第8話





「なるほど、そういうことか」


 シルフィアから事情を聞き終えると、エンダーは改めてハリスを観察してきた。顎に指をそえて考え込んでいる。


「ボウズ、おまえ他の冒険者とパーティとか組んでないだろ?」


「……なんでわかったんっすか?」


「そりゃあシルフィアを助けたとき一人だったそうだからな、推測はできる。ついでに言えば、おまえはいかにも集団行動が苦手そうな不景気な顔をしている」


 そのついではいらないんじゃないか。それにこの顔は生まれつきだ。つまりハリスは生まれつき集団行動が苦手ということだ。パーティなんて組めるわけがない。


「ところでだ、折り入っておまえに頼み事がある。いいよな? いいだろ? いいって言えコラッ」


 そんなにグイグイこられても、詳しい話を聞かないことには答えられない。あとこれは頼み事ではなく恫喝だ。


「俺に、なにをしろと?」


「ハリスとかいったか。おまえ、しばらくうちの娘と二人で行動しろ」


 エンダーの突拍子もない発言に、一同はきょとんとする。


「お、お父さん、なにを言って」


「シルフィア、おまえは仲間と行動するのをひかえて、このガキと一緒にいろ。ちょうどセシリー達とは微妙な雰囲気みたいだしな。たまには気分転換に別の冒険者と行動してみるのもいい経験になるぞ」


「そんなめちゃくちゃな……」


 ほんと、めちゃくちゃだ。そもそもハリスは承知していない。乗り気でもなかった。


「あの、悪いですけど……」


「引き受けてくれたら、報酬をはずむぞ?」


 報酬。その単語にゴクリと唾を飲んでしまう。伝説の勇者が言う報酬だ。それは相当な価値があるに違いない。


「で、でも、それだとパーティのみんなに迷惑がかかるし……」


 シルフィアは救いを求めるように、仲間たちを一瞥する。


「そうだぜ。いくらエンダーさんの言うことでも、そいつは聞けねぇな。パーティ内の女子率が下がったら俺のやる気がなえるぜ! 俺はなるべく多くの女子に囲まれていたいんだよ!」


「カイト先輩の言うことはさておいて、こんな死んだ目の人とシル先輩とでは釣り合いませんよ。よって、シル先輩はわたしのそばにいるべきです」


 カイトとキヨミから猛反発の声があがる。二人とも私情を混ぜすぎてるし、論理が支離滅裂だ。


「なんだ、ガキども? 俺の言うことに文句があるのか、あぁん?」


「ひいいいいぃぃぃぃぃぃ! ありません、ありませんよぉ! あるわけないじゃないですかぁ! エンダーさんの言うことはいつだって正しいです! 正義です! ただね、俺はないんですけどね、俺はないんですけどぉ、なんかキヨミンが文句あるみたいなんですよぉ~!」


「責任を全てわたしに押しつけるとか、カイト先輩は根っからのクズですね。死んでください」


「死なねぇよ、生きる!」


 その威勢の良さをエンダーに向けられれば立派だが、それは大の大人でも難しいか。


「とにかく、わたしは反対です。賛成できません」


 キヨミはエンダーが相手だろうと一向に引こうとしない。度胸があるというか、非力な回復術師のくせに肝が据わっている。


「キヨミ。エンダーさんだって、なにか考えがあって言っているはずよ」


「セシリー先輩……」


 パーティ内で絶対的な権限を持つセシリーが味方してくれないことに、キヨミは面食らう。


「セシリー先輩は……シルフィア先輩がいなくなっても、いいって言うんですか?」


「そうは言ってないわ。ただシルフィアが別行動をとるといっても長期間じゃない。すぐにわたし達のところに戻ってくるはずよ。そのくらいだったら許容範囲内ってこと。そうですよね、エンダーさん?」


「ま、それはシルフィア次第だな」


 パーティそのものを脱退するわけじゃない。そう聞かされても、キヨミは唇をとがらせたままだ。


「エヴァンス先輩は、どう思います?」


「俺はリーダーの意見に従う。セシリーがそう決めたのなら、それがパーティの方針ということだ」


「そうだぜ、キヨミン。あんまりわがままを言って、みんなの輪をかき乱しちゃだめだぜ」


「普段からみんなの輪をかき乱しまくってるクズに言われたくありません」


「誰が輪をかき乱しまくってんだよ! むしろ俺は輪を整えてるよ! 整えまくりだよ! あとクズはいいとしても、せめて先輩はつけろよ!」


 クズはいいんだ。いや、よくないだろ。


「確かにシルフィアがいなくなったら、パーティの戦力は大幅にダウンするわね。けど無茶しなければやっていけるわ。少しの間だけ、我慢しましょ」


 デスヘイムでの一件について、セシリーは時間をおきたがっている。そうすればパーティ内のわだかまりがぬぐえると考えているようだ。


 不満を垂れていたキヨミは、もう口を閉ざしていた。そのふくれっ面はどう見ても納得していない。


 シルフィアは……がっくりと肩を落とす。


 そんな反応されたら、ハリスは滅入ってしまう。そこまでハリスと一緒はイヤか? イヤだよね。ハリスもハリスみたいな奴と一緒だったら気まずい。二人っきりでどんな会話をすればいいのかわからない。


 って、うわっ! キヨミンが物凄い目でこっちを睨んでくる。嫌悪とか憎悪とか、そんな感じの目だ。そんな目で睨まれても、ハリスにはどうにもできない。


「それじゃあハリス。シルフィアのこと、おねがいね」


 セシリーはほがらかに笑うと、ハリスの肩を軽く叩いてきた。女子のそういう気軽なボディタッチはやめてほしい。好きになっちゃうだろ。ならないけどさ。


「ボウズ。うちの娘と行動を共にしろとは言ったが、手ぇ出したら承知しねぇぞ。ていうか殺すぞ」


「いや、出さないし」


 本当に殺されかねないので、そんな恐ろしいことはできない。そもそもハリスはまだやると明言していない。なのにハリスの意思を無視して、勝手にやる流れになっていた。べつにいいけどね。報酬ほしいから。


 シルフィアと目があう。シルフィアはあたふたと視線を泳がせると、ぺこりとひかえめに頭を下げてくる。


 そんな無理してるのが丸わかりの固い表情で頭を下げられても……。


 とりあえず、おぅ、と頷き返しておいた。







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