第27話
シルフィアたちはパーティで連携をとりつつ、次々と現れるアンデッドを排除していった。戦闘を重ねるたびに、パーティとしての機能が向上していく。
一方ハリスは、シルフィアたちが討ちもらしたアンデッドや、背後から現れたアンデッドを一人で始末していく。シルフィアたちとは別々に戦っていた。
ちなみに倒したアンデッドどもから戦利品を奪うことはしない。あくまで優先すべきはネミアの討伐だ。余計な荷物は持たないようにする。どうしても欲しいなら、目的を達成したあとに回収すればいい。もっとも、わざわざそんな疲れるようなことをする奴はいないだろうが。
戦闘を重ねたことで、フウガとファルコンブーツもかなり肉体に馴染んできた。最初ほどの違和感はもうない。シルフィアもエクシャリオンの扱いに慣れてきたようだ。
「まだつかねぇのか? もうけっこう歩いたぜ?」
すっかり見慣れた通路を歩きながら、カイトが愚痴をこぼす。確かにもうかなり進んだ。そろそろ他のパーティと合流してもおかしくない。
「もう少しだ」
エヴァンスは地図と睨めっこしながら言う。もう少しという確証は……おそらくないんだろう。でも信じて突き進むしかない。
「……誰かいるみたい」
先頭を歩いていたシルフィアが立ち止まった。厳粛な面持ちで前方……小部屋のようにひらけたスペースを見据える。
別働隊の冒険者か、それともまたザコのアンデッドが現れたのか……いや、そのどちらでもない。この全身が総毛立つ圧迫感は……。
「……ご先祖さま」
シルフィアが、その正体を口にした。
白銀の甲冑に、巨大な剣を両手に握った大男。双剣の勇者オリック・アレインが待ち構えていた。
シルフィアを見るなり、オリックは口を開くこともなく双剣を構える。ここから先には通さないということだ。
いくら先祖とはいえ、相手はネミアの下僕と化したアンデッドだ。シルフィアは刃を向けることに躊躇しない。
「カイトは矢で牽制。キヨミとエヴァンスは魔術の準備を」
シルフィアが指示を出すと、統制のとれた動きで三人とも戦闘体勢に入る。
すみやかにカイトは矢を番えてコメットショットを撃った。オリックの左の大剣が空を薙ぎ、矢を払い落とす。同時にシルフィアは駆け出していた。
「ストームスラッシュ!」
間合いを詰めると疾風迅雷の連続斬りを叩き込む。オリックは双剣を振るい、斬り結んでくる。前回よりもシルフィアの武器は強力なものになっているが、やはり剣技ではオリックに軍配があがる。さばきれない斬撃が純銀の鎧をかすめていく。
「――望まれぬ闇よ、彼の者を高きところから引きずりおろせ。ディジェネレーション」
エヴァンスがロッドをかざす。足もとから影が放たれた。博物館でネミアが使ったステータスを低下させる魔術だ。エヴァンスも使えたのか。
「むっ……」
床を這う影を察知したオリックは後退しようとするが、
「くっ、だぁっ!」
シルフィアの斬撃が食らいつく。離さない。
下手に動けばエクシャリオンの一撃を浴びることになる。オリックは動きを封じられた。
影は器用に動いてシルフィアをよけると、オリックの足もとに吸いつく。オリックの体を闇でつつみ、負荷をかけた。
「ぬんっ!」
オリックは魔術で負荷をかけられてもなお、迅速に右の大剣を横薙ぎに払う。シルフィアは手甲で防ぎつつも、もろに斬撃をもらい、吹っ飛ばされて膝を屈する。
板金の鎧なら砕かれて上半身ごと消し飛んでいたが、純銀の鎧のおかげで一命はとりとめた。でも相当ダメージがあったようだ。シルフィアはこめかみから脂汗を流している。
ハリスは逆手に握ったフウガを構えて駆け出す。すべらかな足運びで、なるべく靴音は立てない。
「クリメイション」
キヨミが呪文を唱えて光系の魔術を発動する。オリックは横っ跳びでかわす。銀色の聖火はオリックが立っていた場所に灯ると、すぐに消えてしまう。
よし、いまだ。オリックの背後に回り込んだハリスは蛇閃を仕掛けた。オリックの背中の鎧が眼前まで迫ると、ヒュッと風切り音。光の矢が側面から飛んでくる。慌ててハリスはフウガを横に振り、光の矢を打ち消す。その直後、オリックはきびすを返して双剣で斬りかかってきた。ハリスはバックステップで距離をとる。危ない。紙一重だった。当たっていたら死んでいた。心臓がバクバクいってる。
「ふむ、外したか」
小部屋にある側面の通路を見やる。羽衣を身につけて、純白の聖剣を弓矢に変形させた妖艶の勇者カンナ・タチバナが立っていた。もしかして、ずっと身を潜めていたのか?
「ならば、これでどうじゃ?」
カンナはハリスに狙いを定めると指先で弓弦をくすぐるように何度も震わせ、光の矢を連射してきた。
あの矢は危険だ。刺さったらチャームにかかって我を忘れる。
両足に力をこめ、ファルコンブーツの性能をフル活用して駆けまわる。間断なく放たれる光の矢から逃れた。
「そこじゃ」
しかし、ハリスの動きを予想しながらカンナは光の矢を射てくる。まずっ、進行方向に矢が飛んでくる。このままだと貫かれる。咄嗟にブレーキをかけようとするも、無理っぽい。間にあわない。うそだろ、やられちゃうのかよ。
「ハアッ」
虹色の閃きが走る。シルフィアだ。シルフィアが、ハリスを狙う光の矢をエクシャリオンで叩き斬った。
さんきゅう、と感謝の意味をこめてハリスは首を縦に振るう。シルフィアはわずかに頬をゆるめた。
ざわついた気分を静めるために深呼吸する。
とにかく、カンナに光の矢を撃たせてはいけない。あの矢はオリック以上に脅威だ。頭のなかで状況を整理する。
よし、もう大丈夫だ。
ハリスはカンナに向かって突撃する。何発か光の矢を射られたが、軽快なステップでよけていき、肉薄した。
「浅はかじゃな。わたしは剣の腕も一流じゃぞ」
カンナは弓矢を輝かせて聖剣に変形させると、刺突を繰り出してきた。ハリスはフウガで弾く。火花が散り、右腕が痺れる。息つく間もなく、カンナは二撃、三撃、四撃と立て続けに攻めてくる。ハリスは必死にカンナの剣捌きについていき、攻撃を防いだ。
本人の宣言どおり、剣の腕も一流だ。速く、しなやかで、力強い。身体能力ではハリスを大きく上回っている。完全にミスった。もともと真正面から戦うのは苦手なのに、こんな剣の使い手に突っ込んでしまうなんて……。
聖剣の斬撃がハリスの二の腕をかすめ、皮膚と肉を削いだ。その次は膝、肩と負傷していく。血が飛び散る。長く打ち合うことはできない。
「キヨミ、ハリスの支援を」
「しかたないですね……」
いやそうにキヨミはゴスペルを発動させた。
ハリスの体に光が灯る。これが身体を強化させる魔術。初めての感覚だ。内側から力があふれてきて、体重が軽くなったみたいだ。けど当のキヨミがすごくいやそうなので、手放しでは喜べなかった。
それに身体能力を強化してもらっても、カンナとは互角に渡り合えない。どころか、カンナの動きはますますキレがよくなる。どんだけ強いんだよ。勇者の一人だから相当強いんだろうけどさ。
「うむ。そろそろおぬしの動きにも慣れてきたな」
「え?」
聖剣とフウガが衝突すると、だしぬけにカンナはサイドステップを踏む。ハリスの正面からいなくなった。カンナは距離を稼ぐと聖剣を輝かせ、一瞬で弓矢に変形させる。ハリスに光の矢を射てきた。
あぶなっ、と心中で叫び、かがんでかわす。わずかな間隙を突いて、狙ってきやがった。
上体を起こすとハリスは地面を蹴って、カンナとの距離を詰める。フウガで斬りかかる。カンナは再び弓矢を聖剣に変形させ、フウガを防ぎ止めた。
ハリスの攻撃がカンナに届くことはない。でも意地でも離れない。ひたすらくっつく。光の矢を放つ間を与えない。
「ねちっこい小僧じゃな」
「ねちっこさなら誰にも負けないんでね」
できるだけ卑屈っぽく唇の端を曲げてみせる。カンナは嫌気がさしたように鼻息をもらした。
「カイト、矢を」
「オラッ、コメットショットだ!」
シルフィアたちも奮闘している。カイトが矢を放ち、それに合わせてエヴァンスもアイシクルを発射。オリックは双剣を乱舞させ、入り混じった矢とツララをすべて叩き落とす。キヨミがクリメイションを発動させると、オリックは足場を移動させて回避。そこにシルフィアが突撃して剣戟を交える。
依然としてオリックにダメージはない。押されているのはシルフィアたちだ。
「なんだ……」
ハリスは耳をそばだてる。何かが聞こえる。ハリスやシルフィアたちが歩いてきた通路からだ。これは……足音。しかも複数。まさかアンデッド? いや、そのわりには整然とした足音だ。ということは。
「きみは、エンダーさんの娘のシルフィア……」
別働隊を率いていた壮年の戦士がやってくる。後ろにはいくつかのパーティも引き連れていた。ぱっと見、三十人はいる。かなりの数の冒険者が集まっている。
やった、援軍だ。ばらけていた別働隊がきた。これだけいれば、カンナとオリックが相手でも渡り合える。そして勝てる……はずだ。たぶん。いや、たぶんじゃなくて勝つんだ。
壮年の戦士はすぐに状況を把握すると、背後にいる冒険者たちに戦闘準備をさせた。
「あの二人が……オリックとカンナか」
壮年の戦士も剣を抜いて、身構える。
「ふむ。どうやらそろそろ頃合いじゃな」
ドッとハリスの腹部に鋭い痛みが刺さる。口から唾液が飛び散った。カンナは鍔迫り合っていたハリスの腹に前蹴りをかましてきた。
ハリスは尻もちをついてえずく。吐きそうだ。吐かないけど、こんな衆目の前で吐いたら沽券にかかわる。ハリスの沽券なんてあってないようなものだけど。
カンナはハリスから離れると、きびすを返して走った。そして壁に触れる。小部屋の床が水色に光沢しはじめる。ハリスもシルフィアも、その仲間たちも、援軍の冒険者も、カンナやオリックまでも、全員の体がわずかに浮遊した。
これは……トラップ。裏門から入ったときに使われたのと同じ種類のものだ。
浮遊感が上昇する。一瞬の暗転。目の前の風景が切り替わり強制転移される。
自分の居場所を視認するなり、目を見張る。
ここは……知っている。思い出しただけでもゾッとする。
魔城の中心部。大勢の冒険者たちが殺された場所。
ネミアが復活した広場だ。
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