう巡回を終えたんですか?」


「あぁ、一人になったから、適当にぶらぶらしてた」


 そうですか、とキヨミは肩を落とす。がっかりしていた。シル先輩に会えなくて残念です、シル先輩がいなければならあなたなんて何の価値もありません、ってことか? まぁそうなんでしょうね。


「こちらもさっき巡回を終えたばかりだ。ところでシルフィアとは上手くやれているか? えっと、ハ……ハ……ハ……」


 エヴァンスは口をぱくぱくさせて、ひたすら「ハ」という単語を連呼した。


 えっ? うそ? もしかして忘れちゃった? 名前忘れちゃった?


「エヴァンス先輩。人の名前を忘れるなんて失礼ですよ」


「すまない。記憶力には自信があるんだが」


 記憶力に自信があるエヴァンスでさえ忘れてしまうほど、ハリスの影が薄いということだ。さすがは盗賊、気配遮断スキルが高い。


 やれやれとキヨミはかぶりを振るう。どうやらこの子はちゃんと覚えててくれたようだ。


「ハウスさんですよ」


 違うよ、キヨミン! 家じゃないよ! 人だよ!


「……ハリスだ」


「え? あっ、そうでしたか。どっちでもいいですけど」


 本当にどっちでもよさそうだ。うわぁ、殴りてぇ。


「シルフィアとは……それなりにやれてる。窮地におちいるようなことはない」


 そうか、とエヴァンスは胸を上下させた。仲間のことを心配していたようだ。


「シル先輩の足を引っぱらないようにしてくださいよ。そしてもしもシル先輩を傷物にしたら、絶対に許しませんから」


 こういうふうにシルフィアを信奉する態度こそ、当のシルフィアにとってはプレッシャーに他ならない。キヨミはパーティを組んでいるからシルフィアのことを誰よりもわかったつもりでいるが、それは違う。逆に距離が近すぎて、正しい姿が見えちゃいない。


「やっぱりシルフィアがいないと、パーティの戦力は落ちるのか?」


「当たり前じゃないですか。そんなこと言うまでもないことだと思いますが」


 厳しい目つきで威嚇してくる。やだ、キヨミンったらこわい。


 ハリスはエンダーに頼まれて仕方なくシルフィアと行動を共にしてるわけで、意図してキヨミから奪ったわけじゃない。そのへんをもっと理解してもらいたい。


「前衛にセシリーがいてくれるからパーティとしては成立しているが、総合的な戦力が大幅にダウンしたのは否めないな」


 冷静な口調でエヴァンスは説明する。大人だな。キヨミにも見習ってほしい。


 シルフィア一人が抜けただけで大幅に戦力がダウンしたのは、それだけみんながシルフィアに頼りすぎていたということだ。シルフィアがいなくても、十分やっていける実力を彼らは備えているのに。


「へっ、シルフィアが不在でも最強の俺さえいればパーティは安泰だっつうの。どんな魔物でも俺の弓さばきにかかればイチコロよ」


「べつにあなたはいりませんけど」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ! なに言ってんのキヨミイイイイイイイイン! 俺は必要だろうがよぉぉぉぉぉっ! パーティに必要だろうがよぉぉぉぉぉぉっ! 戦力的にもイケメン的にもなっ!」


「は? イケメン? どこかですか? ドブみたいな顔して」


「ドブじゃねぇよ! 清潔な湖だよ! ケツぶったたいてヒィヒィ言わせるぞコラッ!」


「最っ低ですね、死んでください」


「死にましぇ~ん! 生っきま~す!」


 人目をはばかることなく、カイトはわめき立てる。通行人に変な目で見られている。ハリスまで知り合いだと思われてるっぽい。恥ずかしくなってきた。


「俺、そろそろ行くわ」


「ん? あぁ。シルフィアによろしく言っておいてくれ」


 エヴァンスに一言だけ挨拶を告げると、口論するカイトとキヨミのもとから足早に立ち去った。よく耐えられるな、エヴァンス。慣れてるからか? それとも大人だからか? どちらにせよ、やたらと他人の目を気にしてしまうハリスには耐えられない。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る