第24話
作戦会議が終了すると、広間にひしめいていた冒険者たちが屋外に流れ出ていく。はしっこにいたハリスは、しばらく静止したままでいた。あんまり密集した人の流れにはまじりたくない。人波がまばらになってから出るとしよう。
「やっぱりハリスも参加するんだね」
ハリスを見つけるなり、シルフィアは声をかけてきた。後ろにはカイトにエヴァンスに、それから物凄い攻撃的な目つきで睨んでくるキヨミがいる。うん、こわいね。
「参加するだけで金もらえるし。新しいダガーも試してみたいからな」
そう言って、シルフィアの姿を観察する。
シルフィアは純銀の鎧を身に着けて、鞘におさめた天虹剣エクシャリオンを腰の剣帯に吊るしていた。父親から授かった勇者の武具を装備した出で立ちは華やかで、さまになっている。かっこいいと思ったりもした。思うだけで、口にはしないけど。
「あっ……もしかして、あんまり似合ってないかな? 自分でも違和感あるんだけど」
「いや、べつにそんな」
「そんなことありません! 超似合ってます! もうその剣と鎧はシル先輩が装着するためにつくられたんじゃないかってくらい似合ってます! こんなに美しいシル先輩のお姿を拝見できて、わたしは世界一の幸せ者です!」
てへっ、キヨミンにセリフとられちゃった。それからあんまりグイグイこられるんで、シル先輩が引いているよ。
シルフィアは苦笑しながら鼻息の荒いキヨミから距離をとると、ハリスに視線をもどす。
「ハリスは……その、今回も一人なの?」
えっ? なに? 喧嘩売ってんの? 一人だけど? いつもどおり一人ですけど? 知ってるよね、一人だってこと? 知ってて訊いたよね?
「シル先輩、今さらそんなわかりきったことを確認してどうしようっていうんですか?」
気のせいか? キヨミの言葉は、もうこの人は手の施しようがありませんよ、と聞こえなくもない。
「えっと、そういうことじゃなくて……」
シルフィアは両手を振るうと、唇を閉じて黙りこんだ。真剣に思案している。
なるほど、とエヴァンスは一人で納得する。どうやらシルフィアの胸中を察したらしい。
シルフィアは軽く拳を握ると、まっすぐハリスを見つめてきた。
「あのさ、ハリス……もしよかったら、試しにわたし達とパーティを組んでみない?」
「へ?」
と間の抜けた声を出したのはハリスではなく、カイトでもない。ましてやエヴァンスでもなかった。そう、キヨミンです。
「シ、シル先輩、どうしちゃったんですか? 熱でもあるんですか? 正気ですか? こんな根暗な人をそばにおいたら、こっちまで死んだ目になっちゃいますよ?」
ならねぇよ。死んだ目になんかならねぇよ。他人をダークサイドにおとしめるような特殊な術は習得していない。習得していたら町中の人間を死んだ目にしている。……やだな、そんな町。
「わたしはほんの数日だけど、ハリスと行動を共にしたからわかるんだ。ハリスなら戦力になるって。すばやく動きまわって敵の注意をそらしてくれる。撹乱にはうってつけだよ」
「確かに、これまで俺たちのパーティには盗賊が欠けていた。ハリスが加われば、戦術の幅がひろがる」
「そういうもんなのか? まぁハリスンなら入れてやってもかまわないぜ。ただし、俺のほうがパーティ内では先輩だからな。ちゃんと敬えよ。俺の名前を呼ぶときは、かならず『さま』をつけるんだぞ」
「わたし後輩ですけど、あなたのことなんて一秒たりとも敬ったことがありません」
「はああああああああああああああああっ! なんで敬わねぇんだよ! もっと敬えよ! 俺をゴッドとあがめろよ! そして奴隷になれ! いっぱいエロいことさせろ!」
「救いようがありませんね、この人」
キヨミは害虫を殺すときのような、冷淡な眼差しでカイトを見ていた。
これはいつものことなので、シルフィアもエヴァンスもスルーする。
「えっとハリス。それで、どうかな?」
物欲しげな表情でシルフィアが答えを求めてくる。考える時間がほしいからまた日を改めて、なんて悠長なことは言ってられない。レイドはすぐに開始される。今ここで答えを出さなきゃいけない。
これは岐路だ。運命の分かれ道。冒険者としての。人としての。選択によって、今後の人生が左右される。
過去にも他の冒険者からパーティに誘われたりもした。でも冗談だった。本気じゃなかった。
だけどシルフィアは本気だ。本気でハリスをパーティに加えようとしている。必要としてくれている。
他人に存在価値を認めてもらえたのは初めてだ。もうこのさき一生ないかもしれない。かもしれないじゃなくて、たぶんない。これは一生に一度のチャンスだ。
パーティに入れば、もう一人で苦労することもない。他のパーティを尾行して、おこぼれにあやかるような惨めな生活とはおさらばだ。やっとまともな冒険者になれる。だったら迷うことはないだろ。
答えは、決まっていた。
「……遠慮する」
口をついて出た返答に、誰もが仰天していた。
「えっと……なんでって、理由を訊いてもいいかな?」
困惑をにじませた声で、シルフィアが言及してくる。
「俺はパーティを組みたくない。一人がいいんだ。今回のレイドも、いつもどおり勝手にやらせてもらう」
そういう生きかたをすると、とっくの昔に決めてしまった。選んでしまった。もう選んでるんだ。ハリスのなかで選択は終わっている。
それにシルフィアたちは優秀だ。これからどんどん冒険者として成長していく。たくさんの栄光を手にするだろう。そんな連中のなかにまぎれていたら……劣等感に押しつぶされてしまう。羽虫では、空を翔ける鳥たちにはついていけない。
「そっか」
シルフィアは残念そうだった。残念そうだったけど、この答えを待っていたかのように微笑んでいる。
キヨミは長々と吐息をついて、かなりホッとしていた。いや、そこまでホッとしなくてもよくない? わかるけどね。ハリスだって自分みたいな陰気な奴がいきなりパーティに加わったらイヤだし。なによりキヨミと仲良くやれてる自分の姿がまったく想像できない。
「うん。ハリスなら、断ると思ってた」
「断るとわかってるなら、最初から誘うなよ」
「そうだね、ごめん」
断られるとわかっていながら誘ってくれた。それはつまり……本当にシルフィアは、ハリスを仲間にしたかったということだ。
つくづくシルフィアの考えていることはわからない。ハリスだったら、もっとまともな冒険者をパーティに誘う。といっても人を勧誘する度胸なんてないけど。
「わたしたちは、そろそろいくね」
ハリスが無言で頷いて返事をすると、シルフィアは出入り口に向かって歩いていく。
「じゃあな、ハリスン。今夜のレイドはがんばろうぜ! 俺の勇姿を活目して見ろ!」
カイトは快活に手を振って去っていく。エヴァンスは会釈をしていった。キヨミはムッとしながらハリスを睨んでからみんなについていく。キヨミには恨まれているようだ。
肩を並べて立ち去る四人。あそこに自分が加わる光景はやはり想像できない。むしろ欠けてしまったもう一人……セシリーがパーティを率いてる光景がちらつく。本来ならセシリーも参加するはずだったレイド。それを彼らはどう乗り越えるのだろうか。
「おい」
「え?」
呼ばれたみたいなので横を向いてみると、エンダーが立っていた。びくりと背中がのけぞってしまう。
「なにビビッてんだ、おまえ?」
「いや、その……ちょっとびっくりしたっていうか」
ふつうにビビッたよ。いきなり横に現れたんだもん。それにエンダーは憧れの冒険者だ。目の前にいたら緊張する。柄が悪いから恐いという意味でも緊張する。
「おまえもやるんだよな、今夜のレイド。やらないって言っても強引に連れていくが」
え? なんで強制参加? このレイド自主参加だよね? なんで自分だけ強制参加になってるの?
「まぁ、やりますけど」
「そうか、ならこいつをかしてやる」
エンダーは右手に握った灰色のブーツを差し出してきた。
「ファルコンブーツっていって、履けば移動速度がかなり増す。フウガと同じく、俺の仲間の盗賊が使ってた装備品だ」
「いいんですか?」
「あぁ。だが、これはあくまでかすだけだからな。パクったら殺すぞ」
失礼な。他人のものを盗んだりしない。人をなんだと思っているのか。あっ、盗賊だった。
かしてくれるというのなら、遠慮なく受けとっておく。生存率は少しでもあげておきたい。
「シルフィアは別働隊に配置される。今回ばかりはマジでやばいがな。冒険者として命を散らすのなら、しょうがねぇことだ」
父親として娘のことを気にはかけているみたいだ。かといって身びいきはできない。シルフィアだって一人の冒険者だ。ともすれば、目的を達成するために犠牲になることだってありうる。娘だからといって特別扱いをしたら、他の冒険者に示しがつかない。勇者であるエンダーは誰よりもそのことを理解している。
「ふつうに娘の心配ができないなんて、勇者ってめんどくさいですね」
「は? なに言ってんだおまえ? おまえがなに言ってるのかさっぱりわかんねぇよ。ちゃんと人間の言語で喋れ」
エンダーは顔をしかめてくる。あくまで白を切るつもりらしい。
「……あの、もしかしてこのブーツを俺にかしたのって、シルフィアのこと」
「俺はおまえにかしたいから、かしただけだ。あんましつこく追及すんな。耳ちぎんぞ、コラッ」
耳はちぎられたくないので、もうつっこまないでおく。
不器用ながらもエンダーはハリスに娘のことを頼んでいる。そういうのはパーティの仲間に頼むべきだが、それだとシルフィアをひいきしていることになるんだろう。勇者としては許されない。
じゃあなんでハリスなら頼んでいいのか? 一人だからか? 誰ともパーティを組まない寂しい奴だからか? たぶんそうだ。残念な理由だった。
「やれるだけのことは、やってみますよ」
ぼそぼそと口ごもりながら呟いた。
フンとエンダーは腰に手を当てて鼻を鳴らす。
「おまえがどういう行動を取ろうと勝手だがな……俺の娘に手ぇ出すなよ? 出したら殺すぞ。めちゃくちゃ殺すぞ」
いや、出さないし。めちゃくちゃ殺されたくもない。
適当に相槌を打って、背中を向ける。広間を出ていくことにした。
「あとボウズ、おめぇも死ぬなよ」
なんて言葉を、別れ際にかけられた。口元がゆるんでしまったので、ばれないように顔を伏せつつ、右手をあげて応えておく。
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