第11話





 町の周囲の巡回を終えると、続いて町の内部を巡回する。


 どこにアンデッドが忍びこんでいるかわからない、冒険者たちは裏路地から建物のなかまで隈なく目を光らせて、調査をせねばならなかった。


 ハリスとシルフィアは西街にある博物館のなかを見まわる。天井には豪華なシャンデリアが吊るされていて、床にはふかふかの絨毯がしいてあった。高級な調度品で彩られていて、荘重な空気が醸されていた。


 館内には、ダンジョンで発見された貴重なアイテムや武具が展示されている。無断で触れるのは禁じられており、触れたら良くて罰金、悪ければ衛兵がきて牢にぶちこまれる。


 他の客やパーティを組んだ冒険者たちとすれ違いながら、館内の廊下を突き当たったスペースまで来る。ハリスの足が止まる。ガラス張りの箱のなかに納められた三つの武器に目を釘付けにされた。


「歴代の勇者が使っていた武器だね」


 シルフィアが展示された武器を見ながら言う。


 エンダーよりも遥か昔に活躍した勇者たち。歴史に名を刻んだ猛者が使っていた剣だ。


 かつての勇者やその仲間たちの武具は、王都を初め、世界各地で分割して管理されている。ラターシャにあるのは三名の勇者の剣だ。


 すげぇ。ハリスは秘かにテンションが上がっていた。何度も博物館には足を運んでいるが、ここに来るたびに自然と足が止まってしまう。周りにはいくつも貴重な武具があるけど、やはり勇者たちの武器は別格だ。男心を魅了してやまない。


 もともとハリスは、勇者たちの伝説や物語に憧れて冒険者になった。それを誰かに打ち明けはしない。過去に痛い目にあったから。まだ故郷で暮らしていた幼い頃、勇者に憧れていることを両親に話したら、数日後にはご近所さんにひろまり、翌週には同い年の子供達にまでひろまった。遠くからクスクス笑われて馬鹿にされた。あの頃は家から出るのが苦痛だったな。なんか、今日はネガティブなことを思い出してばかりだ。


「やっぱりハリスも、こういうものには興味があるの?」


「そりゃあ冒険者の端くれだからな、強力な武器にはそそられるだろ」


 といってもハリスは盗賊なので、剣のように重くてかさばる武器は装備しない。


「そうなんだ。うちの家にもお父さんの剣や、お父さんの仲間が装備していた武具なんかが保管されているよ」


 へぇ、と適当に相槌を打っておく。見てみたいなと好奇心がくすぐられたけど、あえて無関心であるのを装う。ここで釣られたら負けた気がするから。


 シルフィアの家は、辺境伯の館の近くに建てられた大きな屋敷だ。召使いなんかも出入りしている。要するにお金持ちだ。富裕層だ。エンダーが魔王を倒したあとに、国王から莫大な報酬金をもらったとかで裕福な暮らしを送っている。


 ……みんなから将来を嘱望されていて、仲間や才能も、金や地位も、ハリスが持ってないものをシルフィアは何でも手にしている。なにこの格差? 神様ぜんぜん平等じゃなくね? 


「えっと、ハリス……なんでそんな、親の仇を見るような目でこっちを睨むの?」


「いや、べつに……」


 いかんいかん、世の中の不条理についつい私怨があふれでてしまった。とりあえずシルフィアの家は破産して不幸になればいい。


「おまえは武器とかに興味ないのか? パーティでは、前衛を任されてるんだろ」


「強力な武器があれば、みんなを守るのに役立つよね。冒険者としては持っていたほうがいいと思う」


 冒険者としては、ね。つまりシルフィア個人としては、そこまで興味がないということだ。


「それに剣や鎧は、毎年誕生日になったらお父さんがくれるから見飽きてるんだ。……小さな頃から、そればっかりで……もうほんと……」


 後半になるにつれて、シルフィアの声と表情が暗くなった。


 だいたい小さな女の子のプレゼントといったら、ぬいぐるみや装飾品と相場が決まっている。だがシルフィアはそういう可愛いものは一切もらえなかったらしい。シルフィアはシルフィアでトラウマがあるようだ。


 ハリスは展示された勇者たちの武器を順番に眺める。右側のガラス張りの箱のなかには巨大な双剣がおかれていた。


「三百年前に現れた魔王を倒した『双剣の勇者』、オリック・アレインの武器だね」


 掲示された説明文を読むまでもなく、シルフィアが口述してくれた。


「このオリックって勇者は……」


「うん。わたしやお父さんのご先祖さまだよ」


 エンダーが生まれる以前から、アレイン家にはオリックという勇者がいた。二人もの勇者を輩出しているなんて、アレイン家はいわば勇者のサラブレッドだ。その重圧はすべからくシルフィアの肩に乗っかってくる。


 シルフィアがエンダーの娘ということで周囲から期待されるように、アレイン家に生まれた者たちはオリックの末裔だからということで、これまで期待を寄せられてきたはずだ。エンダーだって例外ではない。


 だとしたら、シルフィアが抱えている葛藤と似たようなものを、かつてはエンダーも感じていたのだろうか? もしエンダーが勇者の末裔ということでプレッシャーを感じていたのなら、娘がプレッシャーを感じていることに気づいているはずだ。


 実際のところはよくわからない。だってエンダーって見た感じシルフィアほど繊細そうじゃないから。悩みとかあんまりなさそうだ。


「ご先祖さまはラターシャでも腕が立つことで有名だった。闘技場で三百人斬りを達成したとも言われてる。その腕を見込んで、国王から魔王討伐を命じられた。町のみんなからも勇者になることを求められた。魔王討伐後はラターシャで余生を送り、魔物の討伐や、後輩の冒険者の教育にはげんだらしいね」


 すらすらと流れるようにシルフィアは説明文を音読する。さすがに先祖のことだけあって、頭に入っているようだ。


「おまえの先祖さまって、すげぇのな。おまえの父親とどっちがすごいんだ?」


「どうだろうね? お父さんは、俺のほうが強ぇに決まってんだろ、って豪語してるけど、もうお父さんも歳だから」


 豪語しちゃってるんだ。よっぽど自分の強さに自信があんだな。ていうか娘に年齢のことを心配されちゃってるよ。


 ハリスは双剣から目をはなすと、真ん中に展示された純白の聖剣に視線をむけた。


 五百年前に現れた魔王を倒した『妖艶の勇者』、カンナ・タチバナの聖剣だ。この聖剣は正しい持ち主の手に渡れば弓矢に変形する。形を変えることで真価を発揮する特殊な武器だ。


 もともとカンナは森の神殿に仕える巫女だったそうだが、聖剣に選ばれたことで魔王討伐に出向いた。魔王を倒した後は再び森に戻って余生を過ごしたらしい。


 いくつかの逸話も残されているが、特に有名なのがカンナの美貌だ。世界中の男を虜にするほどの絶世の美女だったとか。旅の先々で求婚者が後を断たなかったらしい。それが称号の由来にもなっている。


 ……と説明文には記されていた。どのくらいの美女かは知らないが、伝説なんてどれでも尾ひれがつくものだ。多かれ少なかれ誇張されているだろう。


 最後にハリスは、左側の箱におさめられた黄金の剣を凝視する。


 そしたら息がつまった。勇者たちの剣のなかでも、やはりこの黄金の剣は特別中の特別。異次元的な凄味を帯びている。


光龍剣こうりゅうけん。『原初の勇者』、スレイン・バースの愛用していた剣だね」


 スレイン・バース。詳しい年代は不明だが、この世界に初めて現れた勇者だと言われている。全ての伝説は彼から始まっている。


 スレインの出自は詳しくわかっていない。わかっているのは、スレインが強者を求める放浪者だったということだ。その精強さが王国の目にとまり、魔王の討伐に出向くことになった。旅の道中で集まった仲間たちと共に魔王を倒すと、国王のもとに帰ったが、そのあとは他国との戦争に利用されたそうだ。しかしスレインの圧倒的な戦闘力は国王さえも畏怖させるものだった。国王はスレインを始末するために刺客を放ったが、ことごとく返り討ちにあったらしい。王国に居場所がなくなったスレインは、新たな戦場を求めて再び放浪の身になったという。


 スレインからすれば、魔王を倒したのは単に強い奴と戦ってみたかっただけだ。自分を暗殺しようとした国王のことも恨んではいない。むしろ多くの強者と巡り合わせてくれて感謝していたという。その生き様はまさに戦神だ。


「スレインも冒険者だったんだよね」


「そうらしいな」


 スレインは魔物が生息する場所やダンジョンにもぐっては強敵を狩って、人々の平穏を守っていたそうだ。かなり好戦的だったことが読み取れる。


「お父さんもふくめて、歴代の勇者たちは、どんな気持ちで……勇者になったんだろう」


 シルフィアはうらやむような眼差しで、展示された勇者たちの武器を見つめる。


 周りの期待に応えられる実力を備えているからこそ、シルフィアは悩んでいた。期待に応える実力がなければ落胆されて終わりだが、そうではない。まだ未熟ではあるが、シルフィアには素質がある。だからみんな期待して、理想を押しつける。その期待にシルフィアはこれまで応えてきた。これからだって応えていく。みんなそう信じている。もう期待に応えないなんて退路はない。シルフィアは自らその逃げ道をふさいできた。だから進むしかない。勇者の娘として、葛藤を抱えたまま。


「武器に興味がないみたいなことを言ってたが、やっぱ勇者の伝説とかにもそそられるものはないのか?」


「正直ね……。かつての勇者がどうとか、わたしの生まれてくる前の話なんてどうでもいいんだ。他の冒険者みたいに、勇者の伝説に憧れたりはしない」


 シルフィアの横顔はさびしげだ。みんなの理想を裏切ってしまうことに、自責の念を感じている。


 実際その答えを聞いて、ハリスは胸をグサリとやられた気分になった。いや、おまえ勇者の娘なんだからそこは興味持てよ、と熱弁を振るって説得したい。しないけど。キモがられるし。


 というか、こんなにショックを受けているのは、ハリスもシルフィアに理想を押しつけていたからだ。勇者の娘なんだから、冒険者らしくあってほしい。そう思っていた。その期待を裏切られてしまった。……アホらしい。ろくにパーティを組んだこともない自分なんか、ぜんぜん冒険者っぽくないくせに、なに勝手に期待してショックを受けてんだが。


 シルフィアは誰よりも冒険者としての素質に恵まれている。なのに誰よりも冒険者というものに執着がない。


 やっぱりそれは贅沢な悩みだ。うらやましい。うらやましすぎて……腹が立ってくる。


 自分と彼女とでは違いすぎると、改めて痛感させられた。







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