第28話





「来ると思っていたぞ。憎き勇者の娘よ」


 広場の壁際にある螺旋階段の前に、ネミアが悠然と立っていた。傍らにはスレインもいる。それにカンナとオリックも……あの二人もハリスたちと一緒に転移してきたようだ。


 ハリスは辺りを見回す。大量のアンデッドが、冒険者たちを取り囲むように佇んでいた。ただのアンデッドもいれば、カオスナイトにダークアベンジャー、スカルドラゴンまでいる。やはりネミアは手元にいくつかの戦力を残していた。


 ついでに不快なものまで視界に入る。広場の地面には冒険者の武器や鎧の破片に混じって、肉片や骨のかけら、ちぎれた内臓などが飛び散り、そこらじゅうに血溜まりができていた。


 これは……ネミアが復活した際にやられた冒険者のものじゃない。肉が腐っていないことから、まだ新しいものとわかる。ハリスたちと同じ別働隊のものだ。何人かの冒険者は運悪く先にここにたどり着いてしまったか、もしくはトラップに引っかかり強制転移されてアンデッドの餌食になった。


 ということは……周りにいるアンデッドのなかには、別働隊の冒険者も混じっているかもしれない。のみならず、前にネミアに殺された冒険者も……。やめよう。こんなことを考えるのは。


「憎きあの男を捕らえるために、大半の戦力は正門にまわしたが……この程度ならば問題あるまい」


 ネミアは青紫色の唇をつりあげて嗜虐的な笑みをたたえると、右手に握った杖をかかげた。


「ではおまえたち、その人間どもを食いつくせ」


 惨殺命令が下される。周りにいるアンデッドたちは一斉に押し寄せてきた。


 何名かの冒険者が悲鳴をあげた。勇猛な戦士は剣を振って応戦する。だが、その剣は明らかに萎縮している。目の前のアンデッドを斬り殺すが、別のアンデッドが襲いかかってきて傷を負う。傷を負えばまた悲鳴があがる。その悲鳴をあげた者のところにカオスナイトやダークアベンジャーが群がり殺しにかかる。殺されればアンデッドのエサになる。


 ……まずい。個々のパーティの連携が取れず、別働隊そのものの士気が下がっている。頼みである壮年の戦士も負の空気に気圧されていた。これではネミアが復活したときの二の舞だ。


 ハリスは急いでシルフィアを探す。……いた。ストームスラッシュで、アンデッドを薙ぎ払っている。


 他の冒険者やアンデッドの隙間を縫っていき、シルフィアのもとに近づく。


「おい」


「うひゃ! ハ、ハリス……びっくりさせないでよ」


 いや、びっくりさせようとかぜんぜん考えてなかったんだけど……。今はそんなことどうでもいい。どうでもいいはずだ。そういうことにしとこう。


「みんなの連携とか切り崩されてるし、おまえが声をかけたほうがいいんじゃないか? そうすれば士気があがる」


「え? どうしてわたしが声をかけたら士気があがるの?」


「おまえ……自分が何者なのか忘れたのかよ?」


 ハッとシルフィアは目を見開いた。そう、シルフィアは勇者の娘だ。町が襲撃されたときにエンダーが敗北を喫したぶん、シルフィアに寄せられる期待は高まっている。その期待に応えるのがシルフィアの仕事だ。


「でも、わたしの言葉にそんな力があるのかな?」


「いいから試しにやってみろ。パーティに指示を出すときの感じでいい」


 う、うん、とシルフィアはうなづいた。うなづいたが……照れくさそうにハリスを横目で見てくる。


「えっと、なんて言えばいいんだろ?」


 んなことくらい自分の頭で考えろやボケェ! と怒鳴りたかったが、ここで大声を出したらたぶんシルフィアは泣いちゃうだろうから堪える。


「別働隊の本来の目的を思い出させてやりゃあいい。なるべく強気に、ハッタリとかも混ぜておけ」


「……わかった」


 シルフィアは息を吸って、ピンと背筋をのばす。毅然とした面持ちになった。口を大きく開けると、活力のある声で冒険者たちに呼びかける。


「みんな、まずは落ち着ついて! 力を合わせて対応すれば絶対に勝てる!」


 シルフィアの声音が広場に反響する。冒険者たちの注意がシルフィアに集まった。


「パーティはばらけないように一塊になって連携を保つんだ。アンデッドには弱点である光系の魔術を当てて戦えばいい。みんな、ネミアさえ倒せばアンデッドも三人の勇者も消滅する。ネミアさえ倒せばわたしたちの勝ちだ。それが別働隊の使命だったはずだ」


 シルフィアが言葉を結んだ途端、この場にいる冒険者たちの表情が引きしまり、それぞれのパーティが連携を取り出した。


 回復術師たちは仲間にゴスペルをかけ、余裕ができたらアンデッドにクリメイションをくらわせる。魔術師たちも光系の魔術を使える者は使い、使えない者は別の魔術で攻撃する。それ以外の者は、回復術師と魔術師を守りつつ、手にした武器でアンデッドどもをぶん殴る。


 みんなが己の役割をこなし、アンデッドに対処する。パーティ同士の連携も取れているので、矢や魔術が飛び交っても冒険者の同士討ちにはならない。


 数体のカオスナイトやダークアベンジャーを討ち取ると、喚声が発せられた。スカルドラゴンがクリメイションの集中攻撃を浴びて消滅したら、さらに喚声が増す。


 劣勢がひっくり返った。冒険者たちの士気が上昇していく。


「ほんとうに、みんなの士気があがった……」


 戦況の変化に一番おどろいてるのは、戦況を変化させたシルフィア自身だった。


 彼女の言葉には、他人を動かすだけの影響力がある。それはみんなが彼女を特別な存在だと認識しているからだ。勇者の娘だから特別だと信じられている。信じられているからこそ彼女は特別で、その言葉には魔術よりも不思議な力が宿っている。


 そういうのもふくめて、ぜんぶシルフィアの力ってことになる。


「セシリーも言ってただろ。もっと自信をもてって」


 シルフィアは呆然としていたが、すぐに真顔になるとエクシャリオンを握りしめた。自分の仲間たちと共にアンデッドの大軍に立ち向かっていく。


「んじゃあそろそろ、俺らもおっぱじめますかね」


 スレインが肩こりをほぐすように、右手で握った光龍剣を無造作に振るう。オリックは双剣を構える。カンナも聖剣を弓矢へと変形させた。


 これまで静観に徹していた三人の勇者とそれを操るネミア。ついに奴らが参戦する。


「いくぜ、ガキども! オラアアアアアアアアアアアアアアァァァァッ!」


 光龍剣を輝かせると、スレインは猪突猛進。ソードフラッシュで飛んでくる矢や魔術を焼き払い、苛烈な剣舞によって、瞬く間に四、五人の冒険者を斬り刻んでミンチにした。返り血を浴びると喜悦し、猛獣のごとく次の標的に向かって躍りかかる。見境なしだ。光龍剣の間合いに入った者には容赦しない。それがアンデッドでも邪魔ならぶっ殺す。やばい。やっぱアイツやばい。スレインにとって敵味方は関係ない。戦場そのものに快楽を見出している。


 オリックも馬鹿デカイ双剣を棒切れのように振りまわし、鎧や盾ごと冒険者をぶった斬る。特に前衛の戦士を狙って攻撃してくる。さずがにスレインみたいに味方のアンデッドまで殺しはしないが、その卓越した剣技に誰も手も足もでない。


 カンナはネミアのそばに立ったまま、弓弦を引き、光の矢を連射する。矢につらぬかれた冒険者は、味方を攻撃したり、アンデッドを攻撃したり、味方同士で打ち合ったりする。守ってくれると信じていた味方に刃を向けられて、回復術師や魔術師は顔をひきつらせたまま抵抗むなしく死んでいった。カンナの殺し方が、もっともえげつない。


「ディジェネレーション」


 ネミアはチャームにかかっていない冒険者に影を飛ばして、ステータスを低下させる。それに加え、三人の勇者たちやネミアが参戦したことで、アンデッドの攻勢も強まっていた。スカルドラゴンのポイズンブレスをあびて、悶え苦しむ冒険者が増えてくる。


 戦場を駆けめぐり、フウガでアンデッドを仕留めていたハリスは舌を鳴らす。明らかに押し返されている。勇者たちの攻撃によって、冒険者の数が激減している。


 こういうときの頼みの綱は一つしかない。


「カンナの放つ矢には注意するんだ。チャームや毒におかされた味方がいたら、最優先でパーフィケーションをかけるように。チャームがとけて正常な状態に戻ったら、仲間を傷つけたことに動揺するだろうから、戦闘に集中するようになだめてあげて」


 わざわざハリスが促さなくても、シルフィアは自発的に呼びかけた。みんなの士気を落とさないように必死だ。


「敵の勇者たちは手強い。ディジェネレーションをかけて光系の魔術で攻撃するように。アンデッドへの警戒も怠らないで」


 シルフィアの声に応じて、みんな戦況を立て直そうとする。


 表情にこそ出さないが、シルフィアは切羽詰まっているようだ。それは他の冒険者たちも同じだ。チャームがとけて意識が戻ると、やはり混乱する者が後を絶たない。自分が仲間を傷つけ、なかには手にかけた者もいる。混乱するなというほうが難しい。どうにか戦闘に復帰できた者はいいが、心が折れてしまった者はアンデッドの餌食にされてしまう。


 魔術師たちがディジェネレーションを発動させて、幾筋もの影が床を這う。三人の勇者は軽やかな足さばきで影をよける。弱点である光系の魔術が発動すると、それもやすやすと回避した。


 スレインとオリック、この二人は前衛に躍り出て暴れまわっているが、カンナだけはネミアのもとから離れようとしない。盗賊などがネミアに近づこうとしても、カンナが守っているので返り討ちにあう。これでは埒が明かない。


 だんだんと血臭が酷くなってきた。そこらじゅうに腕やら足やらが転がり、冒険者たちの死体が積みかさなる。もはや冒険者とアンデッドとの区別がつかない。狂気の沙汰だ。道端に落ちてる石ころよりも、人の命が軽くなっていた。


「――冥界の魂よ、生死の境を破りて現世へ舞い戻れ。ネクロマンシー」


 ネミアが呪文を唱える。地中から新たなアンデッドどもが這い出てくる。敵の数が増えたことで、冒険者たちの顔色が驚愕と恐怖に塗り潰される。


 地面から飛び出してきた腐った手に足首をつかまれて襲われる者もいれば、剣を振りまわすも四方をとりかこまれて殺される者もいた。回復術師たちは懸命に治癒をかけているが、回復が追いつかない。


 またもや連携が切り崩される。士気も下がりつつある。このままでは戦意そのものが失われる。


 勝てない。俺達ではこいつらに勝てない。そんな諦めが脳裏をよぎる。


 一体のスカルドラゴンが派手に暴れはじめた。尻尾をしならせて冒険者たちを薙ぎ払い、咆哮を轟かせる。大口が開く。ポイズンブレスがくる。これでまた冒険者の数が減り、別働隊は総崩れになる。


 くそっ。もうシルフィアの呼びかけじゃ盛り返せない。なにか打つ手はないのか。なにか……。


 だめだ、思いつかない。どうしょうもない。完全に詰んでる。これまでなのか?


「――栄光の輝きよ、我が敵を蹂躙せよ。グローリー」


 爆破が起きる。スカルドラゴンの足もとから巨大な光の柱が突き出た。スカルドラゴンのみならず、そばにいたアンデッドたちも巻き込んで灰にしてしまう。


 前に見たことがある。シルフィアが使っていた光系の攻撃魔術だ。だがシルフィアのよりも威力と精度が断然に高い。


「貴様っ……」


 ネミアの顔に皺が刻まれる。あいつがここまで感情をむき出しにする相手は一人しかいない。


「おとうさん……」


 エンダーだ。エンダー・アレイン。烈風の勇者だ。


 エンダーは傷のついた鎧と剣を身に着けて、通路から広場に踏み込んできた。ぞろぞろと大勢の冒険者を率いている。ほんとに大勢だ。まさかあれは……陽動隊の生き残りか。


「お父さん、どうしてここに? 正門のアンデッドと戦ってたんじゃ……」


「んなもんとっくに壊滅させたっての。まだ少しアンデッドが残っていたが、後始末は他の連中に任せてきた。んで、正門での戦いだけじゃ暴れたりない奴らを引っぱって来たんだよ」


 マジかよ。正門にはネミアの戦力の大半が集中していたはずだ。それを倒してもなお動けるだけの体力があるとかバケモノだ。エンダーと陽動隊の冒険者たちは、アンデッドよりも恐ろしい。恐ろしいけど、頼りになる。


「貴様はわたしの呪いで弱体化したはず……」


 そうだ。エンダーには呪いがかけられている。かけた張本人であるネミアを殺さないかぎりは解けない呪いだ。


「あんな呪いくらいでな、勇者が勇者じゃなくなるわけねぇだろ、ボケが」


 エンダーは手にした剣の切っ先をネミアに向ける。


 ぐっ、とネミアは表情をこわばらせた。


 おそらくエンダーは気丈に振る舞っているだけだ。実際は呪いによって戦闘力が弱まっている。でも、そんなのささいなことだ。呪いをかけられても、エンダーは強くあろうとした。勇猛果敢であろうとした。その姿勢をつらぬいた。エンダーが先陣に立てば、周りの冒険者たちも力がわいてくる。みんなの力をかりながら、エンダーはここまでたどり着いた。勇者なら、それくらいやってのけなきゃいけない。


「シルフィア」


 剣先を敵に向けたまま、エンダーは娘の名を呼ぶ。


「よくふんばったな。さすがは俺の娘だ」


 簡潔に称賛の言葉をおくる。


 シルフィアはポカンとしていたが、言葉の意味を理解すると小さく微笑みを返していた。


「おっしゃあ、野郎ども! いくぞ!」


 エンダーの号令一下、冒険者たちは雷鳴のごとき雄叫びをあげる。アンデッドどもの殲滅にとりかかる。


 先頭を走るエンダーは研ぎ澄まされた動作で剣を振るい、アンデッドを斬り殺す。弱体化しているとはいえ、やはり並みの冒険者よりも強い。それに磨きぬかれた剣の技巧そのものは身体能力が低下しても衰えない。


 エンダーに続く冒険者たちもパーティで連携を取りながら押し寄せ、アンデッドと打ち合う。みんな正門での戦闘を終えたばかりで疲れているはずなのに、その身のこなしは機敏だ。体が火照って闘志が燃えている。勢いに乗っていた。冒険者たちの士気と戦意が何倍にもふくれあがる。


 たちまち広場で激戦が繰り広げられるようになった。


 炎上する熱気を携えた数名の戦士たちが、スレインやオリックに殺到していく。


「いいねぇ。そうでなくちゃ張り合いがねぇ」


 陶然とした笑みを浮かべると、スレインは光龍剣を輝かせてソードフラッシュを放つ。オリックは無言のまま双剣を乱舞させる。手心なんてない。二人は近づく戦士たちを紙くずのように消し飛ばす。


 あいつらだけは桁違いだ。アンデッドと打ち合うつもりでいけば瞬殺される。


「まずはうちのご先祖さまを冥府に叩き返すか。おめぇら、他の二人は頼んだぞ。死に物狂いで食い止めろ」


 エンダーが呼びかけると、そこらじゅうから威勢のいい返事があった。スレインとカンナのことは一時だけ、他の冒険者たちに預けるようだ。


「いくぞ、シルフィア」


 エンダーはシルフィアの隣に並ぶ。シルフィアと、その仲間たちと一緒に戦うつもりだ。


 シルフィアはエクシャリオンを構えなおすと、キヨミに指示を出す。


「キヨミ。お父さんに強化を」


「はい、準備してました」


 キヨミがゴスペルを発動させる。エンダーの体が光につつまれる。ネミアの呪いの上書きにはならないが、多少は体が軽くなったはずだ。


「みんな、援護をおねがい」


 仲間にそう言い残すと、シルフィアはエンダーとともに駆け出す。走行をはばむアンデッドどもを斬り倒していき、オリックに肉薄する。


 まるで合わせ鏡のようにシルフィアとエンダーは二人そろってストームスラッシュを叩き込む。オリックスは双剣を高速で振るって応戦する。剣と剣が激しくぶつかる。


 オリックの剣速は二人を凌駕している。エンダーは打ち合いつつも精練された体捌きで斬撃をかわすが、シルフィアはよけきれない。身体をかすめる。かすめるが手甲でうまく弾いてる。純銀の鎧の硬度に助けられていた。


 次第にシルフィアもオリックに斬撃を当てれるようになっていく。当てるといっても軽く触れる程度だが、それでもエクシャリオンの切れ味によってオリックの白銀の鎧に傷がつけれる。


「コメットショットだ!」


 カイトが高速の矢を放つ。飛んでくる矢を、オリックは左の大剣で叩き斬った。


 その隙を見逃すことなく、シルフィアはゲイルアタック。エクシャリオンで白銀の胸当てを砕き、わずかだがオリックの胴体に刃を食い込ませる。


 オリックは痛みに表情をゆがめることもなく、右の大剣を打ち下ろす。シルフィアはスカイスラストで斬撃をはねかえした。


「ディジェネレーション」


 エヴァンスが足もとから影を放った。広場に来る前にもオリックには負荷をかけているが、さらに負荷をかけることで動きを鈍らせるつもりだ。


 オリックは逃げられない。闘志を沸騰させたシルフィアとエンダーが攻めかかっているんだ。逃げる素振りを見せればやられる。影がオリックの足もとにとりつき、全身を闇でつつみこむ。


 オリックの身体能力がさらに低下すると、エンダーはシルフィアに目配せをして後退した。


 エンダーは握った剣を地面に突き刺して魔術の準備に入る。


 エンダーの抜けた穴を埋めるように、周りにいた戦士や盗賊がオリックに躍りかかった。シルフィアもエクシャリオンで斬りかかる。オリックは右の大剣でシルフィアと打ち合い、左の大剣で躍りかかってきた冒険者たちを薙ぎ払う。しかし片方の大剣だけでは全員を払えきれない。


 あらかじめシルフィアがエクシャリオンで傷をつけていたので、オリックの鎧にはほころびが生じている。躍りかかった冒険者たちの剣やダガーが鎧を貫通してオリックに突き刺さる。筋骨隆々の巨体から流血が吹き出した。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ!」


 地響きのような唸り声。あの寡黙なオリックが、火がついたように咆哮をあげた。


 オリックは全身を旋転させ、双剣をぶんまわす。とりついていた冒険者たちの頭や胴が木っ端微塵に粉砕される。シルフィアはエクシャリオンで斬撃を防ぐが、体ごと側面に弾きとばされた。他の冒険者はみんな虫けらのようにあっさりと殺される。


 あれだけの深手を受けてもまだ神速の剣技を繰り出すなんて、どんだけタフなんだ。マジで怪物だ。オリックの相手をするくらいなら、魔王と戦った方がマシに思えてくる。


 剣やダガーが体中に突き刺さったまま、オリックはまた雄叫びを発する。後方支援に徹しているキヨミとエヴァンスに向かって突進してきた。


「カイト!」


「おうよ、シューティングスター!」


 間髪いれずに矢を連射する。撃って撃って撃ちまくる。横殴りの雨が降りそそぐ。それをオリックは双剣を振りまわしてさばいた。ダメだ。矢じゃ止められない。


 ハリスは走る。これ殺されるんじゃないかなぁと思ったりもしたが、どちらにしても冒険者たちが負けたら殺される。だったらやれることはやっといたほうがいい。


 ファルコンブーツに慣れた体は、氷上をすべるように速やかに動き、短時間でオリックの背後までたどり着けた。


 オリックは腰をひねる。左の大剣で強烈な一撃を振るい、ハリスを叩き殺そうとしてくる。何度も体験したパターンだ。だからよけきれる。ハリスはしゃがんだ。しゃがんだまま、オリックの背中にとびかかって蛇閃。フウガが白銀の鎧を砕き、オリックの脇腹に食い込む。とどまることを知らなかったオリックの走行が停止する。


「よくやった、ボウズ!」


 エンダーが快哉を叫ぶ。ハリスはフウガを抜くと、オリックから離れた。


「グローリー!」


 エンダーは準備していた魔術を発動する。オリックの足もとから光の柱が突き出して燃やしつくす。アンデッドとなったその身には抜群の威力だ。だが、それでもオリックは倒れない。


 筋骨隆々の肉体からは煙があがり、白銀の鎧はところどころがはがれ落ちている。露出した皮膚は刺し傷や火傷で血みどろだが、まだ立っていた。双剣を杖がわりに突き立てて、踏ん張っている。


 なぜそこまでするのか? 決まっている。勇者としての矜持が敗北を許さないんだ。たとえ己の身がアンデッドと化しても、そう簡単に勇者が負けるわけにはいかない。いつだって勇者は無敵で最強で完璧でなければいけない。


「クリメイション」


 ダメ押しとして、キヨミが銀色の聖火を灯す。


 オリックは聖なる炎に身を焼かれても死なない。すでに死者だというのに、意地でも現世にしがみつく。


 その凄まじい気迫に、冒険者たちも、アンデッドまでもが慄然とした。


「やああああああああああああああああああああっ!」


 シルフィアが疾走する。エクシャリオンを構えて、一直線に、半死半生のオリックのもとに立ち向かっていく。


 オリックは最後の力を振りしぼり、双剣を持ちあげた。きびすを返し、一心に立ち向かってくるシルフィアを睨みつけると、双剣を交差させて振るう。速い。これまで見たどの斬撃よりも速く、強烈だ。


「ゲイルアタック!」


 真正面からシルフィアは迎え撃つ。自分を叩き殺そうとしてきた双剣を、エクシャリオンの一撃でもって弾き返す。オリックの上半身がのけぞる。シルフィアは心臓めがけて虹色の刺突を繰り出した。エクシャリオンの刃が、オリックの胸をつらぬく。


 ドンッと両手に握られていた双剣が地面に落ちた。それは……オリックの敗北を意味する音だった。


 ごふっと吐血する。唇から垂れた血をぬぐうこともせず、オリックはぼんやりとした瞳でシルフィアを見下ろしていた。


「……見事だ」


 最後に、双剣の勇者は儚い笑みを浮かべて称賛を口にした。


 オリックの肉体が半透明になっていき薄らいでいく。その姿が完全に透けて光の粒になると、装着していた鎧ごと消滅した。


 残ったのは、触媒となった巨大な双剣のみ。


「おしっ、まずは一人!」


 エンダーがみんなにも聞こえるように声を張りあげる。冒険者たちが歓声をあげ、士気が高まった。


 しかし喜んでばかりはいられない。オリックを倒すのに被害が出た。スレインとカンナの相手を任せていた冒険者たちの被害はもっとひどい。特にスレインの相手をしていた冒険者たちはみんなぼろぼろだ。多くの者が命を散らした。


「こいつはもう使えねぇな」


 エンダーは握っていた剣を投げ捨てる。オリックとの打ち合いで刃こぼれしたらしい。


「二刀流ってのは慣れてねぇからな。片方だけにしとくか」


 空手になったエンダーは、なんとオリックが使っていた双剣の片一方を両手でつかみ、もちあげた。どうやらあれで戦うつもりらしい。


「重っ……。あいつ、こんなもんを二本も振りまわしてたのか」


 重量感のある大剣を手にすると、体がぐらついていた。エンダーは改めて先祖の怪力に感嘆する。


「んじゃあ残り二人の勇者に、それからネミアもちゃっちゃと片づけんぞ!」


 ブンと握った大剣を振って強風を起こす。エンダーはネミアを見ながら挑発的に笑いかけた。


 ネミアは忌々しげに唇を噛みしめる。


「スレイン、戻ってこい」


「あいよ」


 スレインは対峙していた冒険者たちにソードフラッシュを浴びせて焼き払う。軽快な身のこなしで戦場を跳ねていき、ネミアのもとまで一気に引きさがった。


 ネミアは背をむけると、スレインとカンナを連れて壁際にある螺旋階段をのぼっていく。


 ここにきて逃げるつもりか? たぶんそうだ。不利になりつつあると判断して逃げた。逃がしちゃいけない。ここで仕留めないと、あいつは何をやらかすかわからない。


「いこう!」


 シルフィアが走る。エンダーも走った。キヨミとカイトとエヴァンスもネミアを追いかける。ハリスはどうすべきか迷った。自分もついてっていいのか? さっきの「いこう」にはハリスもふくまれていたように思える。じゃあいこう。迷ってるひまはない。


 先頭を走るシルフィアが階段の手前まで来ると、横合いからカオスナイトが飛びかかってくる。握りしめた大剣を叩きつけてきた。


「じゃま!」


 シルフィアはエクシャリオンをフルスイング。敵の大剣を叩き折り、漆黒の鎧を砕いてカオスナイトを一刀両断する。相手にならない。瞬殺だ。伝説の剣すげぇ。


 というかシルフィアもすごい。動きが神がかっている。オリックとの戦いでスイッチが入ったというか、モードに突入したというか、覚醒した感じだ。魔城での連戦のなかで確実にレベルアップを果たしている。


「ちっとは強くなったみてぇだな。ま、俺の若い頃に比べりゃまだまだだがな。俺がおまえくらいのときには、もう魔王とか百体くらいは余裕で相手にできたな」


 螺旋階段に足をかけるなり、エンダーが娘と張り合ってくる。なんで娘に対抗意識を燃やしてんだ、このおっさん。どんだけ負けず嫌いなんだよ。倒すべき敵は他にいるだろ。それに魔王百体とか、ケレン味きかせすぎててリアリティがない。


 エンダーのそういう態度は日常茶飯時なのか、シルフィアは苦笑で受け流していた。







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