第30話
「みんな、最後の力をふりしぼってネミアを倒そう。そしたらこの戦いはわたしたちの勝ちだ」
リーダーとして、シルフィアは仲間たちを鼓舞する。自分自身を奮い立たせるために、仲間たちに勇気を与えた。ここで全てを出しきって、勝利をつかみとるために。
「パーフィケーション」
キヨミが杖をかざす。シルフィアの体をつつんでいた闇をはらう。
がくりとキヨミは膝をついた。
「……すみません、シル先輩。魔力が底をついちゃいました。もうお役に立てません」
キヨミは自らの未熟さを悔やむように下唇を噛む。肉体への負荷は解けたが、シルフィアは満身創痍だ。左腕は使えない。回復術師としては、完全に傷を癒してあげたかったはずだ。
「大丈夫だよ、キヨミの気持ちはしっかりと伝わったから。おかげで体が軽くなった。本気で剣を振るえるよ」
シルフィアは微笑みかける。キヨミがしてくれたことは無駄じゃない。それを証明するために、シルフィアは勝たなきゃいけない。
「スレイン、カンナ、あいつらを殺せ」
「んじゃ、そろそろ終いにしますかね」
「名残惜しくはあるが、長引かせはせぬ」
スレインは地面に刺していた光龍剣を引き抜くと、刃を輝かせてソードフラッシュを何十にも重ねて連発してくる。
「ッラララララアアアアァァァァッ!」
エンダーが咆哮をあげて前方に躍り出る。大剣をぶんまわし、次々と飛んでくるソードフラッシュを打ち消す。砕け散る光の刃が細かな光となって闇のなかにとけていく。
「シューティングスターだっ!」
ハリスがスレインに狙いを定めて、矢を撃ちまくる。スレインは飛んでくる無数の矢をソードフラッシュで燃やしつくす。その間にエンダーはさらに前進すると、スレインに肉薄した。大剣を振り下ろして、鍔迫り合いに持ち込む。
「シルフィア、いけ! こいつは俺が引き受ける!」
「でも、お父さん……」
「心配すんな! おまえがネミアを仕留めるまでは、持ちこたえてやる!」
エンダーは力ずくでスレインを押し返すと、全身をしならせるように大剣を振るう。残像の軌跡を描くほどの素早い一撃を打ち込んだ。
「やるじゃねぇか、見直したぜおっさん」
「おっさんじゃねぇ! 俺の心は十代のままだ!」
気炎を燃やしてエンダーはスレインと斬り結ぶ。長くは持たない。シルフィアは迅速にネミアを倒さなきゃいけない。
シルフィアが前を向いた。すかさずカンナが光の矢を射てくる。エクシャリオンで弾こうとするが、それに先んじてハリスが走った。シルフィアの前を横断し、フウガで光の矢を斬り裂く。
「ハリス……」
「おまえは仲間たちと協力すればいい。俺はいつもどおり、おまえらの周りをうろちょろしながら勝手にやるよ」
なにがおかしいのか、シルフィアはくすりと笑う。
「ありがとう」
いや、お礼とか言われても。お礼はいいから金をくれ、てなことは面と向かっては口にできない。
シルフィアは凛々しい表情になって馳せる。一直線に、ネミアにむかって。
ハリスも走った。飛んでくる光の矢がシルフィアに当たらないように、フウガを振るい、打ち消していく。
「アイシクル」
エヴァンスが魔術を発動する。十本のツララが、ハリスとシルフィアの間を通り抜けていった。カンナは弓矢を聖剣に変形させると、ネミアの前に立ちはだかる。斬撃で飛来するツララを一本も残さずに砕いた。
「おのれ……」
ネミアは後退する。追いつめられて逃げ腰になっている。
「ゲイルアタック!」
カンナに肉薄すると、シルフィアは右手で握りしめたエクシャリオンを叩き込んだ。鮮やかな火花が散る。カンナは聖剣で斬撃を受け止める。虹色と純白の刃が噛み合い、ギチギチと音を奏でる。
シルフィアの両足が地面にこすれて押し返されそうになる。右腕一本だけでは、どうしても力負けしてしまう。
このままじゃいけない。ハリスはカンナの背後に回り込む。背中にとびかかって蛇閃。
……ってなんだこの手応え? 奇妙な感触だ。カンナがまとった羽衣。なめらかだけど、刃が通らない。ただの羽衣じゃない。これがカンナの鎧なのか。
だけどハリスの握るフウガだってただのダガーじゃない。勇者の仲間が使っていたダガーだ。伝説級の武器だ。ただのダガーなら完璧に防がれていたが、これならいける。
左の掌で柄頭を叩き、無理やりフウガをねじりこませる。
「ぐっ……強引な小僧じゃな」
カンナの眉間に深い皺が刻まれる。効いてるようだ。シルフィアと鍔迫り合う聖剣の力がゆるむ。ハリスはフウガを抜いて、カンナの背中から離れた。
「こんのおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
咆哮。シルフィアが咆哮を轟かせる。ギチギチと刃を噛み合せたまま、力ずくで押しきった。虹色の剣がカンナの羽衣を真っ赤に染めて、深々と肩口に食い込む。袈裟斬りにする。
澄んだ金属音が鳴ると、純白の聖剣が手から落ちて地面をすべっていた。
シルフィアは熱い息を吐きながら、目の前の女性を睨む。
妖艶の勇者は二、三歩後ずさると、唇から血をこぼして微笑んだ。
「……やれやれ、どうやらここまでのようじゃな。なかなかに楽しい夜じゃったぞ」
眠たそうな目でそうささやく。カンナの体が透けていく。希薄になっていく。細かな光の粒になると跡形もなく消滅した。
「これで二人目!」
仲間たちの気力をみなぎらせるために、シルフィアは語気を強めて叫ぶ。
「くっ……スレイン、戻ってこい!」
「はいよ」
軽い返事をすると、スレインは光龍剣を一閃。斬り結んでいたエンダーを吹っ飛ばす。エンダーはもう限界がきたのか、仰向けに倒れたまま立ちあがれない。足腰がいうことを利かないようだ。
スレインはシルフィアのもとに馳せよる。走りながら光龍剣を輝かせて、ソードフラッシュを放った。
ハリスは咄嗟にカンナが使っていた純白の聖剣を左手で拾いあげる。前に出るとシルフィアを狙って急迫してくるソードフラッシュを聖剣で防いだ。全身が痺れた。とんでもない衝撃だ。左手で握っていた聖剣がすっぽ抜けて、遠くに飛んでいってしまう。
「ハリス!」
「いいから、いけよ。おまえはネミアを倒せ。セシリーの仇を討つんだろ?」
シルフィアは何か言いたそうに唇をひらいたが、グッと息を飲む。使命を果たすために、ネミアのもとに突撃する。
「どけ、ガキ。今はテメェと遊んでるひまはねぇんだよ!」
怒気をはらんだ剣幕でスレインは威嚇してくる。
こぇぇ。超こぇよ。あまりの威圧感に足が震える。子供だったら失禁してる。ハリスは子供じゃないけど失禁しそうだ。でもがまんする。どくわけにはいかない。
フウガを構えた。なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないんだよ、クソが。正面からやりあうのは盗賊の仕事じゃないだろ、誰か他の奴がやれよ他の奴が、と頭のなかで文句を垂れつつも、頑として動かない。動かないっていうより、ビビりすぎてて動けないだけかも。
「どかねぇってなら、無理にでもどかすまでだ。オラッ!」
光龍剣が唸る。ハリスを八つ裂きにせんと、烈火怒涛の斬撃が叩きつけられる。上下左右あらゆる角度から刃が襲ってくる。
逆手に握ったフウガを走らせて打ち合った。神経を総動員して防戦に徹する。斬りかかってくる黄金の剣を弾く、弾く、弾く、弾く。フウガの刀身から悲鳴があがる。銀色の刃に亀裂が入る。壊れそうだ。あと何発たえられるかわからない。
てか腕が痛い。一撃弾くたびに激痛が流れてくる。右腕がへし折れそうだ。徐々に感覚とかなくなってきた。腕一本くらいならいいか? いや、よくないだろ。防がないと殺される。一発でもくらったら即死だ。
「ダークネス!」
ネミアは黒い球体を発生させて、猛進してくるシルフィアを押しとめようとする。でもシルフィアの走行はとまらない。むしろ加速する。加速して突っ込む。エクシャリオンで黒い球体を断ち斬る。爆破が起きた。シルフィアは爆圧を浴びる。だが黒煙のなかから飛び出してくる。ダメージをもらったが、純銀の鎧が耐えてくれた。
走る。走る。走る。走る。
ネミアのもとまで、走り抜ける。
たどりついた。肉薄した。
仇敵を間合いに捕らえ、渾身の一撃を振りかぶる。
「ゲイルアタック!」
虹色の閃きが漆黒のローブを裂いて、ネミアを叩き斬った。
がはっ、と青紫の唇から赤黒い血が吐き出される。
「おのれ……人間風情が……」
まがまがしさを凝縮したような怨嗟を瞳にこめて、ネミアはシルフィアを睨みつける。その凶悪な眼力だけで、シルフィアを殺そうとしている。
「ギルバドスさま……もうしわけごさいません…………」
ぐらりと漆黒のローブが揺らめく。ネミアの体がくずおれて、地に伏した。倒れたまま唇をイビツにまげる。
「……だが……まだ、終わりではないぞ……」
言葉が途切れる。ネミアの瞳から光が失われていく。
……死んだ、のか? ネミアは死んだのか? じゃあこれで終わり? 冒険者たちの勝利? 本当にそうか? いや、ネミアは死んだ。確実に絶命した。
では、最後のはなんだ? ただの負け惜しみ? いや、ちがう。負け惜しみじゃない。
ハリスの目の前には、原初の勇者がはっきりと存在している。
「ソードフラッシュ!」
ゼロ距離からの刃の閃光。それをもろにくらってしまった。ハリスは吹っ飛ばされて倒れる。意識が肉体から叩きだされたのかと思った。ていうか死にそう。死んだんじゃないかこれ? 死んだのかな? でもまだ生きてるっぽい。手足はついてる。指先もわずかに動く。かろうじて生きてる。
全身のいたるところが痛い。痛いところがないくらい痛い。よく生きてたな。生きてたのは、たぶん寸前でフウガを構えたからだ。フウガが盾となってソードフラッシュの威力を緩和してくれた。あと装着してる革のベストとマントも多少の役にはたった。もう黒焦げで使い物にならないけど。
それより問題は、なぜいまだにスレインがいるのかだ。
「……そんな、ネミアが死んだのに、なんで……」
シルフィアも混乱している。声の音程がおかしい。
「下にいるアンデッドどもは灰になって消滅してんだろうがな、俺は触媒を介して召喚された特殊なアンデッドだ。術者が死んだあとも、ちいっとばかし遊べるみてぇだぜ」
嬉々とするスレインの肉体は半透明だ。消えかけている。消えかけているが、そこに存在している。
ネミアを倒してもまだ終わりじゃない。スレインが消えないかぎり、完全な勝利はありえない。
「あんまり時間がねぇみてぇだからな、フルパワーでテメェらをぶち殺す!」
堰を切ったように、光龍剣から膨大な輝きがあふれだす。神々しい光彩によって昼夜が逆転する。輝きは龍の尾さながらに伸長していき、超大な刃を形成した。あんなの触れただけで焼きつくされる。
「オラッ、いくぜぇぇぇぇぇぇぇ! ソォォォォォドフラァァァァァァァァシュッッ!」
スレインは特大の剣を横薙ぎに振りかぶる。ソードフラッシュを放出するつもりだ。かなり重そうだが、剣が最後まで振り抜かれたら屋上ごと蒸発して全員が消し飛ぶ。
ダメだ。撃たせちゃいけない。スレインに剣を振らせちゃいけない。止めないと。
「させっかよ! 俺はまだ死ぬわけにはいかねぇんだ! ハーレムにかこまれてモテモテになる俺のサクセスストーリーのためになぁぁぁぁぁ!」
カイトは自らの願望を口にすると、シューティングスターで矢を連射する。矢筒に残っているぶんだけぜんぶ放つが、ダメだ。スレインには効かない。スレインが装備した黄金の鎧は堅牢だ。矢ではかすり傷すらつけられない。
スレインの体はさっきよりも透けていた。もう少しで消滅する。だけど剣を振り抜くまでは消えない。
「ぬおおおおおっ、力がみなぎってきたああああああっ! 俺っ、完全復活!」
地面に倒れていたエンダーが跳びはねる。ネミアが死んだことで、肉体を縛っていた呪いが解けたんだ。テンションがおかしいが、あれは地だな。
「やんぞ、シルフィア! ここが正念場だ!」
エンダーは娘に発破をかけて駆け出す。同時にシルフィアも駆け出した。前後から挟み撃ちするように、二人がかりでエンダーを仕留めにかかる。
それでも遅い。二人が肉薄するよりも、スレインのソードフラッシュが放出されるほうが先だ。
何かないか、何か、スレインを止めるものが。スレインの黄金の鎧を穿てるような、強力な武器はないか?
……ある。ていうかあった。伝説級の武器が、まだハリスの右手に握りっぱなしになっていた。
「ぐっ……っぁ」
腹筋に力をこめる。体中の筋肉と骨がきしむ。意識が遠のきそうだ。かまうもんか。
上半身だけ起こす。右手にあるフウガを、スレインにむけて投擲する。いつもナイフでやってるように、フウガによる飛影を行う。
飛んでいったフウガが、スレインのもとに迫る。命中する。黄金の鎧を貫通して、心臓に突き刺さる。
「っ、この、ガキィ……!」
ぎろりとスレインの血走った双眸がハリスを射抜く。フウガが刺さったことで体が硬直して、動きが鈍った。
「もらったぜ! おらああああああああああああああああああああっ!」
背後から馳せてきたエンダーが、握りしめた大剣をスレインの背中に叩きつけた。黄金の鎧ごとぶった斬る。
「っ、負けられるかよ!」
背中から血潮が噴き出しても、スレインは止まらない。猛々しく叫び、満身の力をこめて光の剣を振り抜く。
「させない! 勝つのは、わたしたちだっ!」
正面。シルフィアが正面から突っ込む。
「これで、終わりだ!」
魔王ギルバドスを倒した天虹剣エクシャリオン、それが原初の勇者に振り下ろされる。ゲイルアタック、ストームスラッシュ、スカイスラスト、全ての戦技を瞬時に叩き込む。黄金の鎧を砕き、半透明になった肉体を斬り裂いた。殺す。もう何千年も前に死んでいるが、それでも殺す。シルフィアは原初の勇者スレインを殺した。父から授かった剣で、完全に殺しきった。
血まみれになったスレインは、ぐったりとすると、口元をやわらげる。
「……んだよ。すげぇのが育ってんじゃねぇか」
光龍剣からあふれていた輝きが収縮していき、夜の闇に消えていく。
スレインは、笑ったまま左手をあげて、シルフィアの頭を軽く叩いた。
「次やるときは、俺とタイマン張れるようになっとけよ。小娘」
シルフィアはエクシャリオンを構えたまま、しっかりと頷く。
ふぅ、と息をもらすと、スレインの体が透けていく。光の粒になって溶けていく。原初の勇者スレイン・バースは、冥府へと帰還していった。
光龍剣が落ちる。心臓に刺さっていたフウガも落ちた。地面にぶつかった衝撃でフウガの刀身が砕け散る。もともとスレインと打ち合っていたときからやばかったが、とうとう限界がきた。よく最後までがんばったと褒めてやりたい。やっぱりダガーはいい。ダガーは最高だ。
目の前からスレインがいなくなると、シルフィアは……長い夢から覚めたように呆気に取られていた。
「……勝ったの?」
ぽろりと口からこぼれた言葉。シルフィアはそれが信じられないようだ。
「ほんとうに、あの伝説の勇者たちに……勝った」
その事実を確認するために、もう一度口にする。
そう、勝った。シルフィアたちは勝ったんだ。ネミアに、伝説の勇者たちに勝利した。
「おっしゃああああああああああああああ! 俺つえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
カイトは握っていた弓矢を放り投げると、両手の拳をかかげて勝利の雄叫びを響かせる。
その傍らで、「うっし」とエヴァンスが小さくガッツポーズを取っていた。
「シル先輩! シル先輩! シル先輩! シルせんぱあああああい! やっぱりシル先輩はすごいです! 最強です! 素敵すぎます! もう二度と離れません!」
キヨミは涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃになった顔で駆け寄ってきて、ひしっとシルフィアに抱きついて頬ずりをしてくる。返り血とかめっちゃついちゃってるけど、そんなの気にしてない。
シルフィアも、今だけはキヨミに抱きつかれても、まんざらじゃないみたいだ。
「さすがは俺の娘。よくやった! そして俺すごい! 呪いのとけた俺がいたからシルフィアの活躍が際立ったな。まぁ俺が最強ってことだ!」
エンダーは豪快に笑いながらシルフィアの背中をバシバシと叩く。なぜそこまで娘と張り合おうとするのか? もっと素直にほめてやれよ。
「おっ、どうやら他の連中もきたみたいだぞ」
エンダーが屋上の入り口を見やる。大勢の足音が螺旋階段を駆けのぼってきた。下の階で戦っていた冒険者たちだ。我先にと冒険者たちが屋上になだれ込んでくる。期待に満ちた眼差しが、シルフィアに集まった。
「ほれ、シルフィア。みんなおまえのことを待ってんぞ」
「え? わたし?」
シルフィアは自分の顔を指差すと、おろおろとする。
呆れたようにエンダーはかぶりを振った。
「しゃあねぇな」
エンダーはシルフィアの右手首をつかむと、天に向かってかかげさせた。夜空を突きさすエクシャリオンが月光によって七色に反射する。
勝利の合図だ。ネミアを討ち取り、レイドを達成したことが伝えられる。
冒険者たちが一斉に勝ちどきをあげる。みんな手にした武器を天にかかげて、弾けるような雄叫びを轟かせた。指笛まで聞こえてきた。まるでお祭りさわぎだ。冒険者にとって、この瞬間ほど幸福な時間はない。
ばたりとハリスは上半身を倒す。やっと終わった……。疲労困憊だ。もう一歩も動きたくない。いや、ラターシャに帰らなきゃいけないから動かなきゃいけないけど、心情的にはもう動けない。
首をもたげる。冒険者たちがシルフィアをとりかこみ、もてはやしている。シルフィアは称賛の嵐を一身にあびていた。
……輝いてる。なんかそういうふうに見える。あれがシルフィアだ。ああいうふうに、これからも輝きつづける。栄光の階段をのぼっていき、冒険者としての地位を築いていく。将来は本当に勇者とかになりそうだ。まぁ魔王がいないと勇者は成立しないけど。
結局、いいところはぜんぶシルフィアに持っていかれた。すべてシルフィアのパーティの功績みたいになっている。でも納得だ。栄光をおくられるのは、シルフィアにこそ相応しい。地味なハリスでは分不相応だ。柄じゃない。シルフィアじゃなきゃダメだ。
いいなぁ。うらやましいなぁ。ちくしょう。なんかシルフィアがとても遠い。距離がありすぎて、見上げることすらできない。
シルフィアとハリスでは、違いすぎる。冒険者としても。人としても。
てか、フウガ壊れちゃったよ。どうしてくれんだよ。せっかく手にした報酬が台無しだよ。しかもハリスのところには誰も来ない。近づこうとさえしない。完全にいない者にされている。ふだん単独行動を好んでいるからって、こんなときまで一人でいたいわけじゃない。「よくやった」ってほめられたい。いや、でも一人のほうがいい。囲まれたら緊張するし、あんな大勢にほめられたら赤面してしまう。なに喋ればいいのかわからない。やっぱ一人でいいや。
つーか、体が痛い。誰でもいいから早く回復魔術をかけてほしい。キヨミでもいい。キヨミはダメか。魔力きれちゃってるし。
自分で言うのもなんだが、今夜はかなりがんばった。なのにどうなのこの扱い? 誰にも評価されないし、誰にもねぎらってもらえない。傷も治してくれない。ないないづくしだ。なんのために命がけで戦ったんだよって話になる。まぁ金のためだ。金、金、金、金。金さえもらえればいい。金さえあれば飯が食える。酒が飲める。生きていける。
わかってたけどね。いつものことだ。どんなにがんばっても、そのがんばりに自分以外の他人が干渉することはない。ひとりで噛みしめるだけの、さびしい奴だ。
けれど、今夜はちがった。
……ふと、目があう。
みんなにかこまれて、ちやほやされているシルフィア。遠い存在で、距離がありすぎて、見上げることすらできない。そんなシルフィアと目があう。
シルフィアは……笑った。
ついさっきまで放心していたのに、冒険者たちにかこまれても気後れしていたのに、ハリスと目があうと、地に足がついたように安心して笑っていた。
シルフィアはグッと右の拳をにぎって、こっちにむけてくる。
ハリスも拳をにぎってあげようとしたが……腕に力が入らない。あと恥ずかしい。なのでやめておいた。
例のごとく、軽く頷いて、目をそらす。
たぶんシルフィアは、苦笑してるんだろうな。それでもうハリスのことなんか視界から外して、みんなの輪にとけこんでいる。
それでいいんだと思う。
シルフィアが見せてくれた、あの笑顔。
ハリスだけにむけた、特別な笑顔だった。
まぁ……なんだ。あれだけで、お腹いっぱいだ。
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