第20話





 博物館に駆けつけた冒険者たちによって、ハリスたちは救われた。一人を除いて。


 キヨミのチャームは他のパーティの回復術師の手で解いてもらった。だがエンダーの呪いはやはり払えなかった。


 何が起きたのかは、エンダーが簡潔にまとめて説明した。その話は町中に広がり、伝説の勇者エンダーでさえもネミアには敵わなかったという事実が、重たい現実として人々の不安を掻き立てた。


 敵側には歴代の勇者が三人もそろっている。別の町に逃げたほうがいいのではと言い出す者もいたし、その準備をする者もいた。


 住民も、冒険者も、ラターシャそのものが、沈鬱とした雰囲気におおわれる。






     ◇◇◇






 黄昏どきの生温かな光が、町外れにある冒険者たちの墓場を照らしていた。今回の戦闘でも数名の冒険者が亡くなった。親族などは泣き崩れて悲しんでいる。


 セシリーも火葬されて墓に埋められた。セシリーに親族はいなかったようだが、仲間たちはいる。シルフィア、カイト、キヨミ、エヴァンス……残された四人が墓の前でうなだれている。


 その四人の後ろ姿を、ハリスは他の冒険者や住民のなかにまぎれて、少し離れたところから眺めていた。


 もう何時間もあぁしている。一体いつまであぁしているつもりなんだろう。放っておいたらずっとあのままかもしれない。


 ……これからだった。やっとシルフィアが戻ってきて、これからパーティとして再出発するというときに、パーティを率いるはずのリーダーがいなくなった。また五人で歩き出せたはずなのに、その願いは打ち砕かれた。


 シルフィアたちは、別のパーティの冒険者が死ぬ場面を何度も見てきたはずだ。冒険者なら死のリスクがともなうことは重々わかっている。けどまさか……自分たちの仲間が死ぬだなんて思ってもいなかったようだ。いや、いつ誰が死んでもおかしくないと思ってはいただろう。思ってはいたが、これまでそれは起きなかった。起きなかったから、大丈夫だと安心していた。自分たちは大丈夫なんだと。他のパーティとは違うと。でも起きてしまった。セシリーは死んだ。大事なリーダーがいなくなった。もうどこにもいない。


「俺は……」


 沈黙を破るように、エヴァンスが口火を切った。


「俺は、セシリーの背負っているものを少しでも背負えたならと、これまであいつを影で支えてきたつもりだった。あいつはリーダーだから、ときには冷酷な判断を下してパーティ内の悪役になることもある。だから俺だけは、どんなときでもあいつの味方でいてやろうと思っていた……。だが結局俺は、理解していただけで、肝心なときに力になってやれなかった」


 ぽつりぽつりと魂が抜けたような覇気のない口振りで、エヴァンスは述懐する。その背中はとても小さく見えた。


「わたしの……せいです。わたしが……回復魔術を使えていれば……」


 くしゃりと顔をゆがめて、キヨミが身を震わせる。


 シルフィアはキヨミの肩に手をまわすと、寒さから守ってあげるように胸元に抱きよせる。


「キヨミのせいじゃないよ。キヨミが悪いなんて、そんなこと絶対にない」


「でも、わたしが……敵の矢を受けなければ……」


「あぁもう! んじゃあなんだ? おまえが悪い! ぜんぶおまえのせいだ! おまえが敵の矢を受けずに回復魔術をちゃんと使えていたらセシリーは助かっていた! セシリーが死んだのはぜんぶおまえの責任だ! だから責任とってどうにかしろよ! こう言えば満足なのかよ? あぁ!」


 カイトが頭をかきむしりながら怒鳴ると、ひぐっとキヨミは肩をすくませて瞳に涙をためる。


「ちょっと、カイト……」


 シルフィアがたしなめると、カイトはケッとそっぽをむいた。


「誰が悪いとかな、んなこと話してても無駄なんだよ、無駄。セシリーは死んだ。殺されちまったんだよ……敵に」


 カイトは右の拳で、パンと左手を叩く。


「だから俺はあいつらをぶっ殺す。魔王の臣下だが、かつての勇者だか知らねぇがな、俺の仲間を手にかけやがった奴は容赦しねぇ。全殺しだ、全殺し。仇討ちすんだよ。それが俺たちにできることじゃねぇのか?」


 仇討ち……そんなことにしてなんになるのか、とは誰も口にしない。敵を皆殺しにしたところでセシリーは帰ってこない。そうとわかっていても、胸中にわだかまる暗澹とした濁りをごまかすには行動するしかない。やらなきゃごまかしきれない。


 ハリスは視界が白むとわかりながらも、夕陽を正視する。


 どんなに彼らの悲しみが大きくても、ハリスにとっては対岸の火事だ。セシリーの死に居合わせたといっても無関係な他人だ。ハリスは彼らの仲間でもなんでもない。


 彼らの苦しみも、傷の深さも、痛みも、わかったふりなんてできない。


 なのに……なんだか胸糞悪かった。見ず知らずの人間が亡くなっても、こんな気持ちにはならない。それはきっと、セシリーとはちょっとだけ言葉を交わしたからだ。一緒に酒を飲んだからだ。知り合って間もないが、知ってしまったからには、なんらかの感情がともなう。それがこの胸糞悪さの正体だ。


 夕陽が沈んでいくと、墓場に集っていた人々が散っていった。セシリーの墓の前で佇んでいた彼らも散り散りなる。


 シルフィアはハリスの姿を見つけると、方向転換して歩み寄ってきた。


「ハリス……きてたんだ」


「まぁな」


 目をそらして、相槌を打つ。大丈夫かよ、なんて言葉はかけない。だってシルフィアは大丈夫じゃない。気が滅入っているときに、そんなふうに同情されてもなぐさめにはならない。


 やはりシルフィアは泣いたんだろうか? 泣いたんだろうな。泣き虫だから。号泣してセシリーの死を嘆いたに違いない。それこそ涙腺がかれるほどに。涙腺がかれても泣きつづけたんだろう。ハリスの見ていないところで。当たり前か。だってハリスはパーティの一員じゃない。シルフィアとはなんでもない。というかシルフィアは他の仲間たちにも涙を見せていないのかもしれない。知らないけど。


「えっと……」


 シルフィアは言葉を探すように、腰のあたりで組んだ両手の指をもじもじさせる。もしかして何を話せばいいのかわからないのか? だったらわざわざ声かけんなよ。気まずくなるくらいなら無視すりゃいいのに。まぁ無視されたらハリスは傷つくけど。ていうか理由もないのに声をかけてきたのか?


「あっ、そうだった。これからハリスを捜しにいこうと思ってたんだ」


「俺を?」


「うん。お父さんが呼んでるから」


 エンダーがハリスを呼んでいる。考えられる理由は一つだけだ。


 こくりと頷くと、シルフィアは胸をなでおろした。


「じゃあ……うちに来てもらってもいい?」


「お、おう」


 つい声がどもってしまった。


 他人の家にお邪魔するのなんていつ以来だ? いつ以来というか、はじめてだ。







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