第9話
やはりエンダーはネミアのことを以前から知っていたようだ。辺境伯を通してラターシャにいる全ての冒険者に情報が告知された。
二十年前、魔王ギルバドスが死んだあと、ギルバドスに仕えていた臣下たちは敗走した。逃げた臣下の大半は冒険者たちの手で討ちとられたが、何人かは杳として行方が知れなくなった。
ネミアは行方をくらましたギルバドスの臣下の一人だ。エンダーの情報によると、ネミアは死霊術師。死んだ人間や魔物をアンデッドとして復活させ、操る魔術の使い手だ。
それもかなり強力な使い手だ。ネミアの死霊魔術によって誕生したアンデッドは魂を滅する魔術が一切通用しない。剣や他の魔術による攻撃でないと倒せないということだ。
しかも蘇らせることができるのはただの人間や魔物だけじゃない。高度な魔術によって、かつての英雄などを現世に再誕させることができるそうだ。二十年前の戦いでも、ネミアは槍使いの英雄を復活させてエンダーたちを苦しめた。
ネミアがデスヘイムの魔城にいたのは、二十年前に冒険者たちの追撃をかわすため、自らを封印して身を隠したからだ。特定の年月が経過すれば自動的に封印が解けるように仕込んでいた、というのがエンダーの見解だ。
不運にもネミアが復活した瞬間に、たまたまシルフィアが参加していたレイドの冒険者たちが居合わせてしまったというわけだ。おかげで大量の死者を出すことになった。
現在デスヘイムはネミアの根城になっている、しばらくは無闇に立ち入ることを禁じられた。
レイドで殺された多くの冒険者たちの遺体は回収されずじまいだ。町外れの墓場で、ひっそりと供養だけが行われた。
◇◇◇
あの夜を境に、アンデッドの数が急増した。時刻を問わずにアンデッドどもがたびたび町を襲撃してくるようになった。間違いなくネミアの仕業だ。
冒険者たちはもっぱら町の周辺や内部の巡回に従事している。
エンダーからの頼みを受けてから四日目。あまり乗り気でないハリスは、あまり乗り気でないシルフィアと朝から南門の前で待ち合わせをする。シルフィアがやってくると軽く挨拶を交わして町の周辺にある森林を巡回した。ほとんど会話という会話は発生しない。お互い何を話せばいいのかわからない。ある意味これは拷問だ。
林の奥から三体のアンデッドが出現すると、鋼の鎧を新調したシルフィアは背負ったバスタードソードを抜いて突進。ゲイルアタックで一体のアンデッドを両断する。次いでもう一体のアンデッドに肉薄し、強烈な突きで頭部を粉砕した。いつ見てもほれぼれする身のこなしだ。
二体のアンデッドがシルフィアにひきつけられている間に、ハリスは残り一体のアンデッドの背面にまわりこむ。
背後から敵に飛びかかる奇襲技、
逆手に握ったダガーをうなじに突き刺し、横に引いて首を断ち切った。
戦闘を終えると、ふぅと息をついて地面に転がるアンデッドを確認する。三体とも動く気配はない。完全に機能を停止している。もともとアンデッドは死者だ、倒したと思ったらまだ生きていたなんてことはざらにある。最後まで注意を怠ってはいけない。
にしても町の周囲に現れるアンデッドは、どれも金になりそうな品を身に着けていない。これではいたずらに体力を消耗するだけで、稼ぎにならない。早いとこネミアをどうにかしてほしい。
「あのさ……」
バスタードソードを背負いなおすと、シルフィアはこちらの顔色をうかがうようにおずおずと声をかけてきた。
え? なに? もしかして愛の告白? うん、そんなわけないね。
「ここ数日、ハリスと一緒に行動してて思ったんだけど、戦闘中はあまりわたしから離れないでもらえるかな? 距離がひらいたら、ハリスを守れないよ」
「いや、べつにおまえに守ってもらう必要はないが……」
「でもそれだと連携がとれないよ。これじゃあただ同じ場所で別々に戦っているだけだよ」
その通りだ。この四日間、ハリスとシルフィアは連携なんてものはとっていない。同じ場所で別々に戦っていただけで、意思の疎通なんて皆無だった。
「無理に連携なんてとらなくてもいいだろ。敵は倒せてる。知り合って間もない俺達が下手に連携をとろうとしても、かえって戦闘に支障が出るだけだ。それに俺には俺の考えがあるわけだし」
「ハリスの考えって?」
シルフィアをおとりにして敵を分散させ、ハリスは数の少ないほうを狙って倒している。うわっ、卑怯。こんな戦法をとっていたなんて口が裂けても言えない。恥ずかしいし、余計自分がみじめになる。
ハリスが押し黙っていると、シルフィアは「えっと……」と頬をかいて話を進めた。
「わたしはアンデッドに効果的な光系の魔術を使えるから、ハリスが協力的になってくれれば、それを活かせるかも」
「魔術使えるって……え? おまえ、戦士じゃねぇの?」
戦士は武器を使った戦技のみで戦う職業だ。魔術の使用はできないはず。デスヘイムでシルフィアは前衛で戦っていたから、てっきり戦士だと思っていたが……。
「わたしは、お父さんと同じ魔剣士だよ」
魔剣士。戦士と魔術師の両方の術技を使える複合職だ。一人で二人分の働きをする才能のある適性者しかつけない職業。
……なんだろう、この気持ち。ハリスは虚脱感におおわれる。やはりシルフィアは並みの冒険者とは格が違う。勇者の娘で、父親の素質を受け継いでいる……。
うらやましい。うらやましすぎて、ムカついてきた。なんというか……。
「死ね」
「えっ?」
「あっ、いや、なんでもない」
いかんいかん、うっかり心の声がもれてしまった。左手で口元を隠す。わざとらしく咳払いをしてごまかす。ごまかしたつもりだが、シルフィアの怪訝な面持ちを見るかぎりごまかしきれてませんね、これ。
「おまえの父親から頼まれたのは一緒に行動することであって、パーティを組めとまでは言われちゃいない。連携とかそういうことは考えなくていいんじゃねぇの」
「で、でもさ」
「それに、俺はパーティを組まない主義だ」
ハリスが強く断言すると、シルフィアは黙り込んでしまう。あぁそういうことかと何かを察したように目を丸くした。え? なに、なにを察したの? シルフィアちゃんてばなにを察しちゃったの? こういう奴だから誰ともパーティが組めないんだって、やっと気づいたの? 遅いよ。遅すぎるよ。できればもっと早く気づいてほしかったなぁ。
「だいたい普通に考えて俺とおまえがパーティ組めるわけないだろ」
「……そうかな?」
「そうだよ。優秀な奴ってのは優秀な奴としか組まない。おまえは優秀、俺はそうじゃない。だからパーティは組めない。俺とおまえとじゃ人種が違いすぎる」
こうして一緒に行動していることが異常なんだ。本来なら近づかないし、近づきたくもない。だってシルフィアのそばにいたら、自分が劣っているのだと痛感させられてしまう。この四日間だって、シルフィアの活躍を見るたびに胸がしめつけられた。できればさっさとシルフィアとはおさらばしたい。この異常な日々の幕をおろしたい。
「優秀……か。やっぱり、そう見られちゃうんだね、わたしって……」
なにか反論してくるのかと思いきや、シルフィアは独り言めいたことをつぶやいてくる。
つーか、あれ? なんか……微妙に肩を震わせてる。目もとにうっすらと水滴が浮かんでいるような。もしかして、これって。
「お、おい。そんな泣くようなことじゃ……」
「え? あっ……な、泣いてないし!」
シルフィアは柳眉を逆立てると、慌てて顔をそむけた。ごしごしと左手で目をこする。ぐすん。鼻をすする音まで聞こえた。うん、泣いてたね、確実に。
ハリスはそこまで強く言ったつもりはなかった。なかったが、女の子に泣かれてしまったら罪悪感を覚えなくもない。
もしかしてシルフィアは、すごく打たれ弱いのだろうか。戦いでは強くても、心はそんなに丈夫じゃない。ていうか弱い。冒険者としては特別かもしれないが、歳相応の女の子でもある。よくわかんないけど、そうみたいだ。
涙がとまったのか、こわごわとシルフィアはこっちを見てくる。まだ目尻が赤いままだが、追及しないでおこう。
「ハリスは、デスヘイムでわたしを助けてくれたから……悪い人ではないと思う。でも、それ以外がいろいろ問題あるよ」
「……そうですか、悪うござんしたね」
「そういうところだよ。そんなんじゃ誰もパーティを組んでくれないよ?」
「だから俺はパーティ組まねぇから」
シルフィアはまだ何か言いたげな目で睨んでくる。エンダーに比べたらぜんぜん迫力不足だ。エサを横取りされた小動物くらいにしか見えない。
そもそもだ。冒険者なら絶対にパーティを組まなきゃいけないという思想がどうかしている。仲間を集めずに単独で行動している連中にだって、それぞれの誇りや理念がある。それをわかろうともせず、一方的に否定することこそ間違いだ。ちなみにハリスには誇りや理念なんてものはない。ただ一人でいるほうが気楽なだけだ。
とりあえずシルフィアは言葉責めに弱いようだから、今後は気をつけよう。のちのちエンダーやキヨミの耳に入ったら、何をされるかわかったもんじゃない。
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