第26話





 先ほどのトラップは別働隊をばらけさせるためのものだ。誰ともパーティを組んでないハリスにとっては脅威になるトラップだ。パーティ組んでる連中と知らないところに飛ばされるとか……地獄だ。異物感が際立ちまくる。


「えっと、これからどうしようか?」


 正門では陽動隊がアンデッドの大軍と交戦中だ。別働隊は城内に散り散りになってしまっている。この状況でどう動くべきか、シルフィアは仲間たちと、それから一応ハリスにも訊いてきた。


「ガンガンいこうぜ!」


「どうぞお一人でガンガンいってください。もう帰ってこなくていいです」


「おいおいキヨミン、協調性がねぇな。いくときはみんな一緒だろうが! パーティは一蓮托生、一心同体だろうが! そんなんだからいつまで経ってもおっぱいが育たないんだぞ! 巨乳になりたくねぇのかよ! キングオブおっぱいになりたくねぇのかよ!」


「なりたくありません。セクハラですよ、それ」


 キヨミは冷たくあしらう。


 こんなときでもカイトはうるさい。緊張感がないというか、神経が太いというか……イカれてるんじゃないかと思う。


 ハリスはシルフィアに視線を向けると、ぼそぼそと投げかける。


「おまえはどうしたいんだよ」


「わたしは……他のパーティと合流したほうがいいと思う」


「合流するって、どうやって? ここがどこかもわからないし、他のパーティの居場所だって見当がつかないぞ」


「それは……」


「気合いだ! 気合いさえあればみんなと通じ合える! シンパシーだ!」


 カイト、マジでうぜぇ。よくこんなのとパーティを組んでられるな。いや、こういう明るくてうるさいのも必要なんだろうけど。他三人のスルースキルに、ハリスは脱帽しつつある。


「城内の中央を目指すんだ」


 沈黙していたエヴァンスが口を開いた。


「ネミアがいるのはおそらく城内の中央、奴が復活した広場だ。みんなそう考えている。もともと別働隊はそこを目指して進んでいた。ならば、ばらけた他のパーティも広場を目指すはずだ。そこに向かっていけば自然と合流していける」


 推測が多分にふくまれているが、それが最善だ。となれば問題はここがどこなのか、そして中央にはどういったルートをたどれば着けるのかを把握しなければいけない。


 エヴァンスは壁にある明かり取りから外の景色を覗きみる。懐からデスヘイムおよび魔城内の地図をとりだすと、ふむと頷いた。


「おそらくここは城内の北東だ。南西に向かって進めば広場にたどり着けるだろう」


「エヴァンス、わかるの?」


「デスヘイムから北東に進んだところには山脈がある。そこの窓からその山脈が見えたので、だいたいの位置は予測できる」


 エヴァンスは誇ることもせずに淡々と語ってきた。レイド参加者には地図が配布されている。この状況下でそれを使って活路を見出すなんて大したものだ。熟練の冒険者ならともかく、若手で冷静な対応ができる奴はそうそういない。


「さすがエヴァンス先輩です。……ふつうこういうのは、狩人の仕事だと思いますが」


「はぁ? キヨミンなに言ってんだ? 俺は確かに狩人だが、心はいつだって戦士だぜ? わかってねぇな」


「あなたのことなんてわかりたくありませんし、知り合いたくもありませんでした。このボケナス」


「あぁ! ボケてねぇよ! 真剣そのものだよ! 俺こそが真剣さの代名詞だ!」


 さっきよりキヨミの言葉がキツくなっている。イライラが溜まっているのか。どうやらそうっぽい。


「じゃあ、南西に向かって進もう」


 シルフィアが歩き出すと、他の三人も続いていく。


 同行してもいいのか、ハリスはちょっと迷ったが、ここで別行動を取るのはおかしいはずだ。たぶん。シルフィアたちから少し距離をあけて、とぼとぼと歩いた。なんか、居心地がわるい。


 しばらく通路を直進していく。たまにカイトがどうでもいい話題を振ってきたが、他の三人はおざなりに流していた。


 四方にひらけた部屋に足を踏み入れると、ハリスは立ち止まった。背筋にビリッときた。こっちに敵意が向けられている。


「おい、なんか来るぞ」


 前を歩くシルフィアたちに呼びかける。四人ともとっくに感づいている。


 正面の通路から、鈍重な足音が響いてくる。徐々に音は大きくなっていく。その音が間近に迫ってきて……スカルドラゴンが姿を現した。城内にもアンデッドが潜伏しているのはわかっていたが、スカルドラゴンまでいるのか。


 スカルドラゴンはわずかに両翼を羽ばたかせると、長い首を前方に突き出して咆哮を轟かせる。口から緑色の濃霧、ポイズンブレスを吐き出してきた。


「みんな、よけて!」


 シルフィアの声に応じて、全員が動く。シルフィアたちパーティは一塊になって、右によけた。ハリスは一人だけ左によけたが、走り出した瞬間に戸惑う。


 いつもより身軽というか、移動スピードが速くなってる。そうか、ファルコンブーツ。エンダーからかりたブーツを履いてるから敏捷性が向上している。


 右側によけたシルフィアたちは、それぞれの得物を手にして戦闘態勢になった。


「ドラゴンスレイヤーである俺に任せな!」


「それが本当なら、どれだけ助かることやら……」


「キヨミンのアホォ! 夢ってのはな、見るもんじゃねぇ! 叶えるもんなんだよ! 夢を叶えてこその男だろうが! くらえ、コメットショット!」


 カイトがなんかよくわからない説教を垂れながら、矢を弓弦に番えて高速の一撃を放つ。


 飛んでいった矢はスカルドラゴンの頭部に命中したが、あまり効いてない。


「わたしが行く」


 シルフィアは腰の鞘から虹色に輝く剣、エクシャリオンを抜いた。スカルドラゴンに向かって突進する。距離を詰めると、ゲイルアタックを打ち込むが……空ぶった。スカルドラゴンは翼を羽ばたかせて横に飛び、斬撃をかわした。


 シルフィアは悔しそうに歯噛みする。あんなデカイ敵相手に攻撃を外すなんて、シルフィアらしくない。どうしたっていうんだ?


 自分の移動速度の上昇にやりづらさを感じつつ、ハリスも走り出す。フウガを抜いてスカルドラゴンの背後に回り込む。蛇閃を決めようとしたが、戦技を出すタイミングと手足の動きが合わない。不発に終わる。戦技そのものを失敗した。


 だめだ。フウガが軽すぎて扱いにくい。たぶんシルフィアもそうなんだ。バスタードソードを握っていた頃の感覚が抜けきっていない。エクシャリオンに違和感を覚えている。だからさっき戦技がうまく決まらなかった。


「ハリス、前!」


 意識を戦闘に戻すと、こちらに背中を向けるスカルドラゴンが長大な尻尾を振るってきた。


 完全に虚をつかれた。即座によけようとバックステップ。尾の先っぽが脇腹をかすめる。革のベスト越しに猛烈な打撃が叩きつけられる。吹き飛ばされてごろごろと地面を転がった。痛てぇ。超痛てぇ。……肋骨にヒビが入ったかも。ていうか入った。


「――凍てつく刃よ、敵をつらぬけ。アイシクル」


 側面からエヴァンスが十本のツララを発射する。ツララはスカルドラゴンの右足に集中して突き刺さった。スカルドラゴンは膝から崩れてダウン。だけどあれじゃ決定打にならない。


「ハリス、大丈夫?」


 シルフィアが駆け寄ってきて、心配してくる。そしたらなんかじんわりとしたものが胸にひろがった。ちょっと泣きそうになる。泣かないけど。


「問題ない……」


 いや、問題なくはない。だって喋ったら脇腹がジンジンして激痛が走る。なに格好つけてんだろ? 素直に助けを求めればいいのに。でもシルフィアの手はかりずに、自力で立ちあがる。


 ハリスもシルフィアも、新しい武器に早く慣れなきゃいけない。じゃないとろくに戦えない。


 でもその前に、シルフィアたちを見てて疑問に思ったことがある。


「シルフィア、おまえ仲間たちに指示を出さなくていいのかよ?」


「えっ、指示? わたしが? どうして?」


 やっぱりか……。そういうことはちゃんと決めていなかったんだな。まぁ、いろいろと立て込んでいたから仕方ないけど。


「おまえがみんなの司令塔になるべきなんじゃねぇの? リーダーだろ?」


「リ、リーダー? えっ、だれが?」


「いや、おまえが……」


「えっ……わたし、リーダーなの?」


「俺に訊かれても……」


 シルフィアは左手の指で自分の顔をさすと、アホ面になっていた。アホ面だが、もともと顔立ちが端正なのでかわいい。いや、かわいいとか今はどうでもいい。


 スカルドラゴンが体勢を崩した隙に乗じて、エヴァンスもこっちに駆け寄ってくる。キヨミとカイトも一緒だ。


「俺はてっきりシルフィアがリーダーだと思い込んでいたんだが?」


「右に同じです。シル先輩しか考えられません」


「いいや、俺こそがリーダーだ! おまえらは今日から俺の手足となり、血と汗と涙を流して働きまくれ! 俺さまの命令は絶対だ!」


「一生だまっててください。クズ」


「だまりませ~ん! 喋りつづけま~す! 生きてるかぎり喋りつづけますよ~! キヨミ~ン!」


 キヨミが片眉をひくつかせている。怒っちゃだめよ、キヨミン。ここはがまんがまん。


「えっと、話し合ってる余裕もないみたいだし、とりあえずわたしがリーダーってことでいいのかな?」


 エヴァンスとキヨミは一も二もなく首肯する。問題はカイトだが……。


「へっ、しょうがねぇな。今回はおまえにゆずってやるよ」


 意外とあっさり引きさがった。緊急事態だということはわきまえているらしい。


「ふつつかものだけど、よろしく」


 ぺこりとシルフィアは頭を下げる。キヨミが杖を脇にはさんで拍手を送った。すごい太鼓持ちだ。


「なぁ、スカルドラゴン立ちあがったけど」


 膝を屈していたスカルドラゴンが立ちあがる。凶暴な唸り声を響かせて、こちらを睨んでくる。


「シルフィア」


 エヴァンスが催促すると、シルフィアはしどろもどろになった。


「あの、司令塔って、どうやれば……」


 そうだよな。いきなりやれとか言われてもわからないよな……。ここは一つ、アドバイスしてやろう。


「真似でいいんじゃねぇの……セシリーとかの」


「セシリーの……」


 その名を口ずさむと、シルフィアはほんの一瞬だけ目を閉じる。次に瞳を開いたときには、覚悟を決めた表情になっていた。


「わたしが前衛で戦う。カイトはわたしを弓で援護しつつ、キヨミとエヴァンスを守って。キヨミとエヴァンスは魔術の準備。ただし、この後の戦闘を考慮して魔力は温存するように」


「おうよ」「はい」「わかった」


 三人が一斉に返事をし、それぞれの役割に没頭する。パーティの一体感というか、士気が高まる。


 ハリスだけ場違いだ。疎外感を覚える。急激に帰りたくなってきた。帰れないけど。いつもどおり勝手にやらせてもらう。脇腹が痛くてもがまんすればいいし。


 スカルドラゴンは両翼を上下に動かして、巨大な図体ごと宙に浮遊した。両翼をひろげると、低空飛行でこっちに突っ込んでくる。


「カイト」


「任せんしゃい! シューティングスターだ!」


 引っ切りなしに矢が連射される。スカルドラゴンの全身に矢が刺さりまくるが、飛行速度は衰えない。


「エヴァンス」


「――暴虐の吹雪よ、立ちはだかる障害を蹴散らせ。ブリザード」


 飛んでくるスカルドラゴンの少し手前から氷塊の豪雨が降りそそぐ。真上から落としても前進するスカルドラゴンには命中しない。それでちょっとだけ狙いをそらしたんだ。カイトの目論見どおり、降りそそぐ氷塊はスカルドラゴンに直撃。翼や背中の骨を砕き、地面に落下させた。地面に激突したスカルドラゴンは全身を摩耗させつつ、砂埃を散らしながら急停止する。


「キヨミ、おねがい」


「――神の福音よ、高らかに響き恩恵を授けたまえ。ゴスペル」


 シルフィアの体が光につつまれる。身体能力が強化された。


 エクシャリオンを両手で握りなおすと、シルフィアは大地を蹴って疾駆する。突っ伏しているスカルドラゴンのもとまで肉薄した。


「ゲイルアタック!」


 今度こそ決まる。スカルドラゴンの頭蓋骨にエクシャリオンが打ち込まれた。さらにシルフィアはゲイルアタックからストームスラッシュを繰り出し、スカルドラゴンの首や腕や胴体などを斬りまくり、破壊していく。シルフィアの身のこなしも凄いが、エクシャリオンの切れ味が凄まじい。頑丈な骨をたやすく斬り裂いている。


 スカルドラゴンもやられっぱなしじゃない。咆哮をあげ、崩壊しかけた体を起こした。首をのばして鋭い牙で噛みつこうとしたり、腕を振るって爪で引き裂こうとしたり、シルフィアに反撃する。それらをシルフィアは巧みな体捌きでよけていく。


「っ……」


 ハリスは奥歯を噛みしめる。脇腹の痛みをこらえて走り出す。足が地面を叩くたびに肋骨が刺激される。たまに口から変な声がもれた。あぁもう走りたくねぇなって思ったけど、それでも走る。シルフィアたちに構うことなく勝手にやらせてもらう。


 半円を描くように走り抜けて、スカルドラゴンの背後をとる。スカルドラゴンは正面にいるシルフィアたちに注意を引きつけられていた。


 ハリスは右手のフウガを握りしめ、巨大な背中に跳びかかる。だが、スカルドラゴンの尻尾が動いた。鞭のようにしなり、斜め上から振り下ろされる。ハリスを叩き潰すつもりだ。


 大丈夫。今度は事前に感知できた。ファルコンブーツだってある。奇襲を中断すると、右にダッシュ。敏捷性が増しているので容易によけられる。そう思っていたが予想外のことが起きた。振り下ろされる尻尾の軌道が変わる。ハリスのいる方向めがけて尻尾が落ちてくる。


「ハリス!」


 正面からシルフィアの声。え? 正面から?


 シルフィアは臆することなくスカルドラゴンの股下をくぐりぬけて背面に回り込んでくる。一気にハリスのもとまで来ると、キッと両目を凄めて頭上を睨む。


「スカイスラスト!」


 落下してくる尻尾に向かって、虹色の剣で斬り上げる。スパンと痛快に尻尾は切断された。尾の切れ端は少し離れたところに落下する。


「無事?」


「お、おう。見てのとおりだ」


 どもりながら返事をする。シルフィアはパーティのことだけ考えてればいいのに。ハリスにまで気をくばる必要はない。って、今はうだうだ考えてる場合じゃないか。


 スカルドラゴンの背中を睨みつけて、脇腹痛いとか考えながら踊りかかる。フウガはスカルドラゴンの脊椎にすべらかに入っていった。


 ハリスがフウガを引き抜き、スカルドラゴンから跳び離れる。次いでシルフィアがゲイルアタックでスカルドラゴンの右足を完全破壊し、再び地べたにダウンさせた。


「キヨミ、とどめを」


「――聖なる炎よ、死者をあるべきところに帰せ。クリメイション」


 銀色の聖火がスカルドラゴンに灯る。全身を完膚なきまでに焼きつくしていく。アンデッドに絶大な効果を発揮する光系の攻撃魔術だ。数秒と経たずに、スカルドラゴンは灰となって消滅していった。


 ひとまず戦闘が終了すると、シルフィアは人心地がついたようで剣の構えをといた。


「どうだったかな? わたし、うまく司令塔になれてた?」


「完璧です、完璧すぎます、シル先輩! あんな完璧な采配は見たことがありません! わたし一生シル先輩についていくと心に決めました!」


「あ、ありがとう……」


 らんらんと目を輝かせて絶賛してくるキヨミに、シルフィアはぎこちない笑顔で応える。


「特に問題はなかったな」


「俺に比べたらまだまだ下手くそだが、及第点ってところか」


 エヴァンスとカイトもそれぞれの評価を下す。なんでカイトが上から目線なのかは、誰もつっこまない。めんどくさいので。


 シルフィアはこわごわとハリスの顔色をうかがってくる。……もしかして感想を求められているのだろうか? べつにハリスはパーティの一員ではないのに。でも感想を求められているのなら、何も言わないわけにはいかない。


「ま、よかったんじゃねぇの」


 無愛想につぶやくと、シルフィアはにっこりとした。ここでさっきの指揮は酷かった、なんて言ったら険悪になるし、キヨミからボコボコにされそうなので無難に答えてておく。まぁいい指揮だったけど。


「ハリス、さっきの攻撃で脇腹いためたよね? ずっと動きが変だったよ。早く言ってくれればよかったのに」


「それは……まぁ、なんだ」


 なんなんだ? わからない。もごもごと口ごもる。シルフィアに見抜かれていたのが、とても恥ずかしい。穴があったらダイブして入りたい。


「キヨミ、ハリスに回復魔術をかけてあげて」


 うへぇ、とキヨミは不味いものでも食べたようにうなった。超嫌そうな顔されたよ。これだから言いたくなかったんだ。


 キヨミはしぶしぶ回復魔術をかけてくれた。


 お礼は言わない。ていうか言えなかった。だってキヨミン、治療中はろくに目を合わせてくれないし、治療が終わったら終わったで声をかける間もなくシルフィアのところにいっちゃうんだもん。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る