第31話





 生ぬるい溜息をもらす。さんさんと輝く太陽のせいで、じめっとした汗が額から流れる。あちぃ。太陽死なないかな、とか考えたりする。死なないけど。


 今日もハリスはひとりっきりでトボトボと街中を歩いていた。これからダンジョンにもぐって適当なパーティを尾行して、おこぼれをもらうつもりだ。むなしい作業だが、これはこれでなかなか充実感がある。楽だし。そこまで体力を消耗しない。


 デスヘイムの魔城でネミアを倒したあと、シルフィアの呼びかけで来てくれた回復術師にハリスは治療してもらった。シルフィアがいなかったらマジで誰にも見つけられずに放置されていた。あやうくもう少しでアンデッドの仲間入りをするところだった。


 それから何気なくエンダーに近づき、もらったフウガが壊れたことを伝えると。


「ん? そうか」


 って言われた。


 え? それだけなん? なんか代わりの武器をくれるとか、そういった心づかいはないの? ないようだ。ないのね。


 かりていたファルコンブーツをこっそりパクろうとしたら、エンダーに捕まった。ぶんどられた。クソが! と心のなかで毒づいた。


 レイドに参加した報酬として金をもらったが、壊れた装備一式を新調したらすっからかんだ。プラマイゼロ。儲けもなにもあったもんじゃない。


 あ~、レイドとか参加するんじゃなかった。フウガをもらっただけで満足しとけばよかった。もったいなかったなぁ、フウガ。時間戻らないかな。そんな魔術があったらぜひ習得したい。


 後悔先に立たずだ。そしてこれからも後悔しつづける人生を歩んでいきそうだ。なにそれ? 生きるのって苦しいだけじゃん。


「あっ、ハリス」


 急に名前を呼ばれたので、ドキンと心音がはねる。


 ハリスって自分のことだろうか? たまたま同じ名前の人がそばにいたとか、そういうオチじゃないかな? ないらしい。どうやら呼ばれているのはここにいるハリスだ。


 ぎちぎちと首をまげる。視線の先にはシルフィアと愉快な仲間たちがいた。


 華やかな純銀の鎧を身につけて、鞘におさめた天虹剣エクシャリオンを剣帯に吊るしている。デスヘイムで戦ったときの格好だ。


 他の面々も、装備を新しいものに買い換えたらしい。前よりも立派な防具やら弓やら杖やらを身につけている。


「久しぶりだね。デスヘイムでのレイド以来かな?」


「そうだな」


 適当に相槌を打っておく。


 シルフィアの言うとおり、顔を合わせるのはあの夜以来だ。


 魔城でネミアを討ち取って、シルフィアたちはセシリーの仇討ちを果たした。心のわだかまりみたいなものは、すっきりしただろうか? 


 少なくとも、デスヘイムの帰路では復讐できたことを喜んでいるようには見えなかった。復讐したところで死者が戻ってくるわけじゃないから喜べないか。ありがとうとか死者は言ってくれない。そもそもセシリーは仇討ちを望んでいたのだろうか? 望んでいたはずだ、なんてのは生きてる奴の都合のいいこじつけだ。セシリーは死んだ。なにも望めない。生きてる人間は往々にして死者の遺志とやらにかこつけて何かを行う。自分自身が前に進むために。自己満足を得るために。


 シルフィアたちは前に進めただろうか? 仇討ちを果たして自己満足できただろうか? どうなんだろ? パーティの一員じゃないハリスには知る由もないことだ。


 とりあえず、目の前にいるシルフィアの表情はおだやかだ。うれしそう……なのか? よくわからないが、ハリスを馬鹿にしてるわけじゃない。だったらいいか。


「ハリスも、これからダンジョンに?」


「あぁ」


「そっか。わたし達もなんだ」


 そんなの見ればわかる。これからパーティでダンジョンを攻略しますよ、ってオーラをびんびんに出しまくってるから。


「しっかしハリスンは今日もニヒルだな。将来は酒の似合うハードボイルドになるつもりか? お互い最強を目指す者同士、精進しようぜ!」


 カイトが意味不明なことを言って笑いかけてくる。べつにハリスはニヒルを気取ったつもりはないし、精進もしない。精進しないのは冒険者としてどうかと思うが。


「ハリス、きみとは一度じっくり話しがしてみたい、今度いいか?」


「え……」


 いきなりエヴァンスが個人的に会いたいと誘ってきたので、聞き間違いかと自分の耳を疑う。


「突然のことで驚いたと思うが、俺はきみに興味があるんだ」


「エヴァンス先輩……ホモですか?」


「ちがう。そういう意味じゃない」


 強めの口調で否定すると、エヴァンスは左手で眼鏡を押し上げる。


「時おりハリスのように単独行動を好む冒険者がいる。明らかに死亡率が高く、大した戦果もあげられない。なのに彼らは一匹狼でいることに固執する。どういった理念でそうしているのか、知りたいんだ」


 理念もなにも、ただ仲間がいないだけだ。……自分で言ってて泣けてくる。あと男に興味とか持たれてもうれしくない。うれしくないよな? たぶん。ふだん誰からも興味を持たれないからって、話がしたいという甘言に尻尾を振ったりしない。安く見ないでよ! 尻軽じゃないんだから!


「どうだろう。そちらの都合のいい日でかまわないが?」


「まぁ……うん」


 うんって言っちゃた。あっさりとうんって言っちゃった。自分でもびっくり。尻軽だった。しかも相当に低価格。


「あっ、じゃあわたしも一緒に行っていいかな?」


 なぜかシルフィアも来るつもりだ。べつにいいけど。


「へっ、しゃあねぇな。そこまで言うなら俺も付き合ってやるぜ」


 カイトも来る気まんまんだ。……おまえ、べつに来なくていいよ。


「シル先輩が行くなら、わたしもついてきます。わたしとシル先輩は一心同体なので」


 キヨミも来るのか。あと一心同体だと思っているのはキヨミだけだ。


「では、今度の休日に酒場で落ち合おう」


 エヴァンスが話をまとめる。


 しまったなぁ、とハリスは後悔する。予定とかあんまり立てたくない。だって予定日が近づくとドキドキしちゃう。前日なんかは緊張で寝つけない。特に人と会う予定とか気乗りしない。ほんと人生って後悔ばっかり。


「話は以上ですね。ではシル先輩。さっさと行きましょう」


 キヨミはシルフィアの腕を取って引っぱる。一刻も早くここから離れたがっている。ハリスを見る目がやたらと冷たい。さっきからその目で見られて、背筋がむずむずしてしょうがない。こらっ、キヨミン! そんな目で人を見ちゃメッよ! トラウマになっちゃうでしょ!


「わかったから、そんなに腕を引っぱらなくても」


 キヨミの気持ちを知ってか知らずか、薄々は感づいているのだろうシルフィアは微笑を浮かべてなだめる。からんでいたキヨミの手からするりと抜け出した。キヨミをかわすスキルが上達している。リーダーとしてちゃんとやれてるようだ。


 傍目からでも、シルフィアのパーティは雰囲気がいい。これからも各々が冒険者として成長を遂げていき、パーティも成長していくのだろう。


 ハリスには、どうでもいい話だ。だってハリスはパーティを組まないから。


 グループに属す者たちと、そうでない者。ハリスとシルフィアは違う。冒険者としても、人としても、在り方が違いすぎる。わかりあうことはない。ハリスにはシルフィアのことはわからない。


「あっ、キヨミ。ちょっと待って」


 そそくさと町の門に足先を向けるキヨミを呼び止めると、シルフィアはこっちを見てきた。


「えっと、ハリス。答えはわかってるけど、あえて訊くね。これからわたしたちと一緒にどうかな?」


 どうかなってのは……あれだ。あれに違いない。一緒に同じダンジョンに行かないかってことだ。ハリスを誘っているんだ。


 フッ、とハリスはできるだけ皮肉っぽく笑ってみせた。


「遠慮する。俺はパーティ組まねぇから」


 拒絶の返答。それを耳にすると、なぜかシルフィアは胸をなでおろした。


「うん。ハリスらしいね」


 にっこりと微笑む。どうして笑ってるのかは知らない。


「じゃあみんな、行こう」


 シルフィアはパーティの仲間たちを連れて、町の東門に向かう。ハリスはこれから西門に向かうつもりだ。行き先は、まったくの真逆だった。


 別れ際に、シルフィアはこっちを振り返ってくる。


 目があった。


 シルフィアは……誰にもばれないように、胸の前で小さく手をあげてくる。


 こくんと、ハリスはうなづいた。


 うれしそうに顔をほころばせると、シルフィアは行ってしまう。


 どうしてだろ? なんか、胸のあたりがやわらかくなったような感じがする。なんだろうな、これ? 自分のことだっていうのに、うまく説明できない。


 ハリスとシルフィアは違う。冒険者としても、人としても、在り方が違いすぎる。


 ハリスにはシルフィアのことはわからないし、シルフィアにだってハリスのことはわからない。そしてハリスにも、自分のことがわからなかった。


 だから二人がわかりあうことはない。


 でも……。


 ほんのちょっとだけなら、わかりあえる部分も、あるのかもしれない。


 ほんの、ちょっとだけだが。






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誰ともパーティを組めない残念な冒険者の俺が、勇者の娘と行動を共にすることになった。おいおい、そんな泣くことないだろ。伝説の歴代勇者たちを一緒にぶっ倒す。 北町しずめ @bz73uv5h

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