第29話
ぐるぐると目がまわりそうな階段を駆けのぼっていき、魔城の屋上に躍り出た。
いきなり閃光。ソードフラッシュが飛んでくる。不意打ちだ。
シルフィアとエンダーは読んでいたらしく、足並みをそろえてゲイルアタック。ソードフラッシュを打ち消した。
「んなろ! 不意打ちとか汚ねぇぞ! 正々堂々と勝負しやがれ!」
カイトが怒号をあげる。シルフィアとエンダーの影に隠れながら。言ってることはもっともだが、そういうのは前に出て言わないと説得力がない。
「はぁ? アホか。遊びじゃねぇんだ。不意打ちだろうがなんだろうが敵をぶっ殺しゃあ勝ちなんだよ。おめぇも冒険者の端くれなら、そんくらいわかってんだろ」
「ぐっ……!」
カイトは反論できずに押し黙る。
スレインの意見は正しい。冒険者なんて、しょっちゅう魔物を不意打ちしている。特に盗賊であるハリスはそれがオハコだ。
「みんな最後まで油断せず、連携を保っていこう」
寒風に吹きさらされる屋上を見渡しながら、シルフィアは告げる。油断は禁物だ。油断すれば一瞬で切り崩される。
シルフィアは屋上の真ん中にいる三人の敵を睨みつけて、指示をとばす。
「カイト、いつものように矢で牽制」
「わかってんよ、俺に命令すんじゃねぇ!」
いや、命令するだろ。シルフィアはリーダーなんだから。というつっこみは野暮だ。カイトはこういう奴だから、放っておいていい。放っておいても、ちゃんと指示どおりに動く。
カイトは弓弦に矢を番えてシューティングスター。矢筒から矢を抜きとって次々と連射した。
野獣が牙をむくようにスレインは笑う。光龍剣を振りかざして、飛来する無数の矢を斬り落とす。
「んじゃあ、前回の続きといくか!」
口角をつりあげたまま、スレインは大地を蹴って間合いを縮めてくる。シルフィアとエンダーも足並みをそろえて前方に疾走した。
スレインは輝かせた光龍剣を力任せに叩きつけてくる。シルフィアが強烈な斬撃をエクシャリオンで受け止める。体が押し返されそうになって、靴底がすりへった。すかさず側面から、エンダーが双剣の片割れであるぶっとい大剣を振るう。
「おっと」
スレインは光龍剣に力をこめて、鍔迫り合っていたシルフィアをのけぞらせる。迅速に次の一撃を繰り出し、エンダーが振るった大剣を弾き返した。
シルフィアとスレインが二人がかりで斬り結ぶ。連戦の疲労もあってか、押されている。というか原初の勇者が強すぎるんだ。
ハリスも動いた。三人がかりでなら、スレインをやれるかもしれない。スレインの背後に回りこもうと走る。
剣戟の音に混じって、風切り音が鳴る。光の矢が飛んできた。狙いはシルフィアでもエンダーでもない、ハリスだ。やはりそう簡単にはとらせてくれない。
逆手に握ったフウガで光の矢を叩き斬る。
「不意を突いたつもりじゃったが、なかなか勘の鋭い小僧じゃな」
弓矢を構えたカンナがすねた顔になる。やはりネミアのそばから離れようとしない。
「――常しえの暗黒よ、万物の光を食らいつくせ。ダークネス」
ネミアが紫の杖をかざす。ハリスは横っ跳びする。唐突に黒い球体が発生して破裂した。ハリスが立っていた場所で爆破が起きる。地面に焦げ跡がつく。これではスレインのもとにたどり着けない。
カンナは再び弓弦を震わせて、光の矢を射た。今度の狙いはハリスじゃない。
「シルフィア!」
うっかり大声で叫んでしまった。でも恥ずかしいとか言ってる場合じゃない。
スレインと斬り結んでいたシルフィアは、飛んでくる光の矢に気づいた。打ち込まれる光龍剣をエクシャリオンで防ぎ止めて、あえて後方に弾きとばされる。とばされながら首を傾けて光の矢をかわす。光の矢はシルフィアの金髪を何本かさらっただけで、直撃はしなかった。
間をおかずカンナは二の矢を射る。狙われたのはエンダーだ。エンダーは光の矢をよけようとするが、スレインが接近してきた。
「おめぇは逃がさねぇよ」
光龍剣が横薙ぎに払われる。エンダーは大剣で防いだが、スレインの豪腕に押されて、光の矢が飛んでくる方角に吹き飛ばされた。悔しげに歯軋りをするエンダーの背中に光の矢が突き刺さる。碧い瞳から意識の光が奪われた。
「これは愉快な見世物になりそうだ」
ネミアが悪辣にほほえむ。
「おとうさん……」
シルフィアは声を上擦らせてエンダーを呼んだ。両手で握ったエクシャリオンの構えはとかない。
ゆらりとエンダーの体が動きだす。にわかに手にした巨大な鉄塊を我武者羅に振りまわしてきた。シルフィアに斬撃を何度も叩きつけてくる。シルフィアは悲痛の表情で攻撃を防いだ。
エンダーはシルフィアだけでなく、スレインにも斬撃を叩きつけた。スレインは流麗な剣さばきで弾く。チャームにかかったエンダーには敵味方の区別がない。そばに生き物がいたら、とりあえず殺そうとしてくる。
「スレイン、さがれ。その男が正気に戻ったとき、自分の娘を殺めたと知ったらどのような顔になるのか見てみたい」
「へいへい」
ネミアからの命が下ると、スレインはしぶしぶ後退する。
スレインがそばからいなくなると、エンダーの狙いはシルフィア一人にしぼられる。
乱暴に叩きつけられる大剣を、シルフィアはいなす。シルフィアだって父親と斬り合いたくはないだろうが、シルフィアが引きつけなかったらエンダーは他の仲間たちを襲う。シルフィア以外には、まともにエンダーとやりあえる者はいない。
「ぐっ……」
繰り出される連撃が純銀の鎧に当たりシルフィアにダメージを与える。今のシルフィアならエンダーの連撃をさばけるはずだ。だがどうしても父親が相手だと遠慮してしまう。実力を発揮することができない。
「キヨミ……お父さんのチャームをといて。それから、これ以上はカンナの矢を絶対に受けないように」
「わ、わかりました」
キヨミはどもりながら返事をすると、魔術の準備をすすめる。シルフィアが追いつめられているので動揺している。
「カイトは、カンナを押さえて」
「だから俺に命令すんなっつてんだろ! リーダーはこの俺だあああああああっ!」
いや、おまえリーダーじゃないだろ。もう言ってることがめちゃくちゃだが、めちゃくちゃな奴なのでスルーする。
カイトはシューティングスターで矢を連射した。指示通りカンナに狙いをつける。
カンナは弓矢を輝かせて聖剣に変形させると、可憐な剣舞によって飛来する矢を斬り落とす。ダメージこそ与えられないが、これで光の矢は撃てないはずだ。
「エヴァンスは魔術でスレインを」
「――暴虐の吹雪よ、立ちはだかる障害を蹴散らせ。ブリザード」
あらかじめ準備を進めていたエヴァンスが魔術を発動する。スレインの頭上から大量の氷塊が降ってくる。
「んなもんで俺を倒せると思ってんのか?」
スレインは面倒そうに光龍剣を上空に向かって振りまわす。ソードフラッシュが連発される。氷塊は粉々に砕けていき、水煙となって霧散した。
肩をすくめるとスレインは光龍剣を地面に刺して、精神集中を開始する。まさかあれは……魔術を使うつもりか?
「ぐっ……」
エヴァンスは立ちくらみ、ロッドの先端を地面につけて体を支えた。体力的に限界が近いのか。それもあるだろうが、おそらく魔力が底をつきかけている。無理もない、ここまでの連戦で何度も魔術を使用してきたんだ。あと数回、魔術を使えるかどうか……。おそらくキヨミも同じ状態だ。
「ディジェネレーション」
ネミアが足もとから影を放った。影の向かう先はシルフィアだ。エンダーの猛攻を防いでいるシルフィアは身動きがとれない。よけることはかなわず、闇がシルフィアの体をつつみこむ。
「……っ」
肉体に負荷がかけられたことで、シルフィアの顔が苦悶に染まる。一瞬でも剣速を落とせば命取りとなるこの場面で動きが鈍った。
エンダーの猛攻はやまない。むしろシルフィアが弱体化したことで勢いが増す。分厚い大剣で滅多打ちにしてくる。
重々しい斬撃をシルフィアはさばく。さばこうとするが、さばききれない。大剣の斬撃が純銀の鎧をかすって、ときにはヒットする。頭だけは守らなきゃいけない。頭を潰されたら死ぬ。シルフィアは頭部を重点的に守る。そのぶん、純銀の鎧は傷つき、首から下へのダメージは蓄積される。
「キヨミン、まだなのか! シルフィアがやられちまうぞ!」
「っ……」
キヨミは声を押し殺す。焦ってはいけない。焦って失敗すれば台無しだ。誰よりもシルフィアを心配しているキヨミにはそれがわかっている。
ガン、とひっしゃげる音。大上段で振りおろされた斬撃を、シルフィアは手甲で防いだ。左腕が逝った。骨が折れて神経が断裂したかもしれない。斬撃の威力を殺しきれず、構えた手甲が額にぶつかり、皮膚が切れて血が流れる。
だめだ。間にあわない。キヨミの魔術は間にあわない。シルフィアはエンダーに殺される。だったら殺されないようにするしかない。シルフィアが助かるように時間を稼ぐんだ。
ハリスは全力で馳せた。狂ったように大剣を振りまわすエンダーの背後に肉薄する。背中にとびつき、エンダーの手足に自分の手足をからませる。組みついてきたハリスを、エンダーは振り払おうと身をよじり暴れる。
すげぇ力だ。気を抜いたら振り払われる。ていうか無理だ。もたない。無理だけど、必死にしがみつく。もうちょっと。もうちょっとでいいから、時間を稼がないと。だけどあっさりと宙に放り出された。体を地面に打ちつける。健闘むなしく、ハリスは振り払われてしまった。やっぱ力じゃかなわない。
エンダーは躊躇することなく、シルフィアにトドメの一撃を叩き込む。
「――清浄の息吹よ、いやしき闇を払いたまえ。パーフィケーション」
白光する温かな風が吹いた。
エンダーの剣が急停止する。
「俺は……」
チャームが解けたエンダーは、茫然自失となっていた。
「お父さん……よかった」
シルフィアは全身を脱力させて安堵する。
「シルフィアおまえ……くそっ、そういうことかよ」
傷だらけになった娘の姿を目にするなり、エンダーは何があったのかを即座に理解した。
「テメェ、よくも俺の剣を娘に向けさせやがったな」
「実に愉快な見世物だったぞ。余計な邪魔が入ったせいで、貴様が娘を手にかけなかったのは惜しいがな」
ネミアはハリスを一瞥する。冷たい瞳に睨まれて、ハリスは血の気が引いた。
「ここまで頭にきたのは久しぶりだぜ。今すぐぶっ殺してやる」
大剣を引きずりながら、エンダーは足先をネミアにむける。
「ムカつくのはわかるが、今はそれよりも敵への警戒だ」
「あ?」
ハリスが呼びかけると、エンダーも察したようだ。スレインが呪文を唱えていることに。
「まとめてふっとべや、グローリー!」
地面から光彩が放たれる。大気を揺るがすほどの巨大な柱が噴出する。その威力は規格外だ。シルフィアやエンダーの魔術など比べ物にならない。
スレインが生み出した光彩のきらめきは天空まで駆けのぼっていき、デスヘイムをおおう暗雲を貫いて風穴をあけた。
光の柱が細い線となって消えると、暗雲にぽっかりとあいた穴から月光が差し込み、屋上を照らす。
前衛にいたハリス、シルフィア、エンダーは散開していた。どうにか巻き込まれずにすんだ。ていうかスレイン、剣だけじゃなくて魔術も凄いなんて、もうその存在自体が反則だ。
魔術をよけても休んではいられない。ハリスは敵意を感知する。正面から雨あられと光の矢が飛んできた。全員がスレインの魔術に気をとられて、カイトの牽制が止まっていた。その隙を突いてきやがった。
ハリスはフウガで光の矢をさばく。さばきながら、側面に走ってよける。
「本当に勘の鋭い小僧じゃな」
矢が外れると、カンナが残念そうに眉尻をさげた。
「神経質な性格なもんでね」
小さな物音がしただけで気になってしょうがないし、部屋の鍵がかかってないと落ち着かない。他人の目が自分に向いたら逃げたくなる。神経質というよりは臆病だ。その臆病さのおかげで命拾いした。
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